鎌倉幕府滅亡せず!(2041~2113→2020/1333)それは万象の帰結点
タイトルの時間表示の複雑さ(ネタバレ一歩手前)からわかるとおり、エピローグのような話です。
―*―
2044年×月×日、大日本帝国連邦、東京都、一白総合先進病院
「か、患者が!」
「先生を早く!」
「誰です貴方!え、会長夫婦!?」
「し、しかし、会長、今患者は!」
「面会は絶対よ!兄様を困らせるの?」
「す、すみません!ただちに!」
喧騒が、耳を包む。
「ふあーっ!」
うーんよく寝た。睡眠は頭脳の友だからな。
…メガネメガネ...なんだこれ?点滴?
…あーたしか、下校中に爆発事故に...
「橋本くん、起きた!?起きたの!?」
時乃...時乃の声?いやしかし、それにしては...
俺はなんだかやたら重い身体を持ち上げて、そこにいた美人ー絶世の、どこの妃だっていう美人を見て、絶句した。
「橋本、良かったよ!」
時乃の隣で、スーツを着込んだ大人の男性が...いや、この面影...
-時乃に、一野!?
「待て、いや、どういう状況だ...?」
「あ、橋本、やたら長い夢を見てた気がしないか?」
「待て待て待て…ああ、する。中身が思い出せん。
…思い出せんが…
俺って、実在するんだな。今、ここに。」
「はは。」
「で、まさかと思うが…
…何年、寝てた?」
「24年。」
「24年か...」
なるほど…すると41歳、2044年か。
「…シンギュラリティまだ?」
「まだってことになってる。」
「なってる?」
「この病院の会長...あの兄妹が、秘密裏に作ってた。それも2020年にはすでに。」
えー...
「それでね、橋本くん、一つ、謝らないといけないことがあるの。」
「…なんだ?」
覚悟はできている。そんな気がしたから。
「…私は、2038年に起きたの。最初に、二人を捜しに行って、それで、祈さんの病院で18年も意識を失ってたって知った。
でね、その時にはもう、なんか説明できないけど...
うん、ごめん、けじめをつけなくちゃって思った。
2041年に治くんが起きた時、だから私は、プロポーズした。」
「なるほど、だから、指輪か。
…俺も、それがいい気がする。
一野…また、よろしくな。」
なぜか、「また」って、言うべき気がした。
…どうして俺は、長く寝ている間に、こんなに非理性的な思考をするようになってしまったのだろう。
―*―
2113年7月4日、大日本帝国連邦、相模国、軍都鎌倉
自分は、写真を見つめながら、一生を思い出していた。
いい人生だった。
良き友橋本理。
最愛の妻一野時乃、そして家族たち。
「…その割には、心残りがありそうだね?」
百松寺巧がーこの青年が百松寺歩と祈の生んだ兄妹の子の兄妹の...という関係であることは、自分たちくらいしか知らないー歩のように面白がる雰囲気で問いかける。
「ああ。」
「で、なぜ、延命治療を断るのかな?」
「…トキも、橋本も、延命治療を受けなかったよ。謎はまだまだ多いというのに。」
そう、謎は多い。歴史にも、科学にも。
14世紀、急に火薬、銃砲、蒸気機関、戦艦、飛行機を発明し、政治体制を一新、元の崩壊に派兵して明と北元の争いを仲裁した幕府。
15世紀、シベリアを開拓、諸民族を糾合し、のちに世界最大国家となる共同体を完成させたアイヌ。
憲法を成立させ、大日本帝国連邦を名乗り、大航海時代に始まった西洋諸国の新大陸侵略・先住民搾取を「制裁」、マゼラン艦隊の横を戦艦「大和」からなる大海軍で並走し、ローマ法王庁に地動説公認を強制した歴史的事件「突然の大国家発覚」。
第二次世界大戦において、ずっと中立を保ってきたものの、米独両国の核兵器開発を察知して衛星兵器「神破槍」により講和を強制した、その態度急変の理由の謎。
畿内各所に残る、物理法則を逸脱した現象の影響とみられる破壊史跡。
大和国南部に広がる、巨大な皿状の、数学的に美しすぎる湖。
「たぶん、幕府は今も何かを隠している、14世紀から。だけど誰もが、荒唐無稽すぎて科学にしろ歴史学にしろまともに探ることができない。そう、結論付けてた。」
膨大なファイルは、二人に対しあらゆる常識的な結論を否定し続けた。
「…どう思うんだい?」
「何か、忘れてる気がするんだよ。そのためにこそ、二人は延命しなかったんだ。」
科学や歴史ーこの世の理を、超える何か。そんなものを信じて。
…もう、自分も、長くない。
「…石垣時乃、橋本理、両名に、会いたいかい?」
「ああ。」
「…覚悟は良さそう、か?」
「へ?」
「グッド、スリープ」
―*―
「兄様、一野治が、危篤だそうよ。」
「どんな風?」
「いつも通り寝たはずなんだけど、朝になったら冷たくなってて...」
「なるほど、心停止でも脳が保ってしまうのは、医療の進歩か。」
杖を、思い切り、振り上げる。
「人皆、見方が違うに過ぎない、か。」
「縁のない話ね...」
杖は、本来の機能である法力によるビームなどは放たない。
「…覚悟はいいかい?3人とも。」
転がる一つの歪なドクロータイムスリップが起きる前と後の膨大なタイムパラドックスを、時間流内での情報の行き来を制御し、無理やり抑えてきた、ドクロ。
「…せーの!」
力の限り、杖を振り下ろす。
ドクロが3つに増え、空中へ弾かれ、砕け散る。
-時空が、大きく震える。
破片が、地に落ちる。
ー体が一つ、増えた感覚。
―*―
―パリンー
「百松寺、丸くなったな。」
「そうね。」
―*―
(鎌倉幕府滅亡世界)2020年×月×日、某県某地区
「橋本、トキも忙しいんだし、昼からにしてやってくれ。幼なじみの名にかけても、前みたくすっぽかさないように見張っといてやるから。そりゃあいつまでも名字呼びはイヤだろうけど、同じ『おさむ』のよしみでさ。
いやいっそ、橋本のことも、名前呼びしてやれよ。」
「えっ?わからなくならない?」
「なるか?ならんだろ?」
「ならないな。」
「そっか♪
…理くん♪」
「…一野。」
「何?」
「かわいいな、時乃。」
「そうだろ、自分の幼なじみ、かわいいだろ。早く結婚式呼べよ。」
「ああ!存在意義ってだけじゃない...
…純粋に、時乃、愛してるぞ!」
「えへ、止めて、恥ずかしいよ理くん!
ってちょっと、こんなところでキスはさすがに...治くん、何とかしてよ!」
「…トキ、良かったなぁ、いい彼氏ができて。
…そうだ橋本、土曜遅くなるなら、デートの前にトキが小さかったころのアルバム見に来るか?」
「お、いいな!」
「えー!お、理くん、そんなことしなくても、私の恥ずかしがるところならいくらでも...
あっ。」
「橋本、トキのお母さんには自分からも言っておく。
…土曜は、存分にヤれ。」
―*―
(鎌倉幕府改組世界)1333年7月4日、山城国、平安京、北条得宗家京屋敷
「時行...そこそこ。座って。」
私は、高時様と登子様の忘れ形見をともに、円卓に座っていました。
ほかに座っている方は、足利高氏様、桃子殿下、直義様、知子様、そして御子の義詮様、直冬様。それに新田義貞様、勾子様、そして2子1女。さらに赤橋英時様。つまりは、あの頃の仲間たちとそのお子様たちです。
「…ここに、あの3方がいらっしゃれば...」
誰もうなずきます。
ー今日は、高時様の覚書によれば、本来の歴史で高時様が亡くなられる日。だから私は、冥福を祈ることすら高時様たち自身が天国地獄を消し去ってしまったせいで意味がなくなった今、せめて集まって語り合おうと思ったのですわ。
「それでも私たちは、高時様たちの志を、受け継いでいかなければならないのですわね。」
私たちを、幸せに。
私たちの大事な人を、幸せに。
私たちの周り全てを、幸せに。
私たちの知るすべての人々を、幸せに。
天下を、幸せに。
「『家でも家臣でもない、自らと自らをささげる大事な人を中心に、皆を満ち足りたらしめよ』でしたね?」
「そう。時行、よく覚えておくのですわよ。
家や仁義や忠孝に尽くしても、浮いてしまうから。
誰かの心を知るには、自分の心を感じられなければならないから。
自分を、捨ててはなりませんですわよ。」
「はいっ、あや母上!」
勾子様や知子様が目を伏せられる…心当たりがある方だからかしら?
「きっと、父上、登子母上は、素晴らしい方だったのでしょうね...」
「うーん、誰もがそう思われるか知らないけれど…
私たちにとっては、素敵なお二人でしたわ♪」
本当は、時行にも...
「総官閣下!執権姫様!」
突然に、思考を断ち切る早馬の声。
「なんだ!?」
「事故でもあったか!?」
「書記官!書き留めよ!」
「どうしたのかしら!?」
陸軍総官、海兵隊総官、空軍総官の三方とともに、海軍総官であり武士団行政をみる執権でもある私も、慌てて早馬の方に問いかけます。
「それが...!」
早馬の後ろに、何度も思い浮かべ枕をぬらしたお二人ともう一人のお姿が...
「やあ、久しぶり、皆!」
高時、様...!?
「あや姫、時行...元気そうだね♪」
登子様まで…
「あや母上、あの方たちは...」
「時行、時行の、父上、母上ですわ。」
し、信じられないけれど…
「登子母上、父上!」
「大きくなったなぁ。」
高時様と登子様が、私がずっと年を追い越してしまったお二人が、時行の頭をなでておられる。
…私も、あの時に、戻っても...
「高時様!私も!」
高時様に抱き着きます。あ、あったかいですわ...
「良かったな時乃。」
「あ、兄上!?」
「桃子...ごめんな。」
「いえ...その、私も...」
「いやいや俺が悪かった。もう反面教師はやらないよ。」
「た、高時...」
「登子殿...」
「今は?」
な、何のことかしら...?
「今何年?」
「|正慶2年7月4日ですわ。」
「800年か...」
「桃子、記録は消したんだろうな?」
「もちろんよ兄上。『憲法』と刑法民法の制定のために不確定事象がどうとか訳の分からないこと書き遺すから、苦労したじゃない。
…天国も地獄もない。すべて、理の通りに世の中は治められている。少なくともまつりごとは、そうなるようにしたわ。」
橋本理様が、私の記憶にない明るい笑顔で、高時様と登子様を見つめました。
「だそうだ一野。リセットだよ。」
高時様が、指で自らを差されます。
「…自分?」
「お前じゃなくてどうするんだ?」
「治くん♪」
「私も、高時様の号令は、久しぶりですわ。」
-ああ、生まれて初めて…
「ああ、朝幕の皆...
…再び、未来を始めよう!」
…日差しが、心地いいー
これにて「鎌倉幕府滅亡せず!」は終了となります。長い間お付き合いありがとうございました。
同時に投稿開始したしました次作「新たなる神話の相互干渉」も、よろしくお願いします(わずかにつながってはいますが、全く別の世界の物語です)。単純に紹介すれば、異世界との干渉の中で進む変革の第一部となっております。