第55話「再来する客と、黄金のカツ丼」
「しのぶ、今夜は涼しいねぇ」
「ええ、風が気持ちいいわ。……あら? また来てるみたいよ」
のれんが小さく揺れ、店の扉がきぃ、と開いた。
時刻は深夜2時。看板には「深夜食堂しのぶ」の文字。
ここは、都会の片隅でひっそり営業する深夜専門の小さな食堂。
現れたのは、前回――
古びた純金の懐中時計を残していった不思議な客だった。
長いロングコートのフードに顔を隠し、しずしずと席に着く。
「また、来てくれたんですね」
店主・しのぶが微笑む。
カウンターの向こうでは、無口な板前・マサさんが黙って客を見つめていた。
「今回は……事前に支払いを」
彼は懐から、時代錯誤とも思える金貨を取り出し、カウンターに置く。
「今日の注文は……カツ丼で、お願いしたい」
「……メニューにないのに、よくご存じで」
マサは眉一つ動かさず、無言で調理に取りかかる。
客が話し始めた。
「私の故郷では、もう“ご飯”というものは存在しない。
全ては栄養サプリと、記憶情報による“味覚再生”。
だけど……あれは“本物”じゃない。再現でしかない」
しのぶは頷いた。
「ここでの料理は、記憶じゃなくて……湯気も、香りも、生きてるのよ」
マサが熱々のカツを揚げて、特製の出汁にくぐらせる。
玉ねぎがとろける甘さを放ち、卵がふわりと絡む。
炊きたてのかまどご飯の上に、熱々の具をそっとのせ――
「お待ちどうさま」
「……ありがとう」
一口。カツの香ばしさと、出汁の甘みが舌に広がる。
ふと、彼の頬に、一筋の涙が伝った。
「この世界のご飯は……やっぱり、温かい……」
しのぶは微笑み、懐中時計を返した。
「また、来てくださいね。時空が許すなら――」
「……ああ、また来よう。
今度は、“味噌汁”を、教えてください」
懐中時計が、カチリと音を鳴らした瞬間。
彼の姿は、店内からふっと消えていた。
マサが静かにつぶやいた。
「……相変わらず、不思議な客だ」
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今回のレシピ:マサ流カツ丼
材料(1人前)
豚ロースカツ 1枚(市販でもOK)
玉ねぎ 1/4個
卵 2個
だし汁 100ml(めんつゆでも代用可)
醤油 小さじ1
みりん 小さじ1
ご飯 丼1杯
作り方
1. 玉ねぎをスライスし、だし汁・醤油・みりんで煮る
2. トンカツを食べやすく切り、玉ねぎの上にのせる
3. 溶き卵を全体に回しかけ、半熟状態で火を止める
4. ご飯にのせて、熱いうちに召し上がれ!
ワンポイント
卵は2段階に分けて加えると、ふわとろ感がUPします!




