第53話:三種のお茶漬けと、やさしい夜
時計の針は深夜1時を回っていた。
静まり返る商店街の一角――ぽつりと灯る暖簾の明かり。
「深夜食堂 しのぶ」には、今日もまた一人、ドアを開ける音が響いた。
「……お茶漬け、って、やってます?」
カウンターに腰かけた女性客は、疲れた笑顔を見せた。
スーツの上着を脱ぎ、ほんの少し緩めた首元から、息がこぼれる。
「もちろん。鮭、たらこ、梅干し――お好きなのをどうぞ。ごはんは土鍋で炊き立て」
やさしく応えるのは、おかみさんの忍。
その隣で、無口な板前・マサさんが小さく頷き、火を入れ始める。
土鍋のふたがカチリと揺れ、ほのかに香ばしい匂いが立ち昇る。
おひつのような木の桶に、焼き鮭、炙りたらこ、つややかな梅干しが並ぶ。
「わ……どれにしよう……」
迷うその顔に、忍さんがにこりと笑う。
「よかったら、全部少しずつ召し上がって。今日、頑張った人へのごほうびよ」
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いただきます。
一口めは、鮭。
脂の乗った切り身がほろりとほぐれて、出汁と混ざり合い、じんわりと沁みる。
次はたらこ。軽く炙った表面から香ばしい香りが広がり、プチプチとはじける粒の食感が嬉しい。
梅干しは少しだけ箸の先で崩し、出汁にとろりと溶かしてから一口。
「……うまい……」
思わずもれた言葉に、マサさんが小さくうなずいた。
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レシピとワンポイントアドバイス
【土鍋ご飯】
・白米1合は研いで30分浸水→ざるで水切り
・土鍋に米と水200ml、強火→中火→蒸らし10分でふっくら炊き上がり
【お茶漬けの出汁】
・出汁パックorかつお節と昆布で簡単自家製
・うす口醤油+みりん少々で風味を整える
【具材】
・鮭は塩焼き。皮はパリッと。
・たらこは焦がさないよう弱火で炙る。
・梅干しはやや酸味のある昔ながらのものが◎
アドバイス
「冷やご飯が余ってるときこそ、丁寧な出汁と小さなおかずで格上げを。優しい食事は、心の底をあたためます」




