第31話 「焼きそばのつけ麺」
「マサさん、焼きそばのつけ麺って、できる?」
カウンター席の隅に腰掛けた若い女性が、ぽつりと呟くように言った。
平日の深夜二時過ぎ。
この時間でも灯りが消えない、裏通りの食堂――「しのぶ」。
店主のマサは、ちょっとだけ目を見開いた。
「つけ麺で……焼きそば?」
「うん、あの、変なお願いかもしれないけど、昔お父さんが、よくやってくれたの」
女の名前は、涼香。
スーツ姿で、どこか疲れた顔をしているが、マサと忍にとっては、もう馴染みの常連客だった。
「……それなら、やってみようか」
マサは厨房に戻り、黙々と材料を準備し始めた。
忍は、そっと涼香の前に冷たい麦茶を置く。
「今日も、おつかれさま」
「ありがとう……ほんとに、ここがあってよかった」
◆
鉄板にジュッと音を立てて広がる油。
香味野菜と細めの蒸し麺が炒められると、甘辛いソースが加わって、一気に香ばしさが立ち昇る。
一方で、出汁と醤油をベースにしたつけ汁が、別の小鍋で温められていた。
すこし酸味の効いた特製の「追いソース」と、刻みネギと白ゴマ。
つけ汁の中には、さっと炙った豚バラ、メンマ、煮卵。
そして、出来上がった焼きそばは、油をしっかり切ってから、丸く盛りつけて出される。
「はい、焼きそばのつけ麺。お待ちどうさん」
「……わ、ほんとに焼きそばが、つけ麺に!」
涼香は一口、麺を汁につけて口に運ぶ。
香ばしさと、やさしい旨味が絡み合って、懐かしいような、新しいような、不思議な味が広がった。
「……うん、お父さんのより、だいぶ美味しいけど……でも、似てる」
「そうか」
マサは小さく頷く。
「お父さん、いつも焦がしてたんだよね。めちゃくちゃで。でも、すっごく嬉しかったの。今じゃもう、あんな無茶してくれる人、いないけど……」
涼香の目が、少しだけ潤んだ。
忍が、そっと声をかける。
「でも、思い出は残ってる。こうして、その味がまた、生き返ったんだから」
涼香は笑った。
「……うん。ごちそうさま。明日も頑張れるかも」
◆
夜が更けても、深夜食堂しのぶは、静かに灯をともしている。
ひとときのやすらぎを、ひと皿の料理に添えて。
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本日のレシピ:焼きそばのつけ麺
材料(1人前)
蒸し中華麺(細め)……1玉
豚バラ薄切り……50g
キャベツ、もやし、にんじんなど適量
ソース(中濃 or オリジナル)……大さじ2~3
ごま油……適量
つけ汁
鰹出汁……150ml
醤油……大さじ1
酢……小さじ1
ソース……小さじ1
ごま、刻みネギ、煮卵などお好みで
作り方
1. 焼きそばを通常どおり炒め、香ばしさが出たら取り出し、油を切る
2. つけ汁の材料を温め、器に注ぐ
3. 焼きそばを少しずつ汁にくぐらせながら召し上がれ!
アレンジポイント
ピリ辛が好きな方はラー油や七味をどうぞ
麺は少し硬めに仕上げるのがベストです




