36話『かまどご飯』
――その夜、常連たちはぽつりぽつりと帰り、店は静まりかえっていた。
「今日はこれで終わりかな……」
おかみさんの忍が時計を見上げたとき、カラン、と戸が開いた。
「……やってる?」
現れたのは、作業服を着た中年の男。
顔は煤で真っ黒だったが、どこか人の良さがにじむ雰囲気がある。
「いらっしゃい。ご注文は?」
「“かまどで炊いた白いご飯”、食べられるかな」
マサさんが一瞬目を丸くしたが、頷く。
「時間、少しかかりますけど、いいですか?」
「……待ちますよ」
店の奥、土間に置かれた小さな羽釜に、薪がくべられる。
焚き火のようなぱちぱちとした音が、静かな厨房に響く。
「昔、ばあちゃんがよく炊いてくれたんだよな。薪の匂いがして、粒が立ってて……」
「……お焦げが美味しいんですよね」
忍がやわらかく笑う。
しばらくして、羽釜の蓋が静かに開けられる。
ふわっと、白い湯気。甘くて香ばしい、炊きたての香りが満ちる。
「どうぞ」
大きめの茶碗に、こんもりよそった“かまど炊きご飯”。
つやつやの粒に、ほんのりとおこげが混ざる。
「……うまそうだな」
箸を入れ、ひと口。噛むたびに、粒が弾け、優しい甘みが口いっぱいに広がる。
「……ああ、これだ。これだよ……ばあちゃんの味、だ」
中年の男は、泣きそうな顔で、ひと口ひと口、噛み締めるように食べた。
その姿を見て、マサさんと忍はそっと目を合わせ、小さく頷き合った。
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今回のレシピ:かまどご飯(羽釜使用)
【材料】
・米:2合
・水:適量(米と同量〜気持ち少なめ)
・薪(焚き火風の香りが欲しいときは桜やクヌギなど)
【手順】
① 米は30分ほど水に浸けておく。
② 羽釜に米と水を入れ、蓋をして中強火で10分。
③ 煮立ったら弱火で10分→火を止めて10分蒸らす。
④ 最後におこげを出したい場合は、仕上げに強火で30秒~1分。
【ひとことアドバイス】
・羽釜がない場合、厚手の土鍋やルクルーゼなどでも代用可。
・蒸らし時間をしっかり取ると、ふっくら仕上がります。
・おかずなしでも、塩だけで食べたくなる味わいです。




