16話 世界で一番静かな終戦記念日
「……ここは」
意識が戻ってくる。雪煙、土煙、そうして落ちてくる瓦礫の数々……
私はコックピットの中を見渡す。右の結晶モニターが損壊、その他にも幾つもの箇所が破損していた。
「落ちた……のかな、地下迷宮って場所か……」
崩落に巻き込まれた私、戦いに夢中になりすぎて周囲の状況が完全に頭から抜け落ちていたようだ。
おそらくここは首都ドラゴンフルーツに張り巡らされているという地下迷宮だろう。
……そういえば地図にこの地域は老朽化が進み、崩落の危険性もありと書かれていただけ。
「ま、もうどうでもいいか……」
地下迷宮は連合軍でも全てを把握できていない場所だ。救助は期待出来ないだろう。
「────っ、痛い……」
身体のあちこちが痛い、かなりの衝撃だった。あまりにも鋭く鈍い痛みに一瞬だけ気が飛びそうになる。
「はぁ……はぁ……あんな攻撃…………あり?」
最後のロケット弾による攻撃、コックピット部への直撃は免れたが……どうやらかなり致命傷だったようだ。
何とか堪える、ふと太腿の辺りにジワーっとした嫌な感覚を覚える。
「ははっ……小さい方でも漏らしたかな」
と、冗談を飛ばしてみる。そうでもしないと痛みで気が持っていかれそうだった。
……流れ出していたのは、真っ赤な液体。太腿に突き刺さった結晶モニターの大きな破片からドクドクと溢れ出す。
「……嫌な死に方、ま潰されるよりはマシ…………かな」
よく見たら身体中に色々な金属片が突き刺さっていた。このまま、失血死というパターンだろうか。
「ティーガーは……?」
痛みに耐えながら、まだ生きている正面モニターで周囲を確認する。
機体の状況をチェック。辛うじて動かせそうだった。
ギギギィ……という金属が擦れる音。瓦礫がパラパラと崩れる音。
何とか機体を起こす事ができた、辺りは暗かった。地下迷宮というのだから当然だろうか。
辛うじて、崩れた天井から覗く灰色の空のおかげで私の周囲だけは多少は明るい。
「……っ!」
見つけた、少し離れた場所にいるティーガー。あっちは私のイージーエイトととは違いうまく着地出来たようだ。
「はぁ……もう……無理かも……」
"それ"を見つけた安堵感からか、急激に力が抜けてしまった。
ぼんやりとする視界の中、ティーガーIIのコックピットハッチが開かれるのを確認する。
「……あの娘」
銀髪の彼女が、ティーガーIIを離れこちらに向かってくるのがうっすらと確認できた。
「…………やっと、会えた」
私は緊急用の爆砕ボルトを点火、変形し開かなくなったハッチを吹き飛ばす。
「……はぁ、出れない……動かないし」
足に力が入らない。すでに腿から下の感覚は無くなっていた。
「────ねえ! ちょっと!!」
薄れる意識の中、女の子の声が聞こえた……仕留めたと思ったのに、飛んだ勘違いだった様だ……
あぁ、だめだ。ちょっと眠い──────
〜〜〜〜〜〜〜
「んっ……」
気がつくと、機体の外にいた。あれで死んだと思ったのに……痛みのせいでまともに眠ることすら許されないなんて。
「……あぐぅ……」
情けない声をあげてしまう、それ程私の腿や腕、私の身体のあちこちが激痛を訴えていた。
「もう少し……もう少しだから」
側にいた彼女が私に懸命に声をかけるのが聞こえる。
……この娘が、白い虎。
連合軍を震え上がらされている絶対的エースパイロット。
どうやら医療キットで私の応急処置をしようとしているようだ。いやいや……どう見てももう助からないでしょ私。
何故敵のパイロットにそこまで気をかけるのか、不思議だった。
「あんた……なんで?」
「だって……放っておけないし……」
彼女はよっぽどのお人好しだ。敵兵を放っておけない? あまりにもお人好しがすぎる。
「あなた、何歳?」
痛みが若干落ち着いてきた。
「……私? 十九歳だよ」
ホントに同い年だったんだ……
「私も十九…………私さ、勝手にアナタに親近感感じて」
思わずそんな言葉が口から出てしまった。
「私も、あの時アナタの事を見て。連合にも私みたいな娘がいるんだって……不思議だね、さっきまで殺しあってた何なんでこんな事……」
どうやら、親近感を感じていたのは私だけではなかったようだ。
「……もし生まれた国が違かったら……私もアナタと肩を並べて戦えていたかもしれないのに……」
そしたら私はどうなっていたのだろうか。彼女と一緒に戦ってる姿を想像する。
あぁ、でもそうしたらシルビアに会えないや。それは嫌かな……
「…………アナタは生きて、こんな死にかけの敵兵に構ってないで」
私は暖かみのある彼女の手をつき離す。
「で、でも──」
「いいから…………そうだ……これ……」
頭のシニヨンに結ばれていた青いリボンを解いて彼女に渡す。
「…………私を倒した……勲章」
流石にそれを受け取る彼女。
「ありがとう……最後にこうやって会えてよかった…………」
私のその言葉、彼女は何が意を決したかのような表情を見せて立ち上がった。
「──さよなら」
そうして……彼女は立ち去っていった。どんどん足音が遠ざかる。
「……」
とても……眠い、でもこの眠気は何だか怖いモノでは無い気がした。
…………そうだ、これが死というモノなのだろう。なんだか意外と呆気なくてあっさりとしているな…………
「シル……ビア、私も今……い…………」
瞼が重い、もう閉じてしまおう……そうすればあの娘の元にいけるから…………
……シルビア、ヴァルハラで会ったら……今度はちゃんと……大好きって言うから──────────
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