第56話:ステーキの記憶
深夜1時を過ぎた頃、店の暖簾がふわりと揺れた。
「いらっしゃい」と声をかけたのは、おかみの**忍**さん。
カウンターの奥では、無口な板前、マサさんがまな板を拭いている。
入ってきたのは、対照的な二人の常連だった。
一人はスーツ姿で、几帳面な会社員風の志村さん。もう一人はラフな格好の肉体派、職人の杉ちゃん。
「マサさ〜ん、今日はステーキ、いい肉ある?」
「オレはあっさり赤身派で頼むよ。霜降りとか、もう重くてムリ!」
志村さんが苦笑いしながら告げる。
「いやいや、違うねぇ」と杉ちゃんが笑い飛ばす。
「霜降りこそ正義! 口に入れたらとろけるアレがないと、肉喰った気しねぇよ!」
マサさんは静かに頷くと、二枚の肉をまな板に置いた。
一つはランプ肉の赤身ステーキ。もう一つはA5和牛のサーロイン。
ジュウウゥ……
鉄板に落とされた肉が、香ばしい音と煙を立てる。
味付けはシンプルに塩と粗挽き胡椒。付け合わせは、素焼きのズッキーニとジャガイモのバターソテー。
「お待ちどうさま。赤身と霜降り、どっちも最高だよ」
皿が出された瞬間、二人の顔がほころぶ。
志村さんはナイフで赤身のステーキを切り、一口。
「ん……噛みしめるほど、肉の旨味が染み出す。うまい……」
杉ちゃんも、霜降りの一切れを口に運ぶ。
「ハァ〜ッ、こっちはもう、肉じゃなくて芸術だな……とろける!」
「ねぇ、あなたたち。どっちが美味しいか、なんてどうでもいいのよ」
忍さんが、湯呑みにお茶を注ぎながら言う。
「“美味しい”は、誰かと笑って食べるときが一番」
二人は目を見合わせて、少し照れくさそうに笑った。
「また来ような」
「今度はハンバーグ勝負にしようぜ」
マサさんは、黙って、次の肉の仕込みに取りかかっていた。
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レシピ紹介:赤身と霜降り、簡単ステーキのコツ
■ 赤身ステーキ(ランプ肉など)
室温に戻す
強火で片面1〜2分ずつ焼く
仕上げにバターを落として香り付け
■ 霜降りステーキ(サーロインなど)
表面を中火でじっくり
焼き過ぎに注意、脂が溶けすぎると風味が落ちる
どちらも塩は焼く直前に。焼いた後はアルミホイルで2分休ませると、肉汁が落ち着きます。
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