第123話『弁当屋で育った姉妹』
夏の深夜。
街はしんと静まり返っているが、「しのぶ」の小さな灯は今日も変わらず灯っている。
ガラッ。
店の戸が開き、涼しげなワンピース姿の女性がふたり並んで入ってきた。
姉妹だ。目元が似ている。だが、空気はまるで違う。
姉は落ち着いた雰囲気で、妹はどこか尖った空気をまとっていた。
カウンターの奥、マサが目をやる。
> 「いらっしゃい。……二人で?」
「はい」
姉が軽く会釈する。
「ひとつ頼みがあって来ました」
> 「頼み?」
「“母の唐揚げ弁当”を……作ってほしいんです。
――できる範囲で、で構いません」
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姉妹と唐揚げ弁当
母がやっていた小さな弁当屋。
町工場の人たち、学校の先生、近所のお年寄りが毎日のように来たという。
姉妹は、その弁当屋で育った。
学校から帰ると、台所で母が唐揚げを揚げていた。
だし巻き玉子を巻いていた。
のり弁には、いつも手書きの「今日も元気で!」の一筆。
けれど、店は数年前に閉じた。
母は去年、静かに旅立った。
妹がぽつりとつぶやく。
「ねぇ……ほんとに“あの味”、出るの?」
姉が答える。
「……完璧じゃなくてもいいの。
せめて、覚えてる“あの感じ”が食べたいの」
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マサが動いた
マサが唐揚げ粉を用意しながら、呟く。
> 「揚げ油の音が、記憶を呼ぶってこともある」
しのぶが、だし巻き玉子を巻き始める。
醤油と砂糖と、ほんのりの出汁。
姉妹は、無言でその様子を見つめていた。
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出された「母の唐揚げ弁当」
鶏もも肉の唐揚げ(しょうが醤油+片栗粉)
出汁入り甘めの玉子焼き
きんぴらごぼう
梅干し入り白ごはん
のりと、母の言葉を書いた小さな紙片(しのぶの計らい)
妹が箸をとり、唐揚げを一口。
目が潤む。
「……ちょっと違うけど、
“お母さんの匂い”がする」
姉も黙って玉子焼きを食べる。
しばらくして、姉妹は顔を見合わせ、
笑った。
「やっぱり……この味で育ったんだよね、私たち」
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今夜の“母の唐揚げ弁当”レシピ(家庭風)
唐揚げ
鶏もも肉…300g
醤油…大さじ2
酒…大さじ1
おろし生姜&にんにく…各小さじ1
片栗粉+薄力粉…適量
揚げ油
→ 下味を30分漬け込み、粉をまぶして揚げる(180℃→160℃)
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玉子焼き(母の味)
卵…2個
砂糖…大さじ1
醤油…少々
出汁…大さじ1
→ 甘めで、しっとり仕上げる。
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小鉢:きんぴらごぼう
ごぼうとにんじんを炒め、
醤油・砂糖・みりんで甘辛く。
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ごはん+のり+梅干し+手書きメッセージ
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最後にマサがぽつりと
> 「弁当ってのは、“記憶の保存食”なんだよな」
> 「冷めても美味い理由は、
“あったかかった時間”が包まってるからだ」
しのぶも、微笑んで一言。
> 「大丈夫。
あなたたちがそれを覚えてる限り、
お母さんの味は、消えないわよ」
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姉妹は、お弁当の味をゆっくり味わい、
やがて、ほっとした顔で店をあとにした。
ガラッ。
扉の音が静かに消えると、また、しのぶの手が動きはじめた。




