犯罪開始、放課後、そして運命の青い糸
「あーあ、野球したかったなー」
一限は本来ならば体育になる予定だった。しかしながら、私は青い糸で気候を変えて雨にした。だから必然的に授業変更、教室で勉強することになった。
「やってみせる……」
そこで私は自分の使命を悟っていた。
青い糸は私の運命なのだ。絶対に青い糸は正しく使用される義務があるはずだ。
私はまず青い糸の両端を繋げて、反時計回りに回転させる。当然ながら、時間が緩和していった。完全に静止した空間で、反時計回りに回転している青い糸を、大きく広げてから時空を超えることにした。
時空を超える、つまり青い糸の膜を通して移動することは、難しい。なぜなら座標を指定する必要性があるから だ。でも練習することで克服した。これで私は自由自在に動き回ることが出来る。
私は犯罪者を抹殺することにした。 そしてこの世界に悪を捌く神様がいるという、お告げを暗示させたのだ。そうすれば、この世界から犯罪はなくなって、平和が訪れるだろう。
だから私は犠牲になった。例え自分の手を汚してでも、世界が浄化していくのならば、構わないだろうと。だってこれは私に賜われた神からの贈り物なのだから。
殺害方法は首を締めることだった。この行為には馴れがあった。時間を止めている間に、刑務所に中に侵入。そして全員を殺害したのだ。首を絞めて。
一限の自習が終わると、あっという間に、日本中から犯罪者達は消えてしまった。
「緊急ニュースです。先程入りました情報によると――」
誰かのスマホから、けたたましい音とともに、ニュースが流れてきた。内容は数時間前から起こっている謎の大量殺人事件だ。
情報は光の速さで伝播していく。
「首絞め魔だってよ……」
「怖いな……」
「もし悪いことしたら、即、首絞められるんだろうな……」
教室中は騒ぎだっていた。
その事件の奇妙さから、犯人は首絞め魔として早速あだ名をつけられているのだ。掲示板やらあらゆるプラットフォームで語られていく。
私は己の義務を行ったのだ。そうだ、もちろんながら、罪悪感もあるのだ。犯罪者たちにはそれぞれの理由があるはずだし、こうやって私のような他人が命を奪うような、そんな残酷な行為を行ってはいけないだろう。
でも時は強引にしなければならない。
「これで、良いんだよね……」
でも悩む必要はないはずだ。誰も犯人を捕まえることは出来ないから。そもそも、誰も私の犯罪に気づく人間はいない。
世界は総弦理論で出来ているのだ。
なぜなら、この世界が青い糸で出来ている、なんて誰も思いもつかないだろうから。青い糸に様々な能力が宿り、それを使って犯罪をしている。
でもそんな私の確信はすぐに玉砕されていくのだった。
「あれ、どうしていきなり雨、降ってきたんだろう……」
放課後、私は自宅に帰ろうと昇降口辺りで靴を脱ぎ変えていると、急に天候が変化し始めた。晴れ渡っていたのに、なぜか小雨が降り始めたのだ。
今日の天気予報は晴れだったはずだ。でも最近は異常気象とかだし、こういう事もあるんだろうな、と思って私は辻褄を合わせた。
「もう、傘なんて、持ってきてないよ」
そこで一つの閃き。
「そうだ、青い糸で天気でも変えようかな……」
と思い立って、後ろ髪の中から青い糸を取り出そうとすると、後ろから声が。
「あれ、葵じゃん」
振り向くと、そこには片思いの相手。
「あ、奏君」
奏もどうやら一人で帰宅するらしく、靴を脱ぎ変えている所だった。
「どうしたの、帰らないの?」
「いきなり雨振ってきてから困ってるんだ。ほら、傘なんて持ってきてないしさ」
「それなら、一緒に帰ろうよ」
「え、いいの?」
奏は私に傘を見せて、
「今日はきっと雨が降ると思ってたんだ」
そう妖しい笑顔で滲んだ顔で、言った。
「凄いね、奏君って。未来の予知でも出来るの?」
青い色の相合い傘をしながら、二人は帰宅することになった。僥倖だった。突然の雨、片思いの相手から声を掛けてもらえる、そして一つ青い傘の屋根の下で、下校する事が出来たのだ。
別に今日は普通の一日だったけど、突然、最高の一日に様変わりしてしまった。
「うん、ちょっとね」
奏はいたずらな口調で、そう言った。
でも彼はなぜか下校中、ずっと片方の手でスマホを眺めていた。てっきりデート感覚を楽しみながら、下校できるなんて考えていた私の幻想は甘かったようだ。
彼の顔を窺いながら、私は訊ねる。
「さっきからどうしたの、奏君。そんなに面白いもの、あるの?」
「少しだけ、あの事件に興味を持っているんだ」
彼は相変わらず、画面に視線を注ぎ込みながら、呟くように言った。
「事件?」
「首絞め魔のことだよ」
「へー」
私は感心した。
奏は正義感の強い人間なのだろう。ああやって、自分に関係ない事件も関心を持ち、それに意見を持つ。イケメンで頭脳明晰なのに、倫理観までもしっかりしている。
彼は完璧で、まさか歪んでいるところなんて、私と違って、あるはずもないだろうと思っていると、
「俺さ、あの首絞め事件の犯人、捕まえることが出来るかもしれないんだ」
「え……!?」
私は度肝を抜かれた。
無意識に立ち止まる。必然的に私は青い雨を浴びながら、奏に視線を移動させる。
「奏君って、探偵の趣味もあったんだ……」
「これが初めてだよ」
「それで、どうやって捕まるの?」
「犯人は致命的なミスを残していったんだ。例えば、犯人の殺害方法にね」
「ふーん……」
私はさも興味のない素振りを見せたが、語調は明らかに揺れていた。
「具体的には?」
「首の締め方がかなり特殊なんだ。ほら、これ見て」
奏は私にスマホを見せてきた。スマホの画面には、被害者の画像がたくさん映っていた。それは私が数時間前に殺害した犯罪者たちだった。
私は吐き気を催した。それは決して被害者の亡骸を見たせいではない。
「ちょっとあんまり拡大しないで、ほしいかな……」
「ああ、ごめん」
奏はスマホを操り、画像を縮小していった。そして首部分がある程度俯瞰して見えるぐらいの距離まで画像が小さくなっていくと、
「犯人はどうやら首を絞めるという行為にかなり慣れているらしいんだ。いいや、それ以上に恐らくだけど、犯人は首を絞めるという行為に対してかなりの快感を覚える性癖を持っているらしい」
「……!?」
え?
私はとうとう魂が抜けていくような、そんな驚愕を味わった。
奏はさらに説明を続けていく。
「この首の絞め方は、絶対に普通じゃない。マニアの中のマニアが知っているような、そんな特殊な方法なんだ」
「……」
自分の行った犯罪は完全ではなかった事をその時、悟った。青い糸という超次元の道具を持ってしても、犯罪という行為に手を染めるならば、犯罪の証拠を残してしまったのだ。そして自分の場合は、己の最も隠したかった性癖を。
震える魂を抑え込みながら、私は冷静さを全面に押し出す。
「もしかして奏君って、そういう事、好きな人なの?」
「えっと、これは絶対に秘密にしてほしいんだけどさ……」
いきなり、奏は声調を落として、私の耳元で囁いてきた。
「実は俺、首を締めることが大好きなドS、なんだよね」
「……!?」
ドキッとした。それは決して私の完全犯罪がバレるであろうという、恐怖心からだけではなかった。ないまぜだったのだ。
まるで歪んだ青い糸と青い糸が織り成していくような、そんな奇妙な運命を、私は魂で感じ取った。
「そしてこの犯人はきっと、首を絞められる事が大好きなドM、だろうね」
「……」
私は歪んでいた。
そして彼も同じぐらいに歪んでいた。
この世界で二人しかいない、運命の青い糸で絡み合った私達だった。
「あれ、葵の家ってそっち方向なの?」
どうやら私は無意識の内に、彷徨っていたらしい。覚束ない足で、私は奏の青い傘から去っていっていたらしい。それを奏が咎めたのだ。
「え、えっとその……違うけど……」
「どうしたんの、葵?さっきから様子が変だよ?」
「何でもない……」
「もしかして、首絞め事件と何か、関係してるとか?」
「……!?」
もしかして既にバレた!?と焦りながら、奏の顔を見ると、そこには悪戯の心が映っていた。
「なんてね」
「……」
奏の推測に、私は息が詰まりそうだった。彼の顔を見ると、私は心の溝が抉れていくような気分になった。運命の青い糸で結ばれている相手に、犯人候補として追い詰められている、という圧倒的な倒錯した事実。
「そんなわけ、ないじゃん……」
否定という名の、唯一残された道を歩んだ。
それから二人は駅で別れを告げた。正直、何を会話していたのか全く覚えていない。そもそも、会話していたのか、それとも息をしていたのか、魂が消沈していたせいで全く分からない。
気づけば私は自宅のベッドに転がっていた。
「どう、すれば、いいの……」
青い糸を、私は天上に向かって、言葉を投げかけた。でも返ってきたのは、ただの虚しい空虚だけだった。
本来ならば、私達は結ばれるはずだった。
でもどうしてこうなってしまった。
もう後戻りは出来ないのだろうか。
そして二人は、これから付き合うことになってしまった。
私は彼を事件から切り離すために。
彼は私が事件の犯人であると証明するために。
だけど、運命の青い糸を解くことは出来るのだろうか。