第30話:肉団子の酢豚
カラン、カラン――
古い木製の扉に、小さな鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ」
おかみさん・忍が柔らかく微笑みながら迎える。
時刻は午前0時をまわったところ。平日深夜、ぽつぽつとしか人の来ない時間帯だ。
入ってきたのは、三十代半ばほどの女性。スーツの肩に少し雨が残っていた。
「ごめんなさい、遅くに。やっててよかった……」
忍はおしぼりを手渡しながら、彼女をカウンター席へと案内する。
「メニューをどうぞ」
女性は一息ついてから、ぽつりとつぶやいた。
「……あの、酢豚ってできます?」
一瞬、空気が止まる。
奥の厨房で野菜を刻んでいた板前・マサが、手を止めてこちらを見る。
「――あら……」
忍は笑いながら、マサのほうをちらりと見た。
「実は、今日は豚肉がよく出ましてね……」
戸棚を開けながら、言葉を選ぶ。
「ロース肉は切らしちゃったの。代わりに……そうね、挽き肉が少し残ってるわ」
女性は少し戸惑いつつも、笑った。
「……じゃあ、挽き肉で、酢豚……って、できます?」
マサはすっと立ち上がり、冷蔵庫を開ける。
忍が補足する。
「うちのマサさん、即興料理も得意なんですのよ。ちょっとだけ、待っててくださいな」
***
厨房では、静かに調理が始まる。
豚挽き肉に、生姜のすりおろし、玉ねぎのみじん切り、卵、片栗粉を混ぜ合わせ、手早く丸めていく。
油でじっくり揚げた小ぶりの肉団子が、じゅわりと香ばしい音を立てる。
その間に、ピーマン、玉ねぎ、人参をさっと炒め、ケチャップ、酢、砂糖、醤油を合わせた甘酢餡をつくる。
揚げたての肉団子を、熱々の甘酢餡で絡めると――
艶やかで、ふっくらした“肉団子酢豚”が完成した。
***
「お待たせしました」
カウンターに置かれた湯気立つ一皿。
女性はスプーンで小さな肉団子をひとつ口へ運んだ。
カリッ、と外が崩れ、中から肉汁があふれ出す。
甘酢のバランスがちょうどよくて、ほんの少しだけピリリとした後味が心地いい。
「……おいしい……なんだろ、普通の酢豚より、ほっとする味……」
少しだけ、目元をぬぐった彼女に、忍はお茶を差し出す。
「残業、おつかれさま」
言葉はそれだけだったけれど、
たったひと皿で、今日一日が報われたような気がした――
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今日のレシピ:肉団子の酢豚
材料(2人分)
豚挽き肉:200g
玉ねぎ(みじん):1/4個
生姜すりおろし:小さじ1
卵:1個
片栗粉:大さじ2
塩・胡椒:少々
野菜類
ピーマン・玉ねぎ・人参(各適量)
甘酢餡
ケチャップ:大さじ3
酢:大さじ2
砂糖:大さじ2
醤油:大さじ1
水溶き片栗粉:適量
ポイント&アドバイス
・肉団子は手早く成形して冷蔵庫で少し寝かすと、揚げても崩れにくくなります。
・甘酢は、お好みで黒酢を使っても風味アップ!
・冷蔵庫の残り野菜で彩りも調整可。冷めても美味しい一品です。




