グンダ王国入国
少女ミラを乗せたメタルスライムは鬱蒼とした森の中を器用に進んで行き、しばらくして、魔物に遭遇することもなく北の森から平原に出ることに成功した。
「良かった~、なんとか無事に森から出れたわ。お疲れ様。」
そう言いながら下にいるメタルスライムの体をバシバシ叩く。
(なに、これぐらい造作もない。して、この後はどうするのかな?)
「え~っと、あ!見えた!あそこに大きな街があるでしょ?あそこまで連れて行ってほしいんだけど。」
(いいだろう、あそこまで送るとしよう。)
メタルスライムはまたゆるゆると動き出す。
「悪いね、もうちょっとしたら動けるようになると思うから。...正直急にいろんなことが起こりすぎて頭がこんがらがってたけど、冷静に考えたらあのキャノンビートルとかいう魔物の死体ちょっとくらい持ってくればよかったかな、回復したら取りに...いや、どうせ誰も信じちゃくれないし、この子が従魔になってくれたことをただ感謝しよ。」
(従魔ではないのだがな...)
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しばらくしてメタルスライムとミラは街がかなり大きく見える場所まで近づいた。
「このまま街道沿いにあの門に向かって行ってくれる?あそこに並んでる人たちの後ろに入ってくれればいいから。」
(順番にしか入れないのか?出入りを監視されているということか。)
入門するための列に入って、進んでいけばいくほど周りの人から注目されていく。
妙にでかいメタルスライムの四角く変形した体の上に、少女がベットに寝そべるようにして移動している妙な光景があれば注目されるのは当たり前のことだった。
「そ、そろそろ降りるかな、よっ。」
ミラは周りの視線を感じて少し頬を赤らめ、バランスを崩しながらも軽やかに降りた。
「おっとと、流石に全快とまではいかないけど、動けるくらいにはなったよありがとうな。」
(別に無理せずとも、私に乗っていてもいいのだがな、周りが気に食わぬのならばすべて取り除いてやったっていい。)
となりのメタルスライムが物騒な考えをして、さらにそれを実行できる力があることも知らずに行儀良く並んでいると、ミラ達の順番が来た。
「そこのお前!隣のスライムはなんだ!」
門番の一人が反応すると周りにいた予備兵も一緒に2人の周辺に武器を構えて立ちふさがった。
ミラは深く息を吸うと、堂々とした面持ちで門番との対話に臨んだ。
(まぁこんな場所に魔物がいればそうなるであろう。どうする?ここらで一度別れるとするか?様子を見て判断しよう。)
「この子はアビスでの探索中に私の従魔になったんです。」
「何?アビスに?なぜそんな場所に行っていたんだ。」
「実は食べるに困ってしまい、金のためにアビスまで採取しに行ったんですけど、途中魔物に襲われてしまって、その時この子が助けに来てくれたんです。」
「お前は冒険者ギルドに登録されてるか?」
「いいえ、門前払いされてしまって。」
そのような問答が続いていると、門と併設されている詰所から、整った顔立ちの上官らしき男が出てきた。
門番をしていた男の状況報告を聞いた後話しかけてきた。
「そこのきみ!従魔と一緒にこっちについて来てくれ!」
「分かりました。一緒に来てだって。」
(いいのか?)
物事が思ったより穏便な形になっていくのを見て、メタルスライムは少し意外に感じていた。
上官らしき人物に連れられて来たのは、詰所の一室である取調室だった。
メタルスライムとミラは取調室で取り調べを受けることになった。
部屋には男の他にも2人の兵が部屋の隅にいた。
「まずは君の名前を教えて貰っていいかな?」
「ミラです。」
衛兵とのやり取りが始まり、サラは堂々としながらも、強く握られた拳が緊張を示していた。
(なるほど、出入り口で観察し、怪しい人間をここで調べて殺すなり追い出すなり判断するわけか。なんとも面倒くさいことをするものだ。人間同士のコミュニケーションとはえらく回りくどいのだな。)
男は書類を書きながら穏やかで優しい口調で質問をしてくる。
「ミラちゃんね、君が部下と話した内容に噓偽りは無いね?」
「もちろんないです。」
「まぁそう言うだろうね。ではそのラージメタルと意思疎通ができるかいくつかの命令を出して貰おうかな。」
「えっ、この子ってメタルスライムじゃないんですか?」
「そうだね、ここまでの大きさとなるとメタルスライムの進化種、それも2段階上のね、相当レアな個体だと思うよ。私自身今まで見たことがない。」
(実際は更に高みにいるんだがな、今の私の大きさが進化種であるだけで説明がつくのはありがたいことだな、変異体だとか異常種だと変な勘繰りをされるより楽だ。やはり私の擬態は完璧らしい。)
「そうだったんですか...まぁそれは置いといてとりあえず命令しますね。」
「頼むよ。」
「ジャンプ!伏せ!回転!」
連続で出された命令にとりあえず従いその場で動く。
(私はいったい何をしているのだろうか。面倒...いや、ここでやけになってミラとの交流が今後無くなってしまっては目的を果たせんだろう。)
「うん、ちゃんと指示に従ってるし他人に敵意を見せることもなかった。完全に従魔になってると見て間違いないだろうね。」
「そうですよね!」
他人からのお墨付きをもらい、確信を得られたことにミラは高揚した。
「では他の質問をしよう。そのバックの中身だが、見せてもらってもいいかな?」
「...どうぞ。」
男がバックの中身を調べる。
「ふむ、魔除けの粉に魔力ポーションに回復ポーション、解毒ポーション、携帯食料、
魔石ランタン、砥石、水筒4個、ポンチョが4着か、これは元々君の持ち物じゃ...ないよね?」
「はい。」
(裏切り者の持ち物であるし問題あるまい。)
「どこかで盗んだのかな?」
「いいえ、私はこれらの荷物を森の中で拾ったんです。持ち主も見当たりませんでしたし、身分証とかも入って無かったので拾っていいと思って。」
(おや、あの冒険者達のことは言わないのか。)
「そうか....まぁ、確かめようがないしね、今回は見逃すけど他の担当者だと罪に問われる可能性もあるから注意してね。」
「...ありがとうございます。」
この世界における窃盗の定義はかなり曖昧で、見つからなければ罪に問われることはないし、
今回のように見つけた衛兵の尺度で罪の重さはかなり変わってくる。
しかし、今回のように窃盗かどうか怪しい場合、身分のない者が罪に問われないのは非常に稀で、許されたのはひとえにこの男の優しさゆえである。
うかつなことをしてしまったと、ミラは落ち込んだ。
「じゃあ従魔登録だけここでしちゃおうか、従魔の名前はなんていうの?」
「あっ、えーと...。」
(ミラが私に名を付けるだと?なんだかソワソワする。どんな名か気になるな。)
「ア、アポロ....です。」
「なるほど、アポロね、いい名前なんじゃないかな。」
(アポロ...アポロか、私に固有の名ができたのか...素晴らしい、これを貰っただけでミラと共に行動したのが利益になったのは確かだ。)
そう言いながら男は書類を作成していき、部屋の棚からバッジを取り出してきた。
従魔持ちは珍しく、また問題が起こりやすいことから国が従魔の種類と保有者を管理している。
「ではこれで正式にアポロが街に入ることを認めます。この先アポロが問題を起こしてしまった際は君の責任にもなるから注意すること。このバッジ従魔の印になるから町の中では従魔につけておいてね、そうじゃないとテイムされてない魔物ということになっちゃうから。討伐対象になっちゃったり、アポロみたいにレアな個体だと盗まれちゃう可能性もあるからね。外に出たら外しても大丈夫だけど人が周りにいるときはなるべく従魔の近くにいてあげるなり何かしらの目印があるといいと思うよ。」
(なに!?従魔とは街の中に入ることができるのか!?それであれば喜んで従魔になろう。謎が解けるのも早くなりそうだな。)
「わかりました。」
「じゃあこれにて取り調べは終わりとします。ついてきて。」
問題なしと判断されてミラはほっとしたように一息ついて男の後に続いた。
入ってきた入り口から外に出ると、空は夕焼けになっていた。
身分証はないので入国料である銅貨10枚を払って歩き出した時、取り調べをした男が話しかけてきた。
「じゃあここでお別れだけど、言っておきたいことがある。君はスラムに住んでいる子だよね?」
「...そうですけど。」
「君は今転機を迎えてる。大きな転機だ、従魔に、冒険に必要な物資も、ポンチョを売ってお金をつくることもできる。でもそういう時こそ悪意にさらされやすいんだ、もし何か困ったことがあった時は私を頼ってくれていい、詰所か衛兵所本部にいるからハンス・シール・シルバーに用があると言ってくれれば対応できるようにしておく。」
この世界はすべての国共通で名前だけの人間は平民、姓があるのが貴族である。
男が名乗った名前には姓が含まれることから貴族であることが分かりミラは驚く。
「...どうも。」
「じゃあ、気を付けて。」
街の様子を見ると、石やレンガで造られた建物が立ち並び、商店も多く、人々の活気が感じられた。
(外の壁といい人間は住処を造るのが得意らしい、しかしミラのような恰好をしている者がいないな?ミラはなぜこんなにも貧相なのだろうか。)
アポロはしっかりとした服を着て血色もよさそうな人々を見てそんな疑問を覚えた。
そんな中ミラは複雑な気持ちになりながらグンダの街中を歩いている。
(浮かない顔をしているな、何かが気に食わなかったのか?言ってくれればたいていのことはしてやるぞ?欲望を吐き出すといい、それによってお前の性根を推し量るとしよう。)
アポロはミラの周りをくるくる回りながら様子をうかがう仕草をした。
「何?王都に来てはしゃいでるの?ハハハハ、あんたのせいで考えてたことがどっかに行っちゃったよ、...よし!悩んでないでさっさと帰ろ。」
(...まぁ普通のスライムに願い事を叶えられるなど思う人間がいるはずもないか。)
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詰所にて。
「シルバー隊長、あんなこと言ってよかったんですか?」
一人の衛兵が男に尋ねる。
「...あぁ、あの子の外見を見ただろ、大人としてできることをしなければ。」
腹部にべっとりと付いていた血の跡、不健康そうな体、明らかに健全な生活を過ごしているとは言えなかった。
そんなミラを取り調べした男はグラン王国衛兵団3番隊隊長でありグラン王国有数の力を持つ伝統のある伯爵家の次男でもある。
「あんまり希望を持たせてやらない方がいいかもしれないですけどね、明らかにスラムの人間と分かる服装してますし、詰所でも我々以外に見つかったら即刻追い出されますよ。」
その言葉を聞いたシルバーは顔をしかめた。
「口惜しい、スラムにはあんな子供が大勢いるのであろうな、しかし全員を助けることなど私には到底できない、衛兵になっても真の弱者は救うことができないのだ。」
「今の国では無理でしょうね、ならせめて祈りましょう、少女がこの国で害されることなく過ごせることを。」
「...そうだな。」
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グンダの街の西の外周に近い場所に着く、そこにミラが住んでいるスラムがあった。
(ここは...本当に同じ国なのか?人間というより獣の住処のようだ。)
グンダ王国の王都グンダには複数のスラムがある。
スラムに住み着く人間には弱者と犯罪者の2種類がいる。
外からの難民や職を失った人間、犯罪を犯し表を歩けない人間、いずれにしても社会から排他された人間が集まっていた。
スラム内で生まれる子共はそのままスラムに住みつきその数を増やす、国も管理できない無法地帯がそこにあった。
今ミラ達がいる場所と東にあるスラムはその中でも一番大きいもので、あたりには糞便の臭いや腐臭が漂っており、掘っ立て小屋が立ち並び、歩く人々の服はミラと同じように粗末なものが多く、痩せこけているが、目は野生の獣のごとく鋭い。
たまに悲鳴が聞こえるが誰も反応しない。
入り口で見た国と同じとは言えないような陰鬱な雰囲気だった。
(ここがあの男の言っていたスラム...ミラが他の人間達より貧相だったのはここの住民であったからか。森に棲む獣の中でも発育の良くない個体を排他する性質のあるのもいたがまさか人間もそうだとはな、群れの中に複雑な序列関係があり、弱者は厳しい環境で育つ、あの男のように手を差し伸べる者もいるが、大多数は見向きもしないんであろう。)
アポロは人間の慈悲と冷酷さの混じった性質をこの国を通して学んだ。
「着いた、ここがあたしの家だよ。」
路地を通り、より人気の少ないその場所は掘っ立て小屋が崩れて廃木の山と化していた。
(ここが?入るところすら見当たらないゴミの山にしか見えん。)
ミラが周りに他の人がいないことを確認し、廃木の山に近づき、一部の板をどかした。すると地下に続く狭い階段が現れた。
「よいしょっと、アポロも入れるよね?先に入ってて。」
(地下に住処があるのか、スラムの人間の様子を見るに、少しでも目を離せば盗難に遭い、気を抜けば身の危険にさらされるのであろう。周囲の人間が全て敵だと仮定すれば満足に寝ることもできまい、住処を隠すのは正しい判断であろう。)
指示通り先に下りるとミラは入り口を隠してから階段を下りてきた。
暗闇の中下りていくと、開けた空間に出た。
そこにはボロボロの服や藁の上に布をかぶせただけの寝床、ゴミ捨て場から拾ったと思われるガラクタが置いてあった。
(部屋は思ったより広いが、最低限だな、天井はミラが立てるほどの高さしかないか、開いている穴は外と繋がっているようだ。空気を入れるためのものか、しかし灯りがないぞ、人は夜目がきく訳ではあるまいだろうに。)
ミラは幼い頃からこの部屋で光がない生活を送っていた。
始めは心細さと周りが見えないことへの恐怖で寝ることもできなかったが、スラムの環境下ではここが一番安全であるのは分かっていたミラは苦悩しながらもここで暮らし続け、暗闇を克服していた。
アポロが暗闇の中でも問題が無いのは、スライムの感覚器官が嗅覚と触覚と聴覚に優れているのに加え、普通のスライム種には無い視覚を魔力によって360度補っているためである。
「暗い部屋でしょ?金がなきゃロウも買えないからね、でも今日は一味違うのよ、奴らがこの魔石ランタンを置いて行ってくれたからね!」
そう言い、ミラがランタンのスイッチに微量の魔力を流すと、部屋全体が見えるほどの灯りが灯った。
「すごい、この部屋を明るい状態で見たのなんて初めてだよ、ガラクタばっかり。」
(やはりあれはガラクタなのか。)
初めて見る明るい部屋の様子にミラは感慨深くなり部屋の小物を物色した。
「確か携帯食料もあったよね、今日はそれを食べて寝るとしますか。」
バッグから携帯食料を取り出し、腹に入れていく。
「なんだ、口はパサつくけど全然おいしいじゃん。」
2つだけ食べて残りの6個は割れたツボの中に入れた。
「アポロも一緒に寝よう。」
(従魔とはいえ魔物と一緒に寝るのか?仕方あるまい。)
2人は藁のベットに入った。
ミラがランタンの灯りを消し、アポロを抱いて横になる。
「ねぇ、聞いてくれる?今日はあたしの人生の中でも指折りに激しい日だったんだ。最低な目にもあったけどアポロと会ってからは違った。取り調べが運よく優しい貴族の衛兵さんだったし、気にかけてくれてたみたいだった。」
(そうだな。)
「でもやっぱり信用できなかったの、ああは言っててもあたしみたいなのが衛兵所の本部なんて入れないし、詰所に言ってもスラムの子なんてどうせ取り合ってもくれないだろうって、あなたは恵まれていて力もあるのになんで今まで手を差し伸べてくれなかったの?って思ったの。」
(弱さゆえの疑心、妬みか、それで浮かない顔をしていたのだな。)
「結局ここで暮らして一度も人を味方だとこれっぽっちも思わなかった生活が長すぎたんだろうね、疑うことをやめられないんだ、でもアポロは違う、従魔だから、あたしの味方ってことが分かってるから、信用できる。」
(う、うむ)
「ほんとに感謝してるよ、こんなにも心強い気持ちになったこと無かった。」
「ずっとあたしの唯一の味方でいてね、お休み。」
話したいことを言い終わったのかミラは寝息を立て始めた。
(...ミラは図太い面もあるがその根はまだまだ未熟で歪んでしまっているようだ。人間の群れにいるには致命的な歪み、治さないと一生この地下から解放されることはないだろう。)
横で寝ているミラのぼさぼさの黒髪を撫でた。
(決めた、ミラを放っておけないと思っていることだけは私にもわかる。だから途中でもし答えが見つかっても最後までともに居ようではないか、以前の手助けは一時的なものだったが、これからはミラの人生の手助けをする、複雑で膨大な人間の心理をミラと共に学ぶ、それを今後の私の趣味としよう。)
(今日から我々は運命共同体だ。)
この夜、最強のメタルスライムと少女の長い旅が本当の始まりを迎えた。
今回からなるべくあとがきを残すことにしました。
なんと嬉しいことに前回初感想を頂きました。ありがとうございます!!!!
投稿頻度に関しては週に1話投稿できればと考えています。
また、アナログでよければどこかで登場キャラのイラストを描くことも考えています(画力0)。
賛成の読者様は是非感想にて教えてください!