9話 公国の白い悪魔
シルビアが元々戦車乗り希望だったのはチラッと聞いていた。訓練学校ではパイロット志望でその手の訓練をしていた事も。
私に尊敬の目を向けていたのも、彼女が戦車乗りとしての知識や感覚を持っていたからなのだろう。
だけど、彼女は後方の補給部隊に回されている。そこに一体どのような事情があったのか私にはハッキリとはわからない。
ただ、彼女の"フェアレディ"という苗字、学のない私でも聞いた事がある、同名の重工メーカーがパイン公国には存在した。
……流石に考えすぎかもしれない、別に珍しい苗字ってわけでもないしね。
「まさか、本当に転属願い出すなんて……」
444小隊への配属初日、私の隣にはシルビアがいた。
「しかも、よりによってこの小隊? アンタほんと何考えてるの?」
「ユリ姉の行くとこなら何処にでもついて行きますです!!」
まったく、どうしてこの娘はこんなにも私に懐いてくれるのだろうか……
私は彼女の頭を撫でる。サラサラとしてて、とても触り心地が良い。
「ユリ姉……なんですか! 恥ずかしいですよ……」
顔を赤くするシルビア。わかりやすい娘だ。
「戦場で、危なくなったら私の後ろに隠れてなさい」
「わ、私そんな腰抜けじゃないですよ!!」
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要塞攻略戦は続く、陥落寸前と思われたニーベルング要塞であったが連絡の途絶えた201小隊、そうして白い虎出現を匂わせる遺言……わたしの心がざわついてきた。
庭園を抜け、通信の発信元に急行する私たち四機のシャーマン。
左右を高い壁に囲まれた狭目な通路にたどり着く……横幅は人型戦車二台が並んで通れるレベルの幅だ。
「……なんか、やけに静かだねここ」
戦場だというのに、その場だけ取り残されたかのような静寂に包まれている。
『ここを抜けると別の広場に出る、気をつけろ』
先行する隊長機からの通信が入る。そして開けた場所に到着。そこに待ち受けていたのは……
「────!」
黒煙がいくつも上がる北側庭園。いくつもの人型戦車の残骸、そうしてその先に真っ白なカラーリングをした人型戦車が立っていた。
「V号戦車……」
公国がIV号戦車の後継機として開発したV号戦車、通称パンターが、狩を終えた豹のように威風堂々と、そこに存在していた。
ティーガーよりも小柄であり、IV号の正当後継機の様な出立のその機体。胸部は特徴的な傾斜装甲によりコックピット部が守られており、IV号には無い鬼のような一本角が後ろから見えた。
本能が知らせる、アイツは"白い虎"だと。虎なのに豹の名を持つ機体になっているとはおかしな話だが、確かに私の本能はそう告げていた。
『あ……虎……撃て!! 撃ち殺せ!!!』
恐怖感に満ちた声色で角刈りがそう叫ぶ、しかしそれが彼の断末魔となった。
空気を切り裂く音、ヒュン……と静かな音であったが"それ"は確かに角刈りの命を奪った。
ズガァァァン……! と背後の城壁に串刺しにされる角刈りのシャーマン。
投擲されたのは人型戦車用の大型ランスであった。公国軍の汎用装備だ。
ランスは見事にコックピットブロックを押し潰している、ミンチより酷い状態になっているのは見なくてもわかった。
────それが、アンタの闘い方なの? 白い虎。
機関砲も持たず、その距離から正確に人型戦車を屠る。アイツが化け物扱いな理由もわかる。
確かに奴は"虎"、獲物を殺すのに全く躊躇いを感じない。
私は隊長の指示も待たず、軽機関砲による射撃を行う。だが当たらない、当たっても角度が悪く跳弾してしまう。
面白い、面白い、面白い……!
『死神! 焦るな!!』
隊長の声、分かっている。焦ってなんか居ない。焦って倒せる相手では無いのは重々承知だ。
ただ私が感じているのは……高揚感そのものであった。まるで性行為中に最もエクスタシーを感じるあの瞬間、それと似たような感覚が私の身体を襲う。
銃撃を回避しつつ、こちらに突っ込んでくるパンター。まるで恐れというモノ感じさせない。
『チッ……固まってるとまとめて狩られるぞ!!!』
「私がなんとかします! シルビアは後ろから援護して!!」
私の機体は二機の前に出る。しかしどうしたものか、こちらは右腕を喪失している。
「こんな状態で敵うのかな…………」
なんてね。あははっ、こういうのこそ戦場での一番のスリルでしょ!!!
迫るパンターに向かい、軽機関砲を乱射する。だがそんな攻撃がまともに通用する相手ではないのは分かってる!!
私は弾切れを起こした軽機関砲を投棄、腰部に装備されている近接戦闘用の短刀を抜く。
「殺してやるッ────!!!」
身体中をめぐる興奮と快感、あれ? 私ってこんな戦闘狂だっけ?
「シルビアッ!! いざとなったら私ごとその榴弾砲で撃破して!! 隊長は距離をとりつつ私の援護!!」
そうして私は前に出る、"虎"……もとい"豹"と正面からやり合う為。
『ゆ、ユリ姉!!』
シルビアの私を呼び止める声、だか私の機体はそれを無視し勢いよく進む。
────ダメだ、興奮でイキそう。だがそれは目の前の敵を狩ってからにしよう。




