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10話 散花

〜白い虎の手記より〜



 最初に彼女と出会ったのは、マスカット要塞防衛戦の時であった。


 あの要塞は強固な守りで首都への道を塞ぐ公国の最終防衛ラインに位置している。


 要塞には精鋭部隊が配備されていたが、連合の物量作戦には敵わなかった。


 攻撃開始から僅か半日程、襲いかかる絶え間ない爆撃──波状攻撃により戦力は削られていった。


 そうして、要塞の放棄が決定された。やけに撤退が早いと感じたが、今考えればあれがあの"悪夢のような作戦"の伏線だったのだろう。


 要塞より撤退していく味方部隊、敵戦闘機や爆撃機の追撃を交わしながら後退していく戦車部隊、歩兵部隊を私は城塞から眺めていた。


 私の仕事は……城塞に残り出来る限り敵部隊の足止めをする事だった。


 不運な事に、私に寄越されたのは乗り慣れたIV号戦車ではなくV号戦車であった。


 "虎"呼ばわりされている私が"豹"の名前を持つ機体になるなんて、なんともおかしな話だ。


 乗り慣れない機体で敵の足止め、上からの私の扱いが酷い。だが私は軍人だ、命令には逆らえない。


 引いていく味方部隊を援護しつつ、城内に突入していく敵部隊を片っ端から叩いていった。


 もはや数えてもいなかったけど、あの城塞戦で私は二十機以上の人型戦車を狩ったと思う。


 そうして、四機のシャーマンを撃破したその時であった、庭園にやってくる増援。そのうちの一機に彼女は乗っていた。


 明らかに他の人達とオーラが違っていた、何というか……溢れ出る戦いへの執着というのだろうか。


 持っていたランスを投擲し、一機を潰す。


 そうして、残りの三機は滑るように履帯で進み、互いに距離を取った。纏まっているとまとめて狩られると思ったのだろう、正しい判断だと思う。


 私はペダルを力一杯蹴りつける、私の機体は勢い良く前に駆け出していった。


 それに呼応するかのように、そのうちの一機……そう、彼女の機体が真っ直ぐに突っ込んでくる。


 真っ向から斬り合うつもりだろうか、共和国人にしては珍しい戦い方だ。まるで公国人みたいな気質だ……と思った。


 相手の機体が短刀を抜くのが見えた、私も左腕に装着されているコンバットナイフを装備させる。


 数秒後、私たちの機体はかち合う。交差する互いの得物。飛び散る火花、甲高い鍔迫り音。


 相手の機体、肩アーマーの部分にリボンを付けた死神のエンブレムがペイントされているのが見えた。


「死神……」


 私は静かにそう呟いた。結晶モニターを確認すると相手の右腕は半壊し、内部フレームが飛び出ている状態であった。


 片腕が使えないならこのまま押し切れる、と思ったその瞬間であった。


 右方から感じる気配、私は操縦桿を倒しバッと死神の機体から距離を取る。


 今まで私がいた場所に打ち込まれるセミオートの射撃。正確に狙えているけど殺気が溢れすぎている、避けるのは簡単だった。


 左方に展開していた最後の一機がこちらに大きな砲を向けていた、あれは公国軍の装備だ。どこかで拾ってきたのだろう。


 榴弾砲から繰り出される砲撃、私は素早く機体を跳躍させそれを回避する。


 あれを敵に使われると厄介だ、あの機体から始末するべきか……と、思った。


 つい数秒程前まで私がいた場所に打ち込まれる榴弾は大きな爆音をあげ爆ぜる。


 あれは次弾装填に時間がかかる。その間に仕留めてしまおうと考え、私のパンターは榴弾砲を持っている機体に向けて大きく跳躍。


 パンターはIV号とも比べ非常に高い馬力を持つ、このような動きも容易に可能だ。


 その機体の直ぐそばに着地、着地用の自動衝撃緩衝装置が働きパンターを保護する。


 榴弾砲を持ったその機体は。何が起きたのか分からないという様子で、ただ微動だにせずコチラの方を見ていた。


 私のパンターはコンバットナイフを構えなおす、そうして目の前のシャーマンに向けそれを振り翳した。


 嫌な感触が手に伝わってくるような錯覚を覚える。また一人、これで敵兵の命を奪った。


 コンバットナイフにより大きく胸部が抉られたシャーマン、内部がどうなってしまったのかは見なくてもわかった。


 私はパンターを後ろに跳躍させる。ナイフで仕留めたシャーマンはズシンと崩れ落ちていった。


 これで一機仕留めた、残りは二機。私は再度"死神"の方に向き直る。


「────ッ!」


 機体を襲う大きな衝撃、結晶モニターの映像が乱れる。一瞬何が起きたのか分からなかった。


 コンマ数秒で私は状況を理解する。死神に勢いよく体当たりされた。


 ──いくらなんでも動きが早すぎる、あの距離なら……シャーマンならもう少し余裕があったはずなのに。


 その時、私はその"死神"が機体スペックを上回るほどの無茶な動きができる化け物である事をようやく理解した。


 私は瞬時に自動姿勢制御装置を起こし機体の立て直しを行った。


「……くっ!」


 うまく着地出来たが、着地の隙を狙い私のパンターに向け死神の短刀が振り下ろされる。


 私は機体の脚を引き、なんとかその攻撃を回避しようとした。


 斬撃、そして破砕音、鼓膜が破れるかと思うほど大きな金属音と衝撃。操縦席内に破片が飛び散る。


 装甲が切り裂かれる、だけどこっちもただで私の装甲を渡すつもりは無かった。


 右手に構えていたコンバットナイフを横に振る。こちらも同じようにして胸部装甲に刃を押し当てる。





 切り裂かれた装甲、そうしてその隙間から見えたのは……私と同い年くらいの黒髪の女の子であった。

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