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結婚式当日に新婦に逃げられた朝比奈くんと新郎に逃げられた夕凪さんは、実は高校時代に付き合っていた

作者: 墨江夢

 6月6日、日曜日。

 ジューンブライドという言い伝えのある6月の日曜日だというのに、この日の結婚式場ではウェディングベルが鳴り響かなかった。


 臨時休業というわけでもなければ、たまたま予約入らなかったわけでもない。

 式場には新郎新婦の家族や友人など、多くの人間が参列している。

 俺・朝比奈北斗(あさひなほくと)も着慣れない燕尾服に身を包み、式の開始を今か今かと待ち侘びていた。

 しかし、結婚式は始まらない。


 その理由は、結婚式において一番大切な花嫁の支度が終わっていないから。それどころか、花嫁が式場に姿を見せていないからだった。


 最初は電車の遅延かと思った。だけどどの路線も平常運転で、1分たりとも遅れていない。

 それじゃあ単に寝坊しただけ? ……いやいや、結婚式当日に寝坊する花嫁が一体どこにいるんだよ?


 現状わかっているのは、新婦が未だ式場に来ていないということだけで。

 チクタク、チクタク……。無情にも時は過ぎていき、式開始まで5分を切った。

 ……ここまで来たら、流石の俺でも現実を受け入れるさ。


 彼女はここに来ない。俺は花嫁に逃げられたのだ。


 思い返してみれば、彼女は俺ほど結婚に乗り気じゃなかったからなぁ。

 同棲して2年、そろそろ頃合いかと思ってプロポーズしたわけだけど、返ってきたのは「うーん、そうだねー」という間の抜けた返事。とてもじゃないが、快諾とは言えなかった。


 きっと彼女は、俺のプロポーズに心底喜んでいたんじゃない。俺との結婚を受け入れたわけじゃない。

 本当にこのまま結婚して良いものか? 今日の今日まで悩んでいて、そして――結婚しないという結論を出したのだ。


「あの、新郎様……」


 式場のスタッフが、ひどく遠慮がちに話しかけてくる。

 その先の言葉を聞きたくなかったので、俺は「ちょっと外の空気を吸ってきます」と言って控室をあとにした。


 廊下を出ると、式場から外へ続く階段があって。本来ならば、彼女と二人でこの階段を下っていき、建物の外で写真撮影という手筈になっていた。


 しかし彼女のいない今、俺は一人で階段を降りている。

 一歩、また一歩と降りていく度に、悲しさと自分の不甲斐なさが溢れ出してくるようだった。


 俺が階段を下っていると、建物内に併設されているもう一つの結婚式場から、花嫁が飛び出してきた。

 

 理由はわからないが、花嫁は泣いている。

 そんな状態で階段を駆け下りようとするわけだから、当然ウェディングドレスの裾に躓いて、転げ落ちそうになってしまった。


「危ねぇ!」


 俺は咄嗟に見知らぬ花嫁を抱き止めて、そのまま彼女を庇う形で階段を転げ落ちていく。

 多少の打撲はあったものの、捻挫のような大きな怪我には至らなかった。


「いてててて。おいお前、大丈夫か?」

「はい。ありがとうございま……」


 顔を上げた花嫁は、俺を見て固まった。

 同様に俺も、空いた口が塞がらない状態になっている。


「もしかして……朝比奈くん?」

「そういうお前は、夕凪(ゆうなぎ)か?」


 俺の助けた彼女は、見知らぬ花嫁ではなくて。

 彼女の名前は夕凪美波(みなみ)。俺の高校時代における唯一の青春であり、唯一の汚点でもある存在……すなわち元カノだった。





 俺と夕凪は建物の外に出て、写真撮影用のベンチに腰を下ろしていた。

 俺は自販機で買ってきたコーヒーを、夕凪に手渡す。


「確か微糖派だったよな?」

「えぇ。ありがとう」


 俺は無糖の缶コーヒーの、夕凪は微糖の缶コーヒーの蓋を開けると、一服して気持ちを落ち着けた。


「なぁ、聞いても良いか?」


「何を」の部分はわざと省いた。言わなくとも、夕凪ならわかる筈だ。


「別に」

「今のは「別に構わない」って意味で捉えるぞ? ……どうして泣いていたんだよ? 感極まってってわけじゃないんだろ?」

「結婚式の幸せに浸って涙したなんて理由なら、さぞ良かったでしょうに。でも残念。幸せどころか、結婚式すら始まっていないの」

「それって……」

「新郎に結婚をドタキャンされたってこと」


 話を聞くと、夕凪は式の始まる直前に新郎から「他に好きな人が出来た」というメールを受け取ったらしい。世の中には、とんだクズ男もいるものである。


「そういうあんたは? 結婚式の途中に、元カノと仲良くお喋りしていて良いの?」

「こっちも式が始まっていないんだよ。理由は右に同じく」


 俺は右隣に座る夕凪を指しながら言った。


「あんたもパートナーに裏切られたのね」

「そういうことになるな。はーあ。凄え大好きで、本気で幸せにしようと思ってたのになあ」

「まぁ、朝比奈くんの場合、新婦に逃げられても妙に納得出来ちゃうわよね。あんたってズボラだし、寝起き悪いし」

「そういうお前だって、わがままだし口うるさいし。新郎が他の女に目移りしても仕方ないだろ?」


「「あん?」」。俺たちは互いにメンチを切り合う。

 しかしこの言い争いは相手だけでなく自分の傷も抉ることになると理解した俺たちは、早々に終結させた。


「この口喧嘩は不毛ね。やめましょう」

「だな」


 そうして俺たちは再び缶コーヒーを啜り始める。

 こうやって夕凪と並んで缶コーヒーを飲んでいると、なんだか懐かしの青春時代に戻ったような気持ちになった。



 


 俺と夕凪は、高校入学直後からの仲だった。

 というのも、夕凪はクラスの学級委員長を務めていて、俺は副委員長を務めていた。しかもそれが3年間ずっとだったわけだから、これはもうある種の運命なんじゃないかと今でも思っている。


 俺たちの関係に転換期が訪れたのは、高2の秋。二人で文化祭の出し物決めをしている時だった。

 

 薄暗くなった教室の中で、俺たちは互いの好意を確かめ合う。

 どちらから告白したわけじゃない。会話の流れで俺は夕凪に好意を伝えており、夕凪も俺に好意を伝えてくれていた。

 そして俺たちは、恋人同士になったのだ。


 それからの高校生活は、さながら青春ラブコメのように充実したものだった。

 毎朝夕凪と一緒に登校して、教科書を忘れた時は机をくっつけて見せ合いっこ。それまで学食かコンビニのおにぎりだった昼食は、夕凪の愛妻弁当になった。

 学級委員なので、放課後だって毎日一緒だ。


 休日にはデートをしたな。お互いの両親に紹介&挨拶もした。

 因みに夕凪を紹介した時の両親の反応はというと、「孫はいつなの?」だ。いや、高校生の息子とその彼女に何聞いてんだよ? 気が早いっての。


 詰まるところ本分たる勉強と同じくらい、俺と夕凪は恋愛にも精を出したというわけだ。でも――


 青春ラブコメは、いつまでも続かない。青春時代が終われば、知らないうちに終わってしまう。


 近場の私立大学に進学した俺と、地方の国立大学に進学した夕凪は、高校卒業以降ろくに連絡を取らなくなり、結果……自然消滅した。





 当時の思い出にふけながら、俺はふと夕凪の横顔を見る。

 

 高校時代は可愛らしかった彼女の顔は、今や大人の女性と呼ぶに相応しいくらい美しくなっていて。そう感じるのは、多分ウェディングドレスを着ておめかししているからではないのだろう。


 夕凪に不満はなかったのかと聞かれると、そりゃあ沢山あったさ。

 口うるさいところ、無駄に細かいところ、わがままなところ、あとは……デートの時いつも俺より早く待ち合わせ場所に着いていて、彼氏の面目を丸潰しにするところ。


 俺の両親の前で俺のダメなところを羅列した時なんか、マジで口を塞いでやろうかと思ったね。だけどそういうところが。両親に気に入られたみたいだけど。


 今ならその理由もわかる。俺の長所だけじゃなく短所も重々理解していて、その上で恋仲でいてくれる夕凪だったからこそ、あれ程までに両親に気に入られたのだ。


 じゃあそんな夕凪が嫌いなのかと聞かれれば、そんなことはないと即答する。

 俺は彼女に愛想を尽かして、別れたわけじゃないのだから。


 もしも高校を卒業してからも頻繁に連絡を取り合っていて、交際が続いていたとしたら、一体どんな未来が待ち受けていたのだろうか?

 

 今ここにいるのは花嫁に逃げられた男と花婿に逃げられた女じゃなくて、もしかしたら――


 そんなことを考えながら夕凪を見つめていると、とうとう彼女が俺の視線に気が付いた。


「……さっきから、なに人をジロジロ見ているのよ?」

「いや……ウェディングドレス似合いすぎだと思ってな。思わず見惚れてたぞ」

「ありがと。あんたの服も似合っているわ。馬子にも衣装ってやつね」

「それ、褒め言葉と受け取って良いのかよ……」


 人の晴れ姿くらい素直に誉められないものかね、この女は?


「ところで、朝比奈くん。結婚式場で互いのパートナーに逃げられた元彼氏彼女が再会するって、凄い偶然だと思わない?」

「偶然っていうか、最早運命の領域だな。3年間同じクラスに配属されて、3年間学級委員を務めるレベルの」

「同感ね。……話は変わるけど、折角結婚式の代金払ったのに、式を挙げないなんて勿体ないと思わない?」

「そりゃあ勿体ないと思うけど……」


 ……あぁ、成る程。

 僅かに紅潮した夕凪の頬を見て、俺は彼女の言わんとすることを察した。

 久し振りに俺と話して、思い出に浸って、ヨリを戻したくなったというわけか。


 今日で独身生活が終わることは決まっていたんだ。相手が変わることくらい、なんら問題ない。


「実は俺たち、婚姻届出してないんだよな。式が終わって、その足で役所に出しに行こうって話していて」

「そうなの? 私は既に入籍した筈だったんだけど……どうやら彼、婚姻届を出してなかったみたいなのよ」

「つくづく最低な男だな。……つまり二人とも、まだ未婚ってわけか。そこで提案なんだけど、折角だしちょっと俺と結婚してみないか?」

「結婚、ねぇ。……新郎がいて、新婦がいて。互いの両親も揃ってる」

「しかも高校の頃に両親への挨拶は済ませている。俺の両親、夕凪のこと結構気に入っていたんだぞ?」

「それ本当? ウチも同じ。なんならフィアンセ……逃げられたフィアンセよりあんたの方が気に入られていた」


「それじゃあ、決まりだな」。缶コーヒーを飲み終えた俺たちは、立ち上がる。

 そして一人寂しく下った階段を、今度は二人手を繋いで上っていった。


 6月6日、日曜日。

 この日結婚式場では、予定とは違う形で、予定よりずっと幸せそうな新郎新婦の為に、ウェディングベルが鳴るのだった。

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