第20話「タルタルソースという優しさ」
夜風が冷たく感じ始めた季節。
路地裏に佇む、木造の小さな看板――
《深夜食堂しのぶ》。
暖簾をくぐると、ほのかに香る出汁と油の匂い。
静かにテレビの音が流れる中、カウンターの奥で板前のマサさんが黙々と揚げ物を仕込んでいた。
「こんばんは」
戸を開けて入ってきたのは、スーツ姿の若い女性。
肩の力が抜けたように、ふっと吐息を漏らして席に座る。
「今日のおすすめは、チキン南蛮。もちろんタルタルつき」
そう言ったのは、カウンター越しに微笑むおかみさん、**忍**さん。
けれど、女性は少し困ったように笑って言った。
「……あの、タルタルって、玉ねぎ入ってますよね?」
「うん。みじん切りで」
「私、玉ねぎがちょっと苦手で……せっかくなんですけど、ソース抜きでいいです」
マサさんの手が、そこで一瞬だけ止まった。
だが次の瞬間、頷いて厨房へと戻っていった。
10分後――。
香ばしく揚がったチキンに、白いソースが添えられて運ばれてくる。
「あの、これ……」
「大丈夫。玉ねぎは使ってないよ」
女性が恐る恐るスプーンでソースをすくい、一口……。
ぱあっと顔が明るくなる。
「え、これ美味しい……えっ、何が入ってるんですか?」
忍さんが少し得意げに微笑む。
「しば漬けとピクルスを細かく刻んでね、ちょっとレモンも加えてるの」
「……わぁ……玉ねぎじゃなくても、こんなに美味しくできるんですね」
女性はうれしそうに、頬をゆるませながら黙々とチキンを口に運ぶ。
ふと、忍さんがぽつり。
「食べられなかったものが、美味しく感じられたら……それって、ちょっとした奇跡だと思わない?」
女性は一瞬だけ、何かを思い出すように目を閉じた。
「……はい。なんか、そうですね。今日、ちょっと疲れてたんですけど……少し元気出ました」
マサさんは黙って、別の揚げ物の仕込みを始める。
静かな深夜。
ひと皿の料理が、誰かの心をそっとほどいていた。
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本日のレシピ:
《玉ねぎ不使用・タルタルソース》
材料(2人分)
ゆで卵…1個
マヨネーズ…大さじ2
ピクルス(甘酢漬け)…大さじ1(みじん切り)
しば漬け…小さじ1(細かく刻む)
レモン汁…小さじ1
塩・こしょう…少々
作り方
1. ゆで卵をフォークなどで粗めに潰す。
2. ピクルスとしば漬けを加え、マヨネーズで和える。
3. レモン汁と塩こしょうで味を調えるだけ。
※お好みで、青じそやパセリのみじん切りを足してもさっぱりして◎。
※玉ねぎが苦手でも、しっかり風味と歯ごたえのあるタルタルに仕上がります。




