表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/22

(1320春)政権転覆!彼と彼女の初陣!

 ついに本格的に戦です。未来知識を携えた二人は、裏切りにどう立ち向かうのか!

                   ー*ー

1320年4月1日、津軽国、十三湊

 こともあろうに海路で運ばれてきたものを見て、赤橋守時・英時兄弟は歓声をあげた。

 4丈(約12メートル)はある長い鉄の筒と、4人乗りの籠より二回りは大きい箱。

 「全軍に伝令だ。

 -この戦、今日で終わるぞ。」


                   ー*ー

 ドン!!!

 突如として、落雷のような音が響き渡った。

 安東軍は秋に、謎の音とともにほぼ全滅している。そのため、またか!と震え上がった。

 ただ、証言から、前回の壊滅が何らかの飛翔物体によるものと判明している以上、ほとんどの武士は謎の攻撃が山向かいにまで届かないだろうとも思っていた。

 だが、いつの時代も、見立ての甘さは辛い代償を強いる。

 盆地状の村の中心部に、ガスンという音とともに、何かが落下した。

 周りの武士が、何事かとギョッとする。 

 瞬間、地面から炎が吹き上がった。

 子弾ととともに砲弾に詰め込まれた高濃度の蒸留酒=アルコールは、揮発と同時に多発的に発火し、気化爆発を引き起こす。それによって空間そのものが爆破され、多数の武士が馬に乗る前に死傷すると、安東軍主力はあっさり混乱に陥った。

 「し、神仏の怒りだ!北条には神仏がついておられる!」

 泣き出し、祈り出すものすらいる。

 自軍の混乱に対しイライラを隠すことなく、安東又太郎季長が、刀を抜き立ち上がる。 

 「臆するな!姿も見せまいとは、卑怯、臆病なり!軟弱と笑われることいとわば、我に続けい!」

 馬にひらりと飛び乗るや、五郎三郎季久も、慌てて弓矢を手に郎党を集

 ドン!!!

 まった者たちは、肝をつぶして座り込んだ。

 ガスン!

 「者ども離れ」

 再び、地面ごと砲弾が爆発し、まき散らされたアルコールが子弾とともに爆発する。

 煙が充満し、視界を奪われた季久は、ぐらぐらふらついている馬を降り、郎党の名を呼んだ。

 足に、何かぶつかる。

 「む?」

 なんとなく気になってかがんでみた季久だが、自分が蹴ったものがなんであるか知って、武士であるにもかかわらず、吐き気を催したーそれは、内臓が飛び散り、もはや一つにつながっているのかも怪しい、人間の死体であった。

 目を背けようとした季久だったが、ふと、耳の飛んだ遺体の後ろに転がる兜に、檜扇に鷲の羽の家紋があるのを見て、兜を拾い上げた。

 「これは、我らの家紋...誰のだ?

 うーむ!?」

 ドン!!!

 その時、季久はすべてを悟った。

 -ああ、又太郎家だけではない。我らの争いで、安東氏は滅ぶのだな。

 -何と、愚かな。


                       ー*ー

 5発の砲弾を発射したところで、巨砲はゴッと嫌な音を立てた。

 「修理できると思うか?」

 「ここでは無理だろ。まああれだけの音だ。念のため騎馬隊に確認させるとして。

 それにしても、物を燃やすだけで、これほどの威力が得られるとはねえ。」

 二人が見つめる先にあるのは、口径一尺の、時代もあろうに施条ライフル砲。その尾部には、黒い煙を噴き上げる大きな箱が取り付けられている。箱の横の扉からは、赤熱した石炭がのぞいていた。

 元応元年式長射一尺砲ーその本来の名は、「アームストロング1898年型30.5センチ(40口径)砲」というーあの戦艦「三笠」の主砲である(ただし砲塔ではないし、旋回もできない)。見本の射程は8キロ。さすがに600年前の鋼鉄も製造できない技術ではそこまでのものは実現できなかったが、それでも、刀と槍で戦う時代にはオーパーツそのものとして威力を発揮した。本来の半分以下の200キロ弱の砲弾だが、火薬も含めると人力では動かないので、砲の上下移動とともに、蒸気機関が用いられていた。

 「こんなものを作り出しちまったら、武家は滅んじまうよな。」

 「もしかしたら我々は、武家の黄昏にいるのやもしれぬ、な。」

 「守時様!敵、全滅して、いや、消滅しております!」

 「…帰る、か。」

 そこで二人はふと、10人や20人ではびくともしない鉄の塊をもう一度一瞥し、ため息をついた。


                    ー*ー

1320年4月6日、鎌倉、北条得宗家屋敷

 北条康家は、馬上で歯ぎしりしていた。

 「逃げ足の速い兄め…」

 ー守邦親王を脅して執権就任の命令をせしめ、さあ若隠居を迫ろうと思ったら、これだ。武家にあるまじき奴め。

 屋敷は空っぽだった。床下までひっくり返したが、やたらと広い漆喰塗りの小部屋が出現しただけだった。

 「康家様、高時様と赤橋の手勢が、東勝寺に集まっているとの報告です。既に我らの手勢を向かわせております。」

 「兄だけは、生かしてくれ。ひさまずかせてくれる。」

 「了解です。」


                    ー*ー

1320年4月6日、鎌倉、東勝寺

 北条高時は、ふっと息をついた。

 赤橋登子が、山と積まれた半紙-未来メモを一枚一枚確かめている。

 「やたらと素早い弟だなぁ」

 -未来情報のメモに、赤橋で作らせていた銃砲。どれもこれも重い。赤橋に先に来襲されていたら、立てこもる前から負けを認めねばならなかったかもしれない。武家をなめ過ぎたかな。

 すでに、東勝寺の周りは赤橋の兵、それに得宗家手勢のうち高時側についた4分の1により守られ、塹壕が掘られ始めている。

 「高時、全部あるみたい。うちの新兵器実験部隊も、全員来てるわ。」

 「よし、何としても塹壕を越えさせるな。できれば二重にしろ。」

 「おけ!」


                   ー*ー

 戦いは、まず祈りから始まった。

 東勝寺は、北条家の菩提寺である。祖霊の眠る寺で戦うには、双方ともに儀式が必要だった。北条康家と安達時顕・高景親子、長崎円喜・高資親子は、亡き祖先たちの言いつけに高時が背いているので引退させたい旨述べる使いを出した(普通に寺内に通してもらえた)。

 一方、高時と登子は、ともに墓場で、手を合わせていた。

 -二人は知っている。正史では13年後、北条高時は家臣団らとともに、この地東勝寺で自刃し、今日この戦いに加わる主要人物で生き残るのは北条康家と赤橋(足利)登子のみなのだと。

 「ここで、武家の誇りを傷付けるようなことになって、申し訳なく思っています。ですが、それでも手段を選ばずに、守りたい幸せがあるんです。どうか、許してください。」

 「我々の歴史の『北条高時』、君の意思は、我々が引き継ぐ。だから、どうか我々を、助けてくれ。」

 それから二人は、立ち上がって、回れ右し、振り返らずにつぶやいた。

 「「ここからは、自分たちの、歴史だね。」」

 

                   ー*ー

1320年4月6日、鎌倉、足利家鎌倉屋敷

 向こうからドンドンと、扉をたたく音がする。

 「高氏、出なくていいのか?将軍様からの使いだって言ってるぜ。」

 「居留守を使うように言ってあるよ。おそらく、『新たな執権北条康家殿のもとへはせ参じ、権益に固執する前執権北条高時捕縛に協力せよ』、とかまあそんな感じだろう。」

 義貞はそれを聞いて、うなずきつつも眉をひそめた。

 「水臭い奴だなあ。『この度の戦は北条の戦であり、他の御家人を巻き込む要を認めず』なんて。ホントに勝てんのか?」

 「勝つ。絶対に。」

 「なんでそんなに強く言い切れるんだ、直義?」

 「長崎と安達が敵に回したのは、意気地なしの変わり者なんかじゃない、時の、流れだから。あの目に勝てるわけがない。」

 「…それも、そうか。」


                    ー*ー

1320年4月6日、鎌倉、若宮大路御所

 「高時はうまくやっておるかのう...」

 「御所様、康家様ではございませぬので?」

 「わしなんぞどっちが執権やっとってもおんなじじゃ。ならば、高時ならすぐやめさせてくれそうじゃし」

 「しかし、武勇にたけた康家様が勝利なさるだろうと、市井ではもっぱらのうわさでござりますよ。」

 「そん時はー」

 そこで言葉を切ったお飾りの征夷大将軍は、父のころから仕える公家の家来を見据え、言った。

 「そちがわしは高時を応援しとったと康家殿に伝えて、わしを都へ送り返すんじゃろ?」

 「はは、お戯れを。」

 「ははは。失礼。」

 ドン!ドン!!

 「か、かみなりっ!」

 「いや、始まったようじゃぞ。」

 「え?」

 

                   ー*ー

1320年4月6日、鎌倉、東勝寺

 夜討ち朝駆けは、武家の基本戦術である。

 -だからこそ、高時も登子も、対策を惜しまなかった。

 もともと有事の際の要塞としての機能も保持していた東勝寺だが、北条家の一員である康家や長崎親子がその構造を知らないわけもなく、だから彼らは夜でも余裕で攻め落とせるものと決めてかかっていたー寺全体が、突如として無数の松明たいまつに照らし出されるまでは。

 自分たちが何もかも知り尽くしたところに愚かにもつぶされに行ったわけではない、何か考えがあるのだ、そう長崎高資が悟ったときには、すでに、堀があるはずのあたりの地面の中から、雷のような音が響いていた。

 文保三年式曲射七寸砲15門一斉射。

 アリのはい出る隙もない程に寺を囲んでいた武士たちは、全方位において、まともに爆発を食らってパニック状態に陥った。

 「落ち着け、そこまで被害はない!ただの脅しだ!」

 安達景高がそう叫ぶなり、近くにいた下っ端の首をはねた。

 「ひるむものはかくの如く、敵とみなす!我に続け!」

 馬に鞭打って走り出す高景。そこへ、堀があるはずのあたりから竹矢来を越え何かが投げ込まれる。

 高景の馬は、それをまさに踏みつけようとした。

 その時、足下で炎が爆ぜた。パチパチ、ドン!ドン!と爆発音が連続し、音に驚いた馬は暴れ、高景を振り落とす。

 何とか受け身を取り、立ち上がった高景だが、直後、目の前に足がすっぽりはまりそうな穴が開いたのを見て、猛烈に嫌な予感に襲われた。

 直後、地面が吹き飛ぶ。吹き飛ばされた高景は、走馬灯を幻視した。

 「高時様…これが、貴方の... 卑怯なり」

 -重力加速度に従い地面にたたきつけられた安達高景は、二度とその目を開こうとはしなかった。


                    ー*ー

 「ちっ、あの猪武者が。」

 そうつぶやいた長崎高資は、しかし客観的には高時ですら予想しなかったほどに卑怯だった。なにしろ、長崎の旗印を一本だって立てはしなかったのだ。しかも、わざわざ砲撃で死んだ一兵卒の兜をかぶりなおす念の入れようで、自分の居場所を偽装していた。

 ー最初の轟音の後、はるかに小さな音が景高が炎で吹き飛ばされるときにしただけで、それ以外には雷鳴も炎もない。つまり、あの雷を落とす術はそんなに使えるわけではない。

 こう、赤橋の火薬不足を見抜いた高資は、人間性を除けば優秀な人物だったのかもしれない。赤橋の兵は長崎高資を目を皿にして探したが、見つからず、火薬が貴重品であるためにあでずっぽうに乱射もできないし、高景のように三年式でスナイプする事もできないので困惑していた。

 だが、そうしている間にも攻め手の被害はいやましていた。


                   ー*ー

 塹壕を越えようとする長崎の侍。しかし、馬では爆竹のため近付くこともままならない。「弓方、射よ!」の命令一下、下馬した将は次々討ち取られていく。

「いかな英雄でも、絶対死傷圏内キルゾーンの中にはいられまい。」

 (「実際、戦艦武蔵なんて時代遅れの無駄遣いなんだろう。」)

 (「橋本くん、そんなことはないよ。一般に空母は戦艦より遠くから攻撃できるからずっと強いみたいに言われるけど、当時の性能悪い高角砲で狙い撃ちしようとするからうまくいかなかったのであって、担当空域を決めてただ撃ち続ける方法で、『伊勢』『日向』は完全に空襲を迎撃できたとされているよ。」)

  そう、どんなに敵が強くても、「必ず死ぬ範囲」の中では(文字通り)太刀打ちしょうもない。

 ー本当に、そうするつもりがなかったとしても、トキは幸せをくれる。ー死んだ後まで。

 「トキ、今度は、守るからな。」

  ふと視線を前に向けると、街の中から大軍勢が湧き出してきていた。

 「安達か…嫡男をやられてキレたな。」

 「どうするの?あの中に一発撃ち込んだら、終わったり、しない?」

 よく考えると、おかしなことだ。この子はまだ14歳、(この時代の男子ならともかく)硝煙の中血しぶき舞う戦場にいていいはずがない。なのに、大砲部隊の指揮に負傷者の手当と、早くも戦場の女神となりつつある。

 「普通に考えて、外れる。火薬の無駄じゃないか?というか、下手すりゃ街を巻き込むし。」

 「でも、あの大軍が四方に散っちゃったら、もうどうにもならないよ。」

 「それについては、ちょっと思ってきたことがある。登子、協力してほしい。」

 「おけ!」

今までの二倍、いやそれ以上意識をこの時代に注げるから、二倍以上の知能を得ている。意識を全て「今」に使えることに慣れてこの無敵期間が終わる前に、かたをつけてやる。


                   ー*ー

1320年4月7日、鎌倉、東勝寺近傍

 結局、深夜まで、長崎高資の居場所はつかまれることがなかった。しかし彼の命を奪ったのは、長崎という北条の闇の宿業だったのかもしれない。

 「いやー、さすが高資様。」

 「うむ、五大院様も変わりなき。」

 「ええ、それで、所領争いについてですが、なにとぞ…

 こちら、付け届けにございます。」

 そういって、正史では死に際の高時に子を託されたのに新田義貞に差し出し誰からも見捨てられ餓死する男、五大院宗繫は、献上品、わいろが満載の馬車を、煌々と松明で照らし出した。

 「あ、馬鹿、消せ!」

 「は、はい?」

 「に、逃げるぞ!」

 ーその時には、照らし出された甲冑や武具馬具、米俵への照準は、終わっていた。

 文保三年式直射三寸砲の9センチ砲弾は、地面にあまり食い込まないように木の羽がついている。地面、そして馬車に頭だけ突き刺さった砲弾は、破片効果が高まるように英時が実験を繰り返した配合の効果を示し、陶片をまき散らした。

 馬も人も、そしてわいろも、平等に切り裂く死のかけら。音速に近い速度で、内臓も骨も、容赦なく断ち切る。

 最期まで、この戦で長崎高資は姿を残さなかった。


                     ー*ー

1320年4月7日、鎌倉、東勝寺

 長崎高資、安達高景が、いずれも砲撃により戦死した。

 それを聞いて最初に訪れたのは、恐怖だった。

 鎌倉幕府の、武家のリーダー。もちろん、自分の一声で多くの人が死ぬ覚悟はしてきた。否、してきたつもりだった。

 だが実際に、自分が一文字を与えた武将が、自分の命令で死ぬのは、言いようないショックをもたらした。

 「泣いて、いるの?」

 「登子…うん、そうだよ。ただ僕は、登子と穏やかに暮らしたいだけなんだから。」

 泣き言が許されるわけがないのは、知っていた。だけどそれでも、あの平和な時代に帰りたい。覗き見ていられるだけでも、恵まれたことなのだと、感じられなくなって初めて、気づいた。知りたくないことだっていっぱいあったのにもかかわらず。

 「だからそのために、こんな時代だから、誰かを犠牲にしなきゃいけない、殺さなきゃいけない。まして僕は、政治家で軍人なんだ。頭ではわかっていたけど…」

 「大丈夫、君の幸せも辛さも、私が全部、引き受けるから。」

 二人して傷だらけの未来人だ、そう、思った。

 -幸せだけじゃなく辛さも独り占めすることが、「石垣時乃」の罪滅ぼし、そう思っていることも、わかってしまったから。

 頭をなぜられたまましばらく。

 東の空が、白み始めた。

 夜が、明ける。


                    ー*ー

1320年4月7日、鎌倉、東勝寺近傍

 安達時顕は、さすがに呆然としていた。

 夜の間に決着することもたやすい、そう思っていたが、ふたを開けてみれば、嫡男と義理の息子が戦死し、敷地内に足を踏み入れることすらかなわない。

 聞けば、刀を振るったものはほとんどいなかった。それどころか、高景も高資も、狙って雷と炎を落とす謎の武器にやられたのだという(蒙古襲来の時見た『てつはう』に似ていたと証言する古強者もいた)。

 すでに、手勢は分散されていた。だが今度は、堀の中にこもる兵に大きな負荷をかけられないために竹矢来一つ越えられないでいる。

 「高時様、なかなかやるではないか。『多数の兵をぶつけることでしか越えられない守り』と、『多数の兵が集まると一網打尽にできる武器』か。」

 「如何なされます?」

 時顕は、次男顕高のほうを見つめ、しきりにうなずいた。そして、答えた。 

 「一か所を突破する。」

 「しかしそれでは…」

 「矢や謎の武器とて、そうは屋敷から持ち出せなかったはずだ。そもそも我らは全くその存在に気づけなかった。もともと数が少ないのなら、すぐに尽きるだろう。現にやたらめったら使ってはいまい。」

 「すりつぶせと?」

 「そうだ。」


                   ー*ー

1320年4月7日、鎌倉、東勝寺

 「やつら、狂っていやがる。」

 思わず、そう吐き捨てた。

 一点突破。こちらの弱点が人も武器も足りないことだと見抜いてやっているなら大したものだけども、塹壕に対してそもそもどんな武勇も通らないということを見落としている。そんなに突破したいなら、山なりに大量の矢を浴びせかけるか、板でも持ってきて無理に橋をかけるよりないだろうに。

 作戦通り、安達軍も長崎軍も、突っ込んでは大砲に蹴散らされ、塹壕から弓矢で集中攻撃され、槍でつつかれ、散々な目にあっている。それでも愚直に突っ込み、地面を血で赤く染めていく。

 ただ、これ以上向こうの兵力が損耗すると、こちらも困る。-あそこで倒れている武将は、幕府の武将なのだ。

 「登子、頼める?」

 そう言って振り返ると、そこでは登子が、自分の刀を逆手に、首の後ろ側に当てていた。

 「ちょ、何やってんの!?」

 「あのさ、私、このころに髪切ったはずなんだけど、覚えてる?」

 「ああ、確か医療用のカツラに寄付するためだっけ…て、髪切るの!?」

 「うん。これが私の、覚悟。」

 -鎌倉時代においては、上流階級の女性が床に届くまで髪を伸ばすことは一般的だった。まだ、髪の長さが女性の美しさの指標だった平安時代の影響は色濃い。髪を切ることなど、シラミが1000匹沸いてもあり得ない。

 それを、彼女はー

 さっと刀が、後ろへ倒れる。

 さすが得宗家に伝わる北条家一の名刀、さらっと腰まであるはずの長い髪の毛を切り、流していく。

 ちょうど毛先が肩にかかる、透き通るかと期待するほどにつややかな黒髪。

 目の前の少女が、3歳も年下、まだ14歳だということを、つかの間忘れた。-同い年の、「石垣時乃」を幻視した。

 髪の毛を後ろでくくり、そこらにあった兜を目深にかぶる。そして、登子は鎧兜を押し付けてきた。

 「従者につけてもらってるとはいえ、付け方、わかるよね?」

 むしろ、冗談でも言ったほうが、いいのかもしれない。そんな時間すら、決別しようとするなら、未来を手放し、時乃をなくしても、今を手放し、登子をなくすわけにはいかないから。

 「胸がそれなりにあるからなぁ」

 「えっ、そんなに?」

 「17歳のトキよりはある。」

 「それ、時乃ちゃんが貧乳だっていうこと?」

 「…とてもそう。」

 「...どう反応したらいいの?」

 そんな収拾まで考えて喋ってない。

 ふざけてる暇はなかったので、それこそ胸に触れないように気を付けて、鎧を着つけてやる。うまくできた自信はないが、斬りあうわけじゃなく、あくまで男装だ。

 「さて、行くか。」

 「おけ!」


                    ー*ー

1320年4月7日、鎌倉、東勝寺南門

 塹壕線の内側ギリギリ。一歩向こうは最前線。

 「高時様が御越しだぞ!」

 「登子様もおられる!」

 守備兵たちが歓喜を表し、頭を下げようとする。

 「はい全員そのまま、邪魔しに来たわけじゃないから。」

 さらに一歩、そして、白旗を掲げる。さらに、叫ぶ。

 「安達秋田城介時顕!話がある!もし貴殿に武家の将来を憂う心あらば、いざ尋常に、姿を見せい!」

 

                   ー*ー

1320年4月7日、鎌倉、東勝寺近傍

 「御屋形様、敵の将が、こういっておりました。『安達秋田城介時顕!話がある!もし貴殿に武家の将来を憂う心あらば、いざ尋常に、姿を見せい!』と。」

 「武家の将来、か。高時様は、外れではなかったな。」

 「は?」

 「何でもない。」

 変な人間には、当たりと外れがある。大体ははずれで、それこそ守邦様などひどいものだ。高時様も、武芸はしないしできないし、北条家より自分が大事だと抜かすし、外れかと信じていたが、どうも、私ごときが判断できる器ではなかったらしい。

 「すぐに行こう。顕高!」

 「は、ついてまいりま」

 「ならぬ!」

 「し、しかし、その場で父上を殺そうとするやも…」

 「その時は、石にかじりついても生き延びよ!」 

 これだから、近頃の若者は。私のように苦労していないから、すぐ命を捨てたがる。


                    ー*ー

1320年4月7日、東勝寺南門

 塹壕にかけられた臨時の板橋を超え、馬上で高時は、安達軍のほうを見つめていた。

 安達軍も包囲を解くことはないが、南門のあたりから離れたことで交渉の意思を見せていた。

 「高時、大丈夫、なんだよね?」 

 「一応、安全策はある。」

 「危なくなったら塹壕に転がり込む、とか?」

 「それだけ。賭けるしかないけど、まあ信じてもらうしかないかな。」

 「おけ、信じるよ。」

 人馬の塊の中から、ひときわ豪奢な馬と鎧兜の人物が、進み出てきた。

 「お出ましだ。」

 「一人だけ?囮とかじゃない?」

 「だったらむしろ、疑われないように従者の一人や二人、付けるだろうさ。向こうだって鎌倉幕府執権が、ひ弱な従者一人だけと最前線で交渉に来ていることを信じられないだろうし。」

 安達時顕もまた、将が連れる従者が一人だけであるのには首をかしげたが、将のシルエットが高時のそれであると気づいて、深く納得の息を吐いた。

 そうして二人と一人は、静まり返った戦場の中央で、向かい合った。


                    ー*ー

 「こうして向き合うと、大人になられましたなあ。」

 「…まだそんな年じゃないって。それより、答え合わせを、頼める?」

 「それがしが何を思ってここに来たのか、ですな。...受けて立とうぞ。」

 時顕は、明らかに、楽しそうな顔をしていた。

 こいつおそらく、自分の命を賭けるつもりがない。いやむしろ、捨てた気でいる。だったらこっちも、隠し事はナシだろう。

 「ー安達時顕という人物については、いくつか、トキから聞いてる。霜月の乱で北条貞時と平頼綱

に滅ぼされた安達一族の生き残りで、一から安達家を復興させた男だ、って。だから、『一人の人間である以前に北条家の棟梁』だっていう教えは、『一人の人間である以前に安達家の棟梁』っていう、生き方そのものなんじゃないかと、思ってきた。」

 「ほう?それがどうつながるのですかな?」

 「疲れた。」

 「まさか。」

 「いや、疲れたんじゃないのか?生きることに。だから、安達家棟梁としての最後の仕事を果たしに来た。」

 「なるほど、最後の仕事とは?」

 安達時顕は自分の後見で、武士としての自分の先生でもあった。

 -これが、最後の授業なのかもしれない。

 「もし安達が勝っても、これ以上兵力を損耗すれば、得宗家も安達家も弱ってしまう。今津軽にいる赤橋の本隊が登子のために戻ってきたとき、あるいは足利みたいなほかの御家人、京の朝廷が歯向かってきたら、安達家は消滅しかねない。

 一方で安達が負けたら、今度も追手から逃げ延びて安達家を再建できる保証はない。

 だから、交渉しようと考えた。

 -自分の首と引き換えに、安達家を残すために。」

 「根拠は?」

 神仏をはじめ何でもかんでも根拠なく認めるこの時代、根拠を求めるとは、よほど認めたくないらしい。QEDが口癖の、幼なじみの彼氏を思い出すな。

 「塹壕や大砲で阻まれ、何の意味もない、そう気づいていながら、兵力がすりつぶされるのに任せた。あれは、降伏もやむを得ないほどと長崎に思わせる損害を作り出すため、そして、安達時顕が息子からも見放されるほどの愚将であったとの印象を残し、実子顕高が仇討ちをしなくても親不孝者との評判をつけられないように。本当に勝ちたいなら、兵糧攻めなりなんなりすればよかったんだから。」

 「それだけか?」

 「さあ?とにかく、そんな寝覚めの悪い結末は望んじゃいない。安達家をつぶすつもりもない。長崎はともかく。だから、降伏してはくれないか?」 

 「できませぬな。」

 「武芸がいまいちの執権に、箔をつけるため、か?」

 「そこまでわかっているのならば、それがしを、斬りなされ。」

 ーこの時点では、まだ決めかねていた。

 安達時顕は、安達家を存続させるためなら、たいていの無茶はするだろう。幕府が滅んだ時には嫡男の高景を逃がしていた(康家とともに幕府を再建しようと蜂起して死んだらしいけど)。自分に娘を嫁がせようとし、長崎円喜の娘を高景にめとらせたのも、再建間もない安達を盤石とするためだ。だから、顕高の主君になる人物に箔をつけておこうという発想にまで至った。

 惜しい、惜しすぎる。

 これだけ頭が回り、しかも自分を捨てられる、もちろん武勇にも優れる。そういう人間を切り捨てられるほど、幕府の未来は明るくない。

 「ごめん、だけど、そういう、自分を二の次にできる人間は、いらないんだ。」

 時顕は、突然何を言い出したのかという目で、こちらをうかがってきた。

 「自分としての自分より、組織の一員としての自分。

 自分としての自分より、他人を率い、率いられるものとしての自分。

 -自分のための自分より、自分の社会のための自分。

 そうやって己を捨てられるのは、素晴らしいことだとは思う。

 だけどダメなんだ、そんな人が、誰かを率いたら。」

 「なぜ?率いられる誰かのために働けるものが上に立つのだぞ?」

 「そういう人は、そのほかの誰かも、自分を捨てて他人のために働けると思いがちだから。

 世の中、だれもが自分のためより他人のために生きていける余裕があるわけでも、自分の幸せを他人の幸せのために捨てられるわけじゃない。君がいくら安達家のために命を捨てても、他の人が同じように安達家のために命を捨てられるとは限らない。

 だからー

 -自分のための自分、他人のための他人。

 自分としての自分、他人としての他人。

 誰かに幸せを上げるんじゃなく、誰かと幸せになれなくては、他人に誇れる一人の人間ではあれないから。」

 話がやや脱線しているのは、知っている。でもー

 -これが自分の、決意だ。

 登子が、兜の中で、目を見開いていた。

 「そうか。

 しかし、生き方というのはそう簡単には変えられぬ。自分より安達家を大切に生きてきたのだ。どうせなら、最後まで、そうさせてほしい。けしてこれまでのそれがしが、無駄ではなかった、そう思えるうちに、死なせてほしい。」

 しまった、自分のためにこそ生きてほしいという、すべての武士への願いが、時顕の考え方と時顕自身に引導を渡すことになってしまった。

 「だったら、今ここで、示そう。どっちが、自分たちのため生きるのと、自分以外のため生きるのと、どちらが正しいのか。」

 「決闘、しようとおっしゃるか。」

 「手加減なしだよ。」

 非情な決断だった。だけど、時顕が、どうしても、自分の踏み台として死にたいならば、実際それを阻むよりも、利用してしまったほうがいい。どうせ砲撃の中へ飛び込みかねない。

 「頼むよ。まさか、一人はみんなのためにって発想が嫌いだって伝えただけで、死ぬほど絶望されるとは思わなかった。」

 そうささやきかけると、登子は、刀の代わりに腰にさしてあるものを触り、ささやき返してきた。

 「みんなはみんなのために。人は皆、一人の人間。そういうこと、常識じゃないから、仕方ないよ。それでも、私は高時の隣にいるから。

 おけ!」

 馬から降りる。

 時顕も、馬から降りる。

 時顕が、刀を抜く。

 「時顕、悪いけど、君を倒すものは、北条高時じゃないんだ。」

 時顕が、走り出す。

 登子が、兜と鎧を脱ぎ捨てる。

 「と、登子様!?」

 驚いた時顕が、一瞬立ち止まりー

 タァン!

 小気味良い音が、響き渡った。

 -時顕は、真後ろに倒れた。

 こめかみから、血しぶきが噴き出す。

 「これが、貴方の...

 武家が戦える時代に死ねて、本当に良かった…」

 「...安達家は、必ず存続させる。もう安心して、眠ってくれ。」

 タァン!

 再び、登子の持つ鉄の筒=鉄砲から、鉛弾が吐き出された。

 

                    ー*ー

1320年4月7日、鎌倉、東勝寺南方

 「安達顕高が父の死を知り無謀な行動に出ないように、本陣に殴り込み、顕高を生きたまま確保するとともに北条康家と長崎円喜を捕縛せよ」という高時の命令は、即時に実行に移された。

 塹壕にはわずかに砲隊のみが残留し、長射程の弓矢や鉄砲を持った赤橋の鎌倉残留軍主力=新兵器実験部隊が、馬に飛び乗って駆け出す。

 さらには、三寸砲が、安達・長崎軍の行く先をコントロールせんと寺内から砲撃を繰り返している。

 その時、敵軍が大きく、うねった。

 まるで全く別の集団に変質してしまったか、そう感じるほどの雰囲気の変化に、突撃隊は首をひねりつつも、有象無象を無視して、弓兵のみ的確に射殺しながら、敵本陣へと殺到した。


                       ー*ー

1320年4月7日、鎌倉、東勝寺南方、北条康家本陣

 「康家様、動かないでいただけますかな。」

 突如として殺気を現した長崎円喜は、北条康家の首に刀を突き付けていた。

 周りで、長崎の兵が安達の兵を牽制する。             

 「円喜殿、何を!」

 安達顕高は、まだ少年の面影残る声で叫び、後ろの長崎兵を切り飛ばして円喜に迫った。

 ピシュッ!

 短剣が飛び、顕高の足首をとらえた。顕高が前のめりに倒れる。

 「斬れ。」

 「貴様、今さら寝返るのか!卑怯だぞ!」

 ザシュッ!

 顕高の首が、地面に転がった。

 

                       ー*ー

1320年4月7日、鎌倉、東勝寺南方、北条康家本陣

 「高時様、偽執権康家は、この通りとらえましたぞ。これにてわが嫡男高資の過ち、水に流してはくださいませぬか。」

 頭を下げる長崎円喜を、高時がただ、つまらなさそうに見下ろしていた。

 私たちの前にあるのは、縛られた北条康家と、まだ私よりちょっと上ぐらいだろう若武者ー安達顕高の首だった。

 -いよいよ敵の本陣に突入した突撃部隊が見たのは、両手を広げ「若者たちの過ちは正した」と胸を張る、円喜の姿だったという。

 あとからやってきた私と高時は、あまりにもあさましい円喜の姿に、もう何と言ったものやら分からなかった。

 -安達時顕は、安達家と顕高を託し、高時に箔をつけるため、私たちに殺される道を選んだ。しかるに円喜は、安達も康家も見捨て、自分だけ助かるために嫡男すら踏みにじった。

 「ー登子、もう、考えるのに疲れたよ。

 人って、戦じゃ簡単に殺されるんだね。」

 周りの目すら気にしない、高時の独白。

 「前に、トキが言ってたよ。スターリンの言葉だっけ、『人を一人殺せば殺人だが、1000人殺せばただの統計である』。結局、みんな、自分か自分の周りか、幸せであってほしかっただけだろうにね。」

 なんだか、悲しい言葉だった。

 「統計に、数字になんかしちゃいけない。この人たちは、みんな、生きてたのにね。だからー

 -全部無駄死ににするなんて、絶対に許さない。」

 高時が私から、鉄砲を奪い取る。そして、円喜に突き付けた。

 「時顕は、安達のために死ねて、武士の誇りを守って死ねる最後の機会だって、喜んで死んでいった。

 高資も高景も、決して認めはしないけど、何か志があって戦ってたはずだ。お互いの兵士も、武勇の名を立てたいなり、忠義を尽くしたいなり、いろいろあったはずだ。

 それを円喜、君は、全部、茶番に、数字にするつもりか?

 君がいくら今回の反乱を忘れてほしくても、君のために死んだ人々のことを、その悲鳴を、自分は絶対に忘れない。

 時顕は、最後に僕に、安達家を、顕高を、託したんだよ?」

 一野治としても、北条高時としても、これほどに怒っている彼を見たことがない。怒りを言葉に変えるたびにヒートアップする彼の怖さは、熟知していたはずなのに、そんな私でも、怖い。

 タアン!

 戦場に、銃声が響き渡りる。

 返り血が高時の体を派手に濡らした。


                    ー*ー

1320年4月19日、鎌倉、北条得宗家屋敷

 積み重ねられた命令書や安堵状。そういった類のものをゆっくりと消化しつつ、物思いにふけっていた。

 平成、令和の時代と違い、この時代は、血なまぐさいことは割と頻繁にある。だからとはいえ、自分が当事者になるのはやはり、耐えられない。

 血の匂いが、渦巻く砲煙が、ありありと思い出される。

 だけども、あの血に染まった光景から、逃げてはならない、そう、亡霊たちが訴えかけてくる。

 むろん、この状態が一種のPTSDなのは間違いない。だから、気を紛らわすように事務作業を増やしている。だけど肝心なことは全く進んじゃいないから、あまり意味はない。

 実のところ、長崎氏と安達氏という、武家でも有数の権勢を誇る家がほぼ滅んでしまったため、鎌倉の勢力図は流動的に混乱し、手が付けられなくなっていた。足利を中心にまとまる勢力、赤橋を中心とする勢力、自分高時のことを見直そうとする勢力、後醍醐天皇に接近する勢力...

 さらに、一度は康家に執権就任を命じた守邦親王も、どう対応したものか。彼の、これを理由に追放させてくれという思惑がわかってしまうだけに、癪である。

 「高時... 連れてきたよ。」

 ...登子とのことも、まだ決着していない。いくらなんでも余裕がなさ過ぎた。それに、登子だって、きっと戦でショックを受けている。

 -酷なことだけど、「二人で」っていうのは、そういうことだ。

 その登子は、頼んだとおり、あの少女を連れてきていた。

 「久しぶり、安達勾子あだちこうしさん。」

 いつぞや、時顕が、自分にとつがせようとした少女。時顕との決別の原因でもあった少女は、ほとんどが戦死した安達本家唯一の生き残りになってしまっていた。

 何か引っかかることがあるような気もするが、とにかく、北条高時の妻の名は歴史に残っていない(トキいわく、この時代の女性の名はほとんど残ってはいないらしい)。つまり、正史を気にすることなく処遇を決められる。

 勾子は、キッとこちらをにらみつけていた。

 「父上のことは、本当に申し訳なく思っている。見方を変えればだまし討ちだ。だから」

 ザンッ!

 「げっ」

 「何をするの!」

 すぐ後ろの壁に、クナイみたいな短剣が突き刺さっていた。登子があわてて勾子を取り押さえ、取っ組み合いになる。

 -大河ドラマで見たみたいに、御簾で隔てときゃよかったか?でも登子の顔が見えないからなぁ。

 「どうしたんだ!」

 ダッダッダと、騒ぎを聞きつけた傍付きの連中が走ってきた。あれ、義貞が紛れ込んでる。

 「義貞、どう思う、これ。」

 傍付きの連中は、義貞のぞんざいな言葉遣いと、それに何の注意もないことと、取っ組み合う、というか絡み合う二人の少女を見て、あっけにとられていた。

 「いや、見てないで止めろよ。」

 「体力に自信がない。」

 「…おい。

 それにしても、かたき討ちでもされかかったか?」

 「そう。全く、安達は恵まれてないと見える。まさか得宗が2代続けて討伐するなんてな。彼女が死ななかったことが救いみたいなもんか。」

 「何が救いなのよ!父上に、父上に顔向けできないじゃない!いっそこの場で殺してくれたほうが...」

 「その君の父上だぞ、勝ち目がないから自分の命と引き換えに安達家を存続させるように言ったのは。」

 「嘘!」

 「嘘じゃない。」

 「でも、情けをかけられるぐらいならっ!」

 「それじゃあ時顕は、なんのために死んだのかわからなくなる!」

 「う、そ、それは…!」

 どうしても、この娘には、幸福な未来が待っていてほしい。どうしてもそれを望まないなら、こっちから仕掛けるしかない。しかし、どうしたものか。

 その時、電光のように、あるひらめきが走った。いや、言葉遊びに過ぎなかったのかもしれないが。

 「義貞、正直安達との因縁は簡単には消えないと思う。こちらとしても気まずい。だから、勾子は新田に任す。家族のように思って、大事にしてくれ。」

 「はい?俺も男だぜ、いいのか?」

 「時顕に、たーたーらーれーるーなーよー」

 「冗談だ。任せろ。」

 「ああそれと、明日の昼、足利兄弟を呼んでくれるか?いよいよ手を打てる案件がある。」

 「了解。高時」

 「ん?」

 「気を取り直せよ。こんなもんじゃねえぞ。」

 「...ああ」

 全く、平和は素晴らしいよ。

 「え、え??」

 勾子は、まさか新田家に預けられるとは思ってもみなかったらしく、目を点にして驚いていた。 でも新田家は家格こそ低いけど(これから上げるし)物流拠点が領地で豊かなはずだから、辛い思いはしないだろう。

 「…どうして、勾子を、そのまま新しい安達家の仮当主にするとか、得宗家預かりにするとか、しなかったの?」

 そりゃ誰だって疑問に思う、というか安達から新田じゃ格下げだから、何かの処罰に見える。

 「新田義貞は、後に足利と戦わなくてはならなくなったときに、勾当内侍という女性にうつつをぬかして出陣が遅れ、南朝の敗北につながった。義貞の死後、内侍は出家したとか琵琶湖に身を投げたとか、そういう、源義経と静御前的な伝説があるんだ。同じ勾の字だし、もしかしたら縁起くらいは担げるかな、と。」

 「え、何の縁起?厄払い?」

 「うん、むしろ不吉かもとは思った。」 

 「ええ...まあいいや。それで、あの、例のさ、け、結婚の話... どうなるの?」

 「…あー...根回しとかボロボロだから、ちょっとねえ、それに守時も英時も帰ってきてないし。」

 「…もしかして、私がまだ14歳だから、躊躇してる?」

 「そりゃまあ。そもそも自分からして17歳だしね。いくらこの時代では遅いかも知れないぐらいでもね…」

 「でも、ぐずぐずしてたら、だれかがまた、ちょっかいを出してくるかも。だってもう私たち、結婚しててもおかしくない年の、誰もが結婚したい身の上だよね。」

 「「困ったねえ」」

 それから、ふと、気づいたことがあって、登子に笑いかけた。

 ほぼ同時に、登子も笑う。

 「「やっぱり楽しいね。」」

 -今は、これで、充分だ。


                    ー*ー

1320年4月20日、鎌倉、北条得宗家屋敷

 「足が落ち着かないな。」

 義貞が、足をブラブラさせながら言った。直義が、貧乏ゆすり(?)をして応える。仕方のないことだ、彼らは、椅子に座っていたのだから(日本において椅子が一般的なものとなるのは明治以降で、平安時代に少し出現した椅子文化もほぼ消滅している)。

 北条高時、赤橋登子、足利高氏・直義、新田義貞の5人は、わざわざ特注された椅子に腰かけ、これも特注の円卓を囲んでいた。

 「よく座っていられますね。」

 「座った感覚、経験を覚えてるからね。」

 「でも、他の人々は嫌がるだろ。」

 「それはまあ、登子との食卓のために作らせたわけだし…裏に引き出しが付けれたから便利なんで引っ張り出してきたわけで。」

 そういって机の裏の引き出しを引く高時を見ながら、男三人、のろけにあてられたような顔をした。

 「もともと、最初に登子に話した戦略は、こうなってたんだ。

 『一、火薬を手に入れること。そのために元から硝石を輸入すること。

 二、長崎円喜、高資、安達時顕といった、わいろばかり取るあくどい政治家を排除すること。

 三、足利尊氏、直義、新田義貞をどうにかし、後醍醐天皇の即位を阻止すること。

 四、悪党を取り締まる。

 五、北海道、沖縄を掌握する。

 六、元寇以来途絶えた貿易の復活。

 七、経済の立て直し。

 八、医療を発達させること。』

 このうち、一、二はほぼほぼクリア...完了した。後醍醐天皇、つまり今の陛下の即位阻止はしくじったけど、ここに君たちがいる。」

 自分たちのことが書かれてあるのを見て、さしもの義貞ですら何とも言えない言葉で表せない顔をした。

 「悪党については、これから手を付けないといけない。西日本のほうが多いわけだから、六波羅探題に、守時とかそういう、事情を知ってる人に行ってもらうのが正解かと思う。それをやらないと、経済もぐちゃぐちゃのままだし。医療は、とりあえず公衆衛生...ってもわからないと思うけど、そういう分野と、一日3食。それ以外はわからんから、禅僧みたいな知識ある人に、せっかく持ってる知識を無駄にしないように頼むしかない、というか、頼んだ。」

 「いろいろやってたんだ。で、この、北海道と沖縄って、どこだ?」

 直義が不思議そうに、首をひねった。

 「そう、まさにそのために直義を呼んだんだけど…まだ北海道も沖縄もないからなぁ」

 高時は今度は、引き出しから折りたたんだ日本地図を取り出す。

 「これが、我らの住む、日の本の国だよ。」

 高氏も直義も義貞も、その手書きの地図を見て、しばらくは呆然としていた。

 -戦において、敵の位置がわかるということは、相当なアドバンテージといわれている。奇襲でも防衛でも待ち伏せでも。そこで、最初から大まかな地形がわかっていれば、どれほど有利か。仮にも戦にかかわるものならば、一度は完璧な地図というものを夢見るに決まっていた。それが、目の前に、ある。

 「この通り、鎌倉は、関東平野と呼ばれる、西側を山で遮られた、平たい大地の南の端にある。北には奥州、西には東海道を超え畿内さらに四国、九州地方に至る。そして、奥州より北には、蝦夷えぞ地と今呼ばれている、後に北海道と呼ばれることになる、広大な島が広がっている。蝦夷えみしと呼んでいる人たちは、アイヌ人といって、元に攻め込んだり、交易したりしてる、先住の民たちだ。」

 「討伐するのか?」

 高時と登子が、おっかない時代だと改めてうなずきあう。

 「「しないよ!」」

 「「「え?」」」

 「驚かないの。高時、直義に、アイヌとの交渉のために北海道まで行ってほしいんでしょ?」

 「ああ、安東氏討伐のせいで奥州は混乱してるはずだから、源義家以来の源氏への信頼を頼りにできる人たちに行ってもらいたくて。高氏にはほかに、義貞がキレそうなことを頼むかもしれないし、義貞には時顕の忘れ形見を託しちゃったし。」

 「俺が怒りそうってのが気になるが… 大丈夫なのか?まだ15才だろ?」

 「未来では14歳でも世界を救ったりしてるよ。」

 「それはアニメとかでの話だよね。」

 「あにめ?なんですそれ。」

 「ごめん、伝わらないか。とにかく、何とかなる!大丈夫、向こうが見るのは、人じゃなくて立場だから。」

 高時が、悲哀に満ちた声で言うと、皆、さすがに押し黙った。

 「高時、冗談にしてもきついよ?」

 「登子、ごめん。」

 「とにかく、頼れる人が意外に少ないんだ。だから、頼めるかな?これは、あと700年続くアイヌ人への差別を断ち切る、とても重要な仕事だ。」

 

                    ー*ー

1320年7月20日、鎌倉、北条得宗家屋敷

 「直義殿を蝦夷に送られたようですね。戻ってくる途中に会いましたよ。」

 とりあえず一時的に英時に十三湊を任せ、事態が落ち着いたのを見て津軽から帰還後、守時が最初に口にした言葉はそれだった。

 「妹のことよりそっちが優先なのか?」

 「いえ、登子とはうまくいかざるを得ないだろうとは思っていたので。」

 「…結構ぎりぎりだったと思うんだけど。」

 「それに、もう登子からうんざりするほど聞いたので。」

 「…ああ、そう」

 会う人会う人似たようなことを言うし、登子、ヤンデレ化するかもしれん。

 「英時と直義って、会ったことないよね、津軽でうまくやっていけると思う?」

 「英時が誰かと仲良くできないなんて、考えられませんよ。」

 「それもそうだ。」

 そうやって、近況や今後の話、十三湊と鎌倉での銃砲の成果などについてしばし話し合っていた時、その報告は、前触れなく訪れた。

 「高時様!大変でございます!」

 「どうした?」

 「ただ今、京より使いが参りまして、『六波羅探題北方、従五位上、越後守、北条時敦ほうじょうときあつ様が病死なされ、それに伴い、悪党楠木正成らが京へ侵入、六波羅の武士はすべて討ち死にした』と、そう、申し上げました!」


                   ー*ー

1320年7月8日、平安京

 それは、全く突然のことだった。

 西日本の軍事、公安、治安の大部分を指揮する六波羅探題のリーダーにして、京における執権の代理人、北条時敦が流行り病から立ち上がることなく病死し、朝廷と幕府へ使いを出した六波羅探題だが、その使いが時敦の死を奏上するや否や、御簾の外にいた護良親王が飛び出し、そのままわずかな朝廷の軍事貴族とともに駆け出し、悲しみに包まれる六波羅を襲撃。

 神聖な弔いの空気を汚し、幕府方の武士を殺戮して回る朝廷軍に対し、臨時に北方の下位組織である六波羅探題南方が指揮権を発動。

 六波羅軍は京の郊外、山科の地で体勢を立て直し、京を制圧せんとしたが、後方から楠木正成率いる3000の畿内・美濃軍が突撃。

 南方探題の北条(大仏おさらぎ)維貞の戦死をもって幕府軍は総崩れを起こし、京から幕府軍は一掃されてしまった。

 

                   ー*ー

1320年7月9日、平安京

 「さすがですな護良殿下。」

 「うるさいわなまぐさ坊主。」

 この文観がいなければ、立川流の者をスパイや一般兵として使うことはできず、蜂起は失敗しただろう。そうわかっていても、文観がいかなる者か気づいている以上、毒づかないなどさすがの俺の理性を持っても不可能だ。

 そもそもこいつ、なぜ俺を殺さない?真実に気付いていると知りながら放置しているのは、いまだこいつの手のひらの中だからか?

 -略奪に遭遇した六波羅周辺は、すっかり焼け落ち、京のどこからでもその煙が見える。昨日など愚民の泣き叫ぶ声も多く聞こえたが、ただ生命活動を停止しただけのこと、何を嘆くことがあるのだ。

 -時乃さえ、時乃さえ手に入れば、あとはもう、滅んだってかまわない。

 すでに、心が壊れてしまっているのは、自覚していた。それだけ、「北条高時と赤橋登子が将来を誓い合い、あまつさえともに戦い絆を示した」という報告が、衝撃的だったのだろう。

 -首でも洗っとけ、一野治。この世に「おさむ」は、二人もいらん。

 -今はお世辞でも言ってろ、そのうちĪQの足りなさを突き付けてやる、俺を8年も早く生まれさせやがって。 

 すみません、まだ戦います。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ