107.鱒
マルクは怖い魔道具を首から下げ、食堂へ来た。今日はヒイとクロ、ケイ、フランに冒険に出るニカとテレーズが一緒だ。
「はい。これが『帰り鱒』だよ」
「かえります?」
街に向かって歩いている時に何気なくヒイに渡されたのが、転移する魔道具だ。マルクは渡された魚を模したような物を見る。口から紐が出ていて首から下げる形になっているようだ。
「一瞬で家に帰ってこれる魔道具で、定員はマルクさんを含めて四人までだよ」
「・・・あ、ありがとう」
「どういたしまして。使い方は魔力を籠めて鱒から紐を抜けばいいよ」
「これが、ます?なのか?」
「ヒイちゃん、マルクは鱒を知らないんじゃない?」
「そっか。この魚、鱒って言うの。美味しいから今度、調理してみようね」
「・・・あ、ああ」
手の中の魔道具を持て余すマルクと、気の毒にと思っていながらも安全第一を考えるニカと、魚を知らないせいで戸惑っていると思っているヒイ。
ケイが一番の懸念事項を口にする。
「ありがたいけど、これ大丈夫なのか?」
「え? マルクさんと家族にしか使えないようにしてあるから大丈夫だよ。万が一、余計な人を巻き込んでも家の周りの結界に弾かれるし」
「へー。そ、そうなのか」
家の周りに結界があるなんて始めて知ったケイが、なんと返していいのか途方に暮れていると、手渡される物がある。
「はい。ケイさんにも、同じ物があるからね」
つい受け取ってしまいマルクと同じように持て余すケイに、ニカが助け舟を出す。
「ほら、二人とも手に持ってないで首から下げて服の中に入れておくといいよ」
その言葉の後でヒイに聞こえないように、見えなければ気にならなくなるはずだよと微妙な励ましというか助言が隠れていた。そういう問題ではないと思った二人だが、ヒイに貰った大事な物だ。しっかり、首から下げて隠した。テレーズはニカが責任を持って一緒にいるので魔道具は渡されず、賢明にも無言を貫いた。
「また、怖い魔道具が増えてしまった・・・」
フランのためというか、自分もいつでも帰れるというありがたみからつい貰ってしまい、服の中から引っ張り出した魔道具が目の前にある。気が付いたら到着していた食堂の中も、ぐるりと魔道具がある。たまに思い出しておかないと、いざという時に魔道具を使えなかったら困るので、マルクは怖がりながらも二、三日に一回は確認していた。
「うう・・・。これが『捕まえる貝』、『捕団子』、・・・最後は『やもりくん』」
幾つあるのか数えるのも怖い魔道具の最後の確認を終えると、食堂を守っているやもりくんがマルクの声掛けに右足を上げて挨拶してきた。それにしても、これらの魔道具の名前はどうなっているのか未だにマルクは聞けないでいた。