14話 最後の足掻き
「隊長、マンゴー通りの支援に向かいます」
私は短くそう呟く。
『おい、勝手に一人で──』
乱雑に通信を切る。どうせ私は白い虎、いや……あの銀髪の少女に敗れて死ぬんだろう。もう命令なんて聞く必要はない。
そう、ようやく死に場所を見つけられた。この雪と血、硝煙に塗れたこの街が私の墓場なんだ。
公国行政評議会議事堂前の広場を抜け出す、コックピット内に貼られている首都のマップを確認。マンゴー通りはここから八ブロックも先。随分と遠い。
『……救援……新型…………』
瞬間、遠くで大きな爆発音が聞こえる。私が今いる場所からでも爆炎が見える程だった。
「────なっ……!」
見間違いだろうか、ここから……周囲の建物よりも高い位置に胴体が見える。ありえない……あの大きさは何なの?
その時私はある噂を思い出した。公国軍が密かに開発した超重戦車の噂を。
「VIII戦車……」
そうして、伝え聞いた名前。ティーガーよりもはるかに巨大な超重戦車。
公国は密かに通常の1.5倍ほどの大きさを誇る超重戦車、"VIII戦車"を開発しているという戦場伝説。
よくあるただのデマだと思っていたのに……
そして、私のイージーエイトは見通しのいい広場に出る。この広場に通じているマンゴー通りの方に視線を向けた。
「……嘘でしょ」
その戦車は……ここから二百メートルほど離れた距離にいた。
だがその距離からでも、その機体の巨大さは把握できた。
「……ッ!!!」
悪寒、私は急いで機体を後ろに下げる。直後、砲撃音が聞こえ同時に先程まで私のイージーエイトがいた場所が爆ぜ飛ぶ。
カンカン……という破片が機体に当たる音。
「あり得ないでしょ……」
着弾した場所は大きく抉り取られていた。嘘みたいな威力だ、巡洋艦並みの艦砲でも乗せているのか。
敵の超重戦車、目算でシャーマンの二倍程の大きさはあるだろうか。
『支援部隊が……? あの化け物をなんとかしてくれ…………あれにもう何機やられて────』
と、最後まで言い終わる事なく。味方の通信は途切れた。同時に聞こえる低く鈍い音、Ⅷ号に仕留められたようだ。
「──チッ」
どうやら周囲の味方部隊はほぼ全滅してしまっているようだ。
周囲に展開している歩兵部隊も見当たらない、皆あれに蹂躙され尽くしてしまったのだろうか。
「あんな化け物が湧いて出てくるとか聞いてないんですけど……」
あれに乗っているのは彼女なのだろうか、だとしたら少しズルい。
「──あんなデカいなら、動きもトロいはず」
だとしたら勝機がない事もないはず。なのにあれに周囲の部隊がみんな喰われてる。
……どういうカラクリなのだろうか。
私は機体をVIII号の死角となる場所に移動させる。コックピットを解放し、護身用のハンドガンを持ち外に降りる。
周囲に敵の伏兵がいない事を慎重に確認し。側の半壊しかかった建物の中に。
屋上に登り、VIII号がいる方向を双眼鏡で確認する。
「……あれは」
VIII号のすぐ側、主人を護衛するかのように側につく数台の人型戦車がいた。
「そんな所に居たんだ」
その中の一台に白虎のエンブレムを視認。機体は……ティーガー? いや少し違う。あれは噂に聞いてきたティーガーの派生機だろうか。
私は急いで下に戻り、機体に乗り込む。
彼女が護衛となり、近寄る敵を蹴散らしているというわけか。
「なら……」
取るべき戦い方を考えた。私は彼女とサシで戦いたい。先に邪魔な敵を撃破しておくべきだろう。
まずは、とにかくこの場所から動く事にした。広場を出てマンゴー通りから二つ離れた小さな通りを進む。
その間にも幾度となく砲撃音、爆発音が聞こえた。味方爆撃機による空からの攻撃だ。
だが、味方による爆撃は白い虎に寄って悉く撃ち落とされ防がれていた。
対空攻撃により追い払われる爆撃機部隊。
「空への対処能力も一流ってわけね……」
小さな道を縫うように進む。複雑な首都の区画を利用してVIII号が背後に取れる場所に辿り着く。
手元にある首都の詳細地図と、モニターからの景色を照らし合わせ最適な位置を考える。
ギリギリまで攻撃はしない、あのデカブツを仕留めるには……ギリギリまで近づく必要があるだろう。
人の気配が消えた街の通りを進む、あまり大きな音を立てると向こうに捕捉される可能性もある、慎重に進まなければ。
先ほどVIII号がいた位置を地図に描き込み、現在ある位置を予測した。
「……っし」
ペダルを踏み、履帯を転がし再び街を進む……ここだ、こここの通りを右折した百メートルほど先。恐らくVIII号戦車はいるだろう。
私のイージーエイトは建物の陰に張り付くように隠れる。
息を整えて……建物の陰から飛び出す!
通りの先、VIII号の背中が視認できた。丁度大回りして背後を取った形になる。
履帯を格納、ここからなら脚を使った方が早いだろう。
ガコン……と背中のロックを外し大剣を振り回すように引き抜いた。
VIII号の背後には二体のパンターが付いていた、わざと雪の地面を抉るような足音を立てて奴らに接近する。
白い虎のティーガーもVIII号の正面に付いているのが見えた。
「……まずは二体ッッッ!」
あの先パンターを先に狩った方がいいだろう。
────私、最後の狩の時間だ。




