第47話「カレー南蛮丼、あの日の香り」
――夜が深まると、暖簾が静かに揺れる。
細い路地裏にひっそりと佇む、深夜食堂しのぶ。
灯りの色は、どこか懐かしい。酔いも憂いも、煙と一緒に天井へ消えていく。
厨房の奥では、無口な板前マサさんが、黙々と包丁を動かしていた。
その横で、おかみさんの忍さんが、客たちに静かに微笑む。
「いらっしゃい。お決まり?」
「……今日は、あの“カレー南蛮丼”って、まだいける?」
常連のサラリーマン風の男が、ネクタイをゆるめながら腰を下ろす。
「あるよ。今日は豚バラ、仕込んであるから」
「最高だ……」
ほどなくして運ばれてきた丼から、つんと立ち昇るカレーと出汁の香り。
ふわりと鼻をくすぐるその匂いは、懐かしいようで、新しい。
――白飯の上に、とろりとかかった黄金のカレールー。
かえしで深みを出したその汁には、柔らかく煮込まれた豚バラ、そして甘く火の通った白ネギ。
レンゲですくえば、カレーのコク、出汁の旨味、そしてほんのりピリリと舌を刺激する辛味が、舌にじゅわっと染みわたる。
「……これさ、昔さ、実家近くの蕎麦屋で食べたカレー南蛮を思い出すんだよ」
男がポツリとつぶやく。
それに忍さんが、茶碗を置きながら応える。
「きっと、味覚って記憶の鍵なのよ。人の一番深いとこにしまってある思い出を、そっと開ける鍵」
マサさんがふっと笑みを浮かべたのを、誰も見ていなかった。
夜は更けていく。
食堂の中には、カレー南蛮の香りと、静かな人の気配だけが、じんわりと残っていた。
---
【今日のレシピ:しのぶ流・カレー南蛮丼】
材料(1人分)
白ごはん:茶碗1杯分
豚バラ薄切り:80g(牛バラ、鴨肉も可)
長ネギ:1/2本(斜め切り)
和風だし:200ml
めんつゆ(2倍濃縮):大さじ2
カレールー(市販):1かけ
片栗粉:小さじ1(水大さじ1で溶く)
七味唐辛子(お好みで)
作り方
1. 鍋にだしを入れて加熱、めんつゆとカレールーを溶かす。
2. 豚バラと長ネギを加えて、火が通るまで煮る。
3. 水溶き片栗粉で軽くとろみをつける。
4. ご飯の上にかけて完成。お好みで七味を。
ひとくちアドバイス
・ルーを使わずカレー粉+小麦粉+バターで作ると、より“蕎麦屋の味”に近づきます。
・鴨肉を使う場合、少し日本酒をふると臭みが消えて風味が引き立ちます。




