第46話:牛蒡の漬物、そして昔語り
深夜1時。
ぽつぽつと雨が降り出した路地裏。
『深夜食堂しのぶ』の暖簾が、しとしと濡れながら静かに揺れていた。
「いらっしゃい」
店の奥、カウンターの中で、無口な板前“マサさん”が優しく会釈する。
その横では、おかみさん“忍さん”が、小鉢に湯気の立つ味噌汁を注いでいた。
「……ごぼうの漬物、ありますか?」
そう言って現れたのは、年配の女性。
手には折り畳んだ古びた傘。顔には、ほっと安堵の笑みがあった。
「懐かしい味が食べたくなってねぇ。昔、田舎の祖母がよく作ってくれてたの」
マサさんは、無言で頷くと、奥の棚から透明な漬物壺を取り出す。
中には、しわしわに縮んだ、色濃い牛蒡の漬物が浮かんでいた。
サッと包丁で斜めにぶつ切り。
器に盛ると、軽くごまを振り、横に炊き立てのかまどご飯と味噌汁を添える。
「……はぁ……うまいねぇ……」
彼女は一口噛み締めると、目を細めた。
「甘くて、コリッとしてて。そうそう、この味……」
忍さんが穏やかに笑う。
「それ、マサさんが昔、お祖母ちゃんに教わった味なの。秘伝ってほどでもないけど、大事にしてるんですよ」
「そうだったの……なんだか、心まで温かくなるね」
ごぼうの漬物は、ただの副菜かもしれない。
けれど、噛むたびに染み出す、出汁と甘辛のタレが、遠い記憶を呼び起こす。
帰れなかったあの夏。
会えなかったあの人。
口にした瞬間、全部が溶けて涙になりそうだった。
「ありがとう。また来るよ」
店を出るころには、雨はやんでいた。
濡れたアスファルトの匂いと共に、ほのかに残る牛蒡の風味が心を包んでいた。
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今夜のレシピ:甘辛牛蒡の漬物
材料(2〜3人前)
・細牛蒡:1本
・醤油:大さじ2
・みりん:大さじ2
・砂糖:小さじ2
・酢:小さじ1
・ごま油:少々
・白ごま:適量
作り方
1. 牛蒡はたわしでこすり洗いし、皮付きのまま乱切りに。
2. 沸騰した湯で2〜3分下茹でし、水気を切る。
3. 鍋に調味料を全て入れ、牛蒡を加えて中火で10分ほど煮詰める。
4. 火を止めて冷まし、タッパーで一晩寝かせれば完成。
アドバイス
・冷蔵庫で3〜4日は保存可能。
・ピリ辛にしたい場合は、鷹の爪を加えても美味。
・ご飯に合うのはもちろん、お酒の肴にもぴったり。




