第23話 賄い丼
深夜一時。
人気のない裏通りに、ひっそりと灯る暖簾。
そこには、ひとつの小さな食堂がある。
店の名は――深夜食堂しのぶ。
看板には小さくこう書かれている。
> “お品書きはありますが、ない料理もできます”
カウンター席が六つ、テーブルが一つ。
常連がのんびりと飲んだり、語ったり。
そんな空間に、ふと香ばしい香りが立ち込めた。
「マサさん、今日の賄いは何かしら?」
仕込みを終え、エプロンを外したおかみさん――忍が、ふわりと笑みを浮かべて声をかけた。
カウンターの向こうで黙々と包丁を振るっていた男が、ちらりと視線だけを向ける。
彼の名はマサ。無口だが、仕事は丁寧で、何より“気遣い”が細やかだった。
「……今日は、鰹の漬け丼にしました」
「まぁ!鰹なのね。今がちょうど美味しい頃かしら?」
マサは頷きながら、冷蔵庫からガラスの容器を取り出した。
その中には、分厚く切られた鰹の切り身が、琥珀色の漬けダレに浸っている。
「厚めに切ってあります。味醂と醤油、生姜で漬けました。……それと、二つに分けてあります」
「え?二つ?」
「もう一方は、醤油、味醂、そして山葵で仕上げてます。辛味が少しだけ立つので……」
マサが言い淀む。
「本当は、ニンニクも入れたかったんですが……お気になさるかと思って」
忍はくすっと微笑む。
「マサさん、私はニンニクでも大丈夫よ。ウフフ。気を使ってくれてありがとう」
頷いたマサは、手際よく温かい白飯を丼によそい、漬けた鰹を丁寧に盛りつけた。
上には千切りの大葉と白ごま。仕上げに、わさびをほんのりと添える。
「……お待たせしました」
「いただきます」
忍が丼を手に取ると、ふわりと鰹とタレの香りが広がる。
まずは、生姜ベースの方をひと口。脂ののった鰹と、ほどよい甘辛いタレが絶妙に絡む。
「美味しい……マサさん、これ、お店で出してもいいくらいよ?」
照れたように、マサは俯いたまま軽く首を振った。
続けて山葵の方を食べると、鼻に抜ける清涼感とタレのコクが絶妙にマッチしていた。
忍はふう、と小さく息を吐いて、幸せそうな表情を浮かべる。
「……今日も、美味しい賄い、ありがとう」
マサは、それにただ、小さく頷くだけだった。
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本日のレシピ:鰹の漬け丼
材料(2人分)
鰹(刺身用):200g
醤油:大さじ2
味醂:大さじ2
おろし生姜:小さじ1
わさび(好みで):適量
白ごはん:丼2杯分
大葉:2枚(千切り)
白ごま:少々
作り方
1. 鰹は厚めの刺身に切る。
2. 醤油・味醂・生姜(または山葵)を混ぜたタレに、鰹を15~30分ほど漬ける。
3. 温かいごはんに鰹をのせ、大葉・白ごまを散らし、好みで山葵を添えて完成。
ワンポイントアドバイス
・生姜ベースで食欲を増す夏向けに。
・山葵を利かせれば大人の味に。
・お茶漬け風にしても絶品。




