第120話:『真夜中の女子高生と、缶詰コーンスープ』
深夜2時を回った頃、静まり返る「しのぶ。」に、
チリン――と控えめなドアベルの音が鳴った。
入ってきたのは、制服姿の女子高生。
くたびれたリュックに、足元は少し濡れている。
しのぶがカウンター越しに静かに言った。
「……また来たのね。
寒かったでしょ。コーンスープ、温めるわね」
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ひとりで夜にいる理由
その子は、たまに深夜にふらっと現れた。
特に何かを話すでもなく、
いつも「缶詰のコーンスープ」をひとつ注文するだけ。
缶のまま温めて、マグカップに移し、添えるのはスプーンだけ。
ある日、マサがぼそっと言った。
「……高校生がこんな時間に一人、来るもんじゃねぇ」
だが、しのぶは返す。
「来てくれるだけ、ありがたいのよ。
この店を“帰る場所”と思ってるなら、尚更ね」
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コーンスープと、黙っていてくれる場所
その夜、彼女はいつもより少しだけ話した。
「……母親、夜勤ばっかで。
朝ごはんは、いつも“このスープ”だったの。
保温ポットに入れてくれてた。
だから、飲むと落ち着く」
「喧嘩したの?」
「うん。でも言い返すほど、元気でもなくて」
しのぶは、黙ってまた缶を開ける。
「夜って、いろんなこと思い出すよね。
何もしてないのに、泣けてくる」
彼女は、コーンスープをすする。
甘い香りが、鼻から喉に抜けて、心をそっと温めていく。
マサは言わないが、そっと牛乳を小鍋で温めて、缶のスープに加えていた。
味がやわらかく、少しミルキーになっていた。
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雨が止んだら
「テスト、終わったら、ここで何かちゃんと食べる。
……焼きカレーとか、いいな」
そう言って、彼女は帰っていった。
しのぶが後ろ姿を見送りながら、ぽつりと呟いた。
「……あの子、春には卒業ね。
それまでに、店の味、教えてあげたいわ」
マサはタバコに火をつけ、無言でうなずいた。
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しのぶ流:コーンスープ(缶でできるアレンジ)
材料(1人分)
コーンスープ缶(市販)…1缶
牛乳…50ml(濃厚にしたいなら多めに)
バター…小さじ1
黒胡椒…ひとつまみ
パセリ(あれば)
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作り方
1. 鍋にバターを溶かし、缶の中身を注ぐ
2. 弱火でゆっくり加熱し、牛乳を加える
3. 黒胡椒をふり、器に盛り、パセリを添える
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しのぶの一言
> 「甘さだけじゃ、温まらない夜もある。
でも、ちゃんと“手をかけた味”には、心が応えるのよ」




