第26話「初めてのラムの味」
ぽつり、ぽつりと降り出した雨が、石畳の路地を濡らしていた。
時刻は午後十一時を回ったころ。
駅裏の雑居ビルの一角――赤ちょうちんがぶらさがる、静かな店がある。
『深夜食堂しのぶ』。
暖簾をくぐると、ふわりと香ばしい香りが鼻をくすぐった。
「……いらっしゃい」
カウンターの奥で、無口な板前――マサさんが、包丁を置いて一言。
その隣、笑顔の優しい女性――忍さんが、手拭き片手に出迎えてくれた。
「今夜は寒いですねえ。よければ温かいスープでもお付けしましょうか?」
入ってきたのは、OL風の若い女性。濡れた髪をハンカチでぬぐいながら、ぽつりと呟いた。
「……ラムって、食べたことないんですけど、どんな味ですか?」
その一言に、忍さんはにっこり笑った。
「癖のない子羊のお肉ですよ。優しい香りで、とっても美味しいんです」
マサさんが手を止め、しばし考えると、冷蔵庫から新鮮なラム肉を取り出した。
「香草焼き、いけるな」
調理が始まる。ガーリック、ローズマリー、タイム、黒胡椒。下味をつけたラム肉が、熱された鉄板でじゅうっと音を立てる。
その香りは、懐かしいようで異国のようでもあり……空腹を刺激してくる。
「うわ、いい匂い……」
やがて、焼き色のついたラムが、付け合わせの蒸し野菜と共に皿に盛られる。
そして――
「こちら、ラムの香草焼き。特製のミントソースを添えてます」
ひと口――ナイフを入れ、口へと運ぶ。
「……やわらかいっ!」
彼女は驚いたように目を見開き、噛みしめるたびにほのかに広がる香草の風味に、何度も頷いた。
「ラムってこんなに美味しいんですね……。勝手に“クセが強そう”って思ってました」
「食わず嫌い、損しますよ」
マサさんがぼそりと笑う。
彼女は食後、もう一品リクエストした。
「もしできたら……ラムでご飯もの、お願いできますか?」
マサさんと忍さんが顔を見合わせ、無言で頷く。
そこから出来上がったのが――
**「ラムと香味野菜の炊き込みご飯」**だった。
ラムの脂と香味野菜(生姜、にんにく、玉ねぎ、人参)から出る旨味が、ほかほかのご飯と一体になって、噛むたびに風味が広がる。
「……あぁ……こういう夜、嫌いじゃないです」
窓の外では、雨がやんでいた。
明日もきっと、何かが少し、変わる気がした。
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レシピ紹介:ラムの香草焼き
材料(1人分)
ラム肉(肩ロースなど)…120g
にんにく…1片
ローズマリー…ひとつまみ(乾燥でもOK)
タイム…少々
塩・黒胡椒…各少々
オリーブオイル…小さじ1
ミントソース(市販 or 自家製)
作り方
1. ラム肉に塩、胡椒、ハーブ類、にんにくを揉み込み10分置く。
2. フライパンにオリーブオイルを熱し、表面に焼き色がつくまで中火で焼く。
3. 火を弱めて蓋をし、2〜3分蒸し焼きに。
4. ミントソースを添えて完成!




