第38話:肉じゃがの賄いカレー
時計の針が、午前一時を指す頃。
「深夜食堂しのぶ」ののれんをくぐる常連客の影がひとつ、またひとつ。
カウンターの奥では、寡黙な板前・マサさんが、静かに鍋の蓋を開けていた。
ほんのりと立ちのぼる、醤油とみりんの香り。中身は、さっき常連の“佐伯さん”のために仕込んだ、肉じゃがの残り。
「もうすぐ閉める時間だけど……何か食べる?」
おかみの忍さんが、私に声をかけてきた。
「マサさん、あの肉じゃが、もうちょっと残ってるわよね」
コクリ、とマサさんが頷く。
その目が静かに火加減を確かめながら、別の鍋を用意する。玉ねぎを薄切りにし、残った肉じゃがの煮汁ごと、温め始める。
「カレー粉……?」
思わず呟いた私に、忍さんがにっこりと微笑む。
「ふふ、ウチのまかないカレーよ。肉じゃがの出汁が効いてて、おいしいの」
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そして、できあがった“賄い肉じゃがカレー”。
ジャガイモがとろけ、出汁のしみた牛肉と玉ねぎが、スパイスと溶け合っていた。
一口、口に運ぶ。
ほっとする甘みの奥に、ピリッと香る刺激。どこか懐かしい味。
「……これ、すっごく、優しい味がする」
誰に言うでもなく、私はそう呟いた。
マサさんが一瞬だけ、目元を緩めるのが見えた。
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レシピ:まかない肉じゃがカレー(1人前)
【材料】
・肉じゃがの残り:おたま1杯分ほど
・玉ねぎ:1/2個(薄切り)
・水:50ml程度(煮汁が足りない場合)
・カレー粉:大さじ1
・ケチャップ:小さじ1
・ご飯:一膳分
・お好みで卵黄 or チーズ(トッピング)
【作り方】
① 鍋に薄切り玉ねぎと肉じゃがの残りを入れて、弱火で温める。
② 水を少量足し、煮立ってきたらカレー粉とケチャップを入れ、軽く混ぜる。
③ とろみが出てきたら火を止め、ご飯にかけて完成。卵黄やチーズを乗せるとまろやかに。
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✍️あとがき
肉じゃがが余った時、少しだけ味変したくなることってありますよね。
そんな時にぴったりなのが、この“賄い肉じゃがカレー”。
深夜、誰もいないキッチンで、静かに作る料理には不思議な力があります。
この物語とレシピが、誰かの夜の小さな救いになりますように。




