第37話「鰻、ふたたび」
「マサさん、今日って鰻、ある?」
夜の風に吹かれながら、客の一人――会社帰りの女性が暖簾をくぐる。
店内には炊きたての香りと、かすかに甘辛いタレの香りが漂っていた。
「今日は、鰻はないんだよね!
賄い様の冷凍鰻はあるんだけど‥流石にお客様には出せないよ。」
「マサさん、賄い用でも良いからお願い」
「ああ、ちょっと待っててな」
無口な板前・マサさんは黙って頷くと、冷凍庫から一尾の冷凍鰻を取り出す。
横で見ていたおかみさんの忍さんが、にこりと笑って言う。
「国産じゃないけど、マサさんの手にかかれば、きっとね」
そう言うと、厨房からは手際よく湯気が上がる。
マサさんは冷凍鰻を丁寧に湯せんしてから、酒とみりん、醤油と砂糖の合わせダレを作り、表面を炙る。
「……じゅっ……」
香ばしい香りが広がった。
その様子を見ていた女性がポツリと言った。
「本当はさ、今日……昇進祝いだったんだ。でも、彼も友達も都合が合わなくて。だから……せめて、鰻だけでもって思って」
「……おめでとう」
そう言って、マサさんはカウンター越しに、ふっくらと焼き上げた鰻をのせたご飯を差し出す。
香ばしい鰻の皮、ふわっとした身、タレがしみたご飯。
彼女は一口食べると――目を潤ませて微笑んだ。
「……うん、これが食べたかったの」
しのぶのひと口メモ
【冷凍鰻を美味しく食べるコツ】
市販の冷凍鰻は湯せん→元々、鰻に纏っていたタレと油はは水洗いしてから酒で軽く蒸す→グリルで焼くと、臭みが抜けてふっくらします。
タレは市販品でもOKですが、自家製にすると格別!
醤油:みりん:砂糖:酒=2:2:1:1 を煮詰めて香ばしく。
お祝いじゃなくても、自分をいたわる一杯、どうぞ。




