第125話:『至高の唐揚げ』
雨が降っていた。
しとしとと、路地を濡らす音が店内にも届く。
マサは無言で厨房に立ち、しのぶは黙々と仕込みをする。
その夜は珍しく、誰も客がいなかった。
「……マサさん、唐揚げって、何が“至高”なんだろうね」
しのぶのつぶやきに、マサは煙草に火をつけながら目を細めた。
> 「至高? ふん……それはな、
“誰かに食わせたくて、揚げた”唐揚げだよ」
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一皿の“至高”
10分ほどして、
マサが火元に立ち、唐揚げを揚げはじめた。
しのぶはごはんを炊き、千切りキャベツを用意する。
ジュワッ……
肉が油に触れた瞬間、厨房の空気が変わる。
生姜とにんにく、醤油の香り。
そこにマサの手が重なると、何かが違う。
揚がったそれは、黄金色で、カリッと音がしそうだった。
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「これが、“俺の至高”」
鶏ももは一晩、しょうゆベースの漬けダレに漬け込む
片栗粉オンリーでカリッと揚げ、二度揚げで仕上げる
油の温度管理は180℃→160℃
揚げたてに少しの塩と、ほんのりレモン
マサがそれを、無言でしのぶに差し出した。
しのぶが一つ口にする。
「……うん、これだ。
“思い出す”味じゃなくて、“思い出になっちゃう”味」
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至高の唐揚げ:レシピ(マサ流)
材料
鶏もも肉…300g(一口大に)
醤油…大さじ2
酒…大さじ1
みりん…小さじ1
生姜…すりおろし小さじ1
にんにく…すりおろし少々
片栗粉…適量
揚げ油…たっぷり
塩・レモン…仕上げ用
作り方
1. 鶏肉をタレに半日〜一晩漬ける
2. 揚げる直前に片栗粉をしっかりまぶす
3. 180℃で1分半 → 休ませて → 160℃で二度揚げ1分
4. 油から上げたら、ほんの少しの塩
5. 好みでレモン、ゆず胡椒、マヨ+七味なども可
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しのぶがぽつりと
> 「“カリッ”の裏に、いくつの想いがあるんだろうね」
マサが煙をくゆらせながら答えた。
> 「“唐揚げを揚げる手”ってのはよ……
愛とか後悔とか、伝えられなかった言葉で、重くなってんだよ」
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至高の唐揚げとは
誰かのために漬け込む時間
胸のうちを火で包んで揚げること
食べた瞬間に、言葉じゃなく気持ちが届くこと
それが、マサとしのぶにとっての「至高の唐揚げ」だった。




