第39話「混ぜ込みおにぎり」
「今日も、おつかれさん。」
閉店間際の「深夜食堂しのぶ」。
カウンターの奥で、無口な板前・マサさんが、丁寧に出汁を引き終えたところだった。
「いらっしゃい。」
小さな引き戸が開く音とともに、ふわりとした空気をまとったひとりの女性が現れた。
年の頃は三十代後半、少し疲れた顔。でも、どこか凛としている。
「……忍さん。今日、お願いしてもいいですか? あれ。」
おかみさんの忍さんが、ふっと微笑む。
「うん。例の“アレ”ね。マサさん、お願い。」
マサさんは黙ってうなずくと、炊きたてのごはんを釜からすくい、小ぶりのボウルに移した。
「今日はね、三つ葉と梅、じゃこ。それから、少しだけごま油を垂らして。」
カウンター越し、忍さんが静かに説明してくれる。
「この人ね、昔、毎朝自分でおにぎりを作って出勤してたの。会社、遠かったんですって。」
女性が少し照れくさそうに笑う。
「駅のベンチで、あったかい混ぜごはんのおにぎりを食べるのが、毎朝の元気のもとだったんです。」
マサさんの手が止まることはない。
炊きたてご飯の湯気がほわっと立ちのぼり、香ばしいごま油とじゃこの香りがふわりと漂う。
「……はい、できました。」
木皿に、小さな丸いおにぎりが三つ。どれも柔らかく、ほんのり握っただけの、優しい形。
忍さんがお茶を添えて差し出す。
「……いただきます。」
ひとくち。
ぱりっ、と海苔が軽やかに音を立てる。
噛むごとに、梅の酸味、三つ葉の香り、じゃこの旨みが口の中で広がって――
「……あぁ、やっぱり、これ。」
その一言に、今日という一日の疲れが、ゆっくりと溶けていくようだった。
夜の静けさのなか、小さな湯呑の湯気と、おにぎりの温もり。
「深夜食堂しのぶ」には、今日も静かに“おつかれさま”が灯るのだった。
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今日のレシピ:三つ葉と梅の混ぜ込みおにぎり
材料(おにぎり3個分)
ご飯 1合分(炊きたてがおすすめ)
三つ葉 1/2束(軽く茹でて刻む)
梅干し 1個(種を取り、叩く)
じゃこ 大さじ1
白ごま 少々
ごま油 少々(小さじ1/2ほど)
作り方
1. 温かいご飯に、刻んだ三つ葉・梅・じゃこ・ごまを混ぜる。
2. ごま油をほんの少し垂らして、全体をやさしく混ぜる。
3. おにぎりを軽く握って完成。海苔を巻いても◎
ひとことアドバイス
・冷めても美味しいので、お弁当にもおすすめ。
・お好みでちりめん山椒を加えて、大人の味にしても◎




