17.出会い
「ヒイちゃん凄いね」
「えへへ」
ヒイへ今日あった仕事のことを話そうとした開口一番、ニカの言葉である。
時はニカとミハが、ヒイが取って来た仕事へ向かった頃まで遡る。
「ここ?」
「そうみたい」
ミハが指定された場所と思われる家の前で、ニカを振り返る。
「買い物とか、掃除洗濯とかすればいいの?」
「高齢の女性の一人暮らしだから、受ける冒険者は必ず女性単独か、女性とグループの冒険者だって。最高二人まで」
「ああ、それで二人だと男女一人ずつね」
「こういう家って、ノック? 呼び鈴みたいなの無いね」
「すみませーん! 冒険者で、依頼で来ましたー」
「流石、ミハ」
暫く、待ってみるが特に何も返らない。
「留守かな?」
「それはないんじゃない。身体が動かないから依頼したんだろうし」
「もう、ちょ・・・!!」
ミハがもう一度大きく呼びかけようとした所だった。
「随分と、煩い訪問だね。待ってたよ。入んな」
音もなく扉が開くと、年を重ねたのか、元からか白い髪を高く結った姿勢の良い女性が、杖をついて立っていた。
「素晴らしい、身のこなしですね」
「は? こんなのそんなもんの内に入らないよ。で、買ってきて欲しい物は小麦粉、野菜と肉を適当に、このお金の範囲で」
「わー。綺麗な剣」
「双剣だね」
ミハの感嘆の声にニカが同様に答える。大事な物だろう。きちっと綺麗に磨かれて壁に掛けられている。おいそれと手は伸ばせなかった。
「ふん。早くしな。家の中のことは掃除と庭の手入れと、水汲みだよ」
「はーい。あの、私が買い物に行ってきてもいいですか?」
綺麗な眉を片側だけ上げると、簡潔に言った。
「好きにしな。あんたら、きょうだいだろ?」
「はい。買い物は妹の方が得意なので」
「任せるよ」
「じゃあ、このお金で小麦粉はどれくらい買ってきますか?野菜と肉のお好みは?」
ミハが買い物リストを完成させるべく、畳み掛けていると依頼人の高齢女性キキラーティカが音を上げた。
「ちょっと、どこいくんだい、この子を抑えてくれ。そんなに好き嫌いなんて無いから適当でいいんだよ!」
ニカが苦笑して二人の間に入る。
「適当が一番難しいんですよ。ミハ、ちょっと止まって。ビックリされてるから、小麦は三分の二くらいの金額で買ってくればいいですかね。日持ちもしますし。野菜と肉はその三分の一を半分で。いかがですか?」
「ああ」
「そうと分かれば、いってきまーす!」
キキラーティカの同意が得られるなり、ミハが飛び出していく。
「騒がしい妹ですみません」
「まあ、いいさ。仕事さえ、してくれれば」
「はい。水汲みに行ってきます。井戸と水瓶は?」
ニカがさも、当然のように聞いた。勿論、ヒイからの予習だ。
「こっちだよ。井戸は庭にある。水瓶は台所でそのまま庭に出れる」
「それは便利ですね」
「まあ、それなりにね」
ニカもキキラーティカの気難し気な態度を何も気にせず、感想を述べていく。場所も街の中心に近く、井戸も庭もあり、かなり好条件の物件だ。用心もそのためだろう。
「戻りましたー」
「あんた、荷物は?」
「台所に置きましたよ」
少し、釈然としないものを感じながらキキラーティカが片付ける場所を指示する。ミハもヒイに異世界に良くある、某ネコのポケットのような袋を渡されていて、使う時は人目のつかない所でと念を押されていた。なんと、作れたらしい。家族みんなで、諸手を上げて喜んだ。
「そうかい。小麦粉はそっちの下の棚にしまっとくれ」
「はい」
「こちらも、終わりました」
庭が終わり、台所から掃除を始めて、家の中を一周し終了したニカが戻ってきて問い掛ける。
「お昼はどうされますか?」
「お姉ちゃんがお弁当、多めに作ってくれたんで、一緒にどうですか?」
「は?」
思っても見ない申し出に固まっている事を承知しつつ、ニカが更に畳み掛ける。
「ここで食べさせて頂けると有り難いのですが」
「好きにしな」
「わーい。座って下さい。好き嫌い、無いっておしゃっていましたよね」
許可を取り、ミハがキキラーティカを座らせると、ニカが弁当を取り出して広げる。
「こりゃ、なんだい?」
三人ともフォークでお弁当を食べていると、キキラーティカが尋ねてくる。
「唐揚げです」
「鶏肉を油で揚げたものです」
「こんな、手の込んだもの、あんたがたの姉さんは毎日作っているのかい?」
「今日は、お仕事初日だから気合を入れてくれたんだと思います」
「あんたたち、冒険者始めたてかい?」
「はい」
「それで、この手際とは恐れ入ったよ。次回、指名で入れてもいいかい?」
率直に仕事振りを気に入って貰えたことに、ミハとニカは笑顔で答えた。
「ありがとうございます」
「助かります」
二人はキキラーティカに終了の証を貰い、次の仕事へ向かう。今日はこのキキラーティカの午前一件、午後一件の予定だ。