アイを叫んで花束を Ⅱ
中編です
立里亜瑞麻の独白
個性的という言葉は、殆どいい意味で使われない。変人・異常者・珍種、そう言った蔑みの言葉にオブラートをかけたような言葉だ。
個性的を本当にいい意味で言うなら、それは魅力的と言う言葉に書き換えられるんじゃないだろうか。
僕はよく個性的と言われた。普通になりたかった。
僕は普通がわからない。それでも普通になりたかった。
自分をそのまま出していたおかげでいわゆるともだちは多かったと思う。でも深い仲になったやつはいなかった。
ともだちってなんだろう?親友までいかない浅い人たちでいいのかな。
変わり者だからよく絡まれた。相手は友達のツラをして嫌な扱いをしてくる。誰だよお前。
普通のやつらに囲まれてる普通じゃない人間、社会で生きていくには難しい人間、歯車にすらなれない人間。
人の感情が読み取れないわけじゃない。小さい頃母親に訳もなく怒鳴られたり殴られたりしてきたおかげで、ひとの顔色を伺うのだけは得意だ。でも伺った先でどうすればいいかわからなかった。だから普通じゃない振る舞いをしてしまうのだろう。
バイトの面接に受かったことがない。特異な人間は働くこともできない。
人に好きになられたこともない。珍種と付き合いたい人なんかいないだろう。
それでも、気が狂いそうなほど好きになった。いや、狂っていたのかもしれない。
誰にも愛され無かったけど誰か一人に愛されれば幸せだ。それだけでよかった。そして告白してわかったことがある。
自分を受け入れてくれるような人はいない。
それがわかった時、今まで表面張力のように耐えていた感情が一気に溢れ出した。
今まで道化が蓋をして隠していた心の穴が露わになって、全てが崩壊した。
やっぱり普通じゃないからだ。
普通になりたかった。
普通の人生を送りたかった。
普通じゃないやつは心を回復させることもできない。
こんな家に生まれなければ・・・そう思った時、自分の生まれた家を燃やした。手元に火があったから。
全て燃やして、自分もそこで灰になろうと思った。
気がついたらどこかの部屋にいた。病院だ。自分は包帯を全身に巻かれていた。
どうやら助け出されたらしい、余計なことをしやがって。
懲役刑を受けた。独房の中で静かに眠った。
模範囚になりたいわけじゃない。いっその事死刑にしてくれればよかったなんて事を思いながら眠った。
看守の人は厳しかったり優しかったりする。そういう役割をやる仕事なんだろう。何が楽しいんだろうか。
風邪を引いた。熱が出た。病棟へ移された。今までも独房だったから何も変わらない。夜は時が止まったように感じた。
刑が終わって釈放されたらどうなるんだろうか。
このまま年齢だけ重ねて肉体が老いただけの使い道のないアダルトチルドレンの出来上がりだろう。
社会的に必要とされないどころか弾かれてしまうだろう。普通じゃない僕はもっと普通じゃなくなってしまった。
楽に死にたいけどこれじゃ何もできない。時が止まればいいのに
そう思った。
独房で微かに聴こえていた音が完全に聴こえなくなった。ついに耳も聴こえなくなった。そう思って静かに眠った。
あれから何日経っただろうか。また朝が来た。
あんなにしんどかった身体が軽くなっていた。音も聴こえる。
刑務所にいる医者が僕の体温を測り、病棟から再び独房へ移される事になった。
移送中歩かされていると、急に看守の動きが止まった。
どうしたんだろう?
看守たちの方を見ると片足を上げたまま止まっていた。
辺りを見ると体操をしている囚人たちの動きも止まっていた。
世界が、止まっていた
・・・・・なんだろうかこれは?
死の直前に脳の働きで周りがスローモーションになるのは知っているがさらに感情が底を抜けると時が完全に止まるのか?
試しに看守から離れてみた。
普通に動ける。
どのくらいの時間が止まっているのだろうか?何秒ほど止まっているのだろうか?
とりあえずここを出《脱獄し》よう。あそこの高い壁を登っていかないといけない。
行けるだろうか?時はまだ止まっている。
壁際に立っている看守がいる、あいつを使おう。
身体は止まった時間に固定されているようだ。これなら頭の上にも乗れるだろう。時が動き出した途端首が折れるだろうが生贄になってもらう。
頭の上になんとか登ったがそれでも壁は高い。
俺は何度も壁に打ち当たってきた。普通の人が乗り越えられるような低い壁でさえ乗り越えられなかった。
だからせめて、この壁だけは乗り越えてやる
俺は飛んだ、今までで一番高く飛んだ
「うおおおおああああああああ!!!」
全身が壁に当たるもなんとか手は届いた。その弾みで時が動き出したらしく、囚人たちの体操が再生され、足元で看守の首が折れ、喧騒が俺を包んだ。
「お前!そこで何やってる!!」
ここまで来て捕まるわけにはいかない。俺は全身を砕くつもりで目一杯力を入れた。
壁の上に立った
銃声が聞こえた。どうやら発砲許可が出たようだ。
躊躇してる時間はなかった。俺は13階段よりも高い壁から飛び降りた。
着地した時、脚全体に激痛が走った。どうやら時を止められるようになったからと言って、身体が頑丈になったわけではないらしい。
それからの事は意識朦朧としながら目的もなく徘徊を繰り返していた。
次第に時を止めるコツを覚えた。どうやら時間は自分の好きなように止められるようだ。
自分が吸血鬼じゃなくてよかった。ただの人間でよかったと初めて思った。
街中で自分の顔写真が貼られているのをみた。
見た目を変えよう。時間を止められるから見つかってもすぐ逃げればいい。時間を止めて服や金を自由に調達出来るようにしたのでいくらでも対処のしようがある。とりあえずまだあまり張り出されていない今のうちに髪を変えよう。
美容院に偽名を使ってアプリで予約し、髪をホワイトアッシュにした。
さて、これからどうしようか。
時を止めたとこで日常生活でほとんど金をかける必要が無くなったのは大きい。とはいえ持ち金がなくなる度に盗むのも面倒くさいし何より大金を持ち歩くのもあまりいいとは言えない。
現金でしか支払っていない事で怪しまれる事は今のとこはまだないだろう。
しかし、この能力は自分だけに与えられたものだろうか?自分程度の人間が与えられているのならば他にもいるかもしれない。そうだ、この能力の手がかりを探ろう。止まった時の中を、自分と同じ痛みを持つ人間と一緒にいたい。
今思えば普通の人の当たり前が与えられる事のなかった自分は、それを埋めてく戦いをしていたのかもしれない。
一人の女性に会った。
彼女の名前は尾張真希奈。
中央線のとある駅のホームに彼女はいた。
次の電車は快速で通過する。
彼女の隣に立ち、楽になりたいと思いながら飛び込む気力もなく眺めていると、僕の意思を受け継いだように隣の彼女が止まらない快速へ向かって翔んだ。
「危ない!」
瞬間、なぜか俺は時を止めて彼女の手を取り、身体を抱き寄せていた。
そして、時が動き出した。
尾張真希奈のモノローグ
小さい頃から絵を描くのが好きだった。歌を歌うのが好きだった。踊りを踊るのが好きだった。
小さい頃から可愛いと言われた。幼い頃の写真を見てもとびきり可愛いと思う。
それからも学校の先生達にも可愛いって言われた。
私は自分に自信があった。
けど、中学の頃、お父さんが部屋に来た。あの時、殺しておけばまた違う人生になってたと思う。
それからも、私の体が知らない人たちの物になったりした。
いつからか、あんなに好きだった私自身が嫌いになっていた。
一人の男に会った。
男の名前は立里亜瑞麻。
私は中央線のホームで快速を待っていた。この駅は快速が通過するから。
来世に期待、いや、楽になりたかった。
通過する電車が見えた。
私はここで一歩を踏み出すんだ。そう思って跳んだ。
「危ない!」
声が聞こえた。でも大丈夫、私はここで終わるから。
「・・・・・?」
快速電車が大音量のクラクションを流しながら背後を通り過ぎていった。
私の体は、なにも変わっていなかった。
どこかに転送されてもいないし異世界に行った感じもない。
違うのは知らない男の腕の中にいた。
きっとまた幻覚を見たんだろう。跳んだのは錯覚だったのかもしれない。
「大丈夫?」
「あたし・・・飛び込んだんじゃ」
「うん」
「なんで助けたの」
「ダメだった?」
「・・・・・」
せっかく飛んでいけると思ったのに、せっかく楽になれると思ったのに、私の時は完全に止まってしまった。
それから私は、なぜかこの男と行動を共にするようになった。
この男が好きになったからじゃない。一人で立つには限界だったから、適当な棒切れでもなんでもいいから杖が欲しかったから
この男と犯罪して、この男と食事して、この男とセックスして、この男と・・・何してんだろ・・・
変われたはずのあの日はもうどこかへ行ってしまった。
彼が余計なことをしたせいで私の苦しみはまだ続いていく。
続・立里亜瑞麻の独白
助けた彼女は俺と似た境遇を辿っていた。
親に叱られ、殴られ、自尊心のカケラもなくしていた。
同じ傷を負った彼女となら空いている穴を埋められると思った。運命だと思った。
だから行動を共にした
けど身体を重ねるたびに彼女との距離を感じた
あぁ、彼女は誰も必要としないんだ
俺は誰にも必要とされないんだ
だからしばらく距離を取った。一人で行動することが多くなった
自殺志願者や年端も行かない少女に飴をあげた
自分の望みが手に入る魔法の飴、俺にこれは必要なかった
魔法の飴で火の力を宿した姉弟
そうだ、真希奈にこの飴をあげよう
真希奈の望みはなんだろう
続・尾張真希奈のモノローグ
アズマが紅色の飴を渡してきた。自分の望みが手に入るらしい。胡散臭い飴だ。
私の望みはなんだろう。もう蘇る事のない心を持ったままただ息をしているだけの私の望みーーーわたしの望みは・・・なんだろう
小学生の時、彼氏。
中学生の時、彼氏、知らない人、お父さん。
高校の時、知らない人、先生、知らない人、知らない人、知ってる人、知らない人・・・
いろんな人が私を創って、造って、つくって、壊していった。
私を壊した人に、壊した責任をとってもらおう。
壊された人生は取り戻すことができない
あぁそうか。私は生まれ変わりたい。違う人生を歩みたい、違う人間になりたい。
それが私の望みだったんだと思う。私は変身出来るようになった。
そして私は間接的とはいえ、時間を止められるようになった。居場所がわかったら絶対にころす、殺してやる。
それから亜瑞麻と行動して、私を壊した人たちを殺していった。
最初に殺したのは光田真也。会社を起こして社長になっていた。それを知ったのはYouTubeで推しの動画を見ていたら流れた広告。見覚えのある、というより忘れたくても忘れない顔が出てきた。あの時のことがフラッシュバックした。胃の中のものが一気に上がってきて吐いた。
推しの動画を見ていて幸せだった時間は砕け散って最悪の時間になった。どうして今になってもこいつに壊されなきゃいけないんだろう。絶対に許さない。生かしておく限りYouTubeに見たくもない顔が突然流れてくる。これじゃYouTubeを見ることも出来なくなる。
私はこの広告の詳細を知るためアクセスした。こいつが社長になっている会社のサイトや動画を見た。
込み上げる吐瀉物を堪えながら情報を集めた。
次に殺したのは佐野昌勝。あいも変わらず教師をしていた。高校生活は思い出すだけでも脳みそを掻きむしりたくなる。お前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるーーーーー
そして次は、
次は、次は、次、次、次・・・
残すところあと一人、最後の一人を殺した時、私は生まれ変わるのーーーー
二人のモノローグ
立里亜瑞麻、彼に変身して思考を読み取ろうとした時があった。けど、思考に鍵が掛かっているような状態で上手く読み取れなかった。私はお気に入りの姿、斑鳩いかるへ擬態した。
「あまり外で変身するなよ・・・カメラに撮られてたら存在がバレる」
「死角のタイミングで変身したから大丈夫」
「器用なこって」
私は彼のことがなんとなくわかってきた。
この薬でどれくらいの人が能力を覚醒させただろうか。俺と同じ時間を止める能力のやつは出てきただろうか。
そういえば止まった時を感じ取る事ができるややこしい能力の少年がいたな。彼とは仲良くできるかもしれない。名前は・・・・なんだったっけ、まぁいいか。
・・・・・・・・・あれ?
そういえば俺はこの薬を使わずに時間を止められるようになったんだった。
「真希奈」
「なに」
「真希奈って変身の前は超再生だったよね?」
「うん」
「超再生の状態でこれ使ったら変身出来るようになったんだよね?」
「あんたが渡してきたんじゃん」
「超再生した時って何かきっかけとかなかった?」
「きっかけ?うーん・・・・?なんで?」
「俺が時間を止められるようになった時は変な熱が出たんだ」
「インフルとかコロナとかじゃないの?」
「違うと思う。それだったら隔離されたはずだし」
「んー・・・覚えてない」
「ねぇ、変身したらその人の記憶もわかるんだっけ」
「変身してる時だけね。スキャンした時までのなら」
「じゃあちょっとさ、いかるさんになってみてよ」
「・・・・・・で?」あぁ、いかるさん美しいなぁ「何すればいいの」
「いかるさんがその能力に目覚めたきっかけを知りたいんだ」
「んー・・・・三日三晩強烈な吐き気と高熱で死んでたなぁ。その後に病院に行っても特に異常も無し・・・原因不明・・・それからしばらくして身体から電気が・・・」
やはりか・・・俺は考えた。
もしかしたら未知のウイルスが流行していたのかもしれない。重い症状が出る割には発症している期間は短く、おさまって仕舞えば跡形もなく消えるウイルスなのかもしれない。身体の一部を改造して後遺症《能力》を残して・・・。
「ねぇいかるさん、もし今新しく未知のウイルスが繁栄するとしたら何が原因だと思う?」
「いくつか考えられるな。人工的なら生物兵器だったり開発途中の失敗作が漏れ出たり、自然由来なら寄生虫や進化した新種のウイルス、それか飛来する隕石や永久凍土や南極に封じられていた古来のウイルス・・・いくらでも考えられる」
「じゃあこの薬はなんだい?」
「私の友人に調べてもらっている」
「友人?だれ?」
「えと・・・鳳麗麗といって・・・研究員をやっている」
「どういう仲?」
「そ・・・れは・・・ちょっと」
「ふーん・・・そう。じゃあその人に会いに行こうか」
変身を解いて真希奈の姿が現れた。
「え?会いにいくの?この人千葉の大学にいるっぽいよ。遠いよ」
「僕は電脳街までふらっと行くよ?あ、そうだいいこと思いついた」
「なに」
「電脳街に行こうよ」
「えっ・・・いやでも、遠いし・・・・」
「コピーして欲しい人がいたのを思い出したよ」
「あぁ・・・そう・・・」
斑鳩シンリョウジョ
「おいおいおいおいおいおいおいおいおい大変だ!」
「うるさい黙れ!」
堂馬銃瑠が診療時間関係なしに騒がしくやってきたのでいかるは思わず怒鳴るも、
「えっ・・・」
彼の持ってきた報告を聞いてフリーズした。
次がラストです