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第二話 謎の青い糸

 それから数分程度後。

 「し、死ぬかと思ったよー!」

 クラスの机にぐったりと上半身を倒して、私は大声で言った。

 ラブレターを渡そうとしたら、本人に出くわしてしまった。後数秒でも時間がズレていたならば、大変な事態に発展していた。


 私の席は教室の一番後ろ側だ。窓側で眺めも良く、誰にも干渉されない聖域みたいな場所でもある。授業中に先生から見咎められる事もないし、最高だ。

「どうしたの?朝から」

 私の隣の席から訊ねてきたのは、木城綾瀬だった。


「聞いてよ!実はね――」

 と私は先程の出来事を事細かく説明した。

 数分後、綾瀬が口を開く。


「ふーん、それで結局、ラブレターは渡せなかったんだ」

「うん……」

「もう諦めるの?」

「どうしようかなってさ……」

「相変わらずね……」

 曖昧な返事を返して、私は席に改まった。


 そして時間が過ぎ、現在時刻は8時前。既に教室中には生徒が集まり、朝のホームルームの開始を待っていた。そして私の片思いの相手は自分の対角線上の位置に座っている。

「やっぱり、かっこいいな……」

 奏の横顔を眺めると、つい見とれてしまう。

 

 一番前の席の廊下側。そこが奏の席だ。いっつも男友達と元気よく会話してて、楽しそうにしている。彼はイケメンだし、それに優しいし、スポーツも出来るし、とにかく完璧なので、いつも私はこうやって暇な時は、彼の姿を見つめてしまう。

 これは私の人生の中で最も幸福な時間の一つだ、と言っても過言ではない。


 でも幸福な時間は、残酷にも、すぐに不幸な時間へと切り替わってしまうのだ。

「でも私みたいな、変わった性癖を持って人間なんて、どうせ合わないよね……」

 ポツリと呟いた。

 そうだ。私は自分でも認めるほどの、変わった性癖を持っている。それはあまりにも変だから、口にするのも、思考にするのも躊躇われるのだ。

 

 そんな完璧な彼に、私なんかが合わないだろうな、なんて最終的には、自己嫌悪に陥ってしまうのだった。だから私はいつも彼の事を考えないようにしている。でもたまに無意識的に彼に思考を寄せるので、もうどうしようもないのだ。


「葵、あんたの背中に、青い糸がくっついてる」

「え、青い糸?」

 なんだろうと思って、私は右手を背中に持っていった。制服の表面を這うように、背中の真ん中あたりにまで移動させると、糸らしき物体に触れることが出来た。 

 それを摘んでから、私は前に移動させる。

「青い糸……?」

 小さくて細い、青い糸だったのだ。

 先程まで私が探していた赤い糸とは対照的な色であり、何故か、この世界の物とは思えないほどの怜悧な雰囲気を纏っていた。


「それにしても、授業めんどうだなー」

 と呆然とする私を脇目に、綾瀬は不満を漏らしていた。

「なんだろう、これ……」

 私はただその美しい糸に視線、そして魂まで奪われていた。




 そして一限開始。

「この青い糸、どうも気になる……」

 私は実験することに決めた。この青い糸は一体どんな性質を持っているのか、どうしても確かめたくなったのだ。もしかしたら、これは大変な物なのかもしれない。

「それでは授業開始しますね」

 一限が開始してから、教室中はチョークの音と教師の声だけが支配していた。その間、私は授業の参考書とノートを机の上に立てて、ずっと青い糸を弄っていた。


「何コソコソしているの、葵?」

 隣の席の綾瀬が、囁き声で、授業中に訊ねてきた。

「ううん、何でもない!ただの暇潰し……」

 別にいかがわしいことをしているわけではないのだが、念の為に取り繕った。

「ふーん、そうなんだ。ってか、その青い糸、可愛いね」

「そうだよね、うん」

 それは同感である。


「ふわ~……私もう眠いから、少しだけ寝ようかな……葵、後は頼んだわよ」

「あ、うん。おやすみ……」

 どうやら綾瀬は居眠りするらしい。私と同じように教科書を盾にして、先生の視線から逃れている。でもこれは私にとって好都合だ。

「……」

 綾瀬が眠りにつくのを待ってから、私は実験を再開した。


「へー……」

 青い糸は伸ばせるらしい。元々かなり短かったのだが、青い糸の端と端を手に持って、外に引っ張ってみると、面白いように伸びるのだ。

「す、すっごーい……」

 という素朴な感想を述べてから、さらなる実験に羽根を伸ばしていく。 

 今度は、青い糸を折り曲げてみた。すると、これも面白いようにと曲がるのだ。いいや、これはどちらかといと歪んでいるとでも形容したくなるような、そんな曲率だったのだが。


「あれ?」

 そこで一つの現象に気づいた。青い糸は小刻みに振動を始めたのだ。ぷるぷると周波数を発しているかのように、滑らかにそして連続的に。

「生きてるのかな……?」

 なんて首を傾げていると、遠くから雷鳴が轟いた。


 ゴロロローン!!!


「きゃ!」

 なんと天候が突然、変化し始めたのだ。今日は雲一つ無い晴れ渡った快晴だったのに、今では雨雲が出始めて、ちらほらと雨が振ってきている。

「あれ?いきなり雨になってきたぜ」

「おかしいな、今日の天気予報はずっと晴れだったんだぜ?」

 クラス中もその変化に、反応を示していた。先生も驚いているようで、一旦授業が停止してしまった。


「嘘でしょ……」

 私は呆然としていた。

 もしかして、この青い糸が原因で?でもそんな事があるのだろうか。だってこれはただの糸のはず。糸がそんな超現象を引き起こすなんて!?


「えっと、早く戻さなきゃ!」

 とりあえず怖くなった私は、再び青い糸の操作を開始した。空間の中で揺れていた糸に触れて、手で動きを止めたのだ。

 すると面白いことに、天候は通常運行に戻っていったのだ。天を覆い尽くす雨雲は消え去って、スッキリとした青い空に戻った。 


「あれ?いきなり晴れになってきたぜ」

「おかしいな、やっぱり最近は異常気象とかのせいだろうな」

 という感じで、なんやかんやで、先程の異常気象は辻褄が合わされていた。

 そんな教室中を眺めていると、私の視線は一人の人物に照射された。


「……」

 みんなが視線を窓ガラスの外に注いでいる中、何故か、奏だけがこちらを見ていた。

 「え?」

 彼の謎の視線に、私はなぜか小さな罪を犯したような、そんな罪悪感を感じてしまった。が、彼はすぐに視線を逸らして、他の生徒と同じようにガラス窓の外に視線を移動させる。

「ほらみんな、こっちに集中!」

 先生がみんなに注意して、授業に戻ろうとしていた時だった。




「先生、原子よりも小さいものってあるんですか?」

「ええ、もちろん」

 数分程度、物理の授業は平常運行していた。


「……」

 だが、肝心の私は未だに青い糸の実験は続けていた。

 するとまたしても新しい発見をした。糸状だった青い糸は、端と端の先端部分をくっつき合わせると、なんと繋がったのだ。


「え……?」

 私は息を呑んだ。

 私はさらに操作を続けていく。輪っか状になった青い糸を今度は、反時計回りに回してみた。だけでも特に異常は見られない。

 そして最大の衝撃が、その瞬間、私に襲ってきたのだ。


「え、ええ、えええ!!!???」

 時の流れが緩和していったのだ。これまでずっと見慣れてきた平常時の世界は、スローモーションに切り替わって、あらゆる物事が明瞭に見えだした。


 原因を追求した。もちろんそれは青い糸による現象だったのだ。青い糸は反時計回りに回転を繰り返しているから、時間が遅く回っているのだ。

 糸の回転を手で収めてみる。青い糸が静止するとともに、時間の流れも通常通りの運行を見せていった。先生は普通に授業を推し進めているし、生徒もそれに倣って、普通に勉強に励んでいる。




 つまり、この青い糸は、ただの糸ではない。

 もしかして、やばいものなんじゃないか、なんて思っていると、

「ほら、糸羽さん、授業中にあやとりなんかしないの」

 ビクンッ!

「ひゃい!」


 という華の女子高生が決して発する音ではない、情けない声を出してしまった。それは恐らく、どんな歪んだ弦をかけ合わせ奏でても出てこないような、不協な音だったというのは、言うまでもなかった。

 しまった。私は青い糸の実験に夢中になりすぎて、物理の授業の存在を完全に忘れていたのだ。当然ながら、教師はそんな私の事を咎めたのだ。


「えっと、その、これはあやとりなんかじゃなくて、その……」

 青い糸をぎこちなく2つの手で手繰り寄せながら、私は弁解を試みた。だがしかし、乱れに乱れた心の状態を、数秒という刹那の時間で纏め上げることは、不可能な仕事に思われた。そして、それは実際にそうだった。


「「「ははは」」」

 と教室中が笑った。

「また糸羽がやらかしたのか?」

「頭良くて、スタイルもいい才色兼備なのに」

「ったく、いっつもドジばっかり踏むんだからな」

 というクラスの男子たちの見解の一致。


 そして最後には、綾瀬が、

「あんた、小学生じゃないんだからさ……」

 もっともである。

「ち、違うんだって!これは、私はただのあやとりをしてるんじゃないの!」

 彼女に耳打ちしながら、私は反論を行おうとすると、つい奏の反応が気になって、そちらの方を反射的に向いてしまった。


「え?」

 すると、奏の双眸は再び、こちらを向いていた。やばい、私。高校生にもなって、授業中に変な事をしていた事がバレてしまった。

「す、すいませんでした……」

 羞恥心を出来るだけ隠しながら、私は素直に小さく謝罪して着席、それからいつも通りの授業に戻っていった。

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