第51話 パスタサラダと、置いてけぼりの夏
「ごめんくださーい……って、あれ、誰もいないの?」
深夜0時を少し回ったころ、「深夜食堂しのぶ」の暖簾をくぐったのは、薄手のカーディガンを羽織った若い女性だった。
名前は春海、アパレル関係の会社で働く営業ウーマン。今日は展示会の立ち会いで、朝からずっとバタバタだったらしい。
奥の調理場から、板前のマサさんがぬっと現れた。無口だが、表情にあたたかさがある。
「いらっしゃい。ひとり?」
「うん、なんか、今日はすっごく“独り飯”したくてさ」
後から、おかみさんの**忍**さんが湯呑みを運んでくる。笑顔が柔らかく、春海も少し肩の力を抜く。
「どうする? 今日はナポリタンあるよ」
「うーん、軽めがいいかも……あ、マサさんがよく作ってるパスタサラダって、食べてみてもいい?」
カウンターに少し驚きが走る。
あれは、メニューには載っていない。あくまで付け合わせ用だった。
「パスタサラダでいいの?」
「うん。何か、子どものころ、お弁当に入ってたような……ああいうやつ、食べたい夜なの」
マサさんは小さく頷くと、厨房へ戻った。
***
トントンとキュウリを切る音、ポコポコと湯が沸く音が、静かな深夜を包む。
しばらくして、運ばれてきたのは――
●マヨネーズ味のパスタサラダ(ハム、キュウリ、コーン入り)
●和風味のパスタサラダ(ごま油と醤油ベース、ツナ入り)
「……わっ、二種類も?」
「マサさん、気が利くから」
忍さんが微笑む。
一口食べた瞬間、春海の目が和らぐ。
「……うわ、なにこれ、やさしい味……」
ふと、春海は話し出す。
「今日ね、元カレが会社に来てさ。仕事相手としてだけど、もうぜんぜん平気な顔してて……ああ、私って結局、置いてけぼりなんだなあって思って」
マサさんは何も言わず、味噌汁を出した。
春海はそれを受け取りながら、またサラダを口に運ぶ。
「でもさ、なんか、このパスタサラダ……すごく懐かしい味で。子どものころ、母が作ってくれたの、思い出しちゃった」
忍さんが、そっと春海の手に手を添える。
「じゃあ、きっと、今夜は“置いてけぼり”じゃないわね」
「……うん」
その夜、春海は最後の一口まで、静かにパスタサラダを味わった。
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本日のレシピ:パスタサラダ(2種)
【マヨネーズ味】
マカロニ(早ゆで可)…80g
キュウリ…1/2本(塩もみして水気を切る)
ハム…2枚(細切り)
コーン(缶詰)…大さじ2
マヨネーズ…大さじ2~3
塩・こしょう…少々
【和風味】
マカロニ…80g
ツナ缶…1/2缶(軽く油を切る)
大葉…数枚(千切り)
ごま油…小さじ1
醤油…小さじ1
白ごま…適量
【アドバイス】
作り置きにも最適。冷蔵庫で3日ほど保存可能。
マヨ味にはりんごや粉チーズの追加もおすすめ。
和風にはワサビや柚子胡椒でアクセントを。




