一話 出会い
「私の赤い糸、どこにいったんだろう……」
早朝の昇降口で、糸羽葵は赤い糸を探していた。
紅花のように真っ赤な色をした糸は、片思いの相手に渡そうとしているラブレターを閉じる為のものだ。先週からずっと大切にラブレターの内容を考えてきたのに。
「この辺りで落としたはずなんだけど……」
ぶつぶつ呟きながら、私はさらに探索を続けていくと、
「きゃ!」
「うわ!」
誰かとぶつかってしまった。
「す、すいません!」
と頭を下げながら、私は振り返った。
そこに立っていたのは、あろうことか、私が今ラブレターを渡そうとしていた張本人だった。
「葵じゃん」
「奏君だ」
私は驚愕して、腰を地面に突きそうだった。
糸重奏。同級生で、一番のイケメンである。爽快感のある顔つきで、スタイルも抜群だ。いつも女子生徒から集られているのだが、何故か女子に対して、あまり関心がなさそうな、そんな雰囲気を取っている。
現在時刻は7時に到達していない。登校時間にはまだ早すぎて、校舎には誰も来ていないのだ。周辺はただ沈黙に満ちている。
それなのになぜ。
「どうして、こんな朝早くにこんな所にいるんだ?」
ギクッ!
と、心臓が高鳴った。
そうだった。私はこんな早朝からこんな場所で彷徨いているのだ。それはかなり異様な行為である事は明白だ。弁解しなければ。
もちろん目的はラブレターを靴箱の中に入れることである。片思いの相手に自分の想いを伝えて、それで相手にも分かってくれるようにと、待つのである。
でもそんな事は他人に言えないだろう。さらに相手が私の片思いの相手であれば、尚更の事。
いや、ちょっと待って。
これは逆にチャンスなのではないだろうか。
ラブレターという間接的な方法ではなく、口頭、つまり相手に面と向かって、片思いの気持ちを伝える。それこそが、一番良い方法なのではないか。
気まずい沈黙を私が破った。
「えっと、奏君、話があるんだ」
「ど、どうしたんだ?」
「その、実は私ね……」
もう吐いてしまいたい。素直に、好きです、と。
でも。
それでも。
それでもやはり。
「……」
私には、素直に告白出来ない理由があったのだ。
私は歪んでいるのだ。
刹那の峻烈な葛藤の後、私は現状維持という名の安寧を求めた。
「あーうんうん。実はね、友達から頼まれてたんだ、ラブレターを入れてほしいってさ」
嘘である。それも真っ赤な。
やはり言えなかった。怖かったのだ。もし私が歪んでいるというのがばれて、彼に嫌われてしまう事が。絶対にそれだけは回避したかった。
「そうだったのか」
「うん、そういうことだから。それじゃ、ね。ふんふんー」
と、ぎこちない鼻歌を奏でながら、その場から立ち去ろうとすると、後ろから声が。
「なあ、葵、俺も話があるんだ」
「え!?」
またドキッとした。
振り返ってみると、奏が顔を紅潮させている姿が視認できた。全身を小刻みに震わせながら、何かを言いたげにしている。
「どう、したの……?」
「……」
言うべきだろうか。
俺の脳内で葛藤が起きていた。
「その、実は俺……」
俺はもう、吐いてしまいたかった。素直に、好き、だって。
でも。
それでも。
それでもやはり。
「……」
俺には、正直に告白できない理由があった。
俺は歪んでいるのだ。
「いいや、何でもない……」