3話 虎の待つ砦
「作戦概要を伝える。444小隊は二時間後の一四〇〇、基地を経ち東部マスカット州に向かう」
シルビアの言った通り、東部方面での作戦展開であった。東部は激戦地となっており444小隊もしょっちゅう派遣されている。
マスカット州はパイン公国の中でも特に荒れた土地が多く、さらにこの時期になると雪が多く降り積もる豪雪地帯と化す。
「またあっちか、今度は何人死ぬかねぇ……」
小隊のメンバー、マイクの隣にある角刈りの男がそう呟いた。前回東部戦域に行った時は小隊メンバーが一人戦死、代わりに補充されたのがマイクであった。
「ま、少なくとも私とシルビアじゃないのは確実だね」
私はシルビアを抱き寄せながらそう言った。
「あ? 俺らのどっちかが死ぬって言いたいのかよ!」
喚き散らす角刈り。
「どっちか? 両方の間違いじゃないですか?」
シルビアが舌を出して挑発、かわいい。
「てめぇ!!」
「いい加減にしろ!!!」
隊長の怒鳴り声で私たちは一応黙る。この小隊はいつもこんな感じだ。
「で、マスカット州で何をするんですか?」
私は体調にそう尋ねる、まあやる事なんて分かりきってるけど。
「マスカット要塞の攻略を、複数の部隊と共同して行う」
マスカット要塞、あそこは高台に立つ堅牢な要塞だ。
要塞には公国軍の新型重戦車や協力な砲を持つ自走砲が幾多も配備され、対空兵器もハリネズミのように張り巡らされている。
連合軍は攻略に随分と手間取っているらしい。
「今までチマチマと攻撃を仕掛けて来たが、いよいよ本腰を入れて攻略ってわけか」
と、角刈り。
「あそこを抜ければ一気に首都に近づくからな」
雪が深々と降り積もるその州を抜けると、一気に公国の首都"ドラゴンフルーツ"に向け攻勢をかけられる。
「首都を落とせば、流石の公国人も降伏するだろ」
マイクの楽観的な意見、果たしてそう素直に進むものだろうか……
そうして、私たち小隊は出撃準備を進める。その中でふとシルビアがこんな事を言った。
「白い虎……って知ってます?」
「うん、もちろん」
"白い虎"。公国陸軍最強とも言われるエースパイロット。機体に白虎のノーズアートが描かれている事からそう呼ばれている。
戦争初期から各地で暴れ回り、連合軍側を恐怖に陥れている強者。連合軍戦略情報部によれば、コイツの戦力は一人で一個戦車大隊に相当するとか。
いやいや、流石にそれは盛りすぎでしょ。
「どうも、そいつがマスカット要塞にいるなんて噂が……」
不安そうな顔をするシルビア。
「大丈夫だって、そんな心配しなくても、ただの噂でしょ」
何の根拠も無いけど、こういう時はこういう事を言うのが一番良いだろう。
「ですよね! たとえいたとしても"リボン付きの死神"なら負けませんもんね!!」
"リボン付きの死神"は私の異名だ、自慢では無いが、私も結構色々な意味で名が知れている。
でもまあ死神とは……皮肉なものだが私にふさわしいよ。
多分その死神には、畏怖の他に味方殺しの意味も含まれているのだろう。そう、私は444小隊の死神。小隊の数字も死神にぴったりだ。
私はそっとシルビアを抱く。
「あっ……ユリ姉……」
「大丈夫、私が守るから」
そう、この娘だけは居なくならないで欲しい。
「うぅ……嬉しいですけど、私そんな弱くないです! 私もユリ姉の隣に立てるくらいには……」
私はシルビアを放す。
「はいはい、わかってるって」
「むー、絶対わかってませんよね!!」
……この娘は何故こうも、天使みたいなのだろうか。
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陸軍に入った私は、人型戦車乗りとしての日々を生きていた。
訓練の日々は厳しいものだった。まさしく想像していたスパルタ式の軍隊そのものであった。
勿論、女だからって何か特別な事も無かった。軍隊ってそういうものだ。男女に差なんてなくある意味平等だ。
ただ一つだけ、周りの男達からは距離を取られた。理由は……
「アイツ、少将の愛人らしいぜ」「こえーな……手出したら処刑されるんじゃね」「あー、せっかくの上玉なのによ」
……あの客、将官だったのか。
そんなこんなで人型戦車に乗り続ける日々。不思議なもので人型戦車の操縦は、まるで前世から覚えているみたいに上達していった。
そうして、私は初めての実戦を経験する。
軍隊に入って一年、共和国の西部において内戦が起きた。この内戦の起きた地方は元々別の国であり、共和国が武力的に併合した土地であった。
内戦の火種が燻っていた場所、いつ爆発してもおかしくなかったが……それが弾けたというわけだ。
そこで私は、初めて人を殺した。初めて殺ったのは反乱軍の"M3 Lee"という人型戦車だった。シャーマンの一世代前の機体だ。
今でも覚えてる、敵のコックピットブロックに無我夢中で機関砲を撃った事を。
飛び散った黒いモノがオイルなのか人の血なのか……それはわからない。
戦争なんだから仕方ない、私は私の仕事を全うしているだけ。私は自分にそう言い聞かせた。
だけど、その時の私は気が付かなかった。自分の心の中にドス黒い感情、性的快感と同じくらいに気持ちのいいモノが渦巻いていた事を。
内戦は長く続いた、一年くらいだろうか。歩兵や敵戦車……果ては爆撃機、その間にいったい私は何人の敵を殺したのだろうか。
その中で私は……味方をも手にかけた。