(1321春)その出逢いは防人たちを謀る...か?
やっと第2章です。いわば戦間期の騒動。
ところで今回、やたらと校正がスムーズに感じられたのは、夢でも見ていたのでしょうかね?というわけで何か重大な見落としをしていたらすみません。
(「ずっとはっきりさせたかったんだけど、百松寺さんは、お兄さんのこと、どう思っているの?」)
(「世界で唯一、愛する者よ。なに、欲しいの?...殺すわよ。」)
(「あ、愛が重いね…」)
(「このくらい、うちなら当然よ。それに、時乃さんたちも、そっくりに見えるわ。」)
(「私と橋本くんが?照れるなあ。」)
(「…そう、そうとるのね。なら、まだ気づいてはいないんでしょう?」)
(「え、何に?」)
(「…その愛は、歴史すら変えるわよ。」)
(「? 百松寺さんって、お兄さんもだけど、時々不思議なことを言うよね。」)
今ならわかる。祈さんは、何もでたらめなど言ってなかった。彼女の言う、「私」の愛は、治くんへの、そして高時への、愛のことだと。
でも、どうして、どこまでわかってたんだろ?
陰陽師、百松寺家。歴史には決して現れない、すべてを見抜いてるかもしれない兄妹を有する家。
-触らぬ神にはたたりなし、っと。
ー*ー
1321年1月3日、鎌倉
「登子、まだかなぁ。」
鶴岡八幡宮の鳥居の前。道行く人が、誰だろうと首をひねっている。
「そこの者、何奴じゃ!」
げ。
「さては野盗だな!」
いかつい武士が、刀の柄に手をやり、迫ってくる。
-そういえば金沢貞顕がぼやいてたな、再建なった若宮大路御所に幕府のすべてが戻ってから、鶴岡八幡宮に残る仮御所へ野盗が侵入するらしくて困るって。明らかに優先順位が低いから三交代制(当然、この時代にはなかった)で警備の武士を置くにとどめるよう伝えたけど...やっぱり解体すべきだった?
「何をぼやっとしとる!名乗らんか、怪しい奴!」
「…名乗ってもいいけど、後悔しないでね?」
「しゃべり方も、ますます怪しい!名乗らねば、斬るぞ!」
「…従四位下、修理権大夫、相模守」
あ、真っ青になってる。
「高時ー!待ったー?…て、何やってるの!?」
遠くから手を振って走ってきた登子が、目の前で土下座し刀を差し出す武士を見て、すっとんきょうに叫んだ。
ー*ー
「…そっちもいろいろあったんだね。」
「登子は?」
「うん、守時兄上、ちょっとシスコンだから... ついてくる、せめて送ってくって言ってきかなくて...」
「心配なのはわかるけど、デートにまでついてくるのはねぇ...第一、北条の名を出せばだいたい何とかなるのにね。まあ、恨んでる人も多いだろうけど。」
市民のほとんどは、家を焼かれてる。朝廷軍による被害より、こちらの砲撃による被害のほうが多いかもしれない。この時代、結構火事も戦もよくあることだから、人的被害がないんでスルーされてるけど。
「シスコンといえばさ、この前未来で、百松寺さんと話したんだけどね」
「ああ、確かにシスコンブラコンの極致だからなぁ。」
「時々思わせぶりなこと言うんだよね、あの兄妹。もしかして、私たちのタイムスリップ、知ってたのかな?」
「ここから自分たちの未来まで、つながってないように思うんだよ。だって少なくとも、記憶や知識が塗り替えられたりはしてない。平行世界なんじゃないかって思ってきたけど、そうだとしたらあの兄妹はとんでもない存在になっちゃう。偶然だよ、きっと。」
「うん、そ、そうだね。」
気持ちはわかる。そうだ、というより、そうであってほしい。
「とにかく、今は楽しもう。せっかく時間を空けたんだしさ。」
二人、遠い目をした。うん、大変だった、年末年始の挨拶と戦後処理を押しのけて時間を作るのは。
「おけ!」
ー*ー
3代目将軍源実朝を暗殺するため公暁が隠れていたとも伝わり、平成の時代についに台風で折れてしまう大銀杏の樹も、この時代にはちょっと大きなイチョウに過ぎない(ついでに、たぶん後ろめたいことがあるんだろうけど、北条では公暁の話も大銀杏の話も大声でできない空気がある)。
そんな銀杏の木に触り、未来の人にはできない体験だねって騒ぎ、それから私は、高時の3歩後ろについていった。
-あれだけ恋焦がれて、戦も終わって、ますます思いも強くなった。まだ15歳だけど、数え16歳なら決して早くないし、私が高時の婚約者っていうのは既定の事実として側室の話を持ち込む人もいるんだけど、いまだ私たちは婚礼の義を済ませてない。…ちょっと時間の余裕がなさ過ぎた。あと、高時は婚前交渉はしない主義だった(700年先進的!)。
「だから、早く結婚して、高時とずっと幸せでいられますように。」
「もちろん」
「え、聞いてたのっ...」
「だって同じこと祈ってたし。」
そ、そうなんだ...
ほっぺたが、熱かった。
ー*ー
鶴岡八幡宮でお互いの赤面イベントを終えてから、自分たちはまず、武家屋敷地区へ向かった。
あちこちから、槌音が聞こえる。いったん更地(以下の穴ぼこ)にされた鎌倉は、幕府主導の整地事業が完了し、空前絶後の建設ラッシュだった。
「この光景を実現できる、希望を持てるようにした守邦親王って、実はかなり有能だよね。」
「まあ本人に才能と人脈を生かす気がなさそうだからなぁ...」
まあ楽をしたい、面倒に巻き込まれたくないというだけであれだけ行動して事態悪化を防げる人材もなかなか...
「でも高時、あの親王に気に入られてない? ...はっ、まさか恋のライバル!?」
「そりゃない、と言いたいけど、衆道がこれだけ普及してるとね… うん、いやだよこの時代…」
「兄上たちも困ってた。モテるから...」
そういう趣味がない人は大変な時代。まあある意味男女平等(に性欲の対象)ともいえるが。
「とにかく安心して...うん。」
実は今言い切るにはちょっと心配があるんだけど。
「あ、足利の屋敷だよ!行こ!」
「ちょ、ちょっと待て!」
当たってる!ちっちゃくても胸当たってるから!腕抱えないでっ!
ー*ー
高時が鶴岡八幡宮で体験したのがどんな騒ぎかよーく理解させられつつ、私たちは足利家鎌倉屋敷に入った(うん、執権と婚約者が護衛もつけずうろうろしてたら、誰だって気づかないし混乱するよね、でも私たちもこの二人きりの状況を許可させるのに1週間は使ったんだよ)。
「ちょうどよいところに!高時殿、登子殿も、我が愚息に申し上げていただきたき儀がござりまする。」
誰...?あ、高氏の父の、貞氏だっけ。
「はい?何か... あ、わかった。」
「な、何を?」
「自信なくしたんじゃないか?」
「あー...」
(正史では)後醍醐天皇から追討命令が出たって聞いて出家しようと言い出したらしいし。
「…情けない当主ですまぬ。」
「べつに困ってはおりませぬ。」
だって高時も私も知ってたし。そうだ、知ってたといえば、史実通り早死にしないように言っておかなくちゃ。
「そうだ、塩気が多いものは避け続けていますね?」
「…物足りないのだが。」
「早死にすんぞ!」
高時が怒鳴りつけると、足利貞氏は背中を小さくして下がっていった。
「え、高氏のところへ案内してくれないの?」
と、そこの襖から、ちょっと頬のこけた高氏が現れた。
「父上、いったい誰と… 高時、登子殿!?」
「あ、いた。高氏、元気?」
「まさか... 私など、本当に将軍でよいのかと自問するほどに、将軍が似合わない気がする。」
「それでもちゃんと、室町幕府開祖としてこっちの歴史にも残ってるんだし、父上に長生きしてもらうために一人で全部果たすって決めたんでしょ?ならやらなくっちゃ。」
「まあ、形骸化してた将軍と執権の仕事が戻ってくる分忙しくなるけど、頑張ろうか。」
「…二人は、辛くはないのか?」
「いやー、未来では数え19歳も16歳も、基本遊んでばっかで仕事も責任もないから、辛いよ。それに平和だから、斬られたり引きちぎられたりした死体なんてまず見ないし。でもやらなきゃ死ぬからねぇ。自分だけじゃなく、登子も。」
「高時を、死なせるわけにいかないもの。」
「高氏にも、守りたいものを見つけられる時が来たら、自信を無くしてもいられなくなるようになるよ。」
「守りたい、もの…」
ー*ー
「私たちやっぱり、気が合うね!」
登子がとっても楽しそうでなにより。
一部が破壊されたらしい上水路も、しゃがんで音を聞く限り、しっかり流れているみたいだ。基本節を抜いた竹をつなげているだけだから、ちょっと心配だった。
「あ、これ一個ください!」
「あいよ、10銭な。」
町人屋敷地域は、切通しから離れた町の中心部に再配置した。有事の際には切通しを爆破・砲撃する可能性が高くなったからだ。
常設市も、三日市(月に三日開く)がスタンダードなこの時代においては先進的なんだろうけど、外食産業があったほうが、流通、商業、そういう経済の回転が速くなるし、行商人に頼ると食中毒が出るから、半信半疑な商人たちと交渉してー
「ってあれ、高時さムグ」
「せっかく二人でいるんだから、騒いじゃだめっ!」
「…奥方様ですかい?」
「ふふー、そう見える?」
「見えますとも。仲睦まじそうで、北条も安泰でございますな。」
「えへ、そこまででもあるけどー。」
こ、交渉の時も思ったけど、こいつすごいな...。たぶん口調もこっちの性格に気づいて適度に崩してるぞ...。
「あ、そうそう」
「?」
登子が肩をたたく。なんだろう?
「はいあーん。」
鶏肉のくしを差し出してきた。
パク。
「おいしい?」
「…おいしいけど、これって、フライドチキン、だよね。」
「交渉の時、私が教えてあげたの!」
ニワトリじゃないのはともかく、なんでくしに刺さってんの...
「それはそうと、さっきから後ろで見てるのは、高時様の妾かい?」
「え、後ろ?」
あーやっぱりそこにふれるかー。
「…もう出てきていいぞー ってか、誰?」
声をかけると同時に、登子が振り向く。
瞬間、ただでさえ寒い気温が、記録(できないけど)温度を更新するかってくらい下がった。気がした。
ー*ー
「それはそうと、さっきから後ろで見てるのは、高時様の妾かい?」
「え、後ろ?」
そういえばさっき、恋のライバルについて、否定しきってなかったような。
「…もう出てきていいぞー ってか、誰?」
高時が声をかけると同時に、振り向く。
瞬間、ただでさえ寒い気温を、記録(できないけど)温度を更新するかってくらい下げた。気がした。
そこには、長い黒髪を下げた、髪を切る前の時乃ちゃん、あるいは私にも似た女の子が立っていた。
ただ、明らかに、私とも時乃ちゃんとも、その子は大きく違っていた。
アニメキャラかってくらい、肌が白い。そして、瞳が、オパールのように、赤、あるいは緑に、色を移り変わらせていた。
「あや姫、と、申しますわ。織物の「綾」でも、鮮やかな「彩」でも、結構ですよ。」
なるほど、白、黒、緑、赤。確かに鮮やかな織物みたいなコントラスト。
「えっと、日本人?それとも、海外から?」
「...れっきとした日本人ですわ。」
いや、その肌の白さは、黄色人種ではありえないし、目も黒くないけど...
「それで、さっきからずっと尾けて来ていたみたいだけど、何の用?」
「あ、気づいてらしたの?そうですわねー」
それまで、清楚っぽい彼女の姿に騙されて、次に続く言葉に、私は三の句ぐらい告げなかった。
「-高時様、一緒に、寝てくださらない?」
「はい!?」
「はい、ですか、わあ、うれしいですわ、さあさ。」
「な、何を言ってるの!」
「あなたこそ、私が高時様を誘っているという時に、正室だか何だか存じ上げませんが、失礼ではありませんこと?」
勢いに押されそうになったけど…よく考えたら、わけのわからない発言だった。
「…まさか、そういう意味だと思われましたの?寝つきが悪いので添い寝してほしいという意味でしたのに。意外と好色な正室ですわね。」
「…そ、そうなの。 って、やっぱおかしいでしょ!」
「そうかしら?きっと関八州の寝心地は最高だと思いますわ。」
あれ、やっぱり、相手が執権、北条高時だってわかってる。
「とにかく、ダメなものはダメ!」
「あら、添い寝はだめですのね。」
「あたりまえでしょう!」
「ではやはり、『一緒に寝て』いただくしか…」
「んなわけあるか!だいたい、なんでそんなに、恋人いる人間を誘惑するんだ?」
「…高時様が、胸が小さい女子のほうがお好みだとお聞きしましたので、こちらの方より私のほうが正室にふさわしいかと。」
「高時」
た、確かに、時乃ちゃんも貧乳...
「誰だそんなこと言った奴!」
「私ですわ!」
「自作自演!」
「噂などそんなものですわ!」
「見た目の良さとアクの強さ、つり合いが取れている、だと…!」
「さあさ、一晩ぐらい、見た目の良さに騙されてはみませんこと?」
「じゃあ…って、んなわけあるかい!」
「鎌倉の雅人もここまでノリがいいとは、驚きですわ。」
「ノ、ノリツッコミを狙っていたのか!? …お、恐ろしい奴...。」
「え、二人とも、本当に初対面なんだよね… 気が合いすぎだよ。」
ちょっと、泣きそうだよ...
「『高時様とぴったり息が合うのは私だけだと思ってたのにー!』ですか?愛が重すぎて嫌われますわよ。」
「きー!高時ー、こいつ嫌いー!」
「だ、大丈夫、そんな登子もむしろ好きだし。」
「ほ、ほんと...?」
嘘だったら本当に路上に座り込んで泣くよ!
「というか、それくらいのほうが登子らしいというか、時の重さだけ愛が重くて当然って言うか。」
あ、抱きしめられて...
わあ、あったかい...
「見せつけてくれますわ...
ところで、『噂などそんなもの』ですのよ。」
そう言って、女の子は口を大きく開き、息を吸い込んだ。
「-た」
「さ、さあ、屋敷まで来ようか!」
手のひら返し!?
「私の愛を受け入れるつもりになりましたのねー!」
「うわぁー、大声で叫ぶなぁー!」
「うわーん!やっぱり私よりその子のほうが好きなのー!?」
ー*ー
1321年1月6日、北海道、渡島半島
「守邦親王殿下、よくお越しいただきました。」
「いやいや、今や征夷大将軍ではない。そちに下っておる『遣アイヌ全権武官大使』、『渡島国国司』の肩書は、余の『駐陸奥大将軍』より上じゃからな。」
吹雪吹きすさぶ真冬の津軽海峡を背に、どこかスッキリした顔の守邦親王は、そういって足利直義に朝廷からの任命状を渡した。
この時、直義15歳、守邦親王21歳。おまけに相手が皇族なので、恐縮することしきり。
「これで、あとは十三湊に帰ってカニでも召しつつ、楽隠居じゃな。」
「…どうやって帰られるおつもりです?」
「なんと、まだ一仕事せよというのか。朝廷との交渉に始まり、人使いの荒い幕府じゃの。」
守邦親王が、つてをたどって後醍醐天皇に呑ませた条件は以下。
・幕府への一切の追討命令を取り下げ、代わりに幕府は一切の大覚寺統軍への攻撃を中止する。
・後醍醐天皇は退位するが、幕府は今後一切大覚寺統内のほかの皇統は一切認めず、10年後、第2皇子尊良親王の即位を支える。
・大覚寺統は、幕府に対し充分に賠償を払う。また、幕府は、関八州を除く、長崎・安達両氏の旧領を大覚寺統へ譲渡する。
・対外的には、日本国の代表は天皇家であるが、実際の軍事・外交権は朝廷の名のもとに幕府が実行する。蝦夷地を北海道へ改称し、その沙汰は先住の民に任せる。
これに従い、後醍醐朝廷は戦後処理の宣旨を済ませ、解散。持明院統の量仁親王(数え9歳!)が即位し、その父親である後伏見上皇が院政をとりしきることとなった。
「無茶な要求を、すべて通してしまわれたのです。皆期待しているのですよ。」
「まさかの。疾くすべて投げ出したかっただけじゃ。
ところで、いずこに向かっておる?渡党(渡島半島に住み着いた日本人)の里へ、戻らずともよいのか?」
「いえ、蝦夷、ではなく、アイヌの里へ向かっております。先日やっと、アイヌの大首長が我らとの交渉に来ることとなりました。」
「ならば余計に、皇族である余がいたほうが良いであろ。」
「まあそれは... あ、よくぞ参られました。」
道の向こうから現れたのは、小麦色の服を着たおじいさんだった。日焼けなどしていないはずの守邦親王と肌の薄さが変わらないのは、黄色みの乏しいアイヌの特徴か。
「こちら、首長のノキタンと申す者です。」
「前将軍、後深草天皇2代、御嵯峨天皇3代、守邦である。」
「ノキタンと申します。イルクシャン様がお待ちでございます。」
「ふむ、では参ろうかの。…日本語がわかるのじゃな。」
「…我々和人との交易で覚えたようで。地位が高いものほど使えるようです。」
「ふーむ、余らにとっての漢語に近いかの。」
道を歩いてゆくと、やがて、大きな丘が現れた。丘の周りには堀が掘られ、中腹をぐるっと柵が囲んでいる。
「…高時が見せてくれた、『要塞』とやらの絵図に似ておるな。」
「堀を掘として使っていなければそっくりですよ。誰が教えたでもなく作られているのは驚きとしか。」
堀にかけられた橋を渡ると、かがり火の中、山頂で人々が踊っているのが見えた。
「…殿下、お気を付! な!」
殺気に気づいた直義が、鉄砲を抜くか刀を抜くか迷ったその時には、すでに、堀から飛び出した男たちが二人を取り囲み、刀を突き付けていた。
「何をなさる!」
左手を鉄砲に、右手を刀にかけ、戦う姿勢を見せる直義
ピュシ
の首筋に、吹き矢の針が突き刺さった。
声を上げる間もなく、直義は倒れる。
「…なんで戦おうとするんじゃ。ノキタン殿…って、倒れておるし。仲間割れかの?大首長殿。」
ー*ー
あれ、なんで寝てるんだ?
確か、突然囲まれて...
「って、縛られてる!?」
「起きたか。クマでも数刻は眠ると聞くのに、なんですぐ起きとるんじゃ。」
守邦親王...も柱に縛り付けられてるぞ、おいおい。ノキタン殿も...
「殿下!?」
「…幕府は一体こやつらに何をやったんじゃ。言葉がわからんがどうもきな臭い雰囲気になっておるぞ。南無阿弥陀仏。」
え、殺されるの!?
「よほど恨まれておるの。」
うわ、こっち指さしてなんか叫んでいる...
「刀を振っておるな。」
「…ですね。」
「槍を突き出しておるな。」
「…ですね。」
まさか、殺し方を相談してる感じか?
以前、高時様の目に逆らえなかったとき、それは高時様が未来を知り時を超えてきた、神仏のごとき存在だからかと思ったが、それと同時に、死の恐怖というものに直面すると人間は変わるものだからだということに、今、気づいた。自分が殺されるとわかった人間の必死さがこそ、俺を従わせるほど高時様を変えたのだと。
柱に縛り付けられているが、しかし、懐には鉄砲の薬莢と交換用の火打石が残されたままだ。うまくこすりつければ、あるいは…!
しばらくもぞもぞやる。
「直義…」
カチッ
「なんです?」
ドン!
「よし!」
火薬がうまく爆発してくれたらしく、縄がほどけ、自由に動けるようになった。
さて、次は刀っ
ザン!
目の前に突き出された刀を、背中をそらせてぎりぎりかわす。
さらに、横合いからも刃!逃げようとしていたのが気づかれていた!?
かわしつつ、姿勢を下げて足下へ滑り込み、足をけりつけ、転んだ横をすり抜けて姿勢を立て直ー
後ろから殺気!
まにあうか、いや、まにあわー
ー*ー
1321年1月15日、鎌倉、北条得宗家屋敷
不思議な女子だった。
ただ、屋敷から出してはならないことだけは明白だった。明らかにあれはトラブルメーカーだし、思い当たることもいくつかあった。
とりあえず、やはり鎌倉の人間ではないようで、どこかに使いを出させていた。というか、もう屋敷の中に虜にされた人間がいるらしい、ファンクラブらしきもの、それも時乃に在ったのと同じヤバい奴の気配がする。
ただ、あや姫は、相変わらず二人きりになると誘惑してくる以外は、イメージ通りの清楚でまじめでちょっと不思議な存在だった。
例えばこんな風に、
「た、か、と、き、さ、ま。お疲れみたい。膝枕、してあげましょうかしら?」
「いらん。というか、いいのかよ。」
「まあ、私の膝が良くないといわんばかり。ほら、この通り、とっても柔らかいのに…」
「なんで手首をつかんだ、おい。」
「それはもちろ」
「高時様、いらっしゃいますか?」
「はい、私と一緒におりますわ。書状かしら?」
「はい、入っても?」
「よろしくてよ。けれど、関係資料はしっかりそろえて?」
「もちろんでございます。」
「それは私が見てもいいのかしら?」
「はい、あや姫様にならよかろうと。」
「そう。半分渡しなさいですわ。」
「はっ」
と、色っぽく誘ってきたりする二人の時と、他人がいるときの優秀なお嬢様とが、どうも合わない。
-いや、もう、わかってはいる。片方は、キャラだ。
おそらく、どうしても、自分、いや「鎌倉幕府執権北条高時」と既成事実を作らなければならない理由があるのだろう。
いい加減に、わけをたださないとならない。見え透いた色仕掛けやらなんやらで先延ばしにされている場合ではないのだ。
ー登子の機嫌も良くないし。
「あら、登子様のご機嫌をどう取るのか考えておられる顔かしら。」
「…誰のせいだと思ってる?」
「そんなめんどくさい女捨てて、私を正室にしても、いいのですわよ、ほら。」
だから帯をほどこうとするんじゃない。
「どうしてそこまで、こだわる?何のつもりなんだ?」
「もう、そんなことどうでもいいじゃないの。」
「いや、それなりに最終手段なんだろう?なら、こっちも、その目的を知らないわけにはいかない。言わないならば、とりあえず屋敷からつまみ出すことになる。」
-損害は度外視で。
「…ならば私も、覚悟を決めなければなりませんわね。」
「え? !」
視界が、反転していた。
押したお、された...
「もう、我慢もできませんわ、きっと…」
振りほどこうとするが、足を広げて腹の上にまたがり片手でこちらの両手首をまとめて抑える彼女の力は、自分の力よりずっと強い。
きゃしゃな体の、どこからこんな力が、いや自分が貧弱すぎるのか?
そして、もう片方の手は、自身の胸元を緩め始めていてー
ん、胸に見える、アレはー
-なんだ、アレは?
登子に悪いと知りながらも、あや姫の胸の谷間(にはなっていないが)から、目をそらせない。
「あら、やっぱり小さいほうが好みかしら?でたらめでしたのに。」
ーだって、あれはもしかしなくてもー
ガラピシャ!
「高時様!?」
「「あ」」
「このスケベ女!ビッチ!痴女!」
「ふ、筆は投げないでくださいませ!」
「ちょ、目に墨があー!」
ー*ー
1321年1月6日、北海道、渡島半島
まにあうか、いや、まにあわー
その時、鈴のような声が響いた。ただ、「!!!!!」ぐらいにしかわからなかった。いや、一瞬、「かみ」と聞こえたような...
人々がさーっと二つに分かれ、その真ん中を、ゆっくりと、誰かが歩いてきた。
女?
頭の両側に髪の毛を垂らした女ー幼い?ーが、しずしず歩いてくる。
「大丈夫、殺してはいけないといっただけ。」
それから少女は振り返り、何事か告げた。
アイヌの人々が、恭しく首を垂れる。
なぜか無言のままだったノキタン殿が、「頭を下げんか!」と怒鳴ってきた。
「良いのです。客人にこのような無礼を働いたこと、カムイに代わり、お詫び申し上げなくてはなりません。ですから頭を下げるのは私たちのほうです。」
少女が、近寄ってきて、かがみこみ、頭を下げた。額のあたりに走る銀色のわっかのような刺青が見える。
「ですから、どうかこのことは、水に流してはいただけないでしょうか?」
「か、感謝いたします。ですが、貴女は…」
「私は、『カムイシラ』と申します。和人の言葉で『神を知る者』ですから、『神知』あるいはもう、頭の一文字など取ってくださって結構です。」
「え、ええと。いかなる状況で?」
「ああ、私が『カムイのお告げである、その者を殺してはならない』と告げたので、巫女の言葉には逆らえなかったのですよ。」
「巫女…?」
「ですから、あなた方も、私の期待を裏切らないでくださいね。私は、あなた方が生きていたほうが、我々の利益になると、命を賭けたのですから。」
「い、命を?」
「誰だって、生贄にされたくはないでしょう?」
ー*ー
1321年1月15日、鎌倉、北条得宗家屋敷
「おい、誰か今出て行った娘がどこへ行くか、気づかれないように突き止めろ!服に墨の跡がついているはずだ!」
「了解です!」
必死に叫ぶ高時を見たら、私は、絶望してしまった。
だって、あや姫は、髪を伸ばしていて、肌も私より白くて、おまけに、時乃ちゃん並みに、胸もー
「トキ、知ってるか… って、登子、ごめん!泣かないで!」
そんなこと言われても、涙は、止まらない。
「そうか、そうだよな...」
だって、今、私の、時乃ちゃんの目の前には、抱き着いてファーストキスを奪おうとする、理くんが、いるんだもん…。
私は、時乃ちゃんじゃなくて...
「…トキは、もう、いないんだもんな...。」
高時は、座り込んで、私の膝に頭をうずめ、おいおい泣き出した。
「えっえっ、高時…」
「しばらく、こうさせてくれ、もう、北条高時には、北条登子しかいないんだ…」
「お、け。」
しばらく、二人で、泣いていた。
「で、じゃあ、なんで、あや姫を追いかけさせたの?」
「…世界史も、いけたよな?」
涙をぬぐった高時は、なぜか、そう、聞いてきた。そして、半紙を手に取り、私が投げつけた筆を拾って、書いた。
〈 MARCO POLO〉
ー*ー
1321年2月19日、北海道、渡島半島
それからというものの、俺と守邦殿下は、丘を一つ与えられ、見張り付きで軟禁されていた。
すっかり隠居した気で和歌など詠んでいる殿下はともかく、俺は、これからどうなるのか、指示に従えと言ったきりあの巫女はどこへ行ってしまったのか、不安な日々を続けていた。
そうして一か月。体もいい加減なまったころ、彼女、カムイシラは、再びやってきた。「私が何を言っても、顔色など変えないでください。」と、不安をあおる一言とともに。
「まず断っておきますが、ここに和人の言葉がわかるアイヌはいません。」
「秘密の話、ということか?」
「はい。
さて、あなたは、和人の侍の長の弟だと聞いています。どれほどの権限があるのですか?」
「こやつはよく知らぬぞ。この北海道、蝦夷地と呼ばれておった地における、和人の権限すべてじゃ。」
「あなたには聞いていません。」
「ああ、アイヌに対しては、俺の言葉が、日の本の言葉だ。」
「なるほど、度胸も充分。」
「…どうしてそんなことを?占いとかで決めたんでは?」
「占い?」
「神の言葉を聞くんだろう、巫女ならば。」
「カムイ…ですか。
私が、本当に、カムイを信じていると?」
「信じて、いないのか?」
「まさか。」
なんだ、冗談かー
「むしろ、恨んでいますよ。」
ー*ー
1321年3月3日、鎌倉、赤橋家屋敷
私が執権の婚約者となったために、女性主体の祭りであるひな祭りは、赤橋家中心の祭りになった。
8段のお雛さまも、大覚寺統からの賠償金は家来衆らのために使ってしまったために財政難の赤橋家のプライベート費用にされた分、金銀が少なくて寂しい。まあ、母上が亡くなった今、赤橋家の金庫番としてその措置をとったの、私だけど。
「こうなってみると、登子の素朴さにマッチするなぁ。」
「時々、ほめ方がずれてるよね♪」
「そう?」
こんな、久しぶりのデートの時に、こういう話をしたくはないんだけど...。
「そうそう、あの女、偶然じゃないかもよ。マルコ・ポーロが元にいたのは1266年、それに1271年から1275年までのどこかから17年間。ってことは、孫娘ってことは大いにあり得る。」
「そして、もしかしたら、元寇の時に来たかもしれない…」
「たぶん、緑の目と白い肌も、ヨーロッパ人の血が流れてるからだと思うんだ。」
「いや、それはちょっと違うかもしれない。」
「え?」
「滞在してるっていうどこかの屋敷から出ないでいてくれるから助かるんだけど、この時代の技術ではどうにも...」
「何かの、病気だってこと?」
「ああ、あとちょっとで思い出せそうなんだが、なんだっけなぁ...」
「でも、とりあえず、もう一方の謎は、聞いてみたらわかるよね。どうして胸元に、マルコ・ポーロって書かれた十字架のペンダントを下げていたのかは。」
「よしんば信じていないにしろ、日本初のキリスト教関係者かぁ...」
「この時代に来たことを恨まずに良かったって思える、今を生きているから気づける、歴史のロマンだよね!」
「…空元気なんてしなくても、とられたりはしないよ?」
「大丈夫、そんなこと、私が許さないから♪」
※今回登場したアイヌなどの昔の人々へのイメージは、(文献がないのでおそらくですが)間違っています。こんなところで民族問題や日中・日韓問題に触れる意図はございません。それとアイヌ語もわからないので語感です。不快に思われましたら「あくまで同じような歴史をたどったファンタジーワールドの物語」ととらえていただけると幸いです。
忙しくなってまいりましたが、未校正話が6ぐらいあるのでしばらくは週一で投稿いたします。