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(????)背教の黄泉、映すは憎しみ

 いろいろあって予定が無くなったので投稿できました。そんなわけで、鎌倉時代に吹き飛ばされた3人組、ついに、すべての元凶と対峙します―決戦「吉野・地獄ツアー編」です!


                    ―*―

1945年8月6日、広島県広島市、産業奨励館

 早朝、ギラギラ刺す陽光の中、二人は立っていた。

 戦時下の軍都は、数少ない男は国民服、女はモンペで、勤労奉仕に励んでいる。だからこそ、その二人は、目だった。何せ二人は、若すぎた。

 腕を組む二人。年は少年または青年と少女―15では若すぎるし、20では年寄り過ぎる。そしてその年齢ならば、学徒出陣か学徒勤労動員でお国に尽くしているはず、朝から腕を組んで、女のほうなどとても楽しそうだ。

 それは、「非国民」に対する怒りだったのか、それとも、ねたみそねみだったのか。

 「そこの二人、何をしている!」

 憲兵が二人に声をかけた時、人々は明らかに、「たまにはいいことするじゃん」という目線を送った。

 しかし、二人のほうに、そんな些事に興味はない。

 「…兄様にいさまに何の用ですか?」

 「君、せっかく人が、最愛の人と、あと数十分の景色を楽しんでいるというのだから、邪魔するものではないよ。」

 「何を無礼な!そもそも貴様ら、勤労動員を受けておるだろう!持ち場へ戻れ!」

 「「は?」」

 何を言っているのか全く分からない、そう言わんばかりの侮蔑声に、憲兵は唖然とし、それから腰の拳銃に手を伸ばそうとして、その時初めて、男のほうと目が合った。

 冷たく、全てを見下し、そして嘲笑する笑顔に、混在する冷酷な感情のこもらない表情-それは、生物ホモサピエンスとして生理的な恐怖を抱かせるほどに、醜かった。

 「…すでにこの時代ですら魂が受け付けないか。」

 憲兵は、二人を「駆除」しなくてはならないという感情に襲われ、銃口を向けた。

 目線を向けていた者たちが、流血の予感に目をふさぐ。

 「…兄様、どうする?いずれ死ぬわ、ここで...」

 「なおさら、()してやるな。あのお二人なら、そうするだろうさ。」

 「そうね、これはけじめであって、かつてのような悲願ではないものね。」

 「ええい、何をぐちゃぐちゃとー!」

 パアン!

 ーその瞬間、誰もが、言い知れない不快感を覚えた。

 例えればそれは、世界にノイズが走る感覚。

 例えればそれは、何か、自分の存在の基盤を丸々一つ失ったかのような衝撃。

 憲兵は、何が起こったのかわからなかった。

 ただ、銃弾は当たっていない、それだけは、確実。

 ならばもう一度...

 カシッ!

 カン、カンカン…

 男の広げた手のひらから、何か、ケーブルのようなものが飛び出した。それは拳銃を憲兵の右手から弾き飛ばした。

 「な、今、手から、直接…!」

 「もういいから忘れろ。」

 男が、戦時下とは思えないほどきれいな学生服―それもまだこの時代に存在しない、ブレザーーのポケットからお札を出し、放る。

 歩き去り、ドーム型の建物、産業奨励館に入ってゆく二人。その背後で、札が一瞬金色に輝き、消え去った。

 二人はそのまま、誰もいない館内で、どこからか取り出した3つのガイコツを、地面にそっと置いた。

 三角形に向き合わされた3つのガイコツの中心に、巻物が差し込まれる。

 「さて、ちゃんと『歴史』通りにやってくれよ?」

 二人が、去っていく。

 あとに残されたのは、3つのガイコツ。

 「「ー無限小の確率でも、無限回の試行により、現実となる。ましてあにはからんや、これは摂理。すでに起きたこと。。ー」」

 まもなく上空から、大鷲が現れる。

 B-29「エノラ・ゲイ」。

 空襲警報も迎撃も、間に合わない。

 ふらふら落ちてゆく、たった一発の爆弾。

 突然の閃光。

 それに続く爆風。

 およそ通常の物質では耐えられない、鉄骨が曲がるほどの高熱。

 消え去る無数の命。存在の証すら残せない。

 「それ」がこの時この地獄に存在したのは、運命であり、必然。

 600年前とは何もかも数桁違う破壊は、この世のことわりにすら及んだ。

 量子レベルでの、加速器でしか起こらないような反応の多発と、百万度を超え、通常の物理現象の閾値を超える高熱。それは瞬時に、世界の境界すらあやふやにし、新たな世界を夢見ることすら可能にした。

 焼け跡の崩れ落ちた鉄骨。

 14万の命が消えゆく中、3つの死んだ命が1つよみがえったのは、皮肉か、道化か。

 陽炎立つ中、一人の若者が、歩きだした。


                    ―*―

1324年12月17日、大和国、吉野北方

 「全く、危なっかしいことを...とりあえずこの杖は百松寺の名において没収だな。」

 そう言って杖をもてあそぶ百松寺歩が、白黒の世界に映る。

 -あれ、確か、橋本が閃光弾を...

 頭がガンガンと痛い。

 -橋本は、皆はどこだ...

 「た、たかとき…」

 登子が身体にべたべた触ってくる。

 視覚・聴覚が、だんだん戻ってきた。

 倒れ伏す兵士たち、仲間たち。自分たちの復活が早かったのはおそらく、一度未来での爆発を知覚してショックに強くなったからだろう。

 「あれ、橋本くんは...?」

 いや、登子だって察しているはずだ。

 自爆、それも、自爆、それも、道連れにする形での自爆。では、文観は、どこへ?

 ややこしい理論に基づいたのだろうとはわかる。しかしそれでは、事実上のお手上げだ。

 「-おい、何を考えている。下手な考え休むに似たりだぞ。-」

 「橋本!?」

 どこからか聞こえてくる声に、必至できょろきょろするが、声はすれども姿は見えず。

 「-捜しても無駄だ。どうやら本格的に幽霊になっちまったみてえで、実体がなくなってる。ー」

 そ、そうなのか…

 「-今はテレパシーみたいな感じらしい。いったいどうなっているんだか。-」

 それはこっちのセリフだよ。

 「-それで一野、俺がこうしている以上失敗なんだろうが、どうなった?文観はいない、『地獄』はある、で、あってるか?ー」

 「ああ。一体...」

 「-文観が量子力学で言う重ね合わせの状態に近い状況にあったとすれば、俺たち3人のみがきっちりそれぞれ異なる状態を観測し、他人はその過渡状態にある判別できない状態を見ている。

 …そして、知ってる誰かでありながら、通常、その顔を見ることがかなわない、すなわち俺たち3人自身が文観の正体ならば、その正体が俺一人に確定した状態で俺が死ねば、同時に消滅させられる可能性は高い。

 高いはずだったんだが…ー」

 「ええ、正解よ、橋本理。どれだけ気づくまで兄様を煩わせたと...いや、貴方なら、気づいていたことを隠していたのかもね。

 貴方に誤算があったとすれば、『地獄』はマクロ時空間が全く違うから、過去の貴方でも存在の規定にできるということ。まあもう、現世には出てこられないでしょうけど。」

 「-結果として、この物理法則空間から弾き飛ばした、そうなるのか?ー」

 「その解釈で充分よ橋本理。兄様...終わった?」

 「ああ、核爆弾『壊二号』の情報化は成功だ。ほらよ。」

 お札が一枚、百松寺歩から手渡される。

 「これが?」

 「ああ、それで、持ち込み可能になったはずだ。」

 い、いや、この薄っぺらい紙切れが、原子、爆弾?

 「お堂に札で神様封じたりするのと一緒だ。」

 「…祈ちゃん、歩くん、信じても、いいんだよね?」

 登子が、百松寺祈とにらみ合う。

 「…誘導はしても嘘はつかないわよ。」

 「信じるよ?信じるからね?

 …私、正直怪しいと思うけど、それでも、祈ちゃんのこと、友達だって信じてるからね?」

 「…どういたしまして。」

 …祈って、笑顔、普通にできたんだな。


                    ―*―

 飛行船が、低空から滑るように進入してくる。

 地面に錨を打ち込み、「地獄」の下をくぐるようにして着陸する。

 爆弾投下倉の部分から縄梯子が何本もたらされ、地面に接地する。

 開いた投下倉から、弓矢や鉄砲で武装した警戒隊が飛び降り、周囲に気を配りつつ整列する。

 ーお別れか。

 「ー時乃、一野、言いたいことはいくらもあるだろ?言って来い。-」

 橋本の声が、脳裏に響く。

 「ありがと、橋本くん♪」

 「橋本…」

 言う言葉がない。それでも、状況がすぐにでも悪化する恐れがある中、時間を割こうという配慮に、感謝、そして、よりもっと前に橋本と向き合っておけば少なくとも橋本が二度も死ぬ必要はなかったのではと、無念が満ちる。

 「た、高時…」

 登子が、自分の腕を引いてくる。

 何が何が、そう思ったが、登子の指さす方を見て唖然とした。

 抱かれて騒ぐのは、まだ言葉も話せない赤ん坊ー間違いなく、自分と登子の子供。

 「っておい、こんな最前線に連れてくるなよ!」

 「私が、危険を承知で呼んだのですわ。

 高時様、登子様、お叱りになられたいのはわかりますが、しかし、お願いですわ。

 …名前を、赤子に付けてやってくださいませんかしら?そうでなければ、赤子に、何一つ、残りません。」

 あやが、胸元の、マルコ・ポーロの十字架を両手で包みながら言う。

 「私も、複雑な感情こそ抱きますが、己の来歴、そして願いをかけてくれた祖先の存在がわかってどれほど救われたか。

 ですから、高時様、登子様...」

 「ああ。」

 「おけ。

 …たぶん、考えてること、一緒だよね♪」

 登子が、赤ん坊を抱きとる。

 「いつもの感じで合わせるぞ。

 …お前の名前は」

 「…あなたの名前は」

 「「北条時行」」

 皆が、怪訝そうに見てくる。

 「…その心は?」

 「本来の歴史と同じ名前ではあるけど、でも同時に、本来の歴史とは異なる歴史の中で、それでも、時代を進んで行って欲しい。」

 正史では北条時行は、時代に反して朝廷や足利に反旗を翻し、奮戦むなしくやがて消えていった。

 「今度は、時にまつわる私たちから生まれ出たんだから、時の中を苦しむことなく行って欲しい。だから、時行。どう?」

 「わかりました。必ず、伝えますわ。」 

 「あや姫、私と高時の時行を、お願い。」

 登子が、時行をあやにそっと渡す。泣いたりは、しなかった。

 「おけ、ですわ。」

 あやが、マルコ・ポーロの十字架を首から外し、時行の首にかける。

 「義貞、勾子…

 自分たちのおかげで、幸せになったと思ってくれるなら、うれしい。

 いろいろ思うことはあるだろうけど、それでも…」

 「ああ、俺たちが、俺たちの幸せのためにやってきたことだ。」

 「私は、一度すべて失ったけども、幸せよ。」

 家の幸せだけじゃない、個人の幸せをかなえようとすること。そしてそれが、万民の幸せを考えることにつながる。

 「英時兄上、私と守時兄上の分まで、赤橋を頼みます。」

 「ああ、登子みたいなやんちゃが生まれる家にしていくよ。」

 ー登子が、ふふっと涙をこぼす。

 「直義、知子カムイシラ、北海道、樺太千島、さらには極東アジアの命運が、二人とその周り、アイヌにかかっている。

 北の歴史はまだ始まってすらいないけど、700年続く諸民族の幸福を、作ってほしい。」

 「むろん、なんでもやるさ。」

 「お任せください。」

 そしてまた、国と国を結んでいく。

 「高氏、桃子殿下…

 本当にこれから大変だろうと思う。途中で投げ出すような真似をして、すまない。

 …鎌倉の得宗家屋敷の、自分の部屋の床下に、漆喰塗りの防空壕がある。そこに、これまで登子と書き溜めた未来の情報・技術・制度、それから、これから日本がとるべき路がある。帰ったら捜してくれ。」

 「…高時

 …登子殿!やっぱり私は!」

 「高氏、引きとめてはダメ。

 …私が保証するから、安心して。」

 「ああ。」

 「おけ。」

 …本当は、言わなくちゃいけないこと、大事な義務がある。

 …糾弾されてしかるべきだ、彼らから「未来」を奪ったことについて。

 …正史では足利高氏以外まっとうに生涯を終えられないと思われるが、そういう問題じゃない。

 …それでも、彼らは、そうされることを、望まないだろうから。

 …ここはもはや、自分たちの知る歴史とは、何も関係ない。だから。

 …たとえ正史より100万多い犠牲を出してきたからと言っても、それが、謝っていい理由にはならない。

 自分と登子は、ただ、深々と一礼して、右回り、振り返らず走り出した。

 生理的な嫌悪・悪寒を感じる純黒の膜が、迫ってくる。

 登子と、手をつなぐ。

 …震えている?

 「橋本、トキ、行くぞ!」

 「慌てるとĪQが知れるぞ!」

 「おけ!」

 

                     ―*―

 …私は、後悔していた。

 どうして、兄上に、声をかけなかったのか。

 …私が陥れておいて、目の前で自らいなくなる時には、悲しくなるのね、私。

 黒い異界に、高時殿と登子殿が今まさに飛び込もうとしている。見えないけれど、兄上もきっと。

 「兄上、がんばれーっ!」

 ...なんで、私、こんな、子供じみたこと...

 「-当たり前だ!ー」

 ははは。そう。

 …兄上、存外まともだったのね。私も。


                     ―*―

 …足踏みなんてしない。

 …これで死ぬことになるのは怖いけど、治くんがいてくれるなら。…橋本くんもだけど。

 私が飛び込んだ先は、明らかに訳の分からないグチャグチャ世界だった。

 虚空…虚空?とにかく、何もない真っ暗な―なのに視界は明瞭ー世界の中心で、無秩序に上下前後左右あらゆる方向へクリーム色の階段が走っている。

 「…な、なにこれ…どこに行けばいいの…?」

 重力方向があるように思えない。エッシャーの騙し絵に迷い込んだ気分。

 「ーああ、気にしないでくれたまえ。君たちの意識に干渉して見えるものを統一している。どこ行ったって一緒だ。この世界には方向がない。-」

 「…いや歩、どういうことだよ。」

 「-そのままだ。『地獄』が現れる前の人物の幽霊が出てるのはおかしいだろ?それはここの時空間の概念があやふや、もっと言えば『どの時間にもつながっているゆえにどの空間とつながることもできない』だからだ。…きっと何も考えてないんだろうな。それで、実際たぶん、各人見えるものが違う。ー」

 「-じゃこの頭の痛い階段はデフォルトか?お前ら兄妹どういう精神してるんだ?ー」

 「-精神…?精神ね...ふふふ…-」

 「-祈、今はそんな自虐はいいから。

 …それと、お出ましだぞ。-」

 その一言とともに、百松寺歩と百松寺祈の姿があらわになったー来る必要あったの?

 「おぬしだけはどうやっても罰せんのう!」

 上のほうから、声が響いてきた。

 いきなり上から、紫色の雷が落ちる。

 「いやだから、無理だって。」

 歩と祈の姿がぼやけて消え別の場所に現れ、雷はどこかへ落ちていく。

 岩山からなる島のような物体に乗せられた玉座に乗って現れたのは、黒と金色の冠を乗せ、赤い服に身を包んで肩に白い布を羽織り、尺を突き出すおじさんだった。

 「誰?」

 「…スルーしたかったが。

 十人いる中で、地獄第一の王、秦広王、またの名を仏典に見える仏教の守護者、不動明王。

 …ここでは呪術も安定しないから、君たちがまともに戦うしかない。」

 まともに戦うって言われても...

 ハシッ!

 金色の糸が、痛そうな音を立てて飛んできた。

 糸はまるで、それ自体意思を持っているかのように絡みついてくる。そしてそのまま、私と高時を、宙に引き上げようとした。

 もがいても引っ張っても、糸がほどける気配がない。

 ...待って、確かここに…

 私は、あや姫に教えられて袖と太ももに仕込んであった計4本の短剣のことを思いだした。

 とたん、袖が重くなった。

 …まさか、この世界の仕組みって...

 袖を振り出して短剣を手に取り、糸に短剣をひっかける。

 …この糸は、切れる!

 ー糸は、すっと、そこにあったのが糸ではなく水や空気でも一緒だったと思うような弱い手ごたえで切れた。

 「高時!」

 ―高時が、中空を糸に引き上げられていく。

 うわ、連れてかれちゃう!

 タアン!

 「ぐっ!」

 銃声が響いた。

 秦広王が、胸から血を流した。顔を垂らしうなだれる。

 タアン!

 橋本くんの実体が現れて、拳銃(?)から銃声を鳴らす。

 糸が大きく揺れて、高時が戻ってきた。

 「…死んだの?」

 「死んどらんわあ!」

 秦広王が飛び降りてくる。

 橋本くんが、どこからか取り出したロケット弾を、秦広王の口へと撃ち込んだ。

 「どうもここでは、精神しかないみたいなんだな。肉体は幻、在ると思っているものが在る。だから、この程度…」

 爆発する秦広王を眺めて橋本くんがつぶやく。

 「…それでお友達は堕ちてしまったようだがの。」

 煙の中から、声がした。

 「マジか、口の中で爆発受けても大丈夫なのか!」

 「仏法の前に無敵なりぃ!」

 無数の糸が、私たちをからめとって、階段から虚空へと放り出した。

 はるか下に、百松寺兄妹が見える。

 真っ逆さま、真っ逆さま…

 「ど、どこに行くんだ…?」

 「落ちてる、はずだけど...」

 虚空が、だんだん、暗闇ではなくなってきた。

 「あの兄妹がいないから、なんもわからんなぁ。橋本、何か知らないか?」

 「非ユークリッド幾何的空間は嫌いだ。それに俺はまだ未完成の状態の『地獄』にいたらしいからな。全くわからん。」

 「ってことは、歩くんと祈さん見つけないと、どうしようもないんじゃない?」

 「そうだな。まず、手近なところに下りよう。まさか道を教えてくれるとも思えないけど。」

 

                     ―*―

 3人が最初に降り立ったところは、肉が焼ける悪臭が漂っていた。

 砂塵舞う大地。あちこちで鬼や牛頭馬頭がうろうろしている。しかし何より直視に堪えないのは、人というよりは屍鬼《グール―》というべき、みすぼらしい格好の、指に長い赤さびをまとった鉄の爪を備える者たちが殺しあう光景だった。

 かと思えば、突如として一帯の空気が丸ごと赤く燃え上がり、またどこからともなく無数の剣が現れて人らしき者たちをさいなむ。

 ここは八大地獄最上層「等活地獄」。その存在意義は「命を粗末にした者を苦しませる」。

 「ここは、おぬしらの堕ちるべき地獄ではない。立ち去れ。」

 ゆっくりと、炎を尺からあっちこっちに吹きかけながら、多数の牛頭馬頭を従え歩いてきた、茶色服の男。地獄十王が2番目、「初江王」という。

 「…どういうことだ?」

 「ちょ、ちょっと、橋本くん!」

 「時乃、手掛かりは多いに越したことはない。」

 「そ、それはそうだけど...」

 「何より、タネが割れてるのに、今さら臆するものか。

 それで、ここ『は』とはなんだ?」

 「ここは殺生の罪を犯した者の地獄だ。さらに罪が多いものは…!」

 3人の足元が、スポッと抜けた。

 

                     ―*―

 落下中からして、3人は恐怖を感じた。何しろその下は、銀色と赤ー灼熱の赤ーで染め上げられていたのだから、等活地獄で熱波や降り注ぐ剣を見ていれば、降り立つこと自体がシャレで済まないと予想できる。

 とりあえずどう考えても赤は見え透いた地雷。そう考えた橋本が、とっさに二人の腕をつかみ、銀色の地面へと降りようと必死に姿勢を変える。そして、地面から無数につき立つ刃がはっきりしてきたところで、ロケット弾を一発。

 刃が爆発で一掃されてただの鉄床になったところに、3人が舞い降りる。東京スカイツリーなど問題にならないような高さから落ちたのにほとんど速さがなかったのは、やはり空間が狂っているのだろう。

 見回せば、無数の悲鳴響く中、いくつもそびえる銀色―鉄の山の間に張られた綱を、背中に何かを背負った人が歩かされては、その下にある鍋らしき湯気を上げるものに落ちてゆく。

 鉄の縄を渡って炎へ落下し、あるいは鉄の縄でたたかれたところを斬られるため、ここは「黒縄地獄」と言う。殺生に加え、盗みを犯した者の地獄である。

 「…そなたら、盗みは犯しておらぬだろう。」

 声をかけてきたのは、3番目の王、「宋帝王」。筆をなめている。

 「…武士・皇族という階級そのものが搾取階級に当たらなければ、そうなるだろうな。」

 「…そなたらは、そうでないと言い切るか?」

 「私は、言い切れるよ。だって、私と高時は、常に、私たちが幸せであるために民が幸せであることを考えてきたから。」

 「ああ。幸せでない人がいる状況を、幸せとは言えない。まあ、そうはいっても優先順位は付けたけれど、民から搾取したことはないよ。」

 「…そうだな。朝廷もまた、ただ食べるだけでなく、民のために徳政を敷くために食べられるよう、権力を取り戻さんと戦ってきた。

 利用しておいて言えた口ではないが、かと言って否定もさせられないな。」

 「そうか。では、下に送ろう。」

 

                   ―*―

 宋帝王のはいた息でできた雲に乗り、降り立った第3階層では、陰鬱な気配が漂っていた。

 見るに堪えないってレベルじゃない。右を見れば巨大な蟻が人体をかじり、左を見れば鬼が真っ赤に溶けた金属の入ったひしゃく手に人を追いかけている。さらに極めつけにあちこちに全裸の美女がいて、体中から血を吹きながらそれを追いかける男がいる。

 「…時乃以下だな。醜い女ばかりだ。」

 「橋本くん...この光景見て最初にその発言は、さすがにないよ?」

 「…ごめんなさいっ!」

 橋本が、あの橋本が、土下座しよった...

 「…ここ、いたくないんだけど...

 というか、たぶんここって...」

 …言うのをはばかるのはわかる。というか自分も考えたくない。ただ、美女を使って人を責めさいなもうなんてところだから、おそらくここは…

 「変態の集まりだな。」

 「言うなよ!」

 わざわざ橋本が近づいてきて、耳元でささやく。

 「マゾヒストの聖地か?」

 「…おい。」

 どうしてコイツが、学校一モテたんだ?そうか、顔と将来性か、くそっ!…まあいいけど。

 ドゴーンッ!

 -爆風が、吹き荒れた。

 「行ってみよ!普通の罰じゃないよきっと!それに、そういうことなら私たちは関係ないよね!」

 「も、もちろん!」

 おい橋本、声震えてるぞ...まさか...

 「ち、違うからな一野、別に時乃といろいろしたかったけど出来なかったからほっとしたりは…」

 「…変態の上にヘタレか?」

 「忙しかっただけだ!」

 …これが人類一の頭脳って、21世紀、ダメだったかも。

 そうやって高校生のような会話を内心楽しみつつも、爆風のする方へ、自分たちは走った。

 爆風は止まず、何度も吹いてくる。鬼や牛頭馬頭たちが、罪人を放り出して走っていく。…やはり異常事態なのか。

 走れば走るほど、その爆発の異常性が明らかになっていく。

 黒い雲が変幻自在に形を変えて渦巻き、そこから、金の光、銀の光が何度も四方にほとばしっている。

 さらに近づけば、雲の正体が無数の、本当に無数の、鉄でできた銀色の鳥だとわかってきた。

 鳥を使った罰…プロメテウスか。喰われるんだな。

 しかし、どう見ても、鳥の群れのほうが金銀の光に引き裂かれ、喰われている。 

 「ん?そなたら、裁きを受けてはおらーんな...?」

 5体の鬼が担ぐ玉座の上から、板垣退助みたいな(ラーメン食べられなさそうな)口髭のおっさんが声をかけてきた。

 「…まあ。」

 おそらくこいつも王。名前は…

 「五官王であーる。そなたら...ふむ、邪淫の罪は犯していないな。」

 「…今、何が起きているのかと、閻魔大王は何処におられるか。教えてはいただけませんか?」

 「フーム閻魔王とな。奴にわざわざ会おうとは物好き…

 いや、何か願いがあるのじゃろーう。

 …ほんとはいかんのじゃが、特別に、閻魔王より前に裁きを受けぬように手配しておこーう。」

 「そ、それはどうも。」

 話がうまくいったな...!

 「代わりに、できるならばアレの収束に協力してはくれーんかの?」

 「出来ればで。」

 できるか…?

 「一野、お人よしが過ぎるぞ...どうせろくでもない奴がろくでもないことを…」

 橋本、お前はいつから、QEDしないで言い切るようになったんだ? 

 鳥の雲に飛びこんでいった鬼が、ずたずたになって、約1センチ角の肉片と化して崩れ落ちる。

 「な、何が...」

 「時乃、下がれ。」

 橋本が、要塞歩兵砲を地面に置き、砲弾を落とし込みながら言った。

 「撃てーっ!」

 ダン!

 砲弾が、鳥の雲に吸い込まれていく。

 鳥の雲からひっきりなしにあふれる金銀のきらめきが、爆発により吹き散らされる。

 「ねえ、五官王さん、ここって、もともと何だったの?」

 「…ここは衆合地獄。みだらな行いをした者を罰する地獄ぞ。

 ここでは、何何奚処かかけいしょと言って、罪人の苦痛の叫びにより罪人を呼び寄せて、兄弟あるいは姉妹にみだらな行いをした者を炎と鉄の鳥に依って罰するのであーるぞ。」

 「「「…」」」

 ひどい。

 ひどいネタバレだ。

 3人、頭が痛くなった。

 「おいシスコン、ブラコン!」

 瞬間、足元の要塞歩兵砲が金色の光とともに砕け散った。…橋本、キレさせてどうすんだ...

 金色の光の奔流が、音も出さずに鳥の雲を呑み込む。思わず目をつぶった。

 「…暴れすぎたな。」

 「思わず素が出たわね...」

 恐る恐る目を開けると、涼しい顔をした百松寺兄妹が、無数のお札をブレザーのポケットに戻しながら歩いてきていた。

 「…あんたが五官王だな?」

 いきなり、百松寺歩が、玉座に飛び乗って五官王の襟をつかみ上げた。

 鬼たちがわたわた慌てた姿のまま、時間が止まったかのように静止する。

 「なんてもの造ってるんだ?今すぐ、何何奚処を取り壊せ。祓うぞ。」

 2,3枚の札をちらつかせながら脅すさまは、どっちが地獄の王だかわからない。

 「わ、わかった。」

 …同級生が、申し訳ございません。

 兄妹の目に入らない位置で、3人、ひたすら頭を下げた。

 

                    ―*―

 「全く、兄妹の愛を否定しようなんて、我々百松寺1000年への冒涜だよ」

 …いや、歩くんも祈さんも、さすがに考え直すレベルだと思うよ...

 その次に私たちが訪れたのは、「叫喚地獄」だった。頭が金色で一つ目から血を吹く巨大な鬼、言い換えればひたすらセンスの悪い鬼がそこかしこで弓矢を罪人へ射ている。

 「そなた…飲酒の罪を犯したな?」

 真上から降りてきたーさかさまにー中年が、目が合うなり問いかけてきた。

 「…え、飲酒?」

 「ああ酒を飲むという意味ではない。飲み物に酔わされ、あるいは飲み物を使って悪事を働く罪だ。」

 飲み物を使って悪事…っ!? 

 「確かに私は一度、護良親王(橋本くん)を毒殺したよ。だけど、それは…」

 「そなたがそちらの若者を選びこちらの若者を選ばなかった、それだけの話だろう。」

 「そんなことないっ!」

 「そうか?

 そもそも人の命は重い。それを踏まえれば、戦を何度も始めたそなたらは充分に無間地獄行きだがな…」

 「登子、五官王のパスがある。こんなやつは無視して…」

 「いい。こいつを論破しないと、私は進めない。」

 「…そう。」

 ありがと、治くん。

 「で、それなら、あの状態で私は、どうすればよかったの?」

 「殺生の罪も飲酒の罪も妄語の罪も犯さなければよかったのだろう?」

 …正論!

 「でも、実際、そんな形で収拾ついたと思う?

 将来高時が死ぬってわかってた時点で、戦もなく幕府滅亡を防げたと思う?

 護良親王が橋本くんだって知ってすぐに、関係最悪な大覚寺統との仲を取り持てたと思う?

 私が、一個のウソまやかしもなく、決して完全とは言えない歴史知識を最大限生かせたと思う? 

 たしかに私は、たくさんの罪を犯したかもしれない。」

 戦を起こし。

 大勢の命を奪い。

 時にはでっち上げの知識で扇動もしたし、正史でのことが言えないからこそ正史に基づく判断を嘘の理由をでっちあげて補強した回数は数知れない。

 「でもそれは、開き直るようで悪いけど、難局で国政に携わる者の原罪だよ。

 …あなたは、全ての戦が、一滴の血も流さないように回避可能だったって、思う?

 私は、信じられない。」

 「そうか?

 …そんな路も、在ったのだぞ。」

 「まずい、石垣時乃、避けろ!」

 えっと思った瞬間には、変な霧が、私を取り巻いていた。


                    ―*―

 北条・赤橋家は1320年4月5日、得宗家の混乱に乗じて挙兵をもくろむ安達・長崎の鎌倉屋敷を、赤橋登子指揮下に包囲、無血降伏させた。

 大覚寺統の挙兵はこの失敗のためにずれ込み、その間に六波羅探題に砲兵隊が展開。高火力の火砲による大演習を目の当たりにした大覚寺統は講和を呑んだ。

 なおも護良親王は秘密裏に飛行船の建造を進めたが、そうこうする間に電気を知っていることがばれたことからタイムトラベラーだと発覚。

 赤橋登子は、北条高時も護良親王も両方受け入れることによって三角関係問題を解決。また文観を遣元使を使って国外追放し、平和が訪れる。

 赤橋登子に生まれた子、あえて父が確かめられず源氏姓を後醍醐天皇から賜った子、源時行は、公家・皇族と武家をつなぐ架け橋として注目され、文明も発達して京・鎌倉では電灯が建てられ蒸気機関車が走り始めている…

 

                    ―*―

 「これは、そなたの胸先三寸、覚悟だけで、在りえた歴史なのだぞ。」

 霧が晴れて、悲鳴が響く地獄に、戻ってきた。

 「…だから、だから何なのよっ!」

 ―私は、何が何だかわからない感情で、胸がいっぱいになっていた。

 「そんな、そんなの、あとになってからできるってわかったことでしょ!」

 「いや...」

 「だったら自分でやってみてよ!

 …それは橋本くんが護良親王だなんて知らなかった!

 それに私は、なによりまず、高時に生きていてほしかった!私の隣に治くんがいてほしかった! 

 それでも、それでもっ!」

 反吐が出る、あんな歴史は。

 「私たちは、一生懸命、歴史を変えるために頑張ってきた!それを、頭ごなしに『もっといいやり方があった』って否定するの!?

 そんな、そんなの、絶対おけじゃないっ!」

 もっとうまくできたはず、そんな言葉で、私たちを否定しないでほしい。

 「ではそなた、必要悪だ、そう申すか?」

 「そうは言わないよ。

 …仮にも戦争の片棒を担いで、正史なら生きていられた大勢の人々を死なせた。

 …充分に地獄に堕ちてしかるべきだと思う。

 …だけど、私と高時(治くん)は最善を尽くした。それを、訳知り顔で誰かに責められたくない! 

 私たちを責めていいのは、私たちだけだよ...絶対、甘くするけど...」

 支離滅裂な私の言葉に、その王は眉間をつねった。

 鬼たちが、炎をまとう巨大な鉄の車輪を持ってくる。

 鬼の一人が弓矢を差し出して、「変成へんじょう王様、これで直々に」などと言っている。

 …もう私、ダメかも。

 高時と橋本くんが銃を構え、一触即発の緊張感が流れる。

 「おい、変成王だったか、実はこんなものがある。」

 高時が、五官王から渡された「閻魔王より前、沙汰在るべからず」の書状を渡した。

 変成王があからさまに舌打ちする。

 「…まあよい。近頃、異議を唱える、骨のある者もめっきり減っておったし、何やら閻魔王は外へ罪人を出してしまう。わしは満足じゃ。

 ほれ、わしの気が変わらんうちに、早う行け!」

 地面が、なくなった...


                    ―*―

 「叫喚地獄」の次は、第5階層「大叫喚地獄」である。ここは罪に妄語うそが加わる。

 ここの王「泰山王」は、一行の通過に難色を示した。

 -人民を幸せにするため、やむなく未来が情報源だと隠ぺいするための嘘をついてきた高時たちは良かった。

 「…おぬしら二人は、足利高義についてどう思う?」

 「出来ることなら、救いたかった。」

 「あの時点で未来に言及できなかったのは、正しいことだけど、心残り。」

 「そうか。隠し事を反省しているのなら、事情が事情だ、見逃そう。

 じゃが、そこの兄妹!」

 中空と地面に、回転のこぎりのようなものが出現した。

 百松寺兄妹は、素知らぬ顔をしている。

 「正しく占える優れた陰陽師でありながら、占いで人をたぶらかし、数々の人を陥れた、その罪は重い!異々転処にて裁かれよ!」

 「断るわ。」「同じく。」

 灼熱の湯気立つ川が、百松寺兄妹をはさむ。 

 両側から、徐々に近づいていく川。

 上下から、回転する鋭い刃付きの、ビルほどある薄い円盤。

 「「…はあ」」

 刃が、上下から二人に触れ―

 -瞬間、二人の姿が消えた。

 「…百松寺はな、歴代の当主が完全に情報を双方向にやり取りし」「時空を超えて魂を一つにしてるから」「魂が崩壊してるんだよ」「常に。だから地獄で裁くことなんか無理よ。」「恨むなら『ある人物が得た情報をリアルタイムで離れた時間の人物に送る』っていう原初のシステム」「をこともあろうに爆発なんかで作り上げた」「閻魔王文観の乱暴さを恨むことだ。」

 泰山王の後ろに現れた百松寺兄妹が、若干怖い交互喋りで言う。

 「…おぬしらを通そう。もう何が何だか…」

 仏典と言えども対応するのは、この世の真理のみ。次元超越のようなそれ以上のものを含む百松寺流陰陽道に対しては打つ手がなかった。


                    ―*―

 第6階層「焦熱地獄」。ここはこれまでの階層の5罪に加え、「仏教と相いれない教えを説き、実践した」者を責める。

 ほぼ全域が赤く燃え上がる地で、鳳凰あるいはフェニックスのような燃える鳥に乗り、落下しながら獄卒の鬼が追ってくる。その中に、第8の王、「平等王」もいた。

 基本的に、一同、罰当たりな存在である。そもそも文観の邪法で時間を超えたことからしてアウトだが、百松寺流陰陽道は既存のいかなる宗教とも隔絶している。さらに、理性以外のすべてを否定したがっている橋本もいた。とうてい、五官王のパスが通用する状況ではない。

 ーとはいえ一同もまた、地獄があくまで精神世界に過ぎず、従って持ち物を増やすくらいならば可能だということは体感し始めていた。ために、ロケット弾の雨が降る。

 平等王が杖で地面を一突きし、炎があちこちから噴火する。

 「神風連」ロケットランチャーが出現し、100発のロケットが鬼たちをなぎ倒す。

 平等王が両手を合わせ祈ると、姿が忍者のように変わり、極彩色に輝きを変化させる手裏剣が飛んでくる。

 百松寺歩が、「その身汝のものなりや!その姿を顕せ!」と叫びお札を飛ばすと、手裏剣が泥となって落ち、平等王が忍者からただのおっさんに戻る。 

 「兄様、解読完了よ!」「ぶち抜くか!」

 祈が、地面に触れて、明らかに耳慣れない言葉の呪文をつぶやく。

 瞬間、地面が丸く、持ちあがり、炎が噴き出した。鬼の数体が、あっという間に蒸発する。

 「な、何を!?」

 「第7階層、『大焦熱地獄』へ穴をあけた!」

 「貴様ー!」

 平等王が、杖を振り上げて自ら殴りかかってきた。

 機関銃が火花を散らす。

 「こんな小石、なんぼのもんじゃあー!

 うわっ!」

 平等王の足元が持ち上がり、その下から、温和そうに手を合わせたおっさんが、両目をつぶって浮島に乗った姿で現れた。

 「平等王、そちらの5人は、閻魔王より前沙汰在るべからずとなっているのを知らぬか?」

 「しかし都市王、こ奴ら、仏法をないがしらにすることはなはだしく…」

 「であっても、我らの務めを忘れてはなるまい。」

 「む…」

 「我らは仏法を守護する者ぞ。仏法に立ち返らせんがため罰しても、私怨同然に罰することなどできぬよ。」

 「…理解した。連れていけ。」

 平等王とその取り巻きが、渋々去ってゆく。

 「乗られたし。」

 都市王が、浮島の空いたスペースを指し示した。


                    ―*―

 燃え盛る紅蓮。

 原子の惑星の空想を思い浮かばせる、灼熱の世界。

 文字通り、足の踏み場がない。しかしあちこちに浮島が浮遊しており、その島のすべてが、血で赤く染まっている。つまり、世界全てが真っ赤。

 -「大焦熱地獄」とはつまり、そういう空間であった。

 唯一赤ではなく、つやのある黒い立方体の浮島の上に座り、3人はごくんとつばを呑んだ。

 「…ここは、尼に暴行を加えた者の地獄ぞ。

 本当ならば、酒に酔って妹と関係し、また儀式の最中に関係した百松寺は罰するべきなのだろうが、しかしできぬものはできぬ、あきらめよう。」

 「当たり前ね。兄様のほうが間違っているなど、1000年ありえないわ。」

 「...あまり喜べないほめ方だね祈。」

 「…もうよい。それに、そなたらの罪は、はっきり言えば非常に重い。今後火薬が生むであろう数々の犠牲を鑑みると、わしにはどうしたものか…」

 炎の海に穴が開き、そこへ浮島が下りてゆく。

 四方に炎の海が広がる中、ふと脇を見た高時は、炎の中に人影、それも、長崎高資らしき人影を見てギョッとした。

 「…アレは?」

 赤熱した剣らしきものが、人影目指して無数に降り注いでいる。

 「あの者は生前、嫌がる女子を見境なく手籠めにした。それゆえ鞞多羅尼処びたらにしょに堕ちておる。」

 高時と登子にとっては、自業自得と言えども、見知った人物、さすがに、吐き気がした。


                    ―*―

 「ふむ、そなたらが、閻魔王に裁きを求める者か…」

 純白、いや、白銀の装束に身を包む男は、両手を合わせた姿でポツンと荒野の真中の玉座に腰かけていた。

 「…まず、これを見てゆけ。」

 男ー10番目の王、五道転輪王は、空中に指で円を描いた。

 指の軌跡が白銀に輝き、完成した円の内部に、画像が映し出される。

 「これは閻魔王の浄玻璃鏡と同じじゃ。

 浄玻璃鏡よ、3人に罪を見せい。」

 生前のすべてを見ることができる浄玻璃鏡に、風景が映し出される。

 爆炎舞う荒野。

 引きちぎられ、焦げてゆく死体。

 空中から降り注ぐ樽。

 黄色いもやの中、手を宙空に伸ばしてもだえ苦しむ人々。

 燃え上がる街並み、大仏が溶けて崩れていく。

 海上に広がる業火と、周辺へ広がってゆく津波、成層圏まで吹き上がるキノコ雲。

 「どれほどの人間が、そなたらのために死んでいったか、わかっているのか?」

 娘に手を振られ見送られた侍が、額に銃創を残して倒れる。

 半ばでねじ曲がった刀を抱いて、老母がうずくまり号泣する。

 死人の群れが、行列成して...

 「わかっていないわけがないよ。だって、だって…」

 「忘れるわけがない。ずっと、登子と自分は、その犠牲一人一人に心を痛めていたから。」

 「…時乃のために切り捨ててきたすべて、時乃も一野も責めるだろうとは思ってきたさ。

 …それでも、俺がやらなきゃ、誰ができる?」

 五道転輪王は、両眼を閉じて両手を合わせた。

 「合掌...

 うむ、本心か。ならば言うことはない。極楽浄土に行きたまえ。」

 「「「えっ」」」

 百松寺兄妹が、両手の指を絡めて背中を合わせ、にやっと笑う。

 「なんだ、不満か?」

 「い、いや...」

 「あっ、あの、もしかして...阿弥陀様?」

 「まさしく。」

 「おい時乃、どういうことだ?」

 「鎌倉時代にはね、地獄を統べる10の王は、仏教の本地仏、つまり、正体が仏様である神様と対比されてるの。そして、地獄十王最後の王、五道転輪王は、阿弥陀如来ーすべての人間を往生極楽させる誓いを立てた仏様ってことになってるの。」

 「…では、最後の地獄、無間地獄は...」

 「罪を懺悔し、やむを得ない事情があった者は、救っておる。そうでない者は臆して踏みとどまってしまうから、無間地獄は空っぽよ。」

 カッカッカと五道転輪王ー阿弥陀如来が快笑しー

 プスーン!

 「っく!?」

 ーその右腕がはじけ飛んだ。

 「閻魔王(地蔵菩薩)、何をする!」

 「消えてもらおうか?」

 プスーン!

 後ろから現れた僧衣の老人ー文観ーあるいは爆破犯ーが、杖を突き出して、杖から光を発している。

 プスーン!

 光線がかすめた瞬間、五道転輪王の右足が消え去った。

 五道転輪王が手を合わせると、消え去っていた右手足が出現する。

 プスーン!

 「いくら計り知れない命を持つ阿弥陀如来と言えども、幾度となく魂を消し去れば、耐えられないのではないかね?」

 プスーン!プスーン!プスーン!

 眩い光線が何度も、杖から奔る。目をつぶって手を合わせた状態の五道転輪王の身体が、あちこち消えては元に戻っていく。 

 「待て、待てよ、護良親王」

 橋本理が、歩み寄って、閻魔王こと文観の手首をつかんだ。

 「何を言う、護良親王はお前...」

 「いい、茶番はやめだ。

 …こういうことだろ?」

 橋本理が、鉄砲の銃床で文観の頭を殴り飛ばした。

 頭が飛び、胴体が砂か灰のようになって吹き消え、頭の皮膚が崩れ落ちる。

 宙空に浮かぶ、ドクロのガイコツ。

 ホログラムのように、ドクロを頭に人体が浮かび上がる。

 「…その姿、俺にしか見えないがな...!」

 そう、浮かび上がった人体の姿はー

 -一野治には、北条高時(自分)に。

 -石垣時乃には、赤橋登子(自分)に。

 -橋本理には、護良親王(自分)に。

 それぞれがそれぞれ、文観に、自らの姿を、見出していた。

 

                    ―*―

 「無理に理性的にこじつけるならば、文観という人物、そのドクロの正体は、北条高時、赤橋登子、護良親王という3人の、重ね合わせの状態だ。

 普通の人からでは、常に波動関数に沿って変化するドクロの正体を見抜くことは出来ない。しかし、本人であれば、観測によって確定させることができる。

 …だからこそ、俺以外見聞きできない状況においては正体が俺自身に確定し、その俺が死んだことで、因果律のはっきりした世界からの消滅を余儀なくされた。

 どうだ!?」

 「ー証明はできるのかな?ー」

 「逆に、お前がほかの何なのか、教えて欲しいね。早い話、どういうメカニズムで俺とともに消え去ったのか。」

 「ーなぜ、そのようなことをする必要がある?俺なら、わかるだろう?理由がないことはー」

 「橋本、違う。」

 自分は、橋本の致命的な勘違いに気づいた。

 「文観は、自分たちじゃない。」

 「へ?一野、今さら何を...」

 「文観はー

 -もともとの歴史での、北条高時、赤橋登子、護良親王だ。」

 

                    ―*―

 「正史では、その3人に個人的なつながりはない。」

 「ほう?では何かな?関係のない3人が、どうして魂が結びつきあって、ここに在るというのかな?」

 「いや、関係はなくても、共通点はある。」

 いつぞや、守邦親王に感じたことがある。

 無気力、全てをあきらめた雰囲気。それは、もし正史通りならば、北条高時もまた、たどる路だった。

 「何かな?」

 北条高時は、後継ぎ決定の騒ぎによって実権を家来たちに完全に奪われ、何もできず、滅ぼされた。

 赤橋登子は、実家赤橋家と幕府に背いた足利家のどちらかを選ばねばならず、その後も足利尊氏と直義、さらにその子供らの争いを防げなかった。

 護良親王は、武勇を以て活躍したために後醍醐天皇と足利尊氏に警戒され、直義によって鎌倉に10か月幽閉されたのち、挙兵した北条高時に天皇擁立されることを恐れ、殺された。

 「孤独、そして、無力感だ。」

 「それが、なぜ、ここ(地獄)につながるのかな?」

 「…最後の無力感はー

 -死後の世界がなかったこと、だからじゃない?」

 登子トキが一歩進み出た。


                    ―*―

 「ふん、ここに在るのに、何を...」

 「いい、聴いて。

 死んだ後、例え地獄であっても、あなたは、自力で何かできる、そして、死んでいった人たちに会える、そう思ったんじゃない?

 ...もう、無力でも、孤独でもないって。

 だから、死後の世界がないことに絶望した3人は、世界のことわりを書き換えて、ときを超え、自らおさめる身になってでもー

 -地獄を、生み出した。

 …地獄なんて、最初から、無かったんだよ。」

 「俺たちを過去に送ったのは、世界を歪める要素を増やすためか?

 …近代科学は、結果として、犠牲者を増やす方に作用してきた。

 ダイナマイト、速射砲、飛行機、ロケット、原水爆...

 …だから、歴史と科学を知り尽くした俺たちを送り込むことで、文明を発展させ、犠牲者を増やし、愛憎の総量を増やせると考えた。

 反証はあるか?」

 「…ないな。

 その通り、拙僧は、北条高時にして(孤独)赤橋登子にして(なる)護良親王()なり!」

 光を帯びた杖が、五道転輪王を突き刺す。

 何度も灰となって崩れては身体を取り戻していく五道転輪王。しかし、光は灰の隅々まで浸透し、灰は少しずつ量を減らして、その中から盛り上がろうとする身体が高さを減じ、ついには、手のひらサイズの仏像になって砕け散る。

 「…哀れなものだな、阿弥陀仏と言えどもしょせんは土くれか。」

 杖が、円を描く。その中からー

 ピカッ!

 ドーーーン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 ー噴き出す、人類の罪業。

 「虚ろに響く世界の理よ、天上の意を示せ!金光『堅城鉄壁』!」」

 百松寺兄妹が、一枚の札を手に飛び出す。

 札から、盾のように、六角形の青く光る透明な平面が出現して、爆心の炎を遮断する。

 百松寺兄妹の身体が揺らぎ、札が制服のあちこちから浮き出てはがれ去ってゆく。

 「一野治、この異常な条件では我々とて100秒と魂が保たん!

 お前らを、倒せ!」

 「ああ、ありがとう。」

 「おけ!」

 「借りの分は返す。その代わり、あとで時間貸せよ!」  

※冒頭、時節柄からも若干まずい部分がございましたが、決して原水爆を賛美する意図はございません。時折原爆を登場させるのは、あくまで「サイクロトロンが用意できない以上、量子論的現象を引き起こして時空に負荷をかける手っ取り早い手段は原爆くらいである」からに過ぎないことを明記しておきます。

 そんなわけで次回、本編終了です。ではまた来週。

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