『特別編』時の旅人編:鰻を知らぬ世界より
外のざわめきが一瞬だけ、止まった気がした。
ガラガラ……
深夜食堂しのぶの木戸が開き、揺れる暖簾をくぐるようにして、フード付きのロングコートを着た男女が現れた。
マサ「……来た。」
しのぶ「来たみたいね。」
その男女は、以前もこの店を訪れたことがある。
不思議な雰囲気の2人――銀髪に青い瞳。まるで異国のようで、どこか“異時”のようでもある。
青年は、フードを下ろすと微笑んだ。
「また……来ちゃいました。」
以前より口数が増え、表情もやわらかい。
その隣で、少女が小さく手を振る。
「こんばんは、しのぶさん、マサさん。」
しのぶ「いらっしゃい。今夜は、何を?」
青年は少し考えた後、口を開く。
「もし、“鰻”があれば……頂きたいです。」
マサの手が、止まる。
「鰻?」
「ええ、僕たちのいた時空には……“鰻”という生物そのものが、存在していないんです。」
「この前ここで話したあと、どうしても味わってみたくなって……。夢に出てきたんです、香ばしい匂いと、白いご飯と一緒に。」
マサは、ゆっくりと立ち上がると、冷蔵庫から丁寧に仕込まれた鰻を取り出した。
「……運がいいな。たまたま、あるよ。」
しのぶが笑いながら茶を差し出す。
「今日は、“鰻重”いってみましょうか。」
***
静かな厨房に、じゅうう……という音が響く。
炭の上で焼かれる鰻の皮目がパリッと音を立て、タレを重ねては焼き、また重ねては焼く。
マサの手は、まるで舞うように動いていた。
「香りが……すごい」
少女がうっとりと目を細める。
青年も、吸い寄せられるようにカウンターへ。
マサ「さ、どうぞ。」
目の前に置かれたのは、ふっくらと白いご飯、その上に輝くような照りの鰻――そして香の物と赤出汁。
箸を取る手が、思わず震える。
「……いただきます。」
ひとくち。
口に広がる甘く、香ばしいタレ。
皮はパリっと香ばしく、中はふっくら。
それを白飯が受け止めて、すべてが優しく溶けていく。
「……こんな……こんな食べ物が、あったなんて……」
青年の目に、少しだけ涙が滲んだ。
少女も無言で頷きながら、ご飯をひと粒残さず食べていく。
食べ終えたあと、2人はしばし黙っていた。
まるで、その味の余韻にひたっているように。
しのぶ「どうだった?」
少女「言葉に……ならないくらい、幸せでした。」
青年「この味を……記録して、あの世界にも持ち帰れたら……きっと人が救われる気がする」
マサ「味は記録じゃない。思い出で残すもんだ。」
青年「はい……そうですね。」
しのぶはふっと笑った。
「また、食べたくなったら来なさい。時間とか、次元とか、そんなの関係ないから。」
2人は深く頭を下げ、再びフードを被り、扉を開けた。
外のざわめきが、再び戻ってくる。
しのぶ「さて、次のお客さんの仕込みしなきゃね。」
マサ「……焼き鳥、やってみるか。」
暖簾が、やさしく揺れていた。
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今夜のレシピ:炭焼き鰻重(家庭風)
【材料(1人前)】
鰻の蒲焼き(市販でもOK)…1尾
ごはん…1膳
鰻のたれ(醤油・みりん・砂糖を1:1:1で煮詰めたもの)
山椒、刻み海苔(お好みで)
【作り方】
1. 鰻は酒少々をふって、トースターまたはフライパンで香ばしく焼く。
2. 焼いてる間にご飯を盛り、タレを少し混ぜておく。
3. 焼きあがった鰻を乗せ、さらにタレをひとまわし。
4. 山椒や刻み海苔をお好みで。完成!
【アドバイス】
炭焼き風にしたいときは、フライパンに金網をのせて焼くと香ばしさが出ます。
市販の鰻でも、温めるときにひと工夫すると驚くほど美味しくなりますよ。




