11話 陥落、そして閃光
前半がユリ視点、後半は白い虎視点になります。
視点がコロコロ変わってますがこの先エピローグまではユリ視点の予定です。
その日の夜、マスカット要塞は陥落した。作戦開始からまる二日の時間を要した要塞攻略作戦は連合軍の勝利に終わった。
難攻不落と呼ばれた要塞を僅か二日で落とす──聞こえはいいが、一体それを成す為に幾つの命が散っていったのだろうか。一体どれだけの屍の上に築かれた勝利なのだろうか。
超短期集中決戦を狙った連合軍HQの作戦は果たして本当に正しかったのか……
占領された城塞を拠点に、首都への大進撃が始まった。グレープ連邦軍も含めた多数の部隊が首都への道を侵攻中である。
三人の隊員を失った444小隊は……補充要員が来るまで城塞に待機している事になった。
雪が止まない、絶え間なく灰色の空から落ちてくる。私の足元にはコックピット部が無惨に押し潰されたシャーマンが。
私は丁度ぐちゃぐちゃにになったコックピットブロックを見下ろす様にして立っている。
あの後、互いの胸部装甲を斬り合った私と白い虎。結局決着は付けられなかった。遠くに見えた信号弾、それを合図とするかのようにパンターは引いていった。
既にこの機体に乗っていた少女の遺体は回収されている。私のよく知っている女の子、いつも私のそばにいた女の子。
「どうしてだろうね……どうして……」
遺体──といえば聞こえはいいが、彼女の亡骸は見るも無惨な姿になっていた。仕事柄、こういうのには慣れていた筈なのに……私は初めて嘔吐してしまった。
「ごめんなさいごめんなさい」
あの時、もう少しシルビアに気を配っていれば。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
戦う事に夢中になり過ぎていなければ。
「ごめん……なさい……」
彼女のシャーマンは、既に雪に埋もれつつあった。まるでシルビアの存在そのものを消してしまうかの様に。
私は要塞中央部、かつてパイン公国公爵家の別邸として利用されていた大きな城を見上げる。天辺に旗めく共和国の国旗。
あんなのを立てるために……シルビアや、一体どれ程の兵士の命が散っていったのか。
身体の力が抜け、へたり込んでしまう。わかってる、全部私のせい……でも八つ当たりもしたくなる。
「何が死神だよ……馬鹿らしい、馬鹿らしい、馬鹿らしい!!!」
そんな大仰な名前を貰ったって、結局大切な子一人守ることも出来なかった。
幾ら格好を付けたって……戦いが好きなイカれた人間を演じようとしても結局私なんて、弱く脆い単なる無力な女でしかないんだ。
結局私は身体を売って生きていた頃と何も変わっちゃいない。
「約束……私……まもれ……ひっぐっ…………ごめん………ごめんなさい…………ごめんなさい……………」
涙がとめどなく溢れてきた、抑えが効かない。こんなにも号泣してしまうのはいつぶりだろうか。
私の手には青色のリボンが握られていた。いつだったか、シルビアに貰ったものだ。
「きっとユリ姉に似合うはずです!」
彼女の声が脳裏を掠める。私はこういうの似合わないからってずっと荷物の中に入れっぱなしだったものだ。
「ごめん……なさい……」
そうしてしばらく座り込み泣き明かし、ふと遠くの空を見上げたその時であった。
「────え、何……?」
空がまるで太陽が昇ったかの様な明るさに包まれる。おかしい、今は夜のはずだ。
続いて起きる地響き、そうして──遠くの空に微かに見える黒い雲。
その雲はまるで意思を持つかの様に地平線から上に膨れ上がっていく。
雲は一つだけではない。確認できるだけでも三つ、同じようなものが見えた。
「……っ!」
そうして……轟音、あまりにも大きくお腹に響いてくる轟音。例えるなら雷の音が断続的に鳴っていると表現すればいいのか……とにかくそんな音が響き渡る。
私は立ち上がり、遥か遠くに確認できる盛り上がる黒煙を見る。あの方向は……連合軍の侵攻ルートとピッタリ一致する。
間違いなく何か異常な事が起きている。私の心臓は早鐘のように鼓動を響かせる。
そうして半日後……連合軍の侵攻ルート上で、三つの新型爆弾が炸裂したとの報告が入ってきた。
〜〜〜〜〜〜〜〜
〜白い虎の手記より〜
あれは、おそらくあの冬一番の豪雪が降りしきる日のことだった。
連合軍の進軍ルートを見計らったかの様に炸裂した新型爆弾。私は後方の州都でその光景を目にしていた。
遠く離れた首都からでも、その地獄の様な光景は見えた。噴き上がるドス黒い……悪意と絶望に満ち溢れた雲。夜なのに、まるで昼間の様な光に包まれる世界。
周囲に展開していた連合軍主力部隊は大打撃を負った。そしてそれだけではない。
その閃光は……本来守るべきはずである自国の尊い命までをも奪った。
進路上には武装解除した中核都市が存在していた。閃光はその都市をも巻き込んだ。
────そしてその街は私の故郷でもあった。
戦後の調査で、連合側、及び公国側の死者行方不明者は十万人をも超える事が判明した。
軍部、過激な継戦派が引き起こした作戦。戦後この作戦に関わった人々は連合軍主導の裁判にかけられ全員が極刑となった。
だが、そんな茶番をしたって。消えた命、消えた街は戻らない。
歴史上類を見ない残酷な焦土作戦。戦争史上、おそらくこの先も永久に語り継がれるであろう悪夢のような作戦。
この作戦を立てた人は……きっと悪魔に魂を売った人間なのだろう。そうでなきゃ、常人にこんなことが出来るはずがない。
私の国が犯した余りにも愚かなで消えようのない罪を"彼女"はどんな気持ちで眺めていたのであろうか。
そうして、戦争は最終局面を迎えていく。




