190.願望
「マロウ」
珍しく呼びかけて来たケイに、マロウが目を丸くした。非常識なことに頭を抱えていなければ、余り口数は多くなく、ぶっきらぼうな類で、特に最初の印象が悪かったのかまず名前で呼ばれた記憶が無い。そんなマロウの驚きを気にもせず、続けて告げた。
「俺、冒険者ギルドで働こうと思う」
「よいのでは?」
フランの独り立ちを目の当たりにしたためだろう、自分の道を模索し始めたようだ。元々、考えてもいたのだろう。安定志向のケイらしい選択だ。
「ああ。一応、決意表明だ。採用試験があるからまだだけどな」
「そうか」
「お前はどうする?」
「ふむ。私か? どうするか?」
マロウの迷いを気にしたケイが言い淀んだ後、思い切るかのように聞いてきた。
「旅に出たりするのか!?」
「いや、それは考えてなかったな」
「そっか」
安心したように柔らかく微笑むケイに、マロウが思わず願望を口にする。
「ずっと、ここにいてもいいだろうか?」
「当たり前だろっ、好きにしろよ!」
「ああ。そうしよう」
そうしてどちらからということもなく、二人は笑いあった。
「俺たちの土地じゃないけどな」
「家も建てて貰ったものよ」
二人は地に足着けて、同じ方向を見て歩んでいくことにした。
「おい。ところで、何するのか決められそうなのか?」
「もう少しだけ迷うてみるよ」
「ふーん」
ケイはマロウとここで生きていく、心配することは何もない。困ったら助けてくれる人は沢山いるのだ。悩みは相談すればいい。
そろそろ晩御飯だ。更に賑やかになった食卓を思い浮かべ、それが当たり前になっている自分の変化に満足気に頷いた。自分が幸せになったことを、声高に叫んで回りたい気分だ。その気持ちが伝播したのか、マロウからも声が零れた。
「幸せよ」
「俺も思った。こういうことを言うんだなって」
二人がお互いに実感できる幸せに、更に幸福感に包まれた。