第27話 『パンで挟んだ、あの頃の味』
店の扉が静かに開いたのは、夜も深まったころだった。
常連ではないが、何度か見かけた若い女性が、カウンターの端に腰を下ろす。
顔には疲れの色。スーツの襟元は少し乱れ、ネクタイを外したまま手に持っていた。
「……ごめんなさい。なんか、今日は、どうしても、ハンバーガーが食べたくて」
カウンターの中で包丁を研いでいたマサが、手を止める。
その横で、おかみさん――忍が、少し困ったように首をかしげた。
「ハンバーガー……かあ。ごめんなさいね、うちはバンズを置いてないの」
女性は、少しうつむいて笑う。
「ですよね……でも、つい思い出しちゃって。小学生のころ、母が食パンで作ってくれた“なんちゃってバーガー”。」
「学校の遠足、みんなマックとかロッテリアで買ってきてるのに、私だけ、お母さんの手作りで……でも、それがすごく、嬉しかったんです」
しばし沈黙。
だが――マサが静かに立ち上がった。
冷蔵庫を開け、肉と野菜を取り出すと、スキレットに火をつける。
その手つきに、忍は口元を緩める。
「なんとかなる、って?」
マサは頷いた。
「……パン、あるしね」
ジュゥウゥ……と肉が焼ける音が、店に広がる。
塩と胡椒だけのシンプルな味付け。
スライスした玉ねぎは、フライパンの隅でじっくりと甘味を引き出し、カリッと焼いた厚切りベーコンを添える。
最後に――食パンを軽くトーストし、バターを塗る。
片方にはケチャップ、もう片方にはマヨネーズをうっすらと。
「……はい、お待ちどおさま」
皿の上には、見た目こそ素朴だが、どこか懐かしい温もりの詰まった“バーガー”が乗っていた。
女性は、無言でそれを手に取り、一口。
「……ん、ああ……」
涙が浮かびかけた瞳を隠すように、女性は少しうつむき、もう一口頬張る。
「……やっぱり、これです。こういう味、なんですよ……」
忍は笑顔で頷いた。
「うちは、ファストフードは出せないけど、食べたい気持ちには応えられる……かも、ね」
マサは少しだけ口の端をあげて、手を振る。
「うまいなら、よかった」
深夜の店には、静かなジャズが流れていた。
外の世界はせわしなくても――ここだけは、時間がゆっくり流れている。
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レシピ:食パンバーガー(1人分)
食パン(8枚切り):2枚
合挽き肉:100g
玉ねぎスライス:1/4個分
ベーコン:1枚
塩・胡椒:少々
バター:適量
ケチャップ&マヨネーズ:お好みで
スライスチーズ(あれば):1枚
アドバイス:
焼いたパンにバターを塗ると、香ばしさが増して本格感アップ。具は冷蔵庫の残り物でもOK。ウインナーや目玉焼きを加えても美味しいです。




