1話 このどうしようもない世界で
視点が変わります。
「エイプリル4、配置につきました」
静かで薄暗いコックピットの中、私は隊長機に報告を入れる。
モニター越しに何処までも続く荒れ果て、乾いた大地が見えた。
『オーケー、全機聞こえるか? まもなく間もなく目標がβ地点を通過する』
ノイズ混じりの音声が聞こえる、この辺りは磁気嵐が酷く聞こえづらい。
私は息を吐き、呼吸を整える。私の仕事は敗走する敵部隊の掃討。
一匹残らず殲滅しろと上からのお達しだ。
『公国軍、残存部隊まもなくβ地点に到着します』
味方機からの通信が入った、敵の残存部隊は渓谷を通過する。
私たちの部隊は緩やかな渓谷の上方、二方向から敵部隊を急襲する段取りだ。
『目標、β地点通過!』
『よし、攻撃開始!!』
隊長機からの合図。私はコンソールを操作し機体に被せていたカモフラージュネットを取り払う。
「エイプリル4、エンゲージ」
そうして、人型の機体を操作し渓谷の急斜面を滑る様に降りた。渓谷の反対側でも同じ様にして味方機が残存部隊に襲い掛かる。
『ちょ、ユリ姉!! 待ってくださいです!!』
後ろにいる味方機はモタモタしながら渓谷を降りていた、相変わらずこの娘は動きが鈍い。
「あんたが遅いんでしょ」
私は滑りつつ手持ちの携行機関砲で制圧射撃を行う。
残存部隊の規模は人型戦車四機、ただどれも小破〜中破程度の傷を負っている。
四機は汎用輸送トラック二機を囲む様に展開している、あの中には負傷した兵士を乗せているのだろう。
公国軍の人型戦車"Pz.Kpfw.IV"、通称IV号戦車……まるで中世の騎士の様な出立ちをしたその機体達はトラックを庇う様にして展開する。
敵の攻撃を避けつつ接近、やはり手負の騎士。攻撃はそれ程脅威ではなかった。
一機の懐に入り込み、コックピットブロックのあたりに携行機関砲の銃剣を押し当てる。
手に伝うゾクリという感覚。銃剣はIV号の背部にある燃料タンクを貫く。黒いオイルがまるで人の血の様に辺りに撥ねる。
私はサッと既に生命の感覚がない残骸からバックに跳び距離を取る。
その間に隣の一機は味方の砲撃により倒れていた。その機体は襲撃する前からボロボロだった。
残りは二機だが、既にトラックの守りは無いに等しかった。
私はトラックに標準を向ける。モニター内のレティクルがトラックを捉える。
トラックから兵士が逃げ出すのが見えた。私は兵装を切り替えて操縦桿のトリガーを押す。
パララララ……と、手持ちの機関砲よりも軽い発砲音。頭部にある対人用の7.62mm機関銃が発射される。
トラックは一瞬で蜂の巣となった。あの中には一体何人の人が乗っていたのだろう……まあ、私の考える事じゃない。
後方にあったもう一台のトラックは味方の砲撃を受けて爆散していた。
そうして、守るものを失った二機の人型戦車。
だが騎士の矜持というモノなのか、それとも公国人の性格というモノなのだろうか。二機の手負の騎士は機関砲をばら撒きながらこちらに突撃してきた。
「……はぁ」
だが、怒りに任せた攻撃は予測しやすい。突撃してくる一機の銃剣による攻撃を躱して、逆に首の装甲が薄い部分を狙い首を刎ねる。
ズン……と、遠くに撥ねるIV号の頭部ユニット。
「よっと」
脚を操作し首のない人型戦車をもう一機の方に向け蹴り飛ばす。
ぶつかり合う二機の人型戦車、そこに味方の砲撃が降り注いだ。
ドガァァァァァン……と、爆散する二機。亡骸のカケラがコンコンと機体に当たる音が聞こえる。
『目標の殲滅を確認、帰還するぞ』
「了解」
任務は終了した。私は機体を操作してその場から撤収した。
荒れた不毛の大地、土煙を上げながら五機の人型戦車が進む。
人型戦車の脚部、人間でいう足の部分には履帯が装備されている。長距離の移動の際には歩くのではなくこの履帯を使い戦闘車両のように進むのだ。
『はぁ〜、やっぱり手負の敵は手応えねえな』
『ま、あんなもんだろ……あんなもんで撃墜マークを増やしたって気持ちよくねぜ』
味方機の軽快な通信が聞こえる、戦場だというのに何処か浮ついたノリだ。
『にしても、相変わらずユリの動きはヤバいな!』
話が私の話題になる。
『流石、味方殺しのエース様はテクが違うねぇ。娼婦上がりのくせに一体どこでそんなテク学んできたんだ?』
と、いかにもな挑発口調で私に話を振ってくる。はぁ、面倒くさいなぁ……
「アンタも背中から撃ってあげようか?」
『おー、怖い怖い……』
面倒くさい、面倒くさい。
私はチラリと横を行く味方の人型戦車を見る。"M4人型戦車"、シャーマンの愛称で知られる共和国軍正式採用戦車。
所々の丸みを帯びた装甲に、単眼のカメラアイが特徴のその機体。
肩の部分に示されている共和国軍のマークには……黒いバッテンが描かれている。
私たちの部隊は、問題行動を起こした厄介者ばかりが集められている連合軍の中でも極めてタチの悪いならず者の集まりだ。
私はその中でも一番の問題児らしい。
『おいテメェら、無駄なお喋りしてるんじゃねえぞ。この辺りは殆ど連合の勢力圏だが、またさっきみたいに敗残兵がいるかも知れねえからな』
先行する隊長機からのお叱り。はぁ……完全にとばっちりだ。
その後、私たち共和国陸軍第4方面群第44戦車隊は、荒れ果てた荒野の大地を土煙を上げながら進み続けた。