表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編

宇宙大戦争2020

 深淵の宇宙に広がる恒河沙の星々は七色の光を放ち、天の川銀河の大パノラマは生命の恵みを讃え燦々と輝く。

 地球の稜線を滑るようにスペースシャトルが進む。雲海は天女の羽衣のごとく地球を包み、海原からの白銀の反射光が機体を照らしあげる。翼には星条旗が刻まれ、世界一の軍事国家の権勢と技術力を象徴していた。


 天を無数の岩塊が塞いでいる。


 数週間前。探査機はやぶさ2の接触した小惑星が人工物である可能性が高いとの一報が首相官邸からホワイトハウスにもたらされた。物部泰三(もののべたいぞう)内閣総理大臣とロナルド・J・ジョーカー大統領との協議は日米二ヵ国による主導権の確保で一致した。両首脳共に議会、国際連合安全保障理事会、そして何より国民に報告するべきであるが、彼らは強権的な政治家である。予想される世論の紛糾を煩わしく思い、小惑星の正体は伏せていた。

 それでも、徐々に地球に接近する小惑星は世界中の天文学者の知るところとなり、老若男女が関心を寄せている。


 首相官邸内閣危機管理センターにも中継される中、ホワイトハウス地下に設けられた本部にてジョーカーは泰然と上座に構え、マイクを手元に引き寄せる。


『こちらスペースシャトルエンタープライズ。ご覧の通り小惑星は瓦解し、岩塊の中から円盤が現れました。やはり小惑星に偽装した地球外生命体の宇宙船でした』

 宇宙飛行士の眼前には黄金の円盤が輝く。

エンタープライズの観測では直径千二百メートル。下部には円環状に十二個の球体が埋め込まれており、外壁構造の隙間から光が漏れる。幻想的な光景に、物部は魂を持って行かれそうな錯覚を覚えた。

『こちらジョーカーだ。エリア51とリンクし、全周波数でエイリアンとの交信を図れ』

 宇宙研究機関のコンピューターに接続し電波を送信した、その時だった。


 閃光を放ち、円盤下部球体が弾け飛んだ。


『まずい、エンタープライズにも接近します!』

 爆発音と共に乗組員が叫ぶ。機内は阿鼻叫喚の地獄絵図だ。

『畜生! 奴ら何かぶつけてきやがった! 機体が破損、空気が吸い出される……』

『大統領閣下、我々ももうこれまでです。敵は纏っていた岩塊を操り武器にしています、今、こちらに何発か撃たれました。合衆国に仕え、このような重要な任務に携われたことは私の誇りです。どうか家族に伝えてください……』

『俺はそんなこと伝えんぞ、自分の口で言え──』


 ジョーカーの言葉は爆発音により遮られた。管制官がジョーカーを見上げ、首を振る。 

 この瞬間、地球外生命体とのファーストコンタクトに臨んだ乗組員の尊い命が宇宙の塵芥となったのだ。物部とジョーカーは彼らの死に際を想像し、戦慄した。


 ゴードン首席補佐官が歩み寄る。

「大統領閣下! いくつかの軍事衛星との通信が途絶えました。国防総省からの報告では円盤から放出された球体は散開し世界各地に向かっているとのことです」

「……マルヂネス国防長官、この状況をどう見る?」

「計画的かつ巧妙な軍事行動です。円盤が纏っていた岩塊は隠れ蓑であったと同時に、投擲武器でもあった訳で、岩塊で我々の軍事衛星を叩くつもりです」

 元海兵隊大将である叩き上げの国防長官の分析に、日頃尊大な物腰のジョーカーですらおののいた。

「ただちに国連安保理に報告する! タイゾウ、安保理議長国として根回しを頼んだぞ」

『分かったよロナルド。……幸運を』


     *    *


 日本国内閣総理大臣にして政権与党保守党総裁である物部泰三にとって、ここが正念場であった。

「総理。本日公共放送で収録が予定されていた労働党蘇我中央執行委員長とのテレビ討論はキャンセルとし、これより危機管理センターにて国家安全保障会議を始めさせていただきます」

「えらいことになったな物部ちゃん。俺にはよくわからねえが、若い連中は物珍しさで逃げることなくSNSに写真を投稿しまくっているぞ。評価してもらえるんだろうが呑気だな」    

 羽賀信義(はがのぶよし)内閣官房長官の声に被せ、八十近い青梅一郎(おうめいちろう)副総理兼財務大臣がだみ声で語りかける。


 危機管理センターに踏み入ると、主だった閣僚らが起立した。周囲には各省庁から緊急参集された局長級の官僚が控える。自衛隊幹部の迷彩服姿が目立ち非常事態を実感させた。その中にあって迷彩服ではなく制服姿の老将が歩み寄り物部に敬礼した。


「統合幕僚長の高倉(たかくら)です。これより官邸に詰め総理と共に対応にあたらせていただきます。防衛省の荒垣大臣と繋ぎます」

 モニターの一部が切り替わり、防衛省中央指揮所とのテレビ電話の回線が開かれる。

「防衛大臣、状況の説明をお願いします」

 荒垣健(あらがきたける)防衛大臣は四十二歳と政治家にしては年若い。きりりと引き締まった顔つきの彼は防衛省情報本部の出身であり、決断力にあふれた男だ。

「はい。円盤は子機を世界各地に差し向けたのち太平洋に降下。日本に近づいています。既に偵察のため、陸上自衛隊より戦闘ヘリコプター、航空自衛隊より戦闘機をスクランブル発進させております。総理には武力攻撃事態を宣言していただき、防衛出動命令を下していただきたく存じます」

 高倉が口角を上げた。

「さすが荒垣大臣、心強いですよ」

 本職とだけあって荒垣は要領が良い。


 防衛省情報本部は言うなればスパイ機関である。正義感と情熱にあふれる荒垣は国のため身を粉にして働く決意であったが、一役人としての限界を感じて政界に転身。盟友と共に改新党を結党。物部に防衛大臣としての入閣を要請された。


 物部が頷くと、閣内最年少で抜擢された青年環境大臣が立ち上がる。

「国内の原子力発電所の運転停止を命令しましょう。原発は格好の標的になります」

「任せます。それからジョーカー大統領から、ゴードン補佐官とマルヂネス国防長官が円盤への核攻撃を検討しているとのたれこみがありました。このことも環境大臣から極秘裏に防衛省と原子力規制委員会に伝えてください」

「ふざけやがって。日本を何だと思っていやがるんだ」

 米軍の横暴に青梅は毒づく。それに同情しつつも羽賀は物部の補佐に徹した。

「では総理。これより内閣総理大臣を本部長とする武力攻撃事態対策本部を設置します。私は記者会見を行います」

 羽賀は部下を連れ立ち一階に上がった。


『──先程政府は、国家安全保障会議と臨時閣議を開き、国会に通告の上、武力攻撃事態対策本部を設置致しました。これにより、円盤に対し関係各省庁一体の対応を実施し、自治体と緊密に連携する所存です。総理からは、国民の生命財産を守るため適時的確な情報提供を実施すること。自衛隊の即応態勢を維持すること。船舶航空機の航行を制限すること。この三点指示がありました──』


 張り詰めた表情で緊急記者会見に臨む羽賀がビル壁面大型モニターに投影される。渋谷スクランブル交差点は若者中心にお祭り騒ぎとなっていた。缶ビール片手に騒ぎに便乗する輩もいた。大半は地球外生命体に好意的であり、円盤への恐怖は感じられない。

「立ち止まらずに進んでください! 歩道の幅を取らないようお願いします!」

 警察の誘導もむなしく、今にも抱擁しかねない勢いで歩道からあふれた群衆が黒塗りの社用車に押し寄せる。 


 将棋倒しとなった彼らを車中から見やりつつも、峯坂建設専務取締役にして東京支店長たる峯坂優衣(みねさかゆい)は、同じく代表取締役社長たる父と電話していた。

『霞が関は大慌てだぞ。今さっき内閣府中央防災会議からわが社に災害時協定による支援の要請が入った。俺は和久先生との会食を今切り上げたところなんだが、そのまま政府に同行することになった。東京支店で対応を任せたぞ』

 和久徳一郎(わくとくいちろう)は与党総裁選最終候補として得票数が物部に迫った大物政治家だ。物部の配慮で副総裁のポストを与えられており、産業界、さらには野党にも顔が広い。

「わかりました」

 眼鏡に陽射しが反射する。彼女は不敵にも微笑んだ。

 峯坂優衣(みねさかゆい)は元キャリア官僚である。三十を目前に国土交通省省関東地方整備局企画部企画課課長補佐から引退し、役員待遇で家業のゼネコンに再就職した。いわゆる天下りであるが、あながち彼女を責めきれない。官僚組織の先細りする出世コースに外れた者にとって再就職は死活問題であるのだから。


 羽賀の会見は続く……

『円盤は本体こそ日本に接近していますが、放たれた子機はロサンゼルス、モスクワ、北京、ロンドン、リオデジャネイロ、インド、シドニーなど世界各地に散開しています。米国マルヂネス長官とゴードン補佐官の見解では、地球に資源を求め来訪した可能性もあるとのことです』

 官僚が壇上の羽賀に駆け寄り、一片のメモを渡す。途端に羽賀の顔は強張った。

『国民の皆様にお伝え致します、たった今Jアラートが発令されました。対象地域の方は不要不急の外出は避け、地下、あるいは頑丈な建物に避難してください』


【 国民保護に関する情報 】

【 警戒情報。警戒情報。地球外生命体による大規模攻撃の可能性があります。 】

【 対象地域: 東京都 千葉県 茨城県 】


 全放送にて漆黒の画面に明朝体の白字によって警告されたことにより、群衆はようやく事態を飲み込んだ。

『先ほど物部総理は武力攻撃事態を宣言。総務大臣の命令により、日本国内の全放送事業者に対し、政府による電波優先使用を通告します。また、災害用伝言ダイヤル#171を開設しました。天皇皇后両陛下には地下シェルターへの避難を進言致しました』

 不気味なサイレンが遠方より神経を逆撫でする。

「……逃げろつったてよ、電車が動かないんじゃどうしようもないだろ」

 避難区域を走る鉄道は運転の目処が立たず、渋谷駅窓口には既に千人近い人々が並んでいた。

「どうすんだよ、帰れねえぞ」

「おい、あれを見ろ!」

海原を浮遊する円盤が生中継される。取引先に平身低頭して詫びの電話を入れていたサラリーマンが、驚きのあまりスマートフォンを落とした。

「あれが、円盤……」

 このまま人類は、地球外生命体に蹂躙されるのか……  


     *    *


 たとえどのような困難にあっても、鋼の意志を宿した彼らは絶対に諦めない。


 音速の翼が大気を切り裂く。銀色に鋭く輝くF35戦闘機四機編隊は円盤の行く手を阻み、国民を守らんとする自衛隊の矜持を見せる。


『統合任務部隊司令部、こちらペンドラゴン1、送れ』

『ペンドラゴン1、こちら統合任務部隊司令部。以後円盤事案での通信はこの横田基地を経由して行う』


 陸海空統合任務部隊指揮官は横田基地の航空総隊司令官東城が務める。

 荒垣は中央指揮所にて決然と命令を下す。

「ペンドラゴン1、円盤への威力偵察を敢行せよ」 


 円盤に並進する戦闘機の翼から機関砲が突出し、威嚇する。

『貴機に警告する! こちらは航空自衛隊である。こちらの誘導に従い直ちに進路を変更せよ。さもなくば撃墜する!』

 あらゆる言語で警告しつつ四機編隊で取り囲み、だめ押しでコックピットから身振り手振りで表現したが、円盤は沈黙したままだ。


『ペンドラゴン1、こちら荒垣だ。やむを得ん、威嚇射撃を許可する』

『了解』

 機関砲が炎を噴き、毎分三千発の弾を虚空めがけてぶちかます。

『……目標に変化なし』


 威嚇射撃が通じない。荒垣が眉間に皺を寄せた。


「総理、実弾使用の承認を願います。次は直撃させます」

 官邸危機管理センターがざわめいた。暴漢を挑発するに等しい愚行なりと。

『はあ!? おいおい、気は確かか?』

 青梅が泡を食う。

「……」

 先程まで荒垣におべっかを使っていた高倉も渋い面持ちで腕を組む。温厚な統合幕僚長が険しい武人の顔に変わった。

『……武器の無制限使用を許可します。以後、荒垣大臣に一任します』

 物部は荒垣に全幅の信頼を寄せている。彼には青梅内閣で財務大臣を務めたかつての盟友の面影が感じられ、生まれ変わりと思えて仕方ないからだ。

『ペンドラゴン1、円盤を撃墜せよ! 撃墜だ!』

『了解──』


 F35編隊長機が身を翻した、その時だった!  


 閃光がモニターを白く塗り潰す。次の瞬間には人生をまだ道半ばにした航空自衛官が百五十億円の戦闘機を棺にして火葬されていた。


 残骸が業火に包まれ外房の海に降り注ぐ。青き海原は熱い煉獄の炎で焼かれ、皆の心情までをも焦がした。 


『ペンドラゴン1反応消失、通信途絶、撃墜された……』

 椅子にへたりこみ茫然自失となった荒垣の代わりに、東城司令官が官邸に報告した。

 荒垣は自身の語彙では言い表せないどす黒い感情に支配されていた。

 ──自分が攻撃命令を下さなければ。

 ──思慮分別に富む高倉統合幕僚長の諫言を受け入れていれば。

「荒垣大臣! 荒垣大臣!」

 陸海空二十余万人を従える総大将に感傷に浸る間は与えられない。

「円盤が急加速、九十九里町に侵攻されました! 進路上の建築物を光線砲で破壊しています、指示を!」

 頭の中が真っ白になりながらも荒垣はマイクに叫んだ。

「ペンドラゴン隊は任務をストライカー隊に引き継ぎ、1番機の捜索にあたれ!」 


 回転翼のブレードが唸りを上げ、木更津駐屯地から離陸していた戦闘ヘリコプターは円盤を追撃する。

 機関砲が放たれた。 


「……こちらストライカー1、攻撃効果認められず! シールドを展開している模様」


 怪光線が放射され、道路のアスファルト舗装が煮えたぎる。高層ビル、送電線が光線の数千度の熱でどろりと溶け、赤く輝く。

「(畜生……畜生……畜生!)」

 若き防衛大臣──そろそろ若さを言い訳にできる年でもなくなる荒垣は、自身の無力さにうちひしがれ、攻撃に焦った自身が人命を奪った現実を突きつけられた。

「……入間の第一高射群に破壊措置命令、それから、総理に緊急連絡だ……!」

 円盤はさらなる獲物を屠るべく首都中枢へと迫っていた──


     *    *


「木更津駐屯地から要人輸送ヘリが離陸しましたが、一機は敵の光線で撃墜。もう一機のみ千代田区に向かったとのことです」

 皇居宮殿の控室において上空の円盤を睨みながら宮内庁職員が合議していた。

 侍従のひとりが受話器を置く。

「高倉幕僚長からです! もう一機も撃墜されました!」

「これでは脱出は不可能ではないですか」

 侍従の男たちが右往左往する中、気品ある女官長は凛と構える。

「諸々承知しております。宮内庁としては、断固として天皇皇后両陛下を守り奉る構えを見せましょう。皇居は元々は城です。各所に鉄の扉がついております。それからバリケードを張るのです」

「しかし……」

「今がその時です! すぐに皇居の全ての門を閉めなさい。それから三権の長もシェルターにご案内するのよ!」

 脱出が困難であることを悟り、女官長は毅然と命じた。古来より女性は強い。


 コンクリートが打ちっぱなしの薄暗い地下シェルターには、荒垣らがもたついている間に千代田区に閉じ込められた物部泰三内閣総理大臣ら閣僚、衆議院議長に参議院議長ら国会議員、最高裁判所長官らが続々と入室する。永田町の地下道からだ。もっとも皇居からやや離れた市ヶ谷への地下道は設けられていない。このような事態は想定されておらず、工事自体が大がかりになりすぎるからだ。


 高倉統合幕僚長が外線を試すが繋がらない。すなわち、日本の運命をその一身に担う荒垣健内閣総理大臣臨時代理への連絡手段はないこととなる。

 そこへ天皇と皇后が入来した。天皇はなぜかこめかみを押さえている。

「物部総理大臣。今から話すことは、円盤からのメッセージです」

 ご乱心召されたか!? と帝を代々輔弼し奉る氏族の物部は疑った。

「畏れ多くも天皇陛下に対し奉り甚だ不敬を承知で申し上げますが、一体何を仰せられますか」

 天皇は、円盤がもたらした念力、脳裏の情景を忠実に伝えようと努めた。

「……彼らの目的は侵略などではない」


     *    *


 丸の内、東京支店に急ぐ峯坂建設社用車は渋滞に巻き込まれてしまった。要所要所の交差点が固まっているので遅々として動かない。この状況に苛立ち車を乗り捨てる輩も現れ、渋滞がますます悪化する……

 テレビ受信アプリ画面にノイズが走る。

「ん?」

 眼鏡にスマートフォンをぐいと近づけ、刮目する優衣。

「カーナビもさっきからおかしい。通信妨害かもしれません」

 大型ヘリコプターが戦闘ヘリコプターに護衛されながら千代田区に向かう──突如、炎に包まれた!

 運転手兼秘書と優衣はどちらともなく社用車から降りた。野次馬が指差す先には、オーロラが千代田区を目にも鮮やかな七色の光のうちに覆い隠していた。

「あっち永田町と皇居じゃねえの!?」

「じゃあさっきのはお偉いさんのヘリか!? やべえよ……やべえよ……」

 優衣は顎を撫で、運転手兼秘書に向き直った。

「市ヶ谷駅で降ろしてもらえますか?」

「そう来ると思いました。荒垣大臣のそばに行ってあげなされ」


 ノイズ混じりのスマートフォンが臨時ニュースを繰り返す。

『──繰り返します。円盤は東京都千代田区、皇居前広場上空に滞空し、シールドを展開しました。防衛省によると、天皇皇后両陛下、内閣総理大臣、国会衆参議長、最高裁判所長官が安否不明の状況です──』

 テロップが打たれ、遺影のごとく日本国の象徴と三権の長が映る。縁起でもない。

『──これにより、政府機能は市ヶ谷防衛省庁舎に移管されました。連立与党の保守党和久副総裁と改新党立花幹事長との協議により、連絡の取れた閣僚の筆頭格である荒垣健防衛大臣を内閣総理大臣臨時代理とする暫定内閣が組閣される見通しです──』

『……今、労働党の蘇我中央執行委員長と電話が繋がりました! 蘇我委員長、野党としてこの事態をどうご覧になりますか?』

『はい。天皇の安否は不明で、首相と国会議員はおろか、法の番人たる司法も失われた訳ですから、荒垣政権には難しい舵取りが迫られるでしょう。私も市ヶ谷臨時政府に呼ばれていますが、憲法九条に背いた荒垣大臣に野党と市民の審判を突きつけます』

 労働党節を披露し、蘇我和成(そがかずなり)は鼻を鳴らした。

    

     *    *


「俺は総理大臣になりたかった。俺がやった方がましだと思える政治が蔓延っていたからだ。自分たちで国を守れる毅然とした政治家になりたかった。だが何だこのざまは。俺がもっと有能な防衛大臣なら、パイロットは死なずにすんだんだ、陛下も、総理も、国会議員も、裁判官も、皆も! やられずに済んだんだ!」

 荒垣は執務室に政界唯一の親友である立花保治(たちばなやすじ)を呼びつけ、二人きりになると思いの全てをぶちまけた。

 持ち手ごと震える紙コップはあまりの握力で原型をとどめていない。

「……お前は民意を受け、国民から公選された正当な政治家だ。ましてや今は内閣総理大臣臨時代理なんだ」

「立花さん、俺はな、若いのに立派だなんだと言われてるうちに調子に乗った若造なんだよ。俺なんかには務まらねえよ……」

「なら、俺がお前の官房長官になってやる」

 荒垣は俯いていた顔を跳ね上げた。親友の眼鏡の奥に覚悟の光が宿る。

 高飛車で出世欲を隠さない野心家の親友が世界中の誰より頼もしく思えた。彼は手を差し出す。

 燃えるような夕焼けが固く結ばれたふたりの手を照らした。

「行こう、皆が待っている」


 ……防衛省庁舎大会議室には保守党和久副総裁、改新党立花幹事長、労働党蘇我中央執行委員長など与野党問わず駆けつけた有力議員。そして東城統合任務部隊指揮官をはじめとする自衛隊制服組、民間としては内閣府と協定を結ぶ電力ガス水道各社などインフラ各社……峯坂建設代表取締役社長と専務取締役支店長の親子の姿もあった。

「内閣官房長官を務める立花です。冒頭、暫定内閣を組閣します」

 立花が名簿を読み上げる。和久副総裁は副総理兼外務大臣となるほか、保守党、改新党の有名政治家が暫定内閣に選任された。極めつけは国土交通大臣を峯坂父に委嘱したことである。

 蘇我委員長は口を歪め、斜に構えていた。

「(ふん! 皆いわくつきの政治家じゃないか。国土交通相に至っては身内人事だ。こりゃ明日の労働党新聞の一面を飾るぞ)」


 荒垣と立花が目線を交わし、蘇我に向き直る。  


「さて、労働党蘇我委員長」

「はい?」

「蘇我さんには──法務大臣兼国家公安委員長をお願い致します。同じく書記局長の池谷参議院議員には厚生労働大臣をお願いしたい」

「……ご冗談を。私は野党党首ですよ?」

「だからこそです。私の内閣には間違いを正してくれるベテラン野党議員が欲しい」 


 蘇我は眼鏡を外し、深々と頭を下げた荒垣内閣総理大臣臨時代理を見つめた。


「……優れた指導者は人間を好き嫌いしない。能力を見極めて適材適所に配置する……田中角栄の言葉です。荒垣首相の器量と胆力に感服しました」

 若冠四十二歳で今や宰相に君臨しようとする荒垣の強みはここにあった。

「謹んで拝命致します。……早速ですが荒垣首相、国家公安委員長として緊急の報告がございます。労働党のパイプから得た情報ですが、米軍による核攻撃が実行されるとのことです」

「何ですって!? 今すぐ沖縄県警に米軍基地へのゲートを封鎖させてください! 日本に三度目の核など絶対に落とさせてたまるか!」

 荒垣とてむやみやたらに戦を好む訳ではない。核を拒む彼の心根が信用に足ると分かり、蘇我は胸を撫で下ろした。

「そう仰ると思いました。すでに労働党傘下の政治活動家、市民団体を動員し、核搬入を阻止すべく米軍基地を囲みスクラムを組んでいます。ご安心を」

 蘇我は鞄からUSBメモリを取り出した。

「それは?」

「わが労働党が傘下市民団体を通じて収集した米軍の情報です。存分にお使いください」

 米軍と対決姿勢を示している労働党なればこそできる芸当だった。

 USBメモリは立花が受け取った。

「荒垣。ここからは俺に任せてくれ──統合幕僚副長、現時刻を以て立花プランを発動! 在日米軍とのデータリンクを遮断してくれ」


     *    *


 月明かりが南国を照らし、畑一面のさとうきびが吹き下ろす風になびいた。


 核を積んだ輸送機が考えあぐね、上空を旋回する。


 沖縄では核攻撃計画を打ち砕くべく、野党と県民が決死の覚悟で米軍と対峙していたからだ。ある者はヘリポートを取り囲み、ある者はゲートに立ち塞がる。

 米軍出ていけ! 核配備絶対反対! 怒りのシュプレヒコールが響く。


 在日米軍嘉手納基地の屈強な軍人は目線を交わすと、即座に銃を構える。


 銃口が何の罪もない沖縄県民に突きつけられた! 

「うわ!」

 逃げ惑う県民に軍人が舌なめずりをしながら照準する。

 軍人がほくそ笑んだ──その時だった。

 サイレンがけたたましく響いた。軍人は銃を構えたまま体ごと勢いよく振り向く。

 パトカーと自衛隊装甲車の車列がエンジンを唸らせ、米軍から県民を守るよう壁となる。

 扉が開かれ、双方の隊長がメガホンを携える。

『米軍に通告する! これは和久大臣と蘇我大臣、そして荒垣総理大臣の意志だ。日本への核攻撃は絶対に認めない! 我々警察と自衛隊はあくまで国民を守る!』

 日頃警察と自衛隊に不信感を持つ野党と沖縄県民が呆気にとられた。涙を流す者もいた。

 機動隊が横一列に盾を構え、米軍の悪意から人々を守る。

反対車線からは軍歌を鳴らしながら日の丸を掲げた右翼団体が進入した。

『在日米軍を日本から叩き出せ!』

『戦争に勝ったぐらいででかい面するんじゃねえぞアメリカ軍!』

「……いいぞ、いいぞ! 右翼も左翼も関係ない、共闘だ!」

 市民団体の代表格が我に返り、拳を突き上げる。

「しかし自衛隊、警察と野党、市民団体、右翼までが共闘するなんて信じられんね」

「日頃現場でぶつかっている同士は、かえって仲良くなれるもんだ」

 それぞれの反戦への願いを高らかにシュプレヒコールに託し、つい半日前まで敵対していたあらゆる勢力が手を携えた。

 指揮官の合図で米軍は銃を下ろし、顔を歪めた。市民団体の代表格が微笑む。

「力づくとは恐れ入った! 貴様ら全員CIAの監視対象となるだろう」

「世論が変わる瞬間をよく見ておけ」

『──こちら嘉手納基地。陸路、ヘリポート、滑走路、すべて侵入され核弾頭搬入不可能。指示を乞う──』


     *    *


「在日米軍司令部を皆が取り囲みました!」

 統合幕僚副長が受話器を置く。

「朝霞、横須賀、横田の陸海空各司令部も包囲」

 蘇我大臣は目を細め頷いた。

「我々とて伊達に米軍と対決していた訳じゃない。我々の情報をもとに立花官房長官が実行してくれた。もうこれで日本に核など落とさせない」

「おい立花!」

「俺の尊敬する人物はGHQをして『従順ならざる唯一の日本人』と言わしめた男だ」

 荒垣は親友の実行力に狼狽するが、彼は平然と言ってのけた。

「立花官房長官、法務大臣兼国家公安委員長として、ただちにゴードン補佐官とクオリティー在日米軍司令官を国際刑事裁判所に訴追します。言うまでもありませんが──日本国への核攻撃計画の容疑です」

「わかりました蘇我大臣」

 立花はため息をついた。

「米軍駐留……日米地位協定……これはアメリカに逆らう政治家が等しく背負う十字架だ。お前ひとりには押し付けない。全員で背負ってやる」

 荒垣の頬を熱い雫が濡らす。彼はひとりではなかったのだ。

 荒垣はアメリカに我が物顔で支配される日本を変えたくて政界に転身した。防衛省情報本部の勤務はそれを強烈に実感させられたからだ。日本はアメリカの下僕であった。

 アメリカからの自治独立を叫ぶ荒垣を、多くの者は軍国主義となじり、危険人物扱いした──昨日までは。

 統合任務部隊指揮官たる東城航空総隊司令官が濃紺の冊子を提出する。ハードカバーには達筆で刻まれた作戦名と、各部門責任者の押印が目立った。

「荒垣総理。統合幕僚監部と共に策定した全世界同時反撃作戦要綱──ヤタガラス作戦です。神話にあやかりました」

 荒垣は涙を拭い、作戦要綱を受領した。

「和久外務大臣、ただちにジョーカー大統領に連絡をお願いします」


     *    *


 ジョーカーは空の彼方にいた。エアフォースワンの向かう先はカナダのNATO軍要塞だ。好物のファストフードも手に付けず、思うは雲海の下の物部内閣総理大臣か。


 甲高いノックののち、執務室に軍人らがなだれこむ。ゴードン補佐官を中心に険しい面持ちで大統領のデスクを囲む。

 やたら膨れた鞄に彼らの視線が集まる。留め具が開き、大統領に恭しく差し出される。中には黒革の冊子と朱色の札があった。

「……何の真似だ? 予定までにはまだ何時間かあるはずだが」

「大統領閣下。在日米軍基地に不穏な動きがあります。東京核攻撃の繰り上げを」

 恐るべきその鞄の正体は──核兵器解除装置だ!

「ふん、こんなことで歴史に名を残したくはなかったな」

 にらみ合う彼らに、マルヂネス国防長官が歩み寄る。

「大統領閣下! 日本国臨時政府のトクイチロー・ワク副首相兼外相からお電話です」

 合衆国政府中枢には防衛大臣時代の和久とやりあった高官がごろごろといる。

 いぶかしみながらもジョーカーは受話器を取った。

「俺だ」

『大統領。私はね、何も円盤への攻撃がいけないと言っている訳ではないのですよ? 貴国の強大な軍事力は頼もしいですが、核のむごたらしさを知る我が国には到底受け入れられません。ここは一つ荒垣総理大臣に賭けてみませんか? ね?』

 独特の口調のうちに深慮遠謀を秘める和久の弁だった。マルヂネスに文書が渡される。

「大統領閣下! 日本臨時政府から作戦案が提出されました!」

「見せたまえ! ……面白い、俺たちも参戦するぞ。すぐに国連安保理に上程しろ!」

「大統領閣下! 核攻撃は!?」

「嘉手納基地からの離陸は取りやめだ。俺はタイゾウの国を信じている」

「日本もやきが回ったか。極東の島国の一つや二つ円盤ごと吹き飛ばせ! こうなったら沖縄の爆撃機からではなく直接核ミサイル攻撃してやる! アメリカ合衆国に逆らう奴は全員敵だ!」

「何だと!」

 ジョーカーも真っ青の強硬派ゴードンは年を忘れて怒鳴った。禁句であった。

「この俺の唯一の過ちは、平気で核を落とせる貴様のような人でなしを側近に任命してしまったことだ!」

 指を差されゴードンは硬直した。

「国家安全保障担当大統領補佐官エイブラムス・ゴードン──クビだ!」

 ジョーカーは人が変わったように柔和な笑みをマルヂネスに向ける。

「プライムミニスターアラガキに全世界のありったけの戦闘機をかき集めてやれ」

「かしこまりました、大統領閣下」 


 ドアの向こうの暗がりへと肩を落としながら歩むゴードンだったが、口は笑っていた。


     *    *

 

 北朝鮮の聖地白頭山も円盤からは逃れられなかった。

 野戦陣地から双眼鏡で観察する最高指導者に、側近が電報を携え歩み寄る。

「偉大なる将軍様に謹んで申し上げます。国連安保理からにございます──夜明けと共に全世界同時反撃作戦を敢行すると!」

「おお!? 我々も参戦しよう、どういう作戦だ?」


 ロシアの薄暗い夜空にしんしんと降る雪を眺め、KGB出身の大統領が眼光鋭く頷く。

「国連軍に戦闘機を供出してやれ」


 イラン大統領が受話器を置き、米軍との停戦を指示する。


 タイ王国国王にして国軍大元帥に諸将が恭しくひざまずく。


 グリニッジ標準時午後九時、日本標準時明朝午前六時に迫った全世界同時反撃作戦への波は、名乗りを上げた各国政府のみならず、全人類に伝播した。


 南十字星輝く満天の夜空のもと、部族長が集落の皆に語りかける。

 牧草地帯を羊の群れが行き交い、髭を生やした老人がラジオに耳を傾ける。

 ロサンゼルスの黒人少年が飛行機の玩具を片手に円盤を見上げた。

 チベット僧侶が夜空を流れゆく雲に願いを託し、大勢のインドの民が円盤を横目に寺院に祈る。


「祈りましょう。国家、宗教、民族の違いを乗り越えて共に生きるために」

バチカン市国の大聖堂にてローマ教皇が教えを説いた。


 共通の敵が現れなければ人類は団結できないとのアメリカ合衆国大統領経験者の言葉がある。円盤襲来という一種の触媒により、全人類による共同戦線が張られた。


     *   *


 ……日付は変わり、二月十一日。奇しくも平成最後の建国記念日である。


 統合任務部隊司令部の置かれる航空自衛隊横田基地滑走路には陸海空自衛官が整列し、指揮官の到着を待っていた。峯坂建設を始めとする民間企業幹部も並ぶ。

 報道各社も詰めかけ、カメラが列を敷く。荒垣が秘書を通じ呼びかけたものだ。同時に自身の短文投稿型SNSにも書き込んでいる。彼曰く、情報は武器なのだ。

「敬礼!」

 ヤタガラス作戦統合任務部隊指揮官である東城司令官が登壇する。彼が演説をするかと思われたが、後ろを振り向く。 


 一人の男が勇ましく登壇してきた。背に『防衛省』と刻まれたジャケットを羽織る彼は……荒垣健内閣総理大臣臨時代理だ!

 貴賓の登場に直立不動となり緊張する自衛官に、荒垣は司令官を通じて楽にするよう告げる。皆のざわめきが収まったところでマイクを取った。


『これから陸海空自衛官諸君は、地球外生命体に対し全世界同時反撃作戦『ヤタガラス作戦』を開始する。今日は奇しくも建国記念日だ。我々は再び建国のために戦う』

 荒垣が広く呼びかけたのは、この果てしなく大きい試練を乗り越える勇気を人々と分かち合うためだ。

『我々が戒めるべきは仲間割れだ。これからは国家、宗教、民族の違いにこだわっていてはいけない。勝利の暁には、二月十一日という日は単なる日本の祝日ではなくなるだろう』

 皆が荒垣の熱弁に飲まれていく。

『人類は決して侵略を甘んじて受け入れない! 人類は団結し、生き残る! 全世界の勇敢なるパイロットと共に、我々の建国記念日を祝おう!』 


「「うおおおおおおっ!」」


 歓声が大地を揺るがす。自衛官が目を輝かせ、心からの敬礼を送った。事務官らは万雷の拍手を送る。報道各社までもが圧倒されていた。


 深淵の宵闇から濃紺に染まりつつある空に、日の丸が誇らしくはためいた。


 演壇から降りた荒垣をパイロットが待っていた。

「荒垣総理、出撃準備は整っています。こちらへ。飛行装備一式はロッカーに入っています。ヘルメットはお好きなものを。詳しい説明は機内にて」

「総理。本気で出撃なさるおつもりですか」

 ネクタイをほどく荒垣に東城が問いかける。

「全世界同時反撃作戦には政治レベルでの判断が必要な場面があるかもしれません。私が陣頭指揮を執ります」

 無論はったりである。総理大臣みずから出撃するなどありえないし、荒垣の英雄願望でしかない。だがわかりやすい旗印にはなる。東城はため息をついた。

 彼は口角を上げ、空中管制機に乗り込んだ。

『荒垣内閣総理大臣臨時代理の搭乗を確認、これより空中管制機E767をヤタガラスと呼称する。全機、離陸後は荒垣総理大臣の指示を受けろ』


     *    *


 朝焼けが海原と大地を照らし、雲を染め上げる。雲海に数百もの鋼鉄の天使たちが羽ばたく様子は壮観であり、その光景は北欧神話のワルキューレのようだ。


『こちら空中管制機ヤタガラス。全世界同時反撃作戦に加わる勇敢なる戦士たちに告ぐ。これより臨時に部隊編成を実施する。個別に管制官の指示に従え』

 そこへ横田基地の東城らが無線を繋げる。 

『日本時間午前五時過ぎ、国連安保理にて、中国とロシアがアメリカの核攻撃計画に対し拒否権を発動。この動きに北朝鮮、シリア、イランなどアメリカに敵対する国々が同調しています。先ほど、和久外務大臣とジョーカー大統領直々の提案により全世界同時反撃作戦が追認されました。米軍、欧州連合軍が作戦展開空域に進入。中国人民解放軍、ロシア連邦軍、インド軍、ブラジル軍、オーストラリア軍も攻撃準備完了』


 核攻撃中止は、各国にくすぶる反米感情を背景に、核のむごたらしさを知る議長国日本が働きかけた成果であり、防衛大臣時代から人脈を地道に築いていた和久と、中露とパイプのある労働党蘇我委員長のなせる技であった。

 無論、青年環境大臣が環境省を通じて流した放射能汚染予想図もある。


 荒垣は緊張した面持ちで画面を見つめる。

「円盤の動きはどうだ?」

「皇居前広場に滞空、掘削しています。動きはありません。今ならやれます!」


 よし、と荒垣は拳を握りしめる。


『現在、日本標準時二月十一日午前六時。現時刻を以てヤタガラス作戦を発動する!』


『タイプX遠隔操作良好。第一段階、無人地下鉄爆弾突入!』

 峯坂泰(みねさかやすし)国土交通大臣が無線機を取った。

「発進!」

 闇に支配されたトンネルにヘッドライトが二本の光条を放つ。爆薬を全車両に満載した地下鉄が線路を軋ませ、分岐線に突入した。運席士の代わりに据え置かれている機器類は、和久が経済産業大臣時代に開発させた人工知能技術である。

 続いて、優衣にリモコンが手渡される。

「爆破!」


 反撃の嚆矢であった。


 腹に堪える地響きが皇居前広場に響く。衝撃波が掘削中の円盤支柱を襲った。支柱に亀裂が入り、火花が飛び散る。爆薬は米軍戦略爆撃機も真っ青の搭載量であった。 

 千代田区を覆っていた光のカーテンが揺らぎ、霧消する。


『敵シールドの消失を確認! 作戦第二段階。円盤にミサイル攻撃せよ!』

『了解! 行くぞ、全世界一斉攻撃だ!』


 第一段階は日本に居座る円盤母船への奇襲。第二段階は全世界に散らばる円盤子機への同時空対空ミサイル発射である。一斉攻撃のタイミングがずれれば子機に合流する隙を与えることとなる。国同士の信頼関係がなければ成立しない。


 荒垣に呼応し、国連安保理常任理事国首脳が声明を発する。

『今日こそ人類の独立記念日だ! エイリアンに花火を見せつけてやれ』

『我ら人民解放軍の力を以て万里の長城を築かん、進撃せよ!』

『諸君らの活躍を同志は見ているぞ。帰ったらウォッカで乾杯しよう』

『高貴なる騎士道を忘れぬ我らに女王陛下の微笑みが共にあらんことを』

『これは人類の未来を懸けた革命である。セーヌ川に奴らの悔し涙を飲ませてやれ』


 発射! と全世界のパイロットが唱えた。


 ロサンゼルスで、北京天安門広場で、エッフェル塔で、バッキンガム宮殿で、タージマハルで、サンピエトロ大聖堂で、キリマンジャロで、北朝鮮国境で、エルサレムで、モスクワで、世界大戦と冷戦の怨讐を乗り越えて各国が入り交じり共闘する光景は壮観であり、血湧き肉踊る一大カタルシスであった。


 シールドを破いたのも束の間、円盤は光線砲を放ち、迎撃する。ミサイルは円盤に辿り着く前に次々と撃墜されるが、荒垣は毅然と指揮する。


『敵が迎撃してきた! ミサイル第一波、全て撃墜』

『消耗戦だ! 円盤のエネルギーが尽きるまで吐かせ続けろ!』


 ヤタガラス作戦の本質は敵を消耗させることにある。人類側の火力は無尽蔵だが、円盤もシールドを回復させ、張り続ける。


『ミサイル第二波、第三波発射!』 


 ミサイルの煙が縦横無尽に空に走る。光線をかいくぐるため空中管制機が揺れる。空の中に放り出される錯覚を覚えるが、血が騒いでいるためさほど恐怖は感じない。荒垣は手すりに掴まった。


「ロサンゼルスの円盤子機が撤退しました」

「同じく、北京の子機も上昇、北朝鮮の子機は日本海に逃げました」

「日本海か……了解、監視は怠るな」


 朝焼けで橙色と瑠璃色に染まる幻想的な空に光線と砲火が交錯する。


『光線砲の放射停止を確認!』

『混成航空団離脱せよ! 米海軍第七艦隊に巡航ミサイル攻撃を要請! 海上へ追い出せ』


 旗艦巡洋艦ミッドウェイほか最新鋭駆逐艦で構成される艦隊が一斉に乱れ撃つ。巡航ミサイルが吸い込まれるように突入し、円盤を爆炎が炙る。円盤は逃げるように東京湾に針路を向けた。名工が作りし芸術品のごとく美しく輝いていた円盤はもはや見る影もなく、無数の破口から煙が燻る。


「やったか?」

「東京消防庁ハイパーレスキュー隊突入! 両陛下、要人をお救いせよ!」


 ディーゼルエンジンを唸らせ、消防車両、重機が皇居前広場に群がる。


 拳を握りしめる荒垣に、東城司令官が回線を繋げる。

「荒垣総理、カナダのNATO軍要塞より通信です」

「確かジョーカー大統領がいるはずですね?」

「まさに大統領からです──不審な操作により巡洋艦の核巡航ミサイル数発が起動していると!」 


 荒垣の背筋に冷たいものが走った。


 そこへ要塞のジョーカー大統領が割り込む。

『補佐官だったゴードンが不正アクセスしているんだ、今全力で捜索させている。あいつに核兵器解除装置を任せたのが間違いだった。撃てるのも止められるのもあいつだけだ』

 荒垣は焦った。

「阻止する術はあるんですか!?」

『ゴードンがシステムを上書きしやがった。こちらから電源を落とすことはできない。巡航ミサイルは衛星電波誘導式。多少の迎撃なら軽々とかわしてしまう。人工衛星にサイバー攻撃を行い、巡航ミサイルの誘導を黙らせるしかない』

 代わりにマルヂネス長官が答えた。

「なら、サイバー攻撃を実行しましょう」

『だが、核巡航ミサイルの誘導衛星は最高レベルの軍事機密に属するものだ』


 マルヂネスは腕を組んだ。行き詰まり、皆が沈黙してしまう…… 


『……国防長官。構わん。ここはプライムミニスターアラガキを信じよう』

『大統領閣下!? それはあまりにも危険です』

『国防長官。データをただちに転送、世界中にばらまけ! 全世界で一斉にアクセスすれば最新鋭のコンピューターでもさすがにパンクするはずだ』

「感謝致します、ジョーカー大統領……!」

 ジョーカーは不敵に笑った。

『もう人間同士が戦争する時代は終わったんだ。俺は世界中の人々を信じる!』

 中継先のNATO軍要塞から、警報音が鳴る。

『第七艦隊旗艦ミッドウェイから通信! 核巡航ミサイルが四発発射されました!以後、目標をA、B、C、Dと呼称』

 ジョーカーはおもむろにスマートフォンを取り出し、短文投稿型SNSを開いた。国防総省へのアドレス、暗証番号を書き込み、七千万人ものユーザーに拡散した!

『私はアメリカ合衆国大統領ロナルド・ジョナサン・ジョーカーだ。諸君らの協力を要請する。今すぐここにアクセスしてくれ。見るだけでいい。世界中からアクセスして核巡航ミサイル誘導を阻止するんだ!』


 瞬く間に通知が画面を覆い隠す。呼びかけに全世界のユーザーが動いた!

「詐欺とかじゃないんだって! アクセスすれば核巡航ミサイルは止まる」

「我々も公式アカウントで協力するぞ!」 

 優衣は感想連動表示型動画サイトに顛末を録画し公開した。

「貿易摩擦を起こした中国通信大手にパイプがある。裏で交渉してみるよ」


 画面には世界地図が表示される。無数の光の線が世界中からのアクセスを表していた。それはまるで世界を結ぶ絆であった。


「優衣、立花、皆、ありがとう……」

 サイバー空間での闘争は熾烈を極めた。防がれては攻め、攻められては防ぐ。

『核巡航ミサイルB、C、Dが誘導を失い着水しました!』

「くそ! Aだけが止められない……」

「荒垣総理大臣、日本海の円盤子機に動きあり!」

「何だと?」


 それをいち早く念力で感じとっていたのは天皇であった。

「陛下……?」

 天皇は何かに取り憑かれたようにふらりと立ち上がる。


 物部たち要人はシェルターから出た。流星のごとく光が突っ切るのが見えた。

 北朝鮮から離れた円盤子機は凄まじい加速をみせ、核巡航ミサイルに向かう。


「まさか──!?」


 次の瞬間。海原に閃光が走った。

「まずい! 核爆発か!?」 

「大丈夫です総理、あの爆発規模から推定して、核は起爆していません」

 高倉が百戦錬磨の自衛官として進言した。

何事もなかったかのように爆煙からひょっこりと子機が顔を出す。

「……円盤が俺たちを守ってくれたのか……?」

「総理! 世界各地の円盤が上昇していきます! 東京上空の円盤も動きあり」

 地球に生きとし生けるもの皆が歓喜にあふれた。

 それぞれの神に祈っていた民が立ち上がり喜びを分かちあった。

 円盤とその子機が次々と地球から離れる中、アメリカ合衆国東海岸の円盤だけは別だった。


     *    *


 時は遡る。

 合衆国憲兵が国防総省の一角に潜り込んでいたゴードンの首筋に銃を突きつけていた。

「元補佐官エイブラムス・ゴードンだな? 日本から核攻撃計画で訴追、さらに大統領閣下からは国家反逆罪で指名手配が出ている。多少手荒でも構わないと言われているんでね」

「ひ、ひいいい!」

「待て!」 


 憲兵は銃口を向けるが、核攻撃の重要参考人であるから射殺はためらわれた。その隙を突きゴードンは駐車場へ駆け出したが……上空には円盤の子機がいた。


 怪光線が地上に放射され、ゴードンをなめ回す。彼の身体はぶざまに宙に浮かび上がった。虫けらのようにばたばたともがく。 


「おい! 何してる、私を助けろ!」

 追い付いた憲兵は呆気に取られたが、将校が機転を効かせた。

「ゴードン補佐官は円盤に捕獲されてしまった。見事な最期だった」

「貴様ら!!」

 敬礼に見送られながら、円盤子機は本隊と合流し、遥か彼方の宇宙へと飛び去っていった……


     *    *


 二重橋から皇居前広場に、天皇と皇后、物部内閣総理大臣、国会正副議長、最高裁判所長官ら政府要人、高倉ら制服組が歩いてくる。


「荒垣大臣、本当にご苦労様でした」

「いえ、非常事態とは言え、一連の責任は取ります」

 荒垣は封書を差し出した。

「私は防衛大臣を辞職します」

 物部は即座に辞表を破り捨てた。

「荒垣大臣、今辞任することこそ無責任と言うものですよ」

 恐縮する荒垣に優衣が歩み寄る。

「そういう消極的なのは駄目ですよ。一度世界を救ってしまったんですから」

 荒垣の尻を叩く優衣に、青梅副総理も笑いながら加勢する。

「そうだぜ、まさか労働党の蘇我委員長を味方につけるなんて、どうやったんだ?」

「荒垣首相になら未来を託せる気がしたんですよ」

 蘇我は笑った。

「先ほど、アメリカが国連総会に世界恒久平和条約を発議しました。これに合わせ北朝鮮と韓国も平和条約を結んだそうです」

 和久は感慨深そうに述べた。高倉統合幕僚長が補足する。

「新設される国際機関で核を共同管理、永久凍結するとのジョーカー大統領の声明です」

「せっかく団結できた世界だ。もう一度やり直せる」

 立花が意気込んだ。


「荒垣大臣」


 振り向くと、なんと天皇が声をかけているではないか。あまりにも畏れ多い。


「彼らが去り際に伝えていきました──人類が国家、宗教、民族の違いを乗り越えて団結しうることを忘れないで、と。円盤襲来は、世界がひとつになるために与えられた試練かも知れません」


「陛下……?」

「彼らは天皇陛下に念力でメッセージを託して去って行ったのですよ」

 いぶかしむ荒垣に物部が告げた。荒垣は目を丸くする。


 天皇が現人神でなくなって久しいが、畏怖の念が荒垣から消えることはない。


 皆が見上げる二月十一日の空はどこまでも晴れ渡り、太陽は神々しく輝き祝福の陽射しを向けた……





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 胸熱でした。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ