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マッスル令嬢リベンジャー




 で。

 社交界への参加資格を得てから、約半年。

 素敵な出会いを求めて、そこそこ積極的に活動するも、未だ成果はゼロ。

 特に適齢期の男性には、分かりやすく視線を逸らされる日々ですよ。

 いくら侯爵家の跡取り娘でもアレだけは勘弁してくれ、なんて心の声が今にも聞こえてきそう。

 貴族のお坊ちゃんは軟弱者ぞろいなのかしらね?

 おおおん?



 その気晴らしというわけではないけれど、ある日、私は裕福な平民娘の格好をして、お忍びで王都を散策していたわ。

 知り合いでもなければ、こんな筋肉娘が貴族の令嬢だなんて誰も思わないでしょう?

 私も前世の記憶から、雑な仕草はお手の物だし。

 必要性があれば、がに股でだって歩いてみせる気概よ。

 とはいえ、か弱いレディの一人として、当然、目立たない形で護衛も連れているけれどね。


 でも、その道中、早々に嫌な場面を目撃してしまったの。


「やめっ! 離して!」

「いいから来いよ」


 年若い娘さんが、いかにも軽薄って感じの男に薄暗い裏道に引っ張り込まれようとしていたワケ。

 咄嗟に周囲へ視線を巡らせたけれど、通りがかりの人たちは見て見ぬふりをしているみたい。


 はぁ、仕方がないな。


 ハンドサインで護衛を呼び寄せながら、私は二人の元へゆっくりと近付いて行った。


「あらあら、無理強いだなんて見苦しいわよ?」

「あぁ……っ!?」


 振り向きざま筋肉ゴリゴリの巨女を認識した男は、途端、呼吸ごとその動きを止めてしまう。


 私の方が縦にも横にも大きいからね。

 そりゃビビりもするわ。


「そちらのお嬢さん、嫌がっているようだけれど?」

「っあ、あ、アンタには、か、関係、ない、だろ」


 男は青白く色を変えた顔面に冷や汗を浮かべながらも、女性の手首を掴んだまま放そうとしない。


 いやだ、存外しぶといわ。

 だったら、コレはどうかしら。


「あぁん、いっけなぁい。

 うっかり両腕のブレスレットを落っことしちゃったぁん」


 ゴズン! ドズン!


 まあ、派手な音。

 石畳にガッツリめり込んでしまったわ。

 後で弁償しなくては。


「ひぃ!?」

「ねぇ? そちらのお嬢さん、嫌がっているようだけれど?」


 明白に腰の引けている男へ、全身の筋肉を盛り上げつつ、ことさらゆっくりと同じ問いを投げかける。

 すると……。


「……はは、は、いや、すまねぇ。

 ひ、人違いぃ、してたみてぇ、だ、へ、へへへ」


 上擦った声でそう言って、直後、彼は脱兎のごとく駆け出し去っていった。


 ふんっ。他愛のないこと。


 ……って、あら。

 嫌だわ、非常によろしくない傾向でしてよ。

 軽率に権力を振りかざすような悪役らしい令嬢にはなるまいと思っていたのに、軽率に筋力を振りかざす悪漢らしい令嬢になってしまっているわ。


 いやん。マチルダ反省。

 溺れきる前に改めなくてはね。


「貴女、大丈夫? 怪我はない?」


 ヒョイヒョイとブレスレットを拾い装着し直しながら、絡まれていた女性に話しかける。


「ひっ! は、はい。あの、ありがとうございましたっ」

「いいえ、無事なら良かったわ」

「あ、あの、あの、アタシ、すみません、急いでいるので」


 彼女もまた、そう言い終わると同時に小走りで遠ざかって行ってしまった。


 あらあら、助けたはずの娘さんにも怖がられちゃったみたい。

 変な噂が立たなきゃいいけれど。


 それにしても、さっきの男が逆上して襲って来なくて良かったわ。

 逞しく育ちはしたけれど、完全な見せ筋でしかないからね。

 無理に攻撃なんてしてみたところで、きっと自らの体まで壊してしまう。

 正しい拳の握り方ひとつ分からない身ですもの、抵抗空しくやられてしまっていた可能性だってあるわ。

 現実的な話、そうなる以前に護衛の介入があるでしょうけれどね。

 そのために合図を送ったんだし、間に合わないようならクビものよ。


 小さく息を吐きながら肩を竦めて、気を取り直す。

 それから再び歩き出そうとする寸前、すぐ傍から妙に色気のある低音域ボイスが響いた。


「貴女はまた、そのような無謀を繰り返しているのですか」

「え?」


 声を追って振り向けば、珍しく私より背の高い男性が立っている。

 カツラやメガネで変装しているようだけれど、隠し切れない美男子ぶりで正体はすぐに知れた。


「まぁ。どうしてこの様なところに、その様な恰好で」

「それは私のセリフでもありますが」


 近衛の副隊長、セイフガッド・ジ・オーエン子爵。

 互いに身元を察しながら名を呼ばぬのは、相手がお忍び中だと認めてのこと。


「しかし、とても堂に入った所作ですね。

 元の貴女を知らねば、看破は難しかったかもしれない」


 妙なところで感心されてしまったわ。

 まさか前世が平民でなどと返せるわけもないし、どうしようかしら。


「……乙女は皆、生まれながらに女優なのですよ」

「なるほど。寡聞にして存じ上げませんでした」


 いやいやいや、真面目ですか。

 そりゃあ、風の噂にも結構な堅物だとは耳にしましたけれどもね。


「……不躾ながら、一つ尋ねてもよろしいか」

「あら、なんでしょう」


 今をときめく近衛の副隊長殿が、筋肉令嬢に何を問いたいとおっしゃる。


「動きを見る限り、貴女は荒事とは無縁の女性ですね?」


 まあ、鋭い。

 それだけ彼が戦闘の達人であるということかしら?


「だというのに、なぜ、自ら危険に身を晒すような真似を繰り返すのかと……」


 あぁー、はい。

 さすが警備側の人間、よく見ているわ。

 王城のパーティーでも、何度か無体を働かれそうになっていた人間を助けに入ったことがあるものね。

 あとは、体調不良で倒れそうなレディを運んで、嫉妬で恨めしそうに見られたことも幾らかあったっけ。

 微妙なところだと、見知らぬ杖つき老人を介助したら、それが超のつく大物だったらしく、周囲に不穏な感じでざわつかれたりだとか。

 全てとはいかないまでも、彼は己の目や部下の報告から私のそうした事実を掴んでいるのだわ。


「気付いていながら傍観を決め込んでいる方たちには頼れないし。

 その場を離れて誰かを呼んでいたのでは間に合わない。

 要は、私しかいなかった。それだけの話です」


 元平和の国の住民だからか、ついお節介を焼いてしまうのよね。

 貴族としてはあるまじき深情けだと、分かってはいるのよ、頭では。


「そう判断させてしまう現状については、我々の不徳の致すところですが……分からないな。

 中には派閥外の者や個人的に不仲の者もいたはずです。

 私とて、敵対者を守護した経験や友を斬った経験もありますが、それはあくまで職務上必要だったからに他ならない。

 だが、貴女は違うでしょう。

 わざわざリスクを負ってまで助勢に入る価値が、果たしてあったのか……」


 おやおや。皆に公正とお噂のセイフガッド卿とは思えぬ発言をなさるじゃないの。

 プライベートでは案外、緩いところもある御方なのかしら。

 しかしまぁ、中々殺伐とした過去をお持ちのようで。

 心労も凄そうだし、世の乙女たちのためにも脱毛症には気を付けていただきたいものね。

 って、完全に余計なお世話だわコレ。


「己の立場を弁えぬ愚行でしかないことは、重々承知しております。

 けれど、当人の不安や恐怖を思えば、到底見過ごせるものではございません。

 たとえそれが、誰であってもです。

 幸い私は体つきに恵まれておりますので、殿方相手でも大抵は平和な話し合いで終わりますから、おっしゃるほど危険というわけでは……」

「今だけだ。いずれ必ず貴女の力が見せかけのものだと明らかになる時が来る。

 重ねた善行がそのまま不幸への(いざな)いと裏返らぬ内に、短慮な行動は慎むべきです」


 んんー?

 ええとー……とどのつまり、私、心配されているのかしら?

 ろくな戦闘力もないのに厄介ごとに首を突っ込むなんて、逆恨みで何をされるか分からないから止めなさいって忠告よね?

 結婚したい独身貴族ナンバーワンのこの色男に知らない間に気にかけられていたってこと?

 えー、うっそー。


 なんていうか、すごく……善人です……。


「そもそも、なぜ、守られるべき女性が肉体を鍛えようなどと……」

「あぁ。それは単純に美しいからですよ。

 世の流行からは外れますが、私なりに美を追求した結果が、この体なのです」


 にっこりと微笑んで、私は自慢の筋肉を見せつけるように軽く両腕を広げた。

 その動きにつられてか、近衛の副隊長殿は濃紺の視線を上下に、こちらの頭から足先まで、ゆっくり一往復だけ滑らせる。


「…………ふむ。

 戦いを生業とする者ともまた違う、均整の取れた筋肉は流麗で、なるほど確かに魅せられるものがありますね」

「えっ」

「っあ、これは失礼。

 女性をマジマジ眺めるなど、とんだ不作法を」

「い、いいえ」


 ま、真顔で!

 淑女たちの熱い眼差しを一身に受ける美男子が、真顔で私のマッスルボディを褒めたわよ!

 や、やだ、恥ずかしい!

 すごく居た堪れない!

 令嬢人生初の赤面をこんなに簡単に奪われてしまったわ!


「ん、もうこんな時間か。

 長らくお引き留めして申し訳ありません、レディ。

 では、私はこれで」

「あ、はい。ごきげんよう」


 胸元から懐中時計を取り出し現在時刻を確認したセイフガッド卿は、そう告げると、割とアッサリこの場から立ち去ってしまった。

 疑問は解消されたし、注意も促したから、もう用はないということなのだろう。


 ひ、人を動揺させるだけさせておいてっ。

 なんて罪深い男なの。

 長年否定され続けた私の努力の結晶を、流麗とか魅せられるとか思わず漏れ出たみたいな口調で言われて、嬉しくならないワケないじゃないっ。

 ばーかばーか、うっかり疼いちゃった乙女心の責任とりなさーい、無自覚イケメンばーかっ。



 ちなみに、この日以後、王城で開催される式典やパーティーに参加した際、目についたイザコザが即座に警邏の兵によって対処されるようになっていた。

 近衛の副隊長である彼の仕業だろうことは明らかで、それに気付いてしまった私はといえば、もうガッツリすっかりセイフガッド沼の奥底まで沈み込んでしまうのでした☆


 く、悔しいっ、けど、ときめいちゃう! トゥクントゥクン!


 お礼を言おうにも、当の彼は王族の護衛中で視線もろくに合わないストイックぶり。

 そもそも、不得の致すところとか何とか考えていたようだし、単に立場上なすべき仕事をしただけで、私個人のためってこともないんでしょうけどね。

 それでも自分勝手に守られてる感なんて抱いちゃうのですよ、恋する乙女というものは。


 くうっ、侯爵令嬢の矜持として悪質なストーカーにだけはなるまいぞっ。


 あ、一応だけれど、彼の顔が整っているからハマったわけではないのよ?

 多分、私ってこのゴリマッチョボディを褒められるのにメチャクチャ弱いの。

 唯一にして最大のウィークポイントなの。

 だから、例えば、ガチムチの強面軍人辺境伯にいい身体してるって認められたり、地味男子に美しい筋肉なんて感想を貰ったりしても、キュンと来ていたと思うわ。

 そうしたら、一気にアバタもエクボ状態になって、今みたいに何を見ても舞い上がっていたのじゃないかしら。

 ああ、我ながらなんてチョロい女。


 しかし、副隊長殿が年に一度の剣術大会で活躍する姿は普通に格好良かったわね。

 基本的にスピードで翻弄する技巧派タイプなのだけれど、彼ってば、私より大きな筋肉達磨とつばぜり合いをして純粋に力で打ち勝つことも出来る規格外だったのよ。

 物理法則どうなっているの?

 ここまで凄いなら、そりゃあ、武勇で子爵位を賜ったという話も納得だわ。

 毎日毎日、誰より厳しい訓練をこなしているっていう噂も、きっと真実なんでしょうね。


 でも、彼が凄いのは強さだけじゃなくて、文官も舌を巻くレベルで博識で、更に弁も立つのだとか。

 上位の人間が無知であるのは罪だとか言っていたらしくて……きっと、妥協というものを知らないのね。

 直属の部下だと、ちょっと息が詰まりそう。

 憧れて見ているだけなら、本当に素敵な人なのだけれど。


 何にせよ、非モテのマッスルレディじゃあ、遠目に応援するのが精一杯だわ。

 はぁ。彼って、妻になる女性にはどんな顔を向けるのかしら。


 ま、なんだって良いわね。

 セイフガッド様がこの世に存在しているという事実だけで、世界は美しく輝くのだから。

 らーららーらぁーー。




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