6話 公国の意地
要塞より、さらなる砲撃が降ってくる。
『各機、散開運動!! 進撃の歩みを緩めるな!!』
人型戦車部隊は、砲撃の合間を縫う様にジグザグに動きながら進む、タイガの針葉樹林を乱雑に薙ぎ倒し、ひたすら要塞へと近づいていく。
少し離れた場所でこれまでとは違った、大きな爆発音が聞こえた。
『ジョニー機がやられた!! クソッ!!!』
味方の叫びを通信が拾う。そうしてさらなる爆発音……また一機やられた様だ。
『どんどんと砲撃が精密になってきやがった……』
噂では、敵の新型自走砲はレーダーと連動した射撃が行える……と聞いたが。まさか本当にそうなのであろうか。あまりにも弾着修正が早すぎる。
「後少し……後少し……」
まもなく、味方自走砲が要塞を射程圏内へ捉える。それまで私たち戦車部隊が敵の攻撃を引きつける必要があった。
ドンッ……という鈍い砲撃音な響いた。後方からの支援射撃が始まった。
後ろに控えているのは"M10ウルヴァリン"、シャーマンをもとに開発されたオープントップの人型自走砲だ。
長い射程の榴弾砲を持つ支援用の人型戦車。その砲撃が要塞……古城の城壁を穿つ。
また自走砲の前方、私たちの後方には歩兵も展開しており、人型戦車隊に続き要塞を攻め込む算段になっている。
「私たちが上手くやらんと歩兵部隊が入ってこれない……」
人型戦車の役割はとにかく先行して攻撃を引きつける事。敵も人型戦車に突破されたらマズイのがわかっているので優先的に狙ってくる。
『空軍の連中が数を減らしてくれたおかげでそれほど攻撃は激しくない、進め進め!!!』
チラリと要塞の空を見る、一機、火を吹いて墜落する味方戦闘機が見えた。
いったいあの空で何人の命が失われているのであろうか。要塞には悪名高い公国軍の人型対空戦車"ヴィルヴェルヴィント"が配備されている。
空も陸も……命懸けだ。
雨の様に降り注ぐ弾を抜け、要塞に続く開けた道に出る。ここを突き進めば要塞に入城可能だ。
しかし当然ながらそうスムーズにはいかない、公国軍の人型戦車部隊が守りを固めている。
『前方、IV号が……六機、いや七機か? こっちには新型はいないのか?』
要塞に突入するルートは三つ、私たちが担当するCルートにはIV号戦車しか見当たらない。
「気をつけて、奥に新型が潜んでるかも」
新型重戦車、私はまだ数度しか戦った事がないが。それでもとんでもなく厄介な相手だとわかる。
『はんっ! 新型が何だ! 怖かねぇぜ!!』
マイクのバカの機体が機関砲をばら撒きながらジリジリと進んでいく。
「あのバカ、よっぽど死にたいんだな」
丁度いい、敵を引きつけてくれるなら。
私は携行機関砲を遮蔽物に隠れつつ撃ち続ける。周囲に展開している味方も同じように慎重に、敵を削りなら進んでいく。
『公国人なんざ怖く──』
それが、マイクの最後の遺言であった。突如城壁内から降ってきた砲弾が直撃、対戦車用榴弾であった。
哀れマイクの機体は派手に爆散し、燃え盛る残骸となった。
「ほら、死んじゃったよ」
味方の攻撃が止まる。そうして堅牢な城門からキュラララ……と、大きな音を上げて巨躯の機体が威風堂々と現れる。
『Ⅵ号……戦車……』
誰かが呟く、現れたのは三機の重人型戦車。そう、あれこそが公国軍の新型"Ⅵ号戦車"、通称ティーガーと呼ばれる重量級の機体であった。
IV号よりも大型、IV号が一般の騎士なら……ティーガーは精鋭揃いの近衛騎士、とでも言えばいいだろうか。
それほど風格のある見た目をしている。
「公国っていうのは、つくづく騎士道精神が好きみたいだね」
ティーガーが現れてから場の雰囲気は一変した、残存していたIV号は後ろに下がり。三機のティーガーが前に出る。
『まさか……白い虎が……』
シルビアの怯えた様な声、彼女の機体は私の後方にいる。何かあっても私がすぐに出て行ける、大丈夫だ。
『新型戦車が何だ!! 怖かねぇぞ!!』
そう叫ぶ味方の機体を、二発目の徹甲弾が貫いた。
敵の新型重戦車は自走砲などに配備される強力な火砲を装備している。
基本、人型戦車は軽い機関砲などしか装備していない。あまりにも大きな砲はデットウェイトになり動きの妨げになるからだ。
だが、公国の重戦車は重装甲に強力な火砲を持たせるという人型戦車の設計思想の逆を行くモノになっている。
『クソッ! あれを撃たせるな!!! 殺せ!!!』
周囲に散らばる味方部隊による銃撃、しかしこの距離では当たり辛い上にあの硬い装甲により易々と跳弾させられてしまう。
そして、三機目の砲撃。右側に展開していた部隊の中心あたりに着弾し周囲の三機が爆発に巻き込まれ戦闘不能状態となる。
ここに来るまでにもう全体の四分の一ほどの人型戦車を失っている。
「なんとか、この分厚い防衛線を突破しなきゃ……」
このままではジリ貧だ。
『死神!! あの硬いバカ共を何とかしろ!!』
味方の他人任せな無線が入る、死神とは私の事だろう。
『ご指名だ、いけるか?』
「はっ、あんたも変わらず他人任せですか隊長」
榴弾砲は強力だが次弾の装填には時間がかかるらしい。現に奴等、今は反対の手で持っている軽機関砲で応戦している。
「一機……ギリギリ二機ならいけないこともないです、でも三機は無理、あの少し離れた場所にいるティーガーを集中攻撃してくれませんか」
『充分だ、派手にやれ。一機くらいならこっちで何とかしてやる。残りを頼んだぞ』
私は暗いコックピットの中、ゆっくりと息を整えた。大丈夫、殺した事のある戦車だ。弱点はわかってる……