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(1317~1320)さあ、戦/恋/理性/の時間だ。始めるとしよう。

とうとう、第一章完結に向け、事態が動き始めます。高時と登子は、過去、そして未来をいかに乗り越えるのか?

(1317から1320編:そしてまた、彼らは動き出す。しかし事態は未来人の予想を超える方向へ。新たな歴史、そして恋は、どこへ向かうのか?)

 「おや、何を話しているのかな?」

 「あ、百松寺くん、妹さんは?」

 「ここよ。」

 「ちょうどよかった。君たちのような非科学的な見地からも意見をいただきたい。-タイムスリップに大別される現象について、1000年続く陰陽師の末裔として、どう思う?」

 「因果律が崩壊している。まあそんな見方もあるね。そうすると一見不可能だ。しかし因果律とは何だい?」

 「過去で起きたことが未来に影響する。逆はあり得ない。

 必ず原因をもとに結果が導かれる。逆はあり得ない。

 それが、時の因果律だ。」

 「QED。そういいたくなるのもわかる。けれど、因果律の証明はなしえない。

 原因、結果。

 過去、未来。

 時間、空間。

 何も世界のすべてが、ホモ・サピエンスに理解できる概念のみで組み立てられている必要などないだろうさ。」

 「でも、タイムスリップが人間に可能なら、未来の人間は過去に飛ぼうとするはずよ。そんな痕跡、歴史にはないわ。」

 「本当に、そうだと思うの?

 ふふっ。」 

 -結局、一言も口をはさめなかった。


                    ー*ー

 あれから、現在でも未来でも、苦境が続いていた。

 再び気を失った自分は、一週間以上寝込んでいたらしい。ずっとうなされていた自分を畏れあるいは気味悪がり、だれも日数を数えはしなかった。

 その間に、事態は悪化した。

 登子は結局一度も見まいに来なかったらしい。

 時乃はあれから、急速に橋本理と仲良くなったようだ。

 そして、全く、一野治は、悔しがる様子がない。

 高時を消耗させたのは、時乃/登子に捨てられたという事実、そして同時に、自分が不幸になることで、700年後の自分も含めたすべての未来人が幸せになっているように見えることであった。

 

                    ー*ー

1317年8月13日、上野国新田郡新田荘、新田氏本家屋敷

 「直義殿、わざわざ我が領地まで、どうした?まあ尋ねる必要もないだろうが。」

 新田義貞が尋ねると、足利直義は背筋をピッと伸ばした。

 実のところ、いくら度胸があっても、直義はまだ10歳。6歳上の義貞とは、「少年」と「青年」の差がある。二人で向き合って話すとなると、用件への覚悟があってなお、緊張を強いられた。

 「高時様と、登子様のことです。」

 「あの与太話を、信じるのか?」

 「いえ、俺は、あの話は、信じることに決めました。」

 「俺たちの将来を知っているとかいう話だぞ。いくら北条とはいえ神仏ではあるまい。」

 「いえ、あれはーあの『目』は、神仏より恐ろしいものです。」

 「おじけづいたか、足利?」

 「はい...」

 義貞は心底驚いていた。

 足利と新田は、ともに源氏であり、お互いに交流もある。直義が生まれた時から知っている身としては、自分に似て熱い男である直義が、負けを認め畏れを認めるなどありえないことであった。

 「しかしな、俺はその『目』、とやらを見ていない。ついでに、足利にも、正直かなり思うところがある。どう信じればいい?」

 「知りません。」

 「知らん!?それでは俺はどうすりゃいい?」

 「逆にこう考えましょう。もし北条に敵対した場合、本当に高時様が未来を知っているならば、こちらの手の内も筒抜け、対策も取られているに違いない。勝てますか?」

 「なるほど、しかし単なるはったりだとしても、北条について損することはない。それならば、北条についたほうがよい、な。」

 「ただ、北条と一蓮托生だと決めるならば、今の高時様の弱りぶりは...」

 執権は激務である。歴代、早死にすることが多い。先代の得宗家当主貞時は自暴自棄のあまり仕事を投げ出し酒浸りになってしまった。なのに早々こんなに弱っていては頼りない。

 「登子様に幕府を託そうというものはいないでしょう。政子様の生まれ変わりではなかったのですから。であれば、高時様には早く立ち直っていただきたい。」

 「それに、今もわけのわからないうわごとを言うそうだ。この状態が続けば、長崎や安達にバレるのも時間の問題だぞ。」

 自分たちの未来も、手の内も知っている人間がいる。そう知ったなら、人は協力するか先手を打つかどちらかを選ぼうとする。とりわけ、北条と赤橋の双方に勝利することなど想像もつかない足利、新田と異なり、内管領の長崎高資、御家人第二位の安達時顕ならば、寝首を掻くこともたやすい。

 「弟君の康家様を執権とする動きも出てくるでしょうね。高時様とは現在全くかかわりがないそうですが。」

 「しっかりしていただかねば。とはいえ、あの発狂ぶり。狐につかれたのかと思った。どうも誰かが女を取られたようだが...」

 「おそらくそれは、未来の高時様でしょう。そしてお相手は、未来の登子様。」

 「お手上げだぞ、それは。」

 「俺にはまだ、女子を好きになるということが、わかりませぬ。もっとも年を取られているのは義貞殿。高時様を、助けてはくれませぬか。」

 「いやだぞそんなの。手討ちにされるかもわからぬ。」


                    ー*ー

1317年8月26日、鎌倉、北条得宗家屋敷

 全く、なんでこんなわけのわからぬ話に割り込まねばならぬのだ。

 「新田義貞殿がお見えです!」

 「通せ。それから、人払いをせよ。」

 「は!」

 年上で体力も武芸も劣る俺と、護衛なしで話をしようということは、信用されてはいるらしい。

 -あまりうれしくはない。

 「義貞...この前は、話を途中にしてすまなかったな。」

 「落ち込まれていらっしゃいますな。」

 「ああ...それと、敬語はいらない。『粗野なところがあるが、義理人情忠義に厚い悲劇の男』、そういう印象だから、丁寧にされると困る。」

 冗談が言えるなら、大したことはないのだろうか?まあ敬語を使うなというなら、そっちのほうが楽でいい。

 「とにかく、気を取り直せ。また新しい出会いがある。」

 「義貞」

 その時、高時様が、俺を見た。

 目と目が合う。

 深い、目だった。まるで、ここではないどこかにあるかのような。

 唐突に、直義が高時様を信じたわけが、わかった。わかってしまった。

 ーこれは、どうしようもない。この、俺を見ながら、俺ではない何かを見ている眼は。

 「今ね、トキが言うんだよ。『橋本くん、一緒に帰ろ』って。それ、半月前まで僕の役目だったんだよ。

 それを聞いて、一野治は、なんて言ったと思う?

 ...『よかったじゃん、いい相手が見つかって。』だよ。

 …どうしようもないよね。」

 「高時...」

 それはー悲しいことだ、あらゆる意味で。

 「高時、それはー

 -未来のお前が、その女子を、それだけ大事に、妹のように思っているということではないか?」

 未来の高時様が、高時様と全く同じ人物ではないのかもしれない。その思いは、あの発狂の日からずっとあった。何せ、全く同じ人間を「情けない」となじるなど尋常なことではない。全く同じ人間ならば自分の判断に失望するなどそうそうないことだからだ。

 「それは、知ってる。でも、それを認めたら、トキへの気持ちは、横恋慕になる。」

 「お前...」

 「僕は、一野治と全く同じ経験を持ってる。だけど育ち方が同じだから考え方が酷似していても、同じ人間じゃあ、ない。だから、治の幼なじみである時乃に心惹かれることは、横恋慕なんだ。まして僕は、時乃の経験を感じているというだけで、登子に向き合ってこなかった。」

 相手に向き合わないのは、とても失礼でよくないことだ。それでも、俺は思う。

 「そいつは登子も一緒だと思うぞ。何せ、今思い返せば、時々うっかり「治くん」って呼んでたしな、あれ、未来のお前の名前だろ。」

 「そうか?それでも登子に失望されてしまったぞ。」

 「その程度の縁か?」

 「縁?」

 「その程度で失望されるような浅い関わりか?

 未来を変える前に、まずお前が変わらないとどうにもならんぞ。お前がお前を信じられないなら、せめて一番お前のことを知っている人間を信じてみろ。」

 

                  ー*ー

1317年8月28日、鎌倉、赤橋家屋敷

 あの日、私は高時を放り出して、みっともなく逃げた。本当は、フォローしないといけないはずだったのに。

 予想通りだった、ほかの男の子と付き合うのは。時乃ちゃんは、治くんのことが好きではない。感情まで共有しているわけじゃなくて、一方的に経験だけをのぞき見させられているだけの11歳の私でも、もう、気づいてしまっていた。

 -「アレ」は、もっと醜い感情だ。

 もちろん知っている。その醜さは、私、赤橋登子とは別人格だって。

 でも、高時がそれを知っていても感情がついていけるか、あるいは時乃ちゃんに裏切られたショックで私を嫌わないか、それは全く別の問題だ。現に、高時は、私と時乃ちゃんを重ねて、私が同じように振ったと思って発狂した。

 違うのに。

 私は、高時を嫌いなんかじゃないのに。

 ー振られるべきなのは、私なのに。

 「登子、何か高時様とあったのか?我々が聞いておくが。」

 「高時様がいらっしゃる前に聞いときゃ、助けられるぞ。もうすぐらしいからな。」

 -もしかしたら、兄二人までも、失うかもしれない。そうわかっていたけど、ためらいがちに開いた口を、閉じることができなかった。

 「つまり、こういうことか。お前や高時様は未来のとある幼なじみ二人と常に同じことを感じている。女子のほうが男を振ったから、お前をその女子と同一視していた高時様は発狂なされ気絶した。」

 「んで、お前は高時様が好きだが、その時乃って女子の気持ちを説明すべきだと思っていて、説明したら嫌われると、そう思い込んでる、と。

 大したことないじゃないか。『初めて』こそとにかく、三度四度の離縁なんて武家公家以外にはよくあるぜ。貞節をそんなに大事にしてほしいならまだしも」

 「あのねえ!700年後はそんなに男女が、その、えーと… することにそんなに緩くないの!」

 「道理で、嫁入りと子作りの作法を教わりたがらなかったのか。」

 あれはホントに恥ずかしかった。だって同じころに小学校の女の子向け性教育受けるのに、全く逆のヤバめの「男を篭絡する夜の作法」とか教えるんだもん。

 「それに、時乃ちゃんは、治くんのこと、結婚するような相手とは全く思ってないもん。」

 「で、お前は?」

 「え?」

 「お前は高時様が好きなのか、そう聞いてるんだよ。」

 「それは、うん、もちろん。だけど...」

 「ならいいじゃないか。」

 「でも、嫌われるし...いつまでも気づかないとは思えないし…」

 「ならば無理に側室にねじ込むさ。何せ我らは赤橋だぞ?きちんと『愛する』ようにも頼む。それなら徐々に心を開いていってくれるはずさ。しょせん別の人間だろ?」

 「英時兄上…そこまでして」

 「兄上が、な」

 「「おい」」

 「それと、どうやらうっかり、来訪を告げ損ねたようだよ。」

 「「え」」

 

                    ー*ー

 (「橋本くん、おいしい?」)

 (「すごいな。時乃は料理もプロ並みか。」)

 自分は知っている。その手料理がうまいのは、5つの時から味見をさせられた幼なじみがいるからだと。

 (「この前借りた同位体年代測定の本、面白かったよ。」)

 (「こちらこそ、中世の鉱物資源の本は参考になった。」)

 自分は知っている。時乃の歴史話を聞くのは、ずっと幼なじみの役目だったと。

 もはや、いくら隣にいても、距離は遥かなのかもしれない。

 意外にも、橋本が嫌がるのも気にせず、トキは自分を近くに置いていた。ただそれは、特段慰めにならない。

 (「にしてもきれいな髪だな。」)

 (「橋本くんも、素敵だよ!」)

 豊かに揺れる黒髪を、美しいと思っても、一野治は褒めてこなかった。そういうことなのだろう、橋本理が「素敵」なのは。

 「それに、時乃ちゃんは、治くんのこと、結婚するような相手とは全く思ってないもん。」

 -ああ、そうかい。

 「お前は高時様が好きなのか、そう聞いてるんだよ。」

 これ以上は、もう...

 「それは、うん、もちろん。だけど...」

 は?

 ちょっと待て。

 だって、自分が登子とトキを重ねるように、登子もそうじゃないのか?

 「でも、嫌われるし...いつまでも気づかないとは思えないし…」

 トキを?それは、でも...

 その時、すべてのピースがすべてかっちりはまった。 

 「それと、どうやらうっかり、来訪を告げ損ねたようだよ。

  どう思われます?この娘は、足利登子でも石垣時乃でもない、我々の妹、赤橋登子ですよ?」

 「た、高時...」

 してきたことは、もうわかった。

 これから、すべきことも。

 「登子、お互いさま、だよね。」

 「え、それは...」

 「自分は、『一野治』ではないんだ。君が『石垣時乃』でないように。」

 「それはそうだけど...」

 「もちろん、ゴチャゴチャして整理はつかない。振られてからも、トキの姿がちらついてる。きっと一生、離れちゃくれない。」

 「ごめんなさい、それは...」

 「だからさ、待っててくれないかな?」

 「え...」

 「すべてが落ち着くまで、待っててくれないかな?」

 「でも、私は...そんな、高時にふさわしい人間じゃ…」

 きっと、事情があるんだろう。、それでも。

 「どんな登子も受け入れられるようになるまで、待っててくれないかな?」

 「…いいんだよね?待ってて。」

 「自分も、期待して、いいんだよね?」

 右手を差し出す。

 登子の、自分よりちっちゃな右手の温かさが伝わってきた。

 「ここから、また、やり直せるって。」

 「おけ!」


                     ー*ー

1318年1月1日、鎌倉、北条得宗家屋敷

 「高時」

 「様はいらないよ。」

 「そういわれると、なるほど未来の価値観ですね。」

 「それで?新年のお祝いはいらないよ、高氏。」

 「すみません、私は...」

 「知ってる。」

 「え...」

 「そっちが、正しい歴史だったんだ。謝らないといけないのはむしろこちらだ。」

 「それでも、けじめをつけさせてください。」

 足利高氏は、そういって、一枚の紙を差し出した。

 高時は、その紙を手にとって、眉をひそめた。

 「まだ、登子様のことをあきらめきれない私のための、誓詞です。」

 〈今後、足利高氏は、北条の人間をめとることはないと誓う〉

 そう、その紙には記され、鶴岡八幡にて神仏及び頼朝公に誓われたことが証明されていた。

 「すでに評定衆及び引き付け一同、および北条の分家棟梁全員に送り申し上げました。これならご安心召され...」

 その瞬間、高時は背筋に寒気を感じた。

 「ああ、大丈夫、だと、思う、けど…」

 「…? 何か気にかかることでも?」

 「いや、なんでもない...」


                      ー*ー

 「と、いうわけなんだけど。」

 「え」

 「どうしたの?」

 高時、やっぱり、まだまだショックから立ち直ってない?

 「とにかく、すぐに送り先に、外部に漏らさないように頼まないと!」

 私は、海老を差し出した箸を止めて言った。

 「万が一、ほかに私たちみたいな人がいたら、幕府にタイムトラベラーがいるってバレちゃう!」

 「あ!」

 高時は、叫んで駆け出した。向こうから、私を送ってきた兄上たちのびっくりする声が聞こえる。

 すぐに戻ってきた。

 「一応、送り先には直接使いを、それから足利にも。これで一応。...まあもし幕府内にいたらアウトだけど。」

 「それならもうダメだよ。ヘンなことばっかりしてるし。」

 まあセーラー服やおせち料理を「発明」してる私は、上下水道と街道の舗装ぐらいしか命じてない高時より悪目立ちしてるけど。

 「それで...まだ、立ち直れてないの?」

 私がそう言うと、高時は薄く微笑んだ。

 「今ねー

 -トキが、彼氏に手作りの弁当を『あーん』してんだ。」

 「それは...

  でも、私は高時が好きだよ。」

 「ありがと。結局そういうことなんだよ。」

 

                    ー*ー

1318年4月30日、平安京、太政官庁

 俺は、右手に握った紙切れを握りつぶした。

 「どうしたのだ?このめでたき日に、なんぞ悪しき知らせでもあったか?」

 「いえ、私的なことです。」

 「ほう、御落胤など作らぬようにするのだぞ。」

 「まさか。」

 全く逆です、と言うと、父上は、なんだそれと首を傾げた。

 鎌倉からの報告には、一枚の書状が添えられていた。

 〈今後、足利高氏は、北条の人間をめとることはないと誓う〉

 それはつまり、足利高氏が赤橋登子をめとらないという意味。

 そして、その約束を強制できる人間は、そう多くない。

 結論。北条高時は、いや、一野治は、俺の時乃を、この時代でも、かすめ取っている。

 それに、俺の彼女は言った。(「足利尊氏も、直義も、北条高時を倒して『高』の字を外した名前なんだよ。」)と。彼女は唯一、俺の考え以外で、信じられるものなのだ。

 一方で、わざわざ「直義」の名を、本来より5年は早く名乗らせ、元服させた。それは、命名する人ー北条高時が、自分の文字より、今は誰も知らないはずの将来の彼の名を優先させただけの知識と理由を保有するという意味である。

 ーQED。北条高時がアイツなのは、間違いない。そして奴がマジで歴史を変えるつもりなのも。

 ならば、俺は、歴史を正してやろう。

 俺が思う「正しさ」へ。

 俺は、御所に作られた発電機付き水車を電球に付けて、後醍醐天皇陛下に挨拶した。

 「改めて、御即位おめでとうございます。」

 -これで、全てのご準備が整いましたね。

 -幕府をつぶす、準備が。

 待ってろ、時乃。必ず、取り返しに行ってやる。

 フィラメントが焼き切れる音で、光は消えた。

 

                    ー*ー

1318年10月1日、津軽、十三湊

 街中が、喧騒に包まれていた。

 「うおー!」

 「全軍、いったん退け!」

 馬の群れが、町や山を縫い、四方へ散っていく。

 「又太郎め、朝っぱらから奇襲しよって、卑怯な奴!」

 安東五郎三郎季久は、山上から街を見下ろして、舌打ちした。

 「高時様は、儂をこそ安東を率いるべきと裁定なされたのに!」

 「しかしどうなさいます?十三湊がなければ、蝦夷との交易ができませんぞ。」

 「蝦夷管領の地位を、取り戻さねばならんのだろうな。」

 「では、従兄君を、討たれるおつもりで?」

 「いや、今ならまだ、御内人の私闘、それも向こうの非でけりがつく。まず、鎌倉に指示を仰ごう。」


                    ー*ー

1318年11月2日、鎌倉、長崎家屋敷

 「ことの顛末は了解し申した。高時様の御沙汰を無視するとは、又太郎季長、武士にあるまじきやつ」

 「ならば...」

 「だが、安東家は北条から年貢を納める代官としての義務を、はたしていないのではないか?」 

 長崎高資は、そう言って、下卑た笑いを浮かべた。

 「それならば、すぐにでもお納め申し上げます。」

 「あい分かった。高時様に取り次いでおこう。」


                    ー*ー

1318年11月4日、鎌倉、長崎家屋敷

 「仔細了解し申した。嫡流の又太郎殿を差し置かれ、五郎三郎殿を蝦夷管領となさった高時様の御沙汰には、それがしも不満を抱いております。」

 「でしたら...」

 「しかし、高時様の御沙汰に御意見申し上げなければならないのは事実。

 ...わかっておられますかな?」

 「は、すぐに準備させ申し上げます。」


                    ー*ー

1319年2月20日、鎌倉、北条得宗家屋敷

 「高時!貴様、わいろを取ったそうじゃないか!」

 「はい?」

 いきなり怒鳴り込んできた義貞の第一声に、高時は目を丸くした。

 「しらばっくれるな!お前が両方からわいろを取って、奥州で戦になっていると聞いたぞ!」

 「何を、言...っ...て…」

 「両方に、蝦夷管領に任命する下地状を出したから、十三湊が壊滅する大戦になったと…」

 高時はもはや、顔面蒼白だった。

 (「ノート、貸してくれない?」)

 (「...北条氏の求心力が落ちた理由、知ってる?」)

 (「え...悪党、を抑えきれなかった、とか?」)

 (「そうなんだけど...もう一つ、『安東氏の乱』っていう、家来の争いを止められなくて、ほかの御家人に助けを求めたからだよ。

 だから、なんでもまずは自分で解決しようとする努力を見せなきゃ。

 でもまあ今回は...。

 はい、ノート。」)

 安東氏の乱は、1318年以前から1326年まで続く、御内人の内乱である。1264年より、元による攻撃を受けた樺太アイヌが南下。1268年に、津軽及び北海道南端を治める安東氏の当主を殺害する。その後安東氏は分裂、ついに、安東又太郎季長と安東五郎三郎季久との衝突に至る。両者は北条得宗家の代官であったため鎌倉に指示を仰ぐも、長崎高資が双方からわいろを取り、蝦夷管領の地位を認めたためかえって争いは激化、1326年、北条は別の御家人の協力のもと季長を捕縛するも、紛争は続き、無能をさらした北条は求心力を喪失。幕府滅亡の遠因になる。

 ーというのは、「正史」だ。

 高時は未来で、石垣時乃から事の顛末を聞いていた。だから、執権就任後すぐ、五郎三郎季久のほうに蝦夷管領の任命状を出したはずだ。もう安東氏の紛争は終わったこと、そう考えてきたし、ずっと登子関係で落ち込んでいたりそれで雑務がたまったりで、後醍醐天皇の即位を阻めなかったことに気を取られていた。

 「そんな、季長、まだあきらめてなかったのか…!」

 「…知らねえのか?」

 「いや、すべて分かった。

 ...これで、長崎を排除する覚悟もできたし。」

 「おう、なるほどな。アイツらの独断か。

 で、いつやるんだ?」

 「安藤氏の件が紛糾し次第、内管領を空席にする。そして、今赤橋のところで作らせてる新兵器がそろってから、実力を以て鎌倉から追放する。」

 「その新兵器とやらがそろうのは、いつだ?」

 「来年春。」

 「じゃあそれまで、穴掘りしてろと。」

 「ああ。足利にもそう頼んでくれ。」

 「了解。赤橋には?」

 「こっちから出向くよ。蝦夷の、季長の討伐を夏か秋にはやらなくちゃだし。」

 「それより、ほんとに知らなかったのか?未来ではどうなってんだ?」

 「あと3年後、同じ事態に陥る。だから真っ先に、季久へ下知状を出した。なのに、かえって早くなってる。」

 「刺激したから、か?」

 「そうだといい、けど…」

 

                    ー*ー

 人の口に戸は立てられぬ。

 安東氏の内乱の話は、一週間もしないうちに鎌倉中を駆け巡っていた。ただ、元ネタから約一か月遅れで。

 何しろ、事件は遠く津軽で起きている。致命的なタイムラグがあった。新幹線なんぞこの時代にはない。

 「つまり何を怖がってんの?」

 「往復で2か月の間に、現地の状況が変わる、例えばどっちかが戦死するとかしたら、目も当てられない。」

 「あー… でもそもそも、アイヌとの講和って、最初からの方針だよね?北海道と沖縄へ進出するのも。」

 「もっと言うと、この時代ならシベリア、というかロシアのアジア部分は切り取り次第みたいだし。今後資源が必要になるなら、大陸への足がかりがあったほうがいいかもしれない。ならアイヌとかの先住民の国家…国家?に頼るのは必須。だから、搾取するしか能のない今の幕府の北海道政策なんてとっとと消し去らないといけない。」

 「700年後まで続くアイヌ弾圧の流れも、ここで断ち切りたい、そうだよね?優しいよね、やっぱり。」

 というより、為政者としての倫理観、民へのいたわりが根本的にかけてるこの時代がおかしいんだと思うけど。

  「とにかく、そのあてはある。最後には安東氏は両方クビなんだから、争うだけ無駄なんだけども…」

 「そう言っちゃたらアウトだよね。」

 それはそうだ。それ以前に、自分の今の計画には、重大な欠陥がある。

 「とにかく、臨時には英時に任せたい。それで、新兵器の実戦テストも兼ねて。」

 「伝えとく。それと、箱根要塞は来年夏には完成するって。」

 「意外にかかるなぁ。ならそれまでは、朝廷と仲良くしておかないといけないんだけど…」

 「何か心配なことがあるの?一緒に抱え込んであげるって、言ったよね?」

 「…歴史が、進んでいるように思えるんだ。」

 「歴史が?だって火薬も上下水道も服も、どんどん未来化させてるし、蒸気機関が完成したら、一気に産業革命だよ?歴史が進むのは当たり前じゃあ...」

 「違う。本来より3年早く、わいろ騒動になった。何者かの力が働かず、季長が勝手に反乱したなら、幕府への反逆になる可能性を分かって開戦するほどの反骨精神の持ち主ってことになるけど。だったらわいろを贈ってまで幕府に承認を頼んだのは?まさかそんな考えが甘いやつ?」

 「ほかに、未来を知って、幕府を傾かせようとしている人物がいるかもってこと?」

 「それも、季長が後ろ盾に充分だと考える勢力、つまり、大寺院か、朝廷か、有力御家人。」


                   ー*ー

 1319年2月28日、鎌倉、北条得宗家屋敷

 「高資、もう一度聞く。紛争の仲介を求める両安東氏からわいろを取り、私に告げず、双方へ蝦夷管領の下知状を私の名で出した。本当か?」

 「いえ、そのようなことは。ただの思い違いでございます。紛争によって途絶えがちであった得宗家代官としての年貢を、この機会にまとめて取り立てたところ、双方に支払い能力があったので、ならば現地では年貢を出せる程度には状況が落ち着いているのだろうと、双方ともに十三湊の地を任せる旨知らせたのみにござりますれば。」

 「ならばなぜ、取り立てた年貢を得宗家に差し出さなかった?そなた、年貢を横領したのか?預かっていただけとは言わせんぞ。」

 「いえ、そんな恐れ多い...」

 「長崎高資、お前を信用して、いいのか?」

 「もちろんでござりまする。」

 「ではー

 -横領分で馬をそろえていたという、英時殿の言葉は、うそか?」

 「いえ、馬など買ってはおりませぬ、あくまで私用で...あ」

 「横領は認めるか。やはり信用はできない、な。」

 「な、我らを追い出しなさるおつもりか!」

 「頭いいのな。でも...もしこうしたことがもう一度起きたらと考えると。

 長崎の信用と、北条の信用。どちらかを優先しないといけないなら、北条を取るしかないだろ?

 長崎高資、北条得宗家内管領の職を免ずる。ただちに謹慎せよ。」

 「ちっ、覚えてお」

 「次なんかやらかしたら、兵力全部召し上げるぞ。」

 

                    ー*ー

1319年7月17日、鎌倉、鶴岡八幡宮

 ずらっと、騎馬隊が並んでいた。

 「あれは何じゃろうなあ」

 「偉い人が乗ってでもいなさるんじゃろうか?」

 「貴人ともなると戦場でも雅を忘れないということかの。」

 「わしらも人と生まれたからには、一度はああしてもてなされたいもんじゃ。」

 群衆たちが指差し噂する先には、数十もの、馬に惹かれた輿や、牛車があった。

 「それにしても、明らかに多いのう。」

 「ひ、ふ、み...10じゃきかんぞい。」

 「姫様でも連れて行くんかいの。」

 「お、高時様じゃ!」

 「頭下げんと!」

 「皆の衆!頭下げるな!」

 高時が、そう大声で騒いだために、群衆はますます騒ぎ、供回りはギョッとした。

 「この場の主役は出陣する兵士たちだ!頭を下げるならば、兵士たちに頭を下げ、無事の帰還を祈ってほしい!」

 「なんと立派なお方だ...」

 「貞時様とは違うのですね。」

 高時は、騒ぐ群衆を背に隊列へと歩み寄った。

 「守時、英時、頼んだ。」

 「ああ、鉄砲、大砲が使えるか確かめるんですね。わかっております。」

 「そうそれ。だけじゃなくて、死ぬなよ。」

 「まさか。言われたとおり、生き恥をさらしても戻って参りますよ。」

 「妹の嫁入りを見るまで、死ねないな。」

 「兄上、ホント、冗談ではないですよ。」

 登子が、人差し指をピッとたてる。

 「ああ、季長も季久も両方とっ捕まえて、代わりのやつが来るまで俺が働く、と。」

 「生きて帰って」

 「来てくださいね」

 「無論」

 「任せろ」

 4人が手を重ねる。

 「さあ、始めようか」


                    ー*ー

1319年8月21日、津軽国、十三湊

 「蝦夷仕置奉行、赤橋守時である!」

 「赤橋英時だ。」

 安東又太郎季長と、安東五郎三郎季久、そしてその家来衆は、緊張、不安、期待の入り混じった表情で広間に並んでいた。

 上座に座った赤橋兄弟は、いつになく真剣な顔で、折りたたんだ紙をー放った。

 この時代、紙は折るものではなく巻くものである。季長も季久も、ミウラ折りされた紙をどうにもできなかった。

 「懐かしいなあ。登子が折った紙を、引っ張っただけで開けるって気づくまで、一年かかったもんなあ。」

 「英時、まじめに。」

 「失礼。」

 やっとのことで紙を開いた二人は、顔を見合わせた。お互いの青白い顔を。

 「高時様の命にあるように、安東家から蝦夷管領の地位を召し上げ、ふさわしいものを任命できるまで赤橋家預かりとなることになった。安東季長、季久両名はわいろを贈るような性根を入れ替え、北条のもとで仕えるとともに、蝦夷の民にも大和の民にも同じいたわりの心を持つようにとの仰せである。」


                    ー*ー

1319年9月8日、十三湊近郊

 「お久しぶりですな、季長殿。それに、初めまして、ですかな、季久殿。拙僧、天皇陛下の護持僧を務めさせていただいております、文観と申します。」

 「安東五郎三郎季久である。」

 「さて、お二人にお集まりいただきましたのは、他でもない、十三湊を取り返す方法をご教授差し上げるためでございます。そのためにはぜひとも、一時休戦していただきたい。恐れ多くも陛下は、より忠誠の深いものを蝦夷管領と認めるとの仰せを授けられました。」

 「何、陛下が?」

 「そうです。お二人が共闘してこの地から北条をたたき出してくだされば、陛下は得宗家へ安東氏を御家人として認め津軽・蝦夷を所領と安堵するよう幕府へ宣旨を差し出しなさるということで、すでに用意は整ってございます。さらに我らの手の者も、ことに乗じて騒ぎを起こす支度。

 聞けば北条は、戦場だと数百騎を動かしておきながら、牛車やらなにやら引き連れてまいられたとか。略奪するつもりやもしれませぬぞ。」

 「…手を組めば、良いのだな。」

 「ええまあ、もし手を組む必要もないというならば、手柄のあるものを、ということになりましょうが。」

 

                    ー*ー

1319年9月18日、十三湊、代官所

 「英時様、いい呑みっぷりだぎゃ。」

 「いやいや何の!」

 守時は、酒盛りを繰り広げる英時と地元の百姓たちを見て、ため息をついた。

 「守時様も、いかが!」

 「誰が酔いつぶれたお前らを助けるんだ?」

 「いやーすみませんなあ。」

 「わかってるなら呑むな!」

 「そうじゃて!英時様は明日も、安東様の後始末なんじゃから、仕事なしの守時様が呑みなされ!それとも、下戸か?」

 「アホ言え、この赤橋守時、酒の一升や二升、余裕で平らげてござるわ。 

 ほれ!

 ...うわ、まず。」

 登子が見たら、逆アルハラを見たと眉をしかめそうな光景だった。

 「おえっ」

 「おう、権兵衛、大丈夫か?」

 「また守時様が助けてくださるぞ。」

 「そうなるまで呑むな。」

 「いや、村人一同、招かれた酒宴でついつい酔いつぶれてしもうた時はぞっとしたもんぞな。」

 「鎌倉の酒のうまさに、無礼討ちでも悔いはないと思ったもんじゃいの。」

 「あー長崎とかやりそうだな。」

 「兄上も高時様に似てきたんじゃないのか?」

 「高時様?なんぞよくわからんが、主君か?良い主じゃのー」

 「安東様なんぞそれはもう、ひどかったからのう。」

 「立川の連中がほざいておったわい。安東様の無理は主が悪いと。主の高時様は無茶苦茶ゆうから信用すなゆうとったわい。」

 「ありゃうそっこきやかの。」

 「立川?」

 「おうよっ、仏様じゃ言うて、村のわけえもんたぶらかしとったまがいもんじゃあ。御利益をでっちあげようとしておった。」

 「兄上、立川流と名乗る連中ですよ。男女の交わりを極楽浄土の方法だと勧める邪教が流行ってるって、高時様も言ってたでしょう。」

 「津軽にまで広がっとるのか。」

 「なんじゃ、こんな田舎ぐらいしかないもんじゃと思っとったわい。あっちこっちの村にはびこっとるぞ。なんとかってえらいおぼっ様が勧進しちょうって。」

 「そりゃ隣村の連中が、そのおぼっ様が来るって言って閉じこもって、入れんようになってまったでの。」

 「英時様、あんた偉いんじゃろ。入れんようになって太郎兵衛に貸した銭が返ってこんじゃ。どにかしてくれ。」

 そこまでを聞いて、英時は酒をこぼした。 

 「兄上」

 「ああ、こりゃまずいな。穴掘りだ。」


                     ー*ー

1319年9月23日、十三湊、代官所

 戦いは、早朝に始まった。

 百姓の群れが、どっと押し寄せ、代官所を取り囲んだのである。百姓一揆だ。

 「元応の土一揆」、のちにこう呼ばれることになるこの一揆は、本来日本初となる1428年の「正長の土一揆」よりも109年早く発生したことになる。

 だが、この一揆衆は、代官所へ入ることはできなかった。いつの間にか、代官所が三重の塹壕と竹矢来で囲われていたためである。

 「垣根の中で塹壕を掘り進める。よく考えましたな兄上。ただ、こうもいれば他人を踏み台に乗り越えられかねませぬぞ。」

 「烏合の衆だ。例の立川流の連中は半分もない。さっさと帰ってもらって、本隊と戦うか。」

 「守時様!発見しました!鎧を着、馬に乗った一団です!」

 「了解、見逃すことなく捕捉せよ!」

 「は!」

 「百姓らに告ぐ!我らは諸君を害するつもりはない!すべては邪教集団である立川流と、前蝦夷管領安東氏の策略である!

 太陽が中天に上るまでに去るならば、我らは不問に付すだろう!だがもしその刻となりても去らず、あるいは鎧を着、馬に乗る者あらば、我らはこれを敵とみなす!百姓なりとも容赦はせん!」

 立川流が何かを企んでいる可能性に気づいた赤橋兄弟だったが、津軽の地でもいかんなく発揮された英時の人心掌握術をもってしても、その目的が「偉いおぼっ様」と両安東氏による北条勢力排除と気づくのには数日を要した。その「偉いおぼっ様」に至っては影をつかむことすらできなかった。そうしている間に、これだ。

 何年ももめ続けた安東季長と季久を仲直りさせ、日の本始まって以来の百姓による武士への攻撃を実行させる能力。

 -そいつ、只者じゃない。そう気づいたときには、代官所は包囲下にあった。

 「塹壕がなきゃ寝首を書かれてたな。やっぱ高時様も登子も、すげえ。」

 「こんな方法と武器で戦ってるのが当たり前の時代、か。行きたくはない、な。」

 「面白そうではありますがね。」

 「とにかく、一発撃ち込んで様子を見る、か。」

 「それで恐れ入る連中なら、とっくに戦は終わってるでしょうよ。でもまあ、もうすぐ雪が降る。」

 塹壕を作るには便利だが、しかし行軍には向かないし、雪が解ければ塹壕を作るのも至難。そのまま梅雨に至れば、火薬が湿って銃砲も使えなくなる。そうなれば百姓を現地徴兵できる敵側が有利だ。

 「こりゃ早期に決着させなくてはならんか。」

 「高時様の未来のように、他の御家人を頼るわけにはまいりませんからねえ。

 おや、日が昇ったようで。」

 「砲兵隊!弾よーい!」

 「弾用意良し!火縄用意良し!」

 「目標、丘上の騎馬集団!

 文保三年式平射三寸砲及び文保二年式曲射7寸砲、撃ち方よーい!」

 「百姓たち、動き始めました!竹矢来を破壊する気です!」

 「全砲、距離四町から六町、撃てーい!」

 瞬間、30門の砲が、一斉に火を噴いた。

 鎌倉を発つときからずっと、噂にされてきた輿や牛車。中にはもちろん、貴人などいない。すべて、試製の大砲と火薬をぬらさないための措置だ。

 大砲は二種類。

 細長く、車輪付きの台座に乗る文保三年式平射三寸砲は、完成したばかりのいわゆるカノン砲である。約9センチの口径と5メートルを超える砲身を持ち、あまつさえ一部にライフリングが刻まれている。精密に敵陣をスナイプすることを目的に、5門のみ鋳造された。

 一方で木製の台座の上に据え付けられた、首の長いひょうたんのような形の文保二年式曲射七寸砲は、日露戦争で重宝された「28センチ榴弾砲」をもとに、重迫撃砲、というか臼砲としてすでに30門以上が鋳造され、その半分が「地形ごと敵を破壊する」ために持ち込まれていた。1メートル半の寸胴な砲身から吐き出される約20センチの球体は、内蔵の油と火薬に着火することで爆風とともに炎と鋭利な陶器のかけらをまき散らす。

 ドーーン!と遠雷の音が響き、百姓も武士も耳をふさぎ、頭上を見上げる。

 しかしその時には、すべてが決していた。

 地面(あるいは人や馬)に激突した砲弾は、すぐに炸裂、炎と陶片をまき散らす。大地はえぐられ、人も馬も吹き飛ばされ、切り刻まれ、血を流し悶えている。

 さらに、広範囲に飛び散った油は即発火し、負傷した人々を、焼き尽くした。

 飛翔した砲弾は、一斉に敵陣にまんべんなく降り注いだ。騎兵突撃のため隊列を密集させていたのがあだとなり、安東軍は丘ごと粉砕、焼却されてしまった。

 百姓たちが、算を乱して逃げていく。

 「砲隊、掃除初め!砲隊と護衛隊以外は、直ちにー

 -追撃にかかれ!」


                   ー*ー

 「ほう、大砲、ですか…

 やはり、手をこまねかないのは護良様だけではないようで。

 …面白くなってきましたな。」

 

                    ー*ー

1319年11月29日、鎌倉、北条得宗家屋敷

 「赤橋守時様より、早馬!」

 「登子をこれへ!」

 「は。ただちにお呼び申し上げます!」

 一時間ほどで、登子はやってきた。してみると、早馬到来の騒ぎを聞いていたものと見える。

 「高時!兄上たちは!?」

 「『安東勢は罷免を受け入れず、立川流と組んで代官所を強襲。大砲20門一斉射により安東勢を壊滅させたるも、雪が降り始めたために行軍は困難。やむなく十三湊に塹壕線を構築し、春を待つ。』だと。」

 「心配ね。雪が解けたら、泥沼では大砲を動かせないはずだし、雪に慣れていないこちらと違い、向こうは雪の中でもそれなりに戦えるはずなのに。」

 「とはいえ増援を送っても遭難しかねない。それに、長崎ら御内人の力を借りずに動員できる兵力なんてたかが知れてるのに出して、裏切りに会ったら話にならない。」

 「つまり長引くってことだよね。兄上たちが帰ってくる前の手隙の状態で、こっちも戦になる可能性もあるってこと?」

 「わかったら穴掘りだな、うん。」

 「帰ったら伝えとく。それと、火薬の追加ぐらいは送ったほうがいい?」

 「いやーその部隊が襲われたらシャレにならんけど...

 船なら、冬の日本海を超えられる猛者ならやれるかも。ただ火薬をぬらさないとなると別次元だから、どのみち天気が荒れがちなこの時期にこちらができることはないかな。

 いや、待てよ...アレがあったな、うん。」

 「おけ。完成したら、商人に送らせる。

 それと、立川流って、何なの?」

 「どの時代にもある、怪しげな宗教団体。どうも、『男女の交わり』が往生極楽の秘訣だって教えてるらしい。」

 「うわ、何その邪教。きもっ」

 登子が、思わず普段からは考えられないほどに汚く吐き捨てた。

 この時代、祭りの舞台で芸人が芸として性行為を披露するほどには、性的モラルがひどい。それでもなお、その快楽を往生極楽そのものと混同させるような宗教は邪教であった。まして、登子の価値観の半分は21世紀ではぐくまれている。

 「ただ、結婚に関するしがらみも強い時代だから、感謝してる人も多いようで。『既成事実』を作るのに『御仏の教えにかなうから』ほどの口実もないし。」

 「ますます宗教としては...って、仏教なの!?」

 「天台宗。驚くなよ、破門されてない。」

 「え、そんなわけ...まさか、とんでもなく偉い僧がボス?」

 「だと思うけど、しっぽをつかませなくて。」

 「時乃ちゃんは何か言ってる?」

 「清楚、清純。それが売りだったからなあ。もう3年ぐらいたつのに、口にキスもしてないようだし。」

 「…うれしいんだけど、役に立たないかも。」

 「考えて。少なくとも一野治としての自分がトキ以外といちゃいちゃしているのを感じたら、自分は裏切りだと思うから。」

 「うん、でも、いつかそうなるんだよね。」

 二人は、顔を伏せた。

 誰がそれを、かなわぬ悪夢と予想できただろうか。

 

                      ー*ー  

1320年1月17日、津軽国、十三湊

 雪は数メートル積もっていた。

 戦場の朝は、雪かきから始まる。塹壕にもその周囲にもまんべんなく積もる雪は、前もって海水を含ませておく程度ではどうにもならない。そこで地元民にも給金を払い、総出で雪かきにいそしむこととなる。

 地面も凍り付いてしまい、前もって掘っておいた以上の塹壕を掘り進めることは不可能であるので、雪解けに備え排水路の掘削も始まっている。さらに部隊の一部は、農村のうまやや古民家に、改築と称してついでに火薬の原料つまり硝石を集めに行っていた。

 「高時様は大丈夫だろうか。」

 「我らが鎌倉を留守にする間に、何かある、と?」

 「いかにも愚か者どもが考え違いを犯しそうでな。弟君の康家様は高時様と不和で、高時様も挨拶以外では会わないから顔と名前が一致しないと言っておられた。」

 「康家様を担ぎ、長崎の連中が反乱する可能性はあり得る、と。その場合赤橋は、だれが率いることになるのかと考えると、確かに心配ですな。」

 「登子…」


                    ー*ー

 「高時様も無理をおっしゃられる。長い間お仕えなさってきた長崎殿を排除なさるとは。」

 「安達殿、他人事ではないですよ、今や我らと安達は縁者。どうなさります?」

 「安達としては、家の危険になることはしたくはないのですが、しかし高時様が周りの方を追い出して己の言うことを聞く者で固めようとなさっておられるならば、これは致し方ございませぬなあ。」


                     ー*ー

 「ついに北条は、孤立し始めたな。すべて計算通りだ。

 ただまあ、大砲というのは恐れ入るが、俺の頭脳にはかなうまい。」

 「さすがでございます。空を飛んでのけるとは御仏以来の偉業。この文観、感服いたしました。」

 ふん、待っていろ、時乃。

 さあ俺の理性に、100以上低いĪQで、直感で動く凡人が、かなうかな?


                   ー*ー

1320年3月31日、鎌倉、北条得宗家屋敷

 その日も高時は、降り積もる書類を処理しながら、未来を感じ取っていた。

 もはや17歳。高校ではセーラー服ではなくブレザーである時乃の制服を見ながら、登子のほうが3つ下なのに胸が大きいなぁなどと不埒なことを考えていた高時は、前方に現れた老人を見て、違和感を感じた。

 三人ともその老人に気づかないのに、高時が気づけたのは、たぶん、ちょっとした雑談にも未来情報が含まれていると注意し続けたため、些細なことも気に留める癖がついてしまったからだろう。

 -老人は、鎌倉時代の僧風の服を着ていた。

 老人が、巻物を取り出す。

 憎たらしい時乃の彼氏が、老人に気づく。

 歴史オタクの幼なじみが、老人の持つ巻物に興味を示す。

 -高時は叫びたかった。

 -「そいつはヤバい!」、そう言いたかった。

 ー武家という物騒な世界に生まれ、その老人の不気味さ、底知れなさが、わかってしまった。

 -こいつ、人間とは、思えん。

 老人が、巻物に火をつけ、塀の向こうへ投げ込む。

 その直前、何かをつぶやいたような気がした。

 -愛憎が、どうしたって?

           ドーン!

 瞬間、視界が、真っ赤にー

 「あーっ!!!」

 -染まった。


                     ー*ー

1320年4月6日、鎌倉、北条得宗家屋敷

 私は、もう一週間も高時の枕元にいた。

 突然高時が気絶するのは、これで2度目。今度は執務に支障が出て、しかも内管領が空席で少なからぬ御内人が非協力的になっていたため、幕府の機能の一部が停止してしまい、問題視する者も出現していた。まして私たち以外は、高時様の気絶の理由が避けようなく辛い未来情報に当たっての心労とは知らない。

 そうでなくても、点滴などない鎌倉時代。見る見るうちにやせ細っていくのは、正直、見ていられなかった。熱もすごい。

 ーこれは、私が、いや時乃ちゃんが、治くんをだまして別の人と付き合うようになった、罰、なのかな。

 ーこのまま、ー起きずに、死んじゃったら、どうしよう...

 私は、そろそろと思って、水を飲ませるために高時の身を起こそうとした。

 「ん、とう、し…」

 「え、高時、大丈夫!?」

 高時が、起き上がって、いきなり、抱き着いてきた。胸がつぶれるほどに、強く。

 「あの、恥ずかしい、よ…」

 「登子、ごめん、お前をー

 -守れなかった。」

 「えっ」

 守れなかった?それはどういう...

 「やっぱり、死んだか…」

 私は、高時の顔を見て、はっとした。

 -目が、光っていた。

 「ちょっと前、三人、爆破事件に巻き込まれたんだ。それから、意識と感覚が二重になるあの感じがーない。」

 「それって…」

 「すごい爆発だった。絶対、爆破犯の老人と、一野治、石垣時乃、橋本理、全員、生き残れない。」

 そう告げて、高時は、目を伏せた。二重感覚の負荷から解放された瞳を。

 私は、なにも声を、かけてあげられなかった。


                    ー*ー

 「ごちゅうし…ん」

 慌てた様子で現れた家来が、抱き合う自分たちを見て、あっけにとられていた。

 「何日、気を失っていた?」

 「は、7日でございます!」

 「そんなか。

 -康家だろう、それに長崎、安達。」

 「は、そうですが、なぜご存じで?連中が2000を超える兵を鎌倉のあちこちに集め、康家様への執権就任命令を要求されたことは、たった今将軍様から連絡あったばかりなのですが...」

 「御託はいい!兵力をかき集める。東勝寺で落ち合うよう伝え、到着したものは寺を取り囲むように、隙なく背丈の深さで腕を広げた幅の堀を掘るよう伝えよ!」

 「りょ、了解っ!」

 今まで未来の感知に割いていた半分以上の意識全てを、思考回路として使えるのだ。はっきり言ってこの程度、秒で予測できた。

 そして、しておかねばならないことも。

 「登子、もう先延ばしには、できない。」

  

                    ー*ー

 「登子、もう先延ばしには、できない。」

 すぐに、何のことか、わかった。

 -きっと、高時は、告白、するつもりだ。この恋に、決着をつけるために。

 -それも、死ぬかもしれないから。

 だけど、私は、首を横に振った。

 「私は、あなたに応えることは、とても、できないの。

 確かに時乃ちゃんは、経験と感覚を共有しているだけの、別人だよ。だけどそれで、今も治くんをもてあそぶ時乃ちゃんの罪が、消えるわけじゃ、ないから。」

 顔を上げる。

 高時は、がっかりした顔をしてー

 -いなかった。

 「独占欲」

 やっぱり、気づいちゃったのか。

 私の心を、空虚な風が吹き抜ける。

 「そう。時乃ちゃんはー

 -私は、治くんに一方的にやさしくされようとしていたの。

 -何もあげないのに。心を、ちっともあげないのに。

 -時乃ちゃんは、全く、自分の考えに気づいてない。だけど、確実に。」

 それは、最も醜い形の、独占欲。

 「何もあげないのに、すべてもらってることを、なんとも思わなかった。当然だって。」

 心を貢がれることを、当たり前だと思っていた。

 支えられても、支えるつもりなんてみじんもなかった。

 自分が他の誰かからももらっても、治くんが自分以外にあげることは許してなかった。

 「だから、私は、もう、もらっちゃいけないの。

 幸せにしてもらっても、幸せにしてあげようって思わなかった。

 幸せを、私だけ、独り占めしてきた。彼氏も、幼なじみも。

 治くんが、無条件に、私にだけ、いつまでも見返りを求めず幸せをくれる。それを、当然だと思ってきた。

 だから私は、幸せにしてもらっちゃ、ダメなの。」

 私の懺悔は、くだらないかもしれない。

 だけど、ずっとおかしいと思ってた。「助けてくれるから好き」だなんて、おかしいって。

 いつからだろう、助けるつもりなんかないんだって。

 幸せにしてもらっても、幸せを分けてあげるつもりなんて、なくて。

 他人を助けるのを見ても、すねて。

 自分に王子様が現れるのを待つのに、治くんにお姫様が現れるのは許さなくて。

 そういうことを、自然なことだと思ってるんだって、気づいてしまったのは。   

 「それでも、一野治も北条高時も、君が幸せそうなことに、幸せを感じていたよ。」

 「え、でも...」

 「だからさ、独占欲だっていうなら、これからも、幸せになってくれ。今度は北条高時から、吸い取り、奪い取り、貢がれつくしてくれ。」

 「…そんなの、おかしいよ。」

 「それで、二人幸せになれるからさ。

 だから、独り占めしてきたって言うなら、これからも独り占めしてくれ。死神からでも独占して、絶対に幸せも心も... 命さえ、譲らないでいてくれ。」

 そんなの、認めたら、私はー

 そんなこと、言われてー

 -「赤橋登子」は、喜ばないわけー

 「高時...」

 

                   ー*ー

 「高時...」

 「登子。

 この戦が終わったら、結婚しよう。

 -いつまでも、幸せを譲らないでくれ。

 -幸せに、なれるから。」

 登子が、今度は自分から抱き着き、そしてー

 -唇に、柔らかい感触。

 「おけ!約束だよ。だから、私だけの幸せで、いてね♪」

 -これで、死亡フラグは立て終わった。

 さあ、戦を始めよう。 

 ついに戦パートなのですが、これまで以上につたなくて済みませんでした。例によって考証はいい加減です。

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