コンビニの笑顔
4月、桜がそっと舞う夕暮れ。
新しい街の空気は胸をざわつかせる。
空野裕樹は入学式を終えて、
スーツのネクタイを緩めながら、
コンビニのガラスドアを押した。
(今日から一人暮らしか。コンビニばっかも良くないよなぁ。)
レジの前には人がちらほら立っていた。
ゆうきはその客をテキパキとさばく女の子に目を奪われた。彼女の名札には天野と書かれていた。
バーコードを滑らかにスキャン、
「ありがとうございます」と笑う。
(すげー速っ。)
ゆうきはつい目で追ってしまっていた。
「遥香、いつも思うけど手際いいよね。お客の私としては、もう少し喋りたいんだけどなー。」
「沙月、バイト中だから終わってからね!」
どうやら彼女は天野遥香といい、レジに並んでるのは同級生のようだった。
「ほら、お客さん並んでるからあとでね。」
ジュースとお弁当を持ち、列に並んでいると
「次の方、どうぞー」
優しく温かい、どこか際立った声質が響いた。
裕樹は持っていた夜食をそっと置く。
遥香と、ふっと目が合った。
「お袋いりますか?」
遥香、にこっと笑って言う。
店員としては100点の笑顔だ。
だが、彼女の言葉はどこか少しズレていた。
(え、袋じゃなくて?)
裕樹、くすっと笑って、
「えっと、 おふくろ? それは、お母さんは必要だと思うけど。」
軽いノリで返してみる。
ほんの一瞬の時が止まり、目を丸くする。
そして何かに気づいたように、ぷっと吹き出した。
「うそ! 袋! 袋って言いませんでした!?」
手を振って、笑ってる。
頬が、ほんのり桜の色をしていた。
「ですよね。けど、おふくろも大事っすよ?」
裕樹もつられて笑う。
レジの音が
二人の笑い声に混じる。
「もう、乗っからないでよ!」
遥香はどうにか業務に戻る。
「お弁当、温めますね。」
目が、ちょっとだけウインク。
(この子、なんだこの気持ち。)
お弁当と一緒に裕樹の心が温まるのを感じていた
会計の間、
遥香が小さく笑う。
「入学式ですか? スーツ、似合ってますよ。」
「マジっすか? いや、親父の借り物ですけど。」
「私も今日、入学式だったの。同じ大学、ですよね?」
会話と声が弾んでいく。
「え、マジ? 全然気付きませんでした。」
裕樹、心が少し前のめり。
遥香、ふっと目を細めて、
「うん、友達と居てるところを見てました。なんか元気な人だなぁって。」
続けて、遥香がそっと言う。
「また、会えますか?」
その言葉に裕樹の笑顔が溢れた。
「絶対会えるよ。大学生活、めっちゃ楽しみになった。」
思わず、本音が出る。
遥香の笑顔、
桜より柔らかく、眩しい。
(この笑顔、頭に焼き付くな。)
心臓が忙しなく、しかし同時に心地よく動いていることを裕樹は感じていた。
「また来てくださいね。」
遥香の声、
裕樹の背中にそっと届く。
「絶対来ます。じゃあな。」
振り返って、笑顔を返す。
コンビニを出ると、
夜桜が街灯の下で揺れる。
スマホを握る手、
少しだけ熱い。
(あの赤い頬、なんでこんな気になるんだ。)
すると、ぴこんとスマホが鳴った。
幼なじみの星宮昴からだった。
「アパートの鍵、ぼくの部屋に忘れてるよ。」
でも、裕樹の頭は、
遥香の笑顔でいっぱいだ。
(この春、なんか、特別かも。)
空に、星が一つ。
静かに瞬いていた。




