2話 ユリ・キリシマという少女
戦争のきっかけは、些細な事に過ぎなかった。
たしか、公国が密かに大量破壊兵器を開発してるとか連合側がイチャモンつけたからだっけ……
この大陸には三つの国が存在している。大陸の西に位置するオレンジ共和国、およびグレープ連邦。そして東に位置するパイン公国。
共和国と連邦は友好国、対して公国は昔からこの二国とは対立関係にあった。
歴史上幾多に渡り戦争が起こった。果たして今の戦争は何度目なのだろう……数えるのも馬鹿らしい。
戦争で使う道具が、サーベルから小銃に、帆船からガスタービン式の軍艦に、馬から人型戦車に……
何万ガロンの血が流れようとも、争いの火種は絶えることがなかった。
この大陸は、真っ赤な石油が止まる事なく溢れ出る地獄のような油田であった。
進化した技術はいつも真っ先に戦争に使われた。
私はそんな戦争の歯車、軍隊というパーツの一つにしかすぎない。そう心を押し殺して今日まで生きている。
私の話をしよう。私の名前はユリ・キリシマ。名前から分かる通り東方系の血を引いている。
この大陸で東方系はの人間は珍しい。私の黒色の髪は目立つ。この大陸では人種差別が横行している。
だから、昔から周りの人間からの差別は凄まじかった。
特に私が住んでいるオレンジ共和国は、元々王政を取っていた時代の名残から。他民族に対する差別が激しい。
ある程度、他民族に寛容なパイン公国に生まれていたらまた人生は違ったのかも知れない。
さらに私は、有力者の妾の子でもあった。それがより一層。私に対する差別を助長させていた。
肌の色、生まれた土地、流れる血……そんなもので人を測れるはずもないのに。
私は家を出た。だがなんの力も持たない私はこの国では無力で無価値であった。ある一点を除いて……
場末の寂れた街。"そういう"宿が集まる場所。私は沢山の男の欲望の捌け口となった。一体何人の相手をしたのだろう、いつからか数える事も辞めてしまった。
もちろん、子供がこんなことするのは間違っているし。共和国の法律でもこういう事は禁じられている。
だがそんなものは建前でしかなかった。共和国は行き場のない私のような少女の存在を完全に黙殺、こういった商売も野放し状態であった。
共和国は腐敗し尽くしていた。表向きは綺麗事を言いつつ、裏で支配するのは金と暴力。民主国家としては既に堕ちるところまで堕ちていた。
学もなく、秀でた才能もない無力な少女の私が生きる術はこんな事しかなかった。
「あぁ、お前のその目。いい、何もかもに絶望して濁った……殺しを躊躇わない目、イカれた兵士の目だ」
ある客が、私にそんな事を言った。
何を言ってるんだコイツ、と思った。
「絶望してるのは確かだけど、流石に人殺しは勘弁」
そう返してやった。
この客は、共和国陸軍の高官であった。何故こんな場所でで東方系の娘を抱いているのか不思議なくらいの地位にいる人物だった。
「こんな場所で終わりたくないだろ? 戦場で生き場所を見つけてみたくないか?」
「私を口説いてる?」
「どうかな」
物好きな客もいるものだ。
そうして気がつけば、私は陸軍の訓練学校にいた。娼婦だった私が軍人……なんの冗談かと思ったけど。意外と悪くはなかった。
適性訓練の結果、私は人形戦車の操縦士となることが決まった。
人型戦車……その名の通り、人のような形をした戦車だ。コイツができてから随分と戦争の様子も変わった。
あらゆる地形に対応ができ、柔軟な兵装選択ができる。ただし上からの攻撃には弱い。
人型戦車は陸軍の主力であった。私は初めてそれに乗った時……まるで母親の胎内にいるかのような安心感に包まれた。
「M4シャーマン……」
暗いコックピット内部で私は機体の名前を呟いた、操縦桿を握る手が興奮でプルプルと震える。
そうして、私は新しい居場所を見つけた。
〜〜〜〜〜〜〜
「ユリ姉! 起きてくださいー!」
可愛らしい少女の声が聞こえる。私は微睡みから引き戻された。
「んぁ……シルビア?」
目を開ける。一人の少女が寝ている私の顔を覗き込んでいた。
「招集ですよ! ほら早く起きて起きて」
綺麗なブロンドヘアーをした彼女が私の肩を揺さぶる。
「はいはい……」
私は簡易ベッドから起き上がり、ニコニコと私の事を見ている可愛らしい少女を見る。
彼女はシルビア・フェアレディ、私と同じく444小隊に所属する人型戦車の操縦士だ。
そう、この前の敗残兵狩りの時に遅れていた人型戦車に乗っていた娘た。
……この少女、なんでこんな部隊にいるのか不思議なくらいに純朴な娘である、私に引っ付いてきてこの小隊に入ってきた変わり者だ。
「また東部方面での作戦みたいです、あそこは公国の抵抗も激しいですから」
「どうせどこ行ってもやる事は同じでしょ」
テントを出る、私達が今いるのは占領された公国の街に作られた基地だ。
基地内は非常に慌ただしかった。幾多の兵士が行き交い、輸送用の車両が通る。
私とシルビアは小隊の人型戦車が駐機されている場所に向かう。
「キリシマ少尉を連れて来ました!」
基地の端、厄介者たちの溜まり場にたどり着く。
「はっ……さすがエース様は、重役出勤ってわけか」
小隊メンバーの一人、坊主の男がそう吐き捨てる。やれやれ、こういう嫌味はもう慣れっこだ。
「むっ! 何ですかマイク! その言い草は!! ユリ姉はちゃんと仮眠の時間で……」
「いいって、放っておきなさい」
私は男の喧嘩を買おうとするシルビアを止める。
「ま、私くらいの撃墜マーク持ちならちょっとの寝坊は許されるってものよ、ですよね〜隊長?」
自分でも気持ち悪いと思うくらいの猫撫で声で、腕を組みながら私達のやりとりを興味なさそーに見つめてるガタイのいい大男にそう声をかけた。
「……どうでもいいから、さっさとブリーフィングを始めるぞ」
大男の、全く釣れないような声色。やれやれ、相変わらずの堅物だ。
そうして、いつものように作戦の内容が伝えられる。