第34話 万願寺とうがらしの肉詰め
深夜、静まり返る路地の奥――
「深夜食堂しのぶ」の暖簾が、かすかに揺れる。
「いらっしゃい」
忍さんが穏やかな声で迎え入れると、若い女性がそっと腰を下ろした。
「……今日、疲れました。もう、ダメです」
彼女の声は弱々しく、眉の間には深い影が落ちていた。
「じゃあ、元気が出るもの、何か作ろうか?」
忍さんの言葉に、女性は困ったように笑った。
「元気が出るっていえば、母がよく“ピーマンの肉詰め”作ってくれたんですけど……」
「でも、ピーマン苦手なんですよね。味も匂いも、ちょっと……」
それを聞いたマサさんは、黙って厨房に向かう。
戸棚から緑の野菜を取り出し、ゆっくりと種をくり抜く。
それは――万願寺とうがらし。
「……ピーマンの代わりに、これを使ってみる」
忍さんが優しく笑うと、女性は少し目を丸くした。
やがて、カウンターに並べられたのは、
ほんのり焦げ目のついた万願寺とうがらしの肉詰め。
箸で割ると、肉汁と甘辛い香りがふわりと立ち上る。
「……あ、これ、いけます」
一口、また一口。
驚くほど箸が止まらない。
「ピーマンの苦みがないし、甘みがあって、柔らかい。……なんか、懐かしい」
女性はいつの間にか、笑っていた。
「マサさんって、やっぱすごいですね」
厨房から聞こえたのは、照れたような低い笑い声だった。
その夜、女性は小さく息を吐き、
「よし、明日もがんばろ」とつぶやいた。
深夜のしのぶは、
またひとつ、心の灯をともした。
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本日のレシピ:万願寺とうがらしの肉詰め
材料(2人分)
万願寺とうがらし:4〜6本
合いびき肉:150g
玉ねぎ(みじん切り):1/4個
卵:1/2個
パン粉:大さじ2
塩・こしょう:少々
醤油・みりん・砂糖:各大さじ1(仕上げ用)
作り方
1. 万願寺とうがらしに切れ目を入れ、種を取り除く。
2. ボウルでひき肉・玉ねぎ・卵・パン粉を混ぜ、万願寺の中に詰める。
3. フライパンで両面を焼き、火が通ったら、調味料を加えて照りが出るまで絡める。
ひとことアドバイス
ピーマンが苦手な人でも、万願寺とうがらしは甘みが強く食べやすいです。
甘辛のタレでさらにご飯がすすむ味に!




