第173話 甘いお土産
石岡から帰宅した日の夜。
暖簾の灯りが静かに揺れる。
ここは——
深夜食堂 「忍」。
店の中には、いつもの落ち着いた空気が流れていた。
カウンターの奥で忍が湯を沸かしている。
そこへマサが紙袋を持って入ってきた。
「ただいま」
忍が振り向く。
「おかえりなさい。
今日は早いのね」
マサはカウンターに袋を置く。
「ちょっと石岡に行ってな」
「石岡?」
忍が不思議そうに首をかしげる。
「墓参りの帰りに寄ったんだ」
マサは袋の中から箱を取り出す。
「土産」
その時、奥の暖簾から顔を出したのは
八恵子だった。
「なに?
お土産?」
マサが笑う。
「甘いのだ」
八恵子の目が輝く。
「ほんと?」
箱を開ける。
中に並んでいたのは、
可愛らしい包みの大福だった。
「石岡の店で買ってきた」
マサが言う。
「お菓子の久月 石岡店。」
忍が少し驚く。
「へぇ、久月?」
マサは一つ手に取る。
「フルーツ大福——『いちごちゃん』」
包みを開くと、
ほんのりピンク色の大福が現れた。
八恵子が興味深そうに覗く。
「かわいい名前ね」
マサが説明する。
「苺をこし餡で包んで、
それを大福で包んでるらしい」
忍が笑う。
「三重構造ね」
三人で一つずつ手に取る。
「いただきます」
一口。
もちっ。
次の瞬間——
苺がぷちっと弾けた。
八恵子が目を丸くする。
「……おいしい!」
忍もゆっくり味わう。
「甘さが上品ね」
マサがうなずく。
「苺の酸味がいい」
八恵子はもう半分食べている。
「これ、何個買ってきたの?」
マサが笑う。
「お前の分、ちゃんとある」
忍が湯呑みを差し出す。
「お茶、合いそうね」
三人で静かに大福を食べる。
深夜の店に、
ほんのり甘い時間が流れていた。
八恵子がぽつりと言う。
「マサさん」
「ん?」
「また石岡行ったら——」
少し笑って言った。
「この“いちごちゃん”、また買ってきてね」
マサは苦笑した。
「……了解」
その夜の深夜食堂には、
ほんの少しだけ
甘い匂いが残っていた。




