血の滴る夜に真実を
――14××年 ○月✕日 △村で殺人事件
被害者は血を全て抜かれており、手足がバラバラになった状態で発見。被害者はバートリー夫婦で、事件の凶器はナタと見られている。
「みてよ、この記事。気持ち悪くナイ?」
テーブルに広げた新聞を指して、銀色の瞳に真っ赤な髪をした青年がそう言った。目元にはほくろがあり、鼻すじが通った妖艶な顔立ちをしている。
おしゃれなカフェのオープンテラスに似つかわしくない青年の声に、隣でティーカップを傾けていた少女が、眉根をよせて口を開く。
「私達は関係無いのだから、関わろうとするなよ、ルシェ」
天使のような白くて丸い顔立ちと幼い声に反してキツい口調の少女に、ルシェと呼ばれた青年は美しい顔を歪めた。
「でも、デーアが狙われるかもしんないジャン?そういうのは把握すべきナノ」
反論するルシェにデーアが呆れている。すると、少女が不安そうに二人へ声を掛けた。
「あの…すみません、何の話をしているんですか?」
眉を下げ、上目遣いで二人を見る少女は花のように愛らしい顔立ちで漆黒に染まった長い髪をしていた。
「んー?君みたいなお子ちゃまは、知らなくてもいい事ダヨ」
ルシェの小馬鹿にした態度に悲しむ少女に、白髪の少女デーアが口を開く。
「すまないね、君、こいつは少し馬鹿だから許してやってくれ。私達は今、隣の村の殺人事件について話をしていたんだ」
悲しそうな顔をしていた少女はパッと明るくなって話始めた。
「そうだったんですね!実は私、そこの村から来たんですよ!ここだけの話、その事件に類似した事件が他にも沢山起きているんですよね。私も怖くて逃げて来たんです!」
楽しそうに話す少女に対して、デーアは訝げな顔をする。すると、横でますます不機嫌になったルシェが口を開く。
「どーでもいーケド、あんた両親は?お子ちゃまが町中でウロウロしてて大丈夫ナノ?」
「そ、それは…」
先程までの楽し気な様子が一変して、暗い表情を浮かべる少女に、デーアはすぐさま口を開いた。
「あー、えっと、私達は少し忙しいみたいだ。さあ、ルシェ、私達は行こう」
気まずそうにそう言ってから、デーアはルシェの腕を引っ張ってそそくさとその場を去って行く。
置いてきぼりになった女の子はポカン、とその場で立ち尽くしていた。
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透き通る青空、暖かいそよ風。綺麗な噴水のある美しい街で、一人黒髪の少女は迷っていた。
「わーん!どうしよう…!さっきのお姉さん達に近くの宿について聞いておくべきだった……!!」
一人であたふたしている様子を見て、一人の女性が、少女に声を掛ける。狐のようにキリッとした顔立ちに長い黒髪を一つにまとめた女性だ。
「子供が一人で何してるのかなかなー?あたいになんでも聞いちゃってー?」
女性は見た目に反して独特な話し方をしていた。
「えっと…近くの宿屋を知りたいんです……。」
大きな目に涙をいっぱい貯めた少女に対して、わくわくした様子で女性は笑う。
「きみぃ、名前はなんていうのぉ?」
「あ、エリザって言います!隣の村から来ました!」
エリザと名乗った黒髪の少女に対し、先程までの楽しそうな表情から一転して、女性はニタリと不気味な笑みを浮かべた。
「へぇ、隣の村から、ねぇ」
「あ、あの…?」
すーっと神経が凝結したような気味悪さを感じたエリザが怯えていると、ハッと我に返ったかのように、女性は笑顔になる。
「あ、あたいはキャロ!お姉さん、やっさしぃから宿を教えてあげちゃう〜、あそこの道を抜けると、とても美しい宿があるんだよぉ」
「わぁ!ありがとうございます!」
エリザは一瞬女性の態度に違和感を覚えながらお礼を言い、キャロが指さした方へ歩き出す。
「ま、嘘なんだけどねぇ」
キャロはじっとエリザを見つめながらボソリと言った。それはエリザには聞こえないような小さな小さな声だった。
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「ついた…のかな?」
エリザが言われた通りの道を進みたどりついたのは、キャロが言っていた美しい宿とは程遠いボロボロの宿だった。
「うっ……なんか思ってたのと違うけど!でも私にはここしかない……」
がっくりした様子で宿に入ると、宿屋の受付の前で言い争う先客がいた。
「デーア!なんで僕と同じ部屋にしてくんないノ?意味分かんないんですケド!」
「たまには一人の時間も必要だろう?ここで我儘は勘弁してくれ…」
困り果てたデーアに更に追いすがろうとしたルシェがドアの前で気まずそうにしているエリザに気付く。
「またあんた?お子ちゃまが一人で宿に来て大丈夫ナノ?」
ルシェの言葉にデーアも気付くと、楽しそうにエリザに近付いた。
「やあ君、今朝方ぶりだね。女の子が一人じゃ危ない。だから私と同じ部屋にしないかい?もちろんお金は此方が出すよ」
「是非!」
そんな提案に対し、普通は不審に思うものだが、エリザは大喜びした様子で返事をした。
「あんた、僕にケンカ売ってるノ?」
デーアの隣にいたルシェが、納得行かない様子でエリザに文句を言うが、デーアはそれを無視して話を続ける。
「お互いに自己紹介をしていなかったね。私はデーア、こっちがルシェ。色々あって二人で旅をしているんだ」
「あ、えと、私はエリザです!さっき言った通り隣の村から来ました。よろしくお願いします!」
チリンチリンと音を立て、また宿のドアが開かれる。ドアから入ってきた人物は、先程エリザに宿を教えたキャロだった。
デーア達を見て、少し焦った顔をしたキャロにエリザが首を傾げていると、ルシェがキャロに詰め掛けた。
「おい、あんた、さっきはよくも騙してくれたじゃナイか!」
キャロは蒼ざめてわなわなと震えると「ごめんじゃん……」と肩を落して俯く。
「ルシェ、少し落ち着け…」
その途端、キャロは突然ケタケタと笑い出す。
「うっそー!騙される方が馬鹿じゃーん?」
ルシェは頭に来たのか目を尖らせて体を震わす。手が出そうになった瞬間、デーアが二人に魔法を放った。
「あくまでここは人の店だ、あまり問題を起こすな」
冷たくそう言い放つと、店の奥から店主らしき少年が出てきた。
「本当だぞ、おめぇら。あんまうるせぇと出禁にすんぞ」
呆れながらそう言った少年は美しい顔立ちをしていた。寝起きかのようなボサボサの髪を気にしてか、手で髪を直しながら話を始める。
「この宿で泊まりたいなら、大人しくしとけ」
ため息をつきながらそう言い、魔法で拘束された二人を見て鼻で笑った。デーアは「知人と連れがすまない」と一言言うと、二人の魔法を解き、今日の宿の手続きをし始める。一方、拘束を解かれたルシェは不服そうにし、キャロの方は悔しそうな顔をしていた。
そんな一連の流れを、ハラハラしながら見ていたエリザに手続きが終わったデーアは声を掛ける。
「さあ、エリザ。私達の部屋に行こう。」
優しくそう言うデーアに、エリザは嬉しそうに返事をすると、奥にある階段を登った。一方、デーアに置いていかれたルシェは、捨てられた子犬の様な悲しい目をしながらぽつりと一人でロビーに立ちつくした。
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部屋の中は宿の外観に反して、意外にも綺麗だった。荷物を置いて一息つき、デーアに尋ねる。
「あの…デーアさん達は、あの女性に何を騙されたんですか?」
「ああ、彼女から貰ったリンゴに、ちょっとした毒が盛られていたんだ。何も考えずルシェはそれを食べて体調を崩した。治癒魔法をかけてどうにかしたんだがな。体調が悪くなったルシェは怒らないはずが無い。だからああなった。でもまあ、旅先ではよくある事なんだ。」
「よくある事なんですか!?普通は捕まるやつなんじゃないんですか!?」
エリザは顔がこわばるほどの驚きを見せる。
「まあ、それは場所によるんだが。彼女の場合は街でも有名な詐欺師で、逃げ足も早いから皆も困ってるらしい。」
デーアは呆れた様子でそう話すと、コンコンと音がする。
もう少し話が聞きたかったエリザは肩を落とし、そんなエリザの様子にデーアはクスクスと笑った。エリザがすぐにドアを開けると、キャロが上機嫌に目を細めて立っていた。
「お前らも下で店主が始めたパーティー来るぅ?」
弾んだ声でうきうきした気分を隠しきれないような表情を浮かべる。
デーアとエリザは顔を見合わせた後、デーアは疑うような表情で行くと返事をした。
すると、キャロは嬉しげに顔を歪めて「来るのぉー?来ちゃうのぉー?」とブツブツ言いながら下へ降りていった。
その後に続いて、首をかしげるデーアとにっこりと笑みを浮かべたエリザも部屋を出て下へと向かった。
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パーティーが終わった後、エリザとデーアは部屋でグッタリとしていた。
「うっ……食べ過ぎて気持ち悪い……」
エリザはお腹をさすりながら、そう呟く。下で行われていたパーティでは、宿屋の主人のアルバートが張り切って沢山の料理を用意していた。二人は美味しそうな料理に目がくらみ思わず沢山食べてしまい、部屋に戻るとすぐにベッドで横になるしか無かった。
「あらしは、もうらめだ……」
顔を真っ赤にし、泥酔しているデーアは、そう言い残すと、すぐさま眠りについてしまった。
小さな寝息をたてて眠っているデーアを見て、エリザも眠たくなったのか、目を閉じていた。
暗い部屋の中、デーアの規則正しい寝息だけが聞こえる。
「キャーー!!」
突然、部屋の中で悲鳴が轟く。外にまで聞こえていた悲鳴に、すぐさまルシェとアルバートが部屋に駆け付けた。アルバートが電気を付けると、デーアの魔法によって拘束されたキャロが気絶している。その横で突然の出来事に驚いているのか、表情の見えないエリザが棒立ちになっていた。
「何があったノ!?」
ルシェが慌てた様子でそう尋ねるとデーアが冷静に説明を始める。
「私が寝ていたところを、コイツが襲ってきたんだ。近頃流行りのこの凶器でな」
そう言いながらキャロが握っていたナタのような形状の凶器をデーアが持ち上げる。
「てことは、ソイツが例の事件の犯人って事なのか?」
「もしかしたらそうかもしれない、一度起こして話を聞くとしよう。もしそうならば街に引き渡す」
そう言ってデーアは指を鳴らすとキャロが目をパチクリと開ける。周囲を見渡したキャロが恐ろしいモノを見たかのようにガタガタと体を震わせ、顔を真っ青にした。
「キャロ、説明をするんだ。」
キャロの様子にお構いなしにデーアは拘束魔法を強める。
「あ、あたいは…。別に…。いつも通りに他人を困らせようとしただけ…」
何かに怯えているキャロは普段の口調ではなく、まるで別人のようだった。
「デモ、その凶器でデーアを狙ったのは確かデショ?あんたの答え次第で今後が決まるカラ考えて発言する事をオススメするヨ」
いつもとは打って変わってルシェは冷静に口を開いた。
「その凶器はあたいのなんかじゃない!あたいは殺そうとなんてしてない!先日の殺人事件に興味があって、そんな感じでイタズラをしようとしただけ!」
キャロの額と鼻筋が汗で油を引いたように光る。あまりにも必死なキャロにアルバートは軽蔑の目を向けた。
「おめぇはどんだけこの街で詐欺をしたと思ってる?そんな嘘吐きの言葉なんぞ信じる奴が居ると思うか?何故そんなに必死になっているかもわからねぇ、ちゃんと話す気が無いなら俺が街に引き渡す」
「違う!あたいは!本当に違う!!」
声を荒らげてそう言うキャロは次の瞬間、気を失っていた。
「おい、しっかりしろ」
キャロが突然意識を失い戸惑うデーア。後ろを振り向くと肩を震わせているエリザが居た。
「っ!」
するとアルバートが急いでエリザの元に駆けつける。
「まだ幼いのに怖い思いをしたな、暫くはここに居ていろ。」
気遣うアルバートにエリザは頭をぺこりと下げる。
「デーア?どうしたノ?」
ルシェがデーアに声をかけると、エリザがデーアに抱きつく。
「デーア、彼女は怯えている様子だから少し撫でて安心させてやってくれねえか」
戸惑っているデーアに対してエリザの腕の力が強まり、デーアはエリザの頭を撫でた。
「と、とりあえず、この時間ならまだ間に合う、街人までキャロを引き渡してくるからアルバート、エリザを頼む」
少し気まずそうにアルバートにエリザを任せ、デーアは気を失ったキャロとルシェを連れて街人の家まで向かった。
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「とりあえずは、解決か」
街人に何があったかの状況説明をし、キャロを引き渡し二人は宿へと歩いていた。
「元々キャロは街でも困り者だったみたいだったし街人も喜んでたネ、この街の人にキャロを捕まえられるような人が居なかったみたいだったし人助けダネ」
「ああ、襲われたのは事実だから彼女に罪はある。だが少々気になる点があるのだが」
真剣な顔をし、悩むデーアにルシェは首を傾げる。
「どういうコト?」
「確信ではないが、今この話をすると良くないのは確かだ」
何の説明もなくブツブツとそう言うデーアに対してルシェは更に深く首を傾げると、宿の前まで着いた。中からエリザが走ってきて、デーアに駆け寄る。
「デーアさん、怖かったです!無事解決したみたいで良かったです!」
先程までとの表情と一転したエリザに、後ろから来たアルバートは笑いかけた。
「もう怖がる事はねえもんな。だがまだガキなんだし俺のとこにもう暫くここに泊まるといい。歓迎するぜ」
「ありがとう、ございます!」
優しくしてもらった事が嬉しかったのか、事件が解決して嬉しかったのか、エリザは嬉しそうに笑っている。
「お子ちゃまの心情って分からないネ」
エリザを見てそういうルシェの肩をデーアはポンと叩く。
「ほんとにな」
そう言って、デーアはアルバートの前に立った。
「アルバート、今から私はルシェとこの街を出る。ちょっと野暮用があってな、世話になった。夜は気を付けて寝た方がいい」
「エ!デーアどういうコト!」
デーアは驚くルシェを引っ張り、荷物をまとめると言って宿に消えていった。
「全く、嵐のような奴らだ」
「そうですね…」
呆れるアルバートに対してエリザは少し残念そうな表情を浮かべていた。
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一週間後。ルシェとデーアは酒屋で新聞を広げていた。
――14××年 〇月〇日 □街で殺人事件
✕村と同様に被害者は血を全て抜かれ、手足がバラバラになった状態で発見。被害者は宿屋の主人で今回も凶器はナタと見られている。
「僕達が先日まで居たところジャン!まさか被害者ってアルバート!?」
「…きっとそうだろうな」
勢いよくその場からルシェが立ち上がり、デーアに向かって問い詰める。
「どういうことかちゃんと教エテ!」
「あくまで私の考察でしか無いが。犯人はエリザだろうな」
「アイツはまだお子ちゃまダヨ!有り得ナイ!」
信じらないと取り乱すルシェに対して、顔色ひとつ変えずにデーアは続けた。
「エリザは隠していた様だが、彼女はバケモノだ。私とお前でも勝てない。だから私は大人しくあの宿から出た」
「デーアは強いジャン!アイツにそこまでのチカラがあるとは思えナイ」
「あの夜、私が振り返ると彼女は肩を震わせて、笑っていたんだ。とんでもなく楽しそうな表情をしてな」
「!だからあの時デーアは後ろを振り返るや否や、戸惑っていたノ!」
「彼女が突然抱き着いてきた時は焦った、きっと私に口止めの意味で腕を強めたんだろうな、中々痛かった。」
「っていうコトはキャロも彼女に怯えてってコト?」
「多分な。私達はキャロに夢中でエリザの表情なんて気にしていなかったが、普段のキャロを考えたらあの怯え方は異常だ。大方、あの凶器のナタもエリザの物だったんだ」
少しずつ理解したルシェは椅子に座り、眉間を寄せる。
「つまり、最初の事件は自分の両親…ダヨ」
「ほう、何故そう思う?」
「アイツ、隣村から来たって言ってから両親に触れられて、何も言えなかっタ。事件のコトも普通の子供なら怯えるのに楽しそうに話してたカラ」
「私もそう思うが、理由としては甘い。だが、バートリー家っていったら若い娘を幽閉してるって有名だったしな。結局の所、彼女が親殺しかどうかの真実は彼女にしか分からない」
「でも、デーアがターゲットだったっていうのは事実ダヨ。最初からずっとキミに執着していたしネ」
「ああ、最初私達に声を掛けた所からだろうな。私が同じ部屋にしようと提案した事も彼女からしたら殺しやすくなるだろうから嬉しがっていたんだろう」
「キャロが居なかったら間一髪だったネ」
ルシェはため息をつくと、どっと疲れた表情を浮かべる。デーアも肩の重荷が降りたかのように机に伏せ、悲しい顔をルシェの方に向けた。
「本当は助けてあげたかったんだ」
「仕方ないヨ、僕達はヒーローじゃない。ただの旅人ダカラ。僕達の中では解決したってコトでいいノ」
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「あーあ、全く残念だなぁ、せっかくいい獲物を見つけたのにコイツのせいで殺し損ねちゃった」
暗い部屋の中、黒髪の少女がそう言った。
「最初、私の事を獲物だと勘違いしたみたいだけど、少し睨んだだけで怯えちゃって可哀想だったね」
少女の足下には涙で顔がぐしゃぐしゃになり、長い黒髪を一つにまとめた女性が乾物みたような姿で横たわっている。
「でも滑稽なお前はとても面白かったから許してあげる。」
少女は魂の入れ物を一蹴りすると、つまらなさそうに言葉を続けた。
「デーア、中々勘が鋭くて面白くない。コイツより速く行動するべきだったわ。あのルシェとかいう男も私に怯える表情が見たかったわ。」
そう言いケタケタ笑って足下に転がる骸に手をかける。
「エリザベート・バートリーである私を舐めないで欲しいわ」
月明かりに照らされた少女は、吸血鬼のように血を飲み恍惚とした表情を浮かべていた。