第4話:焼きおにぎり
その夜も、ぽつりぽつりと、雨が降っていた。
深夜0時を回った路地裏――暖簾が揺れる、小さな食堂。看板には、手書きでこう書かれている。
《深夜食堂しのぶ》
ドアを開けると、木の温もりが心地いいカウンター。
奥の厨房に立つのは、無口で笑顔の似合う男――マサさん。
そして、やさしく客を迎えるのが、おかみさんの忍さんだ。
この店、メニューは一応ある。だが、なぜか客たちはみな、「ないもの」を注文する。
「焼きおにぎり、できますか?」
そう言ってカウンターに座ったのは、スーツの女性だった。
30代半ば、濡れた髪を指で払う姿が少し疲れて見えた。
「できるわよ。マサさん、お願いね」
忍さんが優しく微笑むと、マサさんは小さく頷いて、無言で米を研ぎはじめた。
――この店の焼きおにぎりは、ちょっと特別だ。
炊きたてのご飯を握り、ほんの少しの味噌を芯に入れる。
フライパンにごま油を引き、ゆっくりと焦げ目をつけながら両面を焼く。
最後に、醤油を刷毛でひと塗り。じゅっと音がした瞬間、食欲がくすぐられる。
香ばしい香りが立ちのぼる。
女性は黙ってその匂いを嗅ぎ、ほっと目を閉じた。
「……この匂い、懐かしいな」
忍さんが尋ねる。
「おうちの味、かしら?」
「ええ、母が……よく、夜更けに作ってくれてました。仕事で帰りが遅いときに、温かい焼きおにぎりと味噌汁を。何でもないけど……泣きたくなるくらい嬉しかった」
話しているうちに、焼きおにぎりが一皿、目の前に置かれた。
こんがりとした焦げ目、立ち上る香り。
彼女は、箸を使わず、そのまま手で持ってひと口かじった。
カリッ。
中から、じんわりと味噌の甘みが広がる。
「……ああ。変わってない……こんな味……」
瞳に浮かぶ、ほんの少しの涙。けれど、それは静かで、温かい。
マサさんは黙って、湯気の立つ味噌汁を出す。
忍さんは、笑って言った。
「どんな一日でも、ちゃんと食べて、明日を迎えなきゃね」
彼女は、小さく「はい」と頷いた。
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今夜のレシピ:焼きおにぎり
【材料(2個分)】
温かいご飯:お茶碗2杯分
味噌:小さじ1(好みで)
醤油:小さじ2
ごま油:少々
【作り方】
①ご飯を軽く冷まし、2つに分ける。中心に味噌を入れ、三角に握る。
②フライパンにごま油を引き、弱火でじっくり焼く。
③両面に軽く焼き色がついたら、醤油を刷毛で塗り、もう一度焼く。
④焦げ目がついたら完成!
【ひとことアドバイス】
ご飯は少し冷ましてから握ると、焼くときに崩れにくくなります。
芯に入れる具材は、おかか、梅、チーズなどお好みでアレンジもOK!